「ん……ここは……」
目が覚めると、いや、正確には覚めてはいないのか。目の前には真っ白なような真っ黒なよな、そんな虚無の空間が広がっていた。
「どこなんだろ……ん?」
自分のもとに現れた一つの光り。なんだろうかと手を伸ばして触れると脳に激痛が走った。
「グゥッ!……これはッ!」
直後に流れてきた身に覚えのない記憶の数々。
「これは……この世界の俺の記憶か?」
今よりも小さい俺が誰かと遊んだりしている様子。元の世界の記憶と似ているが、細部がわずかに違う。おそらくここは意識の領域なのだろうが、意識が飛ぶ、そんな感覚だ。
「グオオオッ! イってぇぇ~……純夏の頭痛もこんな感じだったのか?……すげえよあいつ……」
こんな痛みに何度も耐えてたんだから、ほんとすげえよ。
やがて痛みがひいて落ち着きを取り戻す。
「今の光は記憶の塊だったってわけか……ってことはここは夕呼先生の言ってた虚数空間ってやつか!?」
何となくではあるが夕呼の言葉を思い出して推測を立てる。
「神様からのプレゼントってやつか? そんなのがほんとにいるかは知らないけど……ありがたくもらっておくぜ」
記憶の補完が完了した直後、目の前が大きく光りだした。さしずめ出口だろうか。
「よし、戻るか」
武は光に向かって大きく手を伸ばした。
「……ん?」
「……武様!?お目覚めになられましたか!」
「……月詠さん?ここは?」
「ここは欅総合病院の特別治療室です」
たしかまりもちゃんのストーカーに刺されて失血で気を失ったんだよな。
「あのー、搬送されてからどれくらい時間たちましたか?」
「丸半日です。今はちょうど昼の時間帯です」
なるほど。月詠さんしかいないのは今は皆学校にいるってことなんだろうな。
「でも月詠さん、俺のとこにいても大丈夫なんですか? 二人の警護とか」
「冥夜様と悠陽様の警護は今は別の者に任せております。心配はございません」
「そうですか。なら安心だ」
さしずめ"メガネをかけたあの人"だろう。この世界にもいるに違いない。
「……武様、今はご自分の体のほうを心配なさってはどうです?」
「はは、まあでも治療してあるみたいですし。安静にしてれば俺のほうは大丈夫ですよ。……それよりもストーカーのほうは?」
「武様が必要最小限で無力化されたおかげで本日中に治療は済んで警察に引き渡されるそうです。武様の正当防衛に関しての取り調べは神宮寺教諭と香月教諭の証言も相まって、御剣のほうで帳消しにしておきました」
「そうですか」
正当防衛って確かやりすぎもダメなんだったよな。御剣のほうで対処してくれたみたいだ。
「……武様はなにか武術でも習われてたんですか?」
「はい?」
「いえ……犯人の傷がかなり少なかったと聞きまして」
素人が無理やり制圧しようとして抵抗された場合、ひっかき傷だったり打撲痕が残ったりする。俺の場合は手慣れた手つきで対処したからそういった痕跡がなっかたのだろう。
「……不意打ちみたいなもんでしたから。抵抗する間もなく対処できたんですよ」
「左様でございますか……」
若干怪しんではいるがこれ以上は言えない。すいません月詠さん。
「お目覚めかしら白銀君」
一通り月詠さんから話を伺っていると、白衣を着た女性が現れた。
「……夕呼先生、じゃないですね」
「夕呼の教え子なのは聞いてるわ。私は香月モトコ。君の担当医よ」
この人が夕呼先生のお姉さんか。
「あと、これは個人的な言葉だけど……夕呼を守ってくれてありがとう」
「えっ? ああいや、べつにお礼なんて結構ですから! 夕呼先生には普段からお世話になってますし!」
「そう……」
この人もなんだかんだで夕呼先生のことを大事に思っているみたいだ。
「君の傷のことなんだけど、そちらの御剣の医療チームによる最新治療のおかげで傷のほうは今日明日にはふさがるわ」
「ほんとですか?」
ナイフに刺された傷がもうふさがるとは。あの世界の再生医療も真っ青、さすがは御剣か。
「傷がふさがり次第精密検査を受けて問題なければ退院できるわ。それまでは安静にしていてちょうだい」
「わかりました」
けがは大事には至らなかったみたいだ。
「それじゃあ失礼するわね」
そういってモトコさんは退出した。
しかし昨日は本当に紙一重だった。一歩間違えればまりもちゃんは命を落としていたかもしれなかった。
「ふぅ……」
まったく、平和な世界に来たってのに気が抜けないな。
「武!」
「武君!」
「あっ! みちるさんに祷子さん」
しばらくしてからみちるさんと祷子さんが入ってきた。
「傷は大丈夫なのか!?」
「えぇなんとか。さすがは御剣財閥って感じですよ。今日明日には傷のほうはもう大丈夫らしいです。精密検査で異常がなければすぐに退院できるって」
「そうか……」
みちるにとって武というのはは思い人であり、同時に弟のような存在である。昨晩刺されたと聞いて家で一番取り乱していたのは彼女だったりする。
「ほかのみんなはどうしてますか?」
「純夏はかなり沈んでいたがな……御剣姉妹は仇討ちだのどうだと言って今にも飛び出しそうだったな……」
やっぱりか。というか後者二人に関しては銃刀法違反は適用されないのだろうか?……おそらくはされないのだろう。
「どうやら今日は午前で休校になると言ってたから、もうすぐみんなも来ると思いますよ?」
──ドドドドドド……
祷子さんがそう言うと廊下から大きな足音が聞こえてきた。どうやら言ったそばから来たようだ。
『院内では静かにお願いしまーす!』
『あっ、す、すいませ~ん!』
お前それ全然忠告聞いてないじゃねえか……
「タケルちゃんッ! 目が覚めたってホント!?」
「目が覚めてなかったら誰から返事が返ってくるんだ? あと院内だぞ純夏。もう少し静かにしろって。揺さぶるのもなし。傷が広がる」
「あっご、ごめん。ついつい……」
いつものことながら頭から突っ込運出来そうだったのであらかじめ忠告しておいた。
「おっ、霞に悠陽と冥夜も、心配かけたな」
「刺されたと聞いたときは肝が冷えたぞ」
「ご無事でなりよりですわ」
「……心配しました」
霞は一段と表情が沈んでいた。親しい人が死ぬという感覚を実体験として持っているがゆえにだった。
「ほかのみんなはどうしてるんだ?」
「みんなも心配してたよ。でも他にも大変なことがあって……」
「ほかの大変なこと?」
午前で休校ってことは、大方俺のことで職員会議でもやるのかなと思ったのだが……
「武様が刺された件について、香月教諭と神宮寺教諭の責任問題が問われているのです」
「……休校の理由はそれか?」
どうやら、夜中に俺を連れ出して危うく命の危険にさらしたことが職員間で問題視されているらしい。個人的感情からすればもとはといえばストーカーが悪いんだといいたいのだが、そうも言ってられないのが現実だろう。……夕呼先生はその普段の振る舞いからも嫌ってる教師は多いかもしれないからな。今回の一件で力をそぎ落とそうって輩もいるかもしれない。
「ひどいと思わない!?」
「いやまぁ当然っちゃ当然だよ。字面だけ見たら女性教師が男子生徒を夜に連れ出してたって話になるんだから。まあ納得はしたくないけどな」
理解はできても納得はできないってやつだな。まあでもそんな経験はイヤというほどしてきたさ。
「まあ学校行ったら俺も呼び出されて事情聴取は受けるだろうからさ? その時にうまく弁明はするって」
それに百戦錬磨の夕呼先生だ。弱みでもちらつかせて最悪自分ひとりでどうにかできるに違いない。
「とりあえず明日の検査の結果が出たら知らせるからさ。安心して待っててくれよ」
面会時間も結構伸びていたためみんなはそろって退出していった。
さてと、一通り落ち着いたところで一度記憶を整理したい。目覚める直前のあの出来事のことだ。あの白とも黒ともいえない不思議な空間。おそらくあれが「虚数空間」というやつなのだろう。あの所々で光っていたのはそこかの世界の「白銀武」の記憶だろうか?──いや、でも虚数空間なら記憶がちりばめられているのは……
ダメだ。やっぱり詳しいことは夕呼先生に相談しないと。
──コンコン
「どうぞ」
「元気にしてる~? 白銀」
「あっ夕呼先生! ちょうどいいところに来ましたよ」
やってきたのはナイスタイミング。夕呼先生だった。
「そうね。まずは礼を。……まりもを助けてくれてありがと。……あと私も」
「あれくらいできなきゃ向こうのまりもちゃんと夕呼先生にも向ける顔がないですって。気にしないで下さい」
「ふふ……でも本当に軍人だったのねあんた。私だけだったら頭では対処を思いついても、とっさの出来事すぎて体が動かなかったわ……」
「そんな状況に慣れたら駄目ですよ先生。───この世界の人間があの地獄を知る必要なんてない」
「……そうね」
あの戦いの地獄を平和な世界の人間を知る必要はない。それが本来の衛士
「そういえば職員会議はいいんですか?」
「ああ、それね。当事者抜きで第三者たちで一度話をするとか何とかで。なにが「第三者」なのか鼻で笑ってやりたいところだけどね」
この言い草はやっぱり夕呼先生らしい。
「でもちょっとピンチではあるのよねぇ」
「夕呼先生が? 珍しいですね」
「球技大会の一件で弱みの札は一通り出しちゃったのよね~。まあ今回も私一人なら何とかなったんだけど……まりもがね?」
「夕呼先生に問いただしても手ごたえがないから、代わりにまりもちゃんをってことですか?」
「そういうこと」
直接は手が出せないから間接的に手を出す。まったくいやらしいことをしてくれる。でもまりもちゃんを思って強気に出れない夕呼先生ってのを見るとやっぱり二人は親友なんだなと感じる。
「多分あんたも事情聴取は受けると思うわ。病み上がりからいきなりで悪いけど」
「別に気にしてませんって。けががもう治りかけな以上、俺にとっちゃ今は先生たちのほうが心配ですよ」
「フンッ……言うじゃない」
夕呼は若干顔が赤くなったが本人は気づかなかった。
「あっそれよりも夕呼先生。実は記憶云々で話があるんですけど」
「ッ!? さっきちょうどよかったってのはそういうこと? いいわ、なにがあったのかしら?」
「意識を取り戻す少し前のことになるんですけど……俺いわゆる「虚数空間」って場所にいたみたいで……」
「虚数空間に!?」
「はい。まあほんとにそうかはわかりませんけど、現世ではない別の空間にいたのは確かです。でまあ、そこで光る塊か何かに触れたときに、おそらくですけど「この世界」の記憶が流入してきたんですよ」
「記憶の情報体ってことかしら……その光る塊みたいなのはいくつもあったの?」
「はい。俺の予想ですけどあれはどこかの平行世界の「白銀武」の記憶だと思うんです」
「話を聞く限りおそらくそうよ。そしてその記憶のほとんどは白銀が因果導体としてループの際に消されてきた記憶群よ」
「やっぱり……でも俺はすでにループのうちの記憶はいくらか持ってますよ?」
「あんたが自覚してないだけで何千何万ってループしたかもしれないのよ? その全部を覚えてたら脳がパンクするじゃない」
「ああ! じゃあ俺が今持ってるループの記憶も必要な部分以外は全部切り捨ててあるってことですか?」
「おそらくそういういこと」
「まあその記憶群の取捨選択は、あんたを因果導体にした……向こうの鑑のようだけどね」
「そこだけ聞くと、あいつの勝手みたいですね」
「事実そうなんだから。……思いが強すぎるってのも罪なのかしらね?」
事実、俺が因果導体になったのはあいつの執着心が原因だし、ループさせられたのも、記憶が毎度消されたのも嫉妬心が理由だ。思いが強すぎるというのはあながち嘘じゃない。
「まあでも、おかげであんな体験できたし、いろいろ学ぶこともできたし……それに、向こうの軍人経験がなかったら今回の事件だってどうなってたかわからなかったんですから! 今となっちゃ感謝してますよ」
それに俺はあの世界のみんなの思いを生きて紡いでいかなきゃいけないんだ。
「あっそういえば。その記憶の補完についてなんですけど、今回みたいにこの世界の記憶の補完だけで済めばいいですけど今後また記憶が流入したりとかしません? さっきの話を聞く限り、こう何度も記憶の流入が起こるといずれ脳の限界が来ると思うんですけど」
「それは最もな懸念事項ね。でもこればっかりは私にも分からないわ。それよりも今あんたが人格を保ち続けていることが奇跡みたいなものなんだから」
「えっ?」
「いい? 記憶ってのはその人物の人格を形成する上での最も基本的な要素の一つよ。あんたはこの世界の記憶を受け取った。その結果悪ければあんたは元のこの世界の白銀でもない、因果導体だった白銀でもない、第三の白銀になっていた可能性だってあったのよ」
「!?」
あれはたしか俺が逃げ出した時の話だ。いずれ人格が統合されて第三の人格になると………とするとあの頭痛はかなり危険な状況だったのか……あのまま意識が飛んでたら……
「でもあんたは第三の人格になることなくこの世界の記憶を自分のものにできた。なぜだと思う?」
「……意思、ですか?」
「そ。平和な世界でのんびりと生きてたこの世界の白銀と、過酷な世界で何か強い何かを背負って生きた白銀との間には意思の強さに大きな差があった。結果、あんたは人格を保ち続けれたってわけ」
いつか「強い意思を持て」と言われたがあれはほんとに重要だったんだな。
「まあ今は流入等の心配はしなくていいわ」
「そうですか」
ひとまず今回のけがの影響は大丈夫と見た。
「……そういえばまりもちゃんは?」
「まりも? まりもならストーカーの件でまだ警察にいろいろ聞かれてるわよ」
夕呼先生に振り回されるわ、ストーカーに殺されかけるわ、監督責任は問われるわでほんとふんだりけったりだなまりもちゃん……
「まあみんなの状況とか俺の状態は分かりました。たぶん明日には退院できるんでそのときにまた」
「ええ。それじゃあ失礼するわ」
夕呼先生はひらひらと手を振って病室を後にした。
───っていうか俺この世界にきてまだ1週間とちょっとだぞ!?ここ最近のイベントちと濃すぎやしないか!?
白銀武が恋愛原子核である以上、いわゆる"イベント"の呪縛から逃れることはできない。武はあらためて運命を呪ったとかどうとか……────
幸薄美人のまりもちゃん()
マブDの確立時空のチケット溜まってたんで久しぶりにエクストラ編見てたんですけど、オルタの人類の醜さとかとはまた違う教訓みたいなの合って面白かったです。ああいうの見ると本家はやっぱ作りこみ違うなぁと思うと同時に、この心情描写をアニメで全部やるのはやっぱ無理だよなぁ……なんて思ったりもしました。