ヒュルルルル……ドォーン!!
「あがーーッ!」
純夏のパンチで電離層を突破した俺は無事着地(落下)した。
「どりるみるきぃぱんち……侮れん……ガクッ」
全く恐ろしい力だ。というかこんな力があればBETAなんてすぐ倒せたんじゃないのか?……
意識を取り戻した俺は自宅へと戻った。
「何か言うことは?」
こっちだって伊達に経験は積んでないのに……なんて威圧だ。
「いえ何もございません。……というかあいつはどこ行った?」
「タケルちゃんが星になってる間にいなくなってたよ」
そうか。……まぁどうせこの後学校でご対面だ。今はいい。
「ま、まぁとりあえずさっさと学校いこうぜ?」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってぇ!」
俺は適当に誤魔化すとさっさと家を出た。
「はぁ…はぁ…タケルちゃん…はぁ…速いよぉ〜」
「……え? わりぃ」
あぁ、なんか前もこんなことあったな。やっぱ癖で歩くのが速いみたいだ。こういうのって逆に合わせるほがキツイんだよな。
「あぁもう! 荷物かせ! 持っといてやるから」
「……ふぇ?」
突然純夏の顔がアホの子みたいになって思わず吹きだしそうになった。
「なにが『ふぇ?』だ? ほれほれ、置いてくぞ〜?」
何か純夏の顔が赤い気がしたが、俺は純夏の荷物を持って歩く速度を落とした。
「ま、待ってよ~」
「これでもまだ速いのか? お前ももう少し運動を───ッ!? 純夏! 危ない!」
「へ?」
そのとき純夏の後方から軽快なエンジン音が聞こえてきた。
──こんなエンジン音のなる車に乗てくる人なんてアノ人しかいない!
武はすんでのところで純夏を引き寄せた。
車は武たちの横に止まり、中からはマッドな運転手が下りてきた。
「おはよう。あら、朝から面白いことになってるわね? お二人さん」
──香月夕呼
泣く子も黙る白陵柊最恐教師。本日も教師とは思えないいつもの服装で登場である。
「大丈夫か? 純夏」
「ふぇ? あ、だ、大丈夫……。あ、香月先生もおはようございます……」
「夕呼先生~。気を付けてくださいよ~。もうちょっとで轢かれるとこでしたよ」
「今度は自分で避けてね鑑。……それとも次もそうやって白銀に抱きかかえてもらったほうがいいかしら?」
「ッ!?」
「そこは次は気を付けるって言ってください……」
──やはりこの人に一般常識は通用しないようだ。
そういえば前にもおんなじことがあったような……そのときたしか純夏のやつ轢かれてなかったか!?
──案外純夏なら轢かれても大丈夫なのか?……
「それよりも白銀ぇ~。あんたが鑑の荷物を持ってあげるなんてどういう風の吹き回し?」
「え? あぁ、どうもこいつは運動不足でこの坂だけでバテるようなので仕方なく」
「た、タケルちゃんが歩くのが早いんだよぉ~」
「へいへい。じゃあ先生もまた後で。行くぞ純夏」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ~!」
変ね…。
白銀のヤツ、あんな感じだったかしら?
腐っても普段から教師として生徒を見ている夕呼は武の振る舞いに僅かながらの疑問を抱いた。
「はい到着」
「はぁ…はぁ…やっぱり速いって…タケルちゃん」
結構速度落としたつもりだったんだけどな……これはゆっくり歩く練習でもしなきゃだな。
教室に入ると懐かしい声が聞こえた。
「あら、おはよう白銀君。今日は余裕持って来たじゃない。」
委員長……
「おっす! 委員長」
「……」
「ん? どうした?」
「えっ? い、いえ、おはよう」
「?」
なんだか顔が赤い気もするが風邪だろうか?
「……おは」
「よお、彩峰」
彩峰……
「……」
「……どうした?」
「……・ポッ」
「いや、効果音を自分で言うな。あと『ポッ』ってなんだ?」
「……なんだろね?」
なんでお前が疑問形なんだよ。
あとお前もちょっと顔が赤いのはなんでだ? 最近冷えてきた時期だし風邪でも流行ってるんだろうか?
少しまた感傷に浸っていた武だったが、まさかの二人の次の一言に驚愕してしまう。
「あら、おはよう"慧"」
「おはよ"千鶴"」
……は?
「ぶふぅぅぅぅぅぅ!?」
「ちょ、ちょっと! タケルちゃん汚い!」
「い、いや……すまん」
ちょ、ちょっと待て!
な、名前呼びぃぃ!? こ、この二人が!? どういうことだ!?
「……マジで?」
「?」
「?」
「ぢごぐずる〜〜」
そのとき廊下から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ぎゃふ〜!」
走ってきた人物は俺にぶつかった。
「いたっ!いたっ!いたっ!」
たま……
「おーい、大丈夫か? 立てるか、たま?」
「へっ? た、たけるさん!?」
「おはよう、たま」
たまは「はわわわ」と顔を真っ赤にして変な声をあげている。
「壬姫ちゃん、大丈夫?」
「えっ? あっ、純夏ちゃんおはよ〜。千鶴ちゃんも慧ちゃんもおはよ〜」
「おはよ!」
「おはよう」
「おはよ……」
「た、たけるさんもおはよう……」
「ああ、おはよう」
たまの手を引いて立ち上がらせる。このときまた「はわわわ」なんて言うから面白い。
ガラガラガラ
「!?」
そのとき教室の前の扉が開いた。そこにあったのは人くらいの大きさの簀巻。
……あいつか!
「なななな……何?」
「何かと言われれば……」
「あ! 足が出てるよ!」
「人間!?」
「まさか……」
「あ、微妙に足が動いてるよー」
「……痙攣?」
「は、早く取ってあげないと!」
するとそこで新たな人物が……
「私に任せて!」
柏木……
「足の動きが止まった・・・」
「わ〜急いで!」
柏木が引き剥がすと中から人が現れた。
「ぷっは〜〜〜〜!!」
「……鎧衣」
「──美琴ちゃん!」
「「──鎧衣さん!」」
「──鎧衣ッ!」
「いや〜、一時はどうなることかと思ったよー」
みこと……
でも美琴? 尊人じゃない……これも元の世界と違う……というか冥夜が来る日に尊人はいなかったはず……やっぱり何かが違う?
「タケル……久しぶりだね。背伸びた? なんかもう、3年くらい会ってないような気がするけど……」
「!? あ、あぁそうだな」
こいつは急に核心を突くようなことを言ってくるよな。
分かってて言ってるのかそうじゃないのか……
そのとき教室の扉が再び開いた。
「みんなおはよう! さ、席ついて〜」
まりもちゃん……
「きり〜つ……礼!……着せ〜き」
「それじゃあ出席取るわね〜。……あら?今日は全員出席だわ! 感心感心」
全員? 俺の周りは後ろの美琴以外全員いないんだが……
かの懐かしい"剛田"がいないのは冥夜の席の分だからなのだろうが、他二人はどうしたんだろうか。
「なんかタケルちゃんのまわりスカスカだね」
「あぁ、でも全員出席らしいな。なんでだろ?」
まぁすぐに言われるだろう。
「さて、今日はみなさんに一つ悲しいお知らせがあります。剛田くんが転校してしまいました。」
『はああああッ!?』
うむ、やはり剛田は転校したか。
「て、転校ですかッ!?」
「なんでも野球の実力校からスカウトが来たらしいの。ムードメーカーだったのに残念ね〜。ね? 白銀君?」
「えっ? あ、はい」
そこでなぜ俺に振る?
「タケルちゃん、剛田君が転校なんて知ってた?」
「いや、聞いてないな」
もちろん理由を知っていたりはするが、正直に答えるつもりはなかったのでそのまま流す。
「どうしちゃったんだろ?」
「……まぁ多分、そのうち分かる……」
「?」
「じゃあみんなも精一杯悲しんだところで〜」
多分そう言ってるまりもちゃんが全くなんとも思っていない様な気がするが……
「転校生を紹介します」
『おお〜〜〜ッ!?』
前にも思ったが別にそこまで驚かなくてもいいだろ。というかこの時期に転校生が来ることに疑問を感じたりはしないのか?
「ま、またですかッ!?」
「今度は女の子よ。白銀君よかったわね〜。さ、入ってきて」
だからなんで俺指名?
ガラガラガラ
現れたのは『皆琉神威』を携えた武士っ娘。その艶のある括った長い髪をなびかせ、威風堂々とした佇まいはその大人びた容姿も相まって見る者を魅了する。
「え……? え、え……ッ!?」
そして純夏は、今日俺の部屋にいた女の子がいることに驚いている。
「あら? 白銀君、あまり驚かないのね?」
「まぁ、そうですね……」
「?」
だからなんでいちいち俺指名?
「今日から皆さんと一緒に勉強することになった、御剣冥夜さんです」
「冥夜だ、以後見知りおくがよい」
冥夜、またよろしく頼むぜ。
「そして、もう一人」
……え? もう一人?
またしても前にはなかったことが起こる。
そう言われて入ってきた人物に俺は驚愕した。
「御剣悠陽さんです」
「悠陽と申します。3年B組の皆様、以後お見知りいただきますよう、よろしくお願い致します」
『おお〜〜〜ッ!?』
「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「ちょっと! 武ちゃん汚いってば!」
「はいはい白銀君、はしゃぎすぎよ」
で、殿下ァ〜ッ!? 今朝はいなかったが!?
い、いやそうか。元の世界にも"御剣悠陽"と思われる人物は確かにいたんだ。元の世界では交通事故で亡くなった冥夜の双子の姉。
先ほどから何かとおかしいこの世界。おそらくこの世界ではご存命だったということか……
そういえば向こうの夕呼先生が言ってたな。俺が関与した元の世界群は純夏によって再構成されるって……要はこの世界は"元の世界に限りなく似た別の並行世界"ってことか? そもそも向こうの世界の俺は元の世界から分岐した世界の俺の集合体だったらしいし……そう考えると"オレ"にとってそもそも"元の世界"なんてないのか?
「悠陽さんと冥夜さんはずっと海外に留学していて日本に戻ったのはつい最近だから、みんなちゃんと面倒見てあげてね」
『は~~~いッ!』
「……」
……初日から予定狂いまくりだ。
「「……」」
いろいろと考えていると、冥夜と悠陽は俺のほうをジーッと見つめている。そして冥夜は口を開いた。
「タケル、共に過ごせること、嬉しく思うぞ。」
「「「「「「え?」」」」」」
『おお~~~~~ッ?』
冥夜の言葉にいつも女性陣は驚きの声を上げる。
──まぁその背景には色々な心境があったりするのだが、武はもちろんそんなことを察してはいない。
「そなたに感謝を」
「「「「「「はぁ?」」」」」」
確かこの後問題発言が飛び出すんだよな。なんとか阻止しなくては。
「ちょーーっと待ってくれ?」
「ん? なんだ? それより……昨夜は、夢見心地であった「ちょ……」傍らにそなたのぬくもりを感じて眠れたのだからな……「待っ……」今朝起きたときに側にいなかったのは少々寂しかったが、月詠から聞いた。布団を掛けてくれたのは嬉しかったぞ。あの温もりは生涯忘れない。「うぉおおい!!」」
止めようとするも、冥夜は満面の笑みで爆弾発言を連発する。
「「「「「「ッ!?」」」」」」
「だからちょっと待っ……「まあ……ッ! 昨晩、寝所に姿が見当たらないと思えば。そなた、その様な抜け駆けをッ!?」……」
「先手必勝と申します。如何に相手が姉上とは言え、こればかりは易々と譲れませぬ故……」
「……」
女性陣驚愕。武は二人の暴走を止めることを諦めて、運命とやらを呪った。
「見事ですね冥夜。ですがこれより先、武殿がそなたの気随に適う等とは思わぬが良い」
「は……重々、肝に銘じておきます」
『ナニィ〜〜〜ッ!? 白銀の知り合いだとぉぉ!?』
ほんと仲良いなお前ら……
「タ〜ケ〜ル〜ちゅわぁぁぁぁん? ドウイウコトぉぉぉぉぉ〜?」
「いや待て待て! 落ち着け純夏? というかお前は朝一緒にいただろ!?」
純夏の顔は般若になって……それはもう怖い怖い。
「そういえば……タケル、月詠から聞いたぞ。あの約束、覚えててくれたのだな……」
「まぁ!? それは本当ですか、冥夜?」
「はい、今朝月詠がタケル本人の口から聞いたと」
「そうですか……。それは何よりですわ武様。さすがは私の伴侶となるお方です!」
『おお〜〜〜ッ!?』
伴侶とか言うな! お前らも煽るな! というか殿下もかなり危ないな……というかむしろ冥夜より底知れなさがあってより危険に感じるのだが……
「い、いや伴侶とか云々は置いといてだな……まぁ、また会えて嬉しいよ、よろしくな」
斜め前にいるお方の様子は最悪だが、起きてしまったことはしょうがない。俺は諦めてHRを続行させる。
「と、とりあえず席決めましょ、席」
クラスの謎の団結感ある様子に発言の機会を失ってまりもちゃんがようやく口をはさんだ。
そのとき、
「そうねぇ……白銀の両隣にしましょ。ちょうど空いてるから」
夕呼先生が扉を開けてB組にやってきた。
「あんたたち、早く席につきなさい。……せっかく空けた席でしょ?」
「は、心得ております」
「畏れ入ります」
「ちょっと夕っ、香月先生? 何でここにいらっしゃるんですか! D組のHRは……」
「ちゃっちゃと終わらせたわよ。時間を無駄にするのって、好きじゃないのよね〜」
他のクラスのHRに乱入する夕呼先生。邪魔されたまりもちゃんは必死の抵抗を試みるが……
「だったら職員室に戻ってくださいッ! それに人のクラスの席順、勝手に決めないでいただけますかッ!?」
「何よご挨拶ね~。わざわざあんたの尻拭いしに来てあげたのに」
「わ、私の尻ぬぐい……?」
しかしさすがは夕呼先生。長年の親友が言うことなど気にもせずに、論点をずらして反論を躱す。
「そうよ、ひとり忘れていったでしょ?」
「ひとり忘れ……あっ!」
一人? まだいるのか!?
「あらら、いくら存在感が薄いからって、担任教師がそんな薄情なことしていいのかしらね~?」
「それはその……はうぅぅぅ~~」
「まったく……そんなんじゃ教師以前に人間失格ね」
ーー《神宮寺まりも、「16tのおもり」を食らってあえなく撃沈。》
人間失格とか夕呼先生だけには言われたくねぇ……
「あら、再起不能?……仕方ないわねぇ。成り行き上、あたしが代わりにやっといてあげる」
そんなまりもちゃんを横目に夕呼先生は話を進める。
「ああ。そう言えばこのクラスの佐藤と田中、二人とも親が急に栄転したとかで昨日付けで転校したわよ」
『はあぁぁぁぁぁぁぁッ!?』
それで俺の周りがスカスカだったのか……でも、栄転ってことは冥夜達が手回ししたのはその二人ってことか? 剛田はただ甲子園のために転校しただけ……
──アホなのか? あいつ。
そういえばもう一人の転校生って誰なんだ?
俺はまだ見ぬ人物が誰なのか気になっていた。
「じゃあまりもが忘れたもう一人、紹介するわ。いいわよ、入ってらっしゃい」
「……はい」
「ッ!?」
この声はッ!?
どこかで聞いたか細い声。もう会えないと思ってた。たった約二ヶ月。それでも濃い二ヶ月だった。その悲劇の生まれと他人にはない力を持つ故に、心を閉ざしていた少女。
入ってきたのは妖精を彷彿とさせる銀髪の少女。特徴的だったリーディング制御のバッフワイト素子のうさ耳の髪飾りはリボンに変わっていた。
「今日からこのクラスに入る、社霞よ」
「……社、霞です……」
霞……
絞り出すような声で自己紹介をする霞。それは妹のような、娘のような、あの世界の俺にとっての唯一の理解者であり、『桜花作戦』で共に戦った戦友でもある。
そうか……霞もこの世界に……
「……皆さん、よろしくお願い、します……」
「社は生まれも育ちもロシアで、日本に来たのは初めてらしいわ。そうね?」
「……はい」
「来年の4月に飛び級進学で白稜大に入るんだけど、生活環境と同期生に慣れておくためにまずここに来たってワケ。まあ見ての通り人見知りで存在感薄い娘だけど、よろしく面倒見てあげて頂戴」
『は~~~~~~いッ!』
新しい仲間の参入に、クラスのみんなは迷いなく賛同の意思を示した。
そのもじもじとした仕草と愛くるしい容姿も相まって、クラスの男女問わず注目を浴びていた。
「「……」」
なぜかこのとき俺と霞はただただ、言葉を交わさずに無言でお互いを見つめていた。
……なんだか様子が変だ。なんで俺のことをずっと見てるんだ?
「せ、席は白銀君の前が空いてるから、そ、そこに……!」
「……はい」
「あらま……復活したわ」
復活したまりもちゃんに促されると、霞は俺の前の席へと向かってきた。
「……」
「私、鑑純夏! 席が隣になったのも何かの縁だね! よろしく!」
「……はい……」
「御剣冥夜だ。同じ日に転校してくるとは何やら因縁めいたものを感じるな」
「初めまして社さん。私は御剣悠陽と申します。今後ともよろしくお願い致します」
「……よろしくお願い……します…」
周りの純夏達と挨拶を交わす霞。
「俺は白銀武。よろしくな"霞"!」
「……!?……霞…白銀さん?……」
しまった! つい癖で名前で呼んでしまった……ん? この反応……まさかッ!?
俺は確信を得るために決定的な質問をした。
「……なぁ、もしかして俺とどっかで会ったことあるか?」
「──!?」
「し、白銀君? 社さんとお知りあ――」
まりもちゃんがそう言いかけるより前に……
「──白銀さんッ!」
「おっと」
霞は俺の胸に飛び込んできた。
「……ぅぅ…くぅ…し、ろ…がねさん……」
「霞……」
もしかして霞にもあの世界の記憶が!?
霞は俺の胸に顔を埋めて泣き出した。
でもこの涙は決して、あの世界で仲間を失ったときに流した悲し涙ではない。
こうしてまた皆んなに会えたが故の嬉し涙だ。
「あ、あ~~~~ッ!! た、たけるちゃん、社さん泣かした~~~~ッ!!」
「えッ!」
「えぇッ!?」
「……」
「酷いよタケル~~ッ!!」
「白銀ぇ〜、なに転校初日に女子泣かせてるのよ〜?……もしかして訳あり?」
あいつらや夕呼先生が横から茶々を入れるが、俺の耳には入らなかった。
「……霞、お前も"記憶"があるんだな?…」
「……!…はい」
「そうか……まぁでも、霞もこっちに来れたんだ。……思い出いっぱい作ろうな?」
「…!……はい!!」
霞は泣きじゃくって腫らした顔を拭って満面の笑みを向けた。俺はそれを見て霞の頭を撫でた。
この慈愛に満ちた武の様子に騒ぎたっていた周りのクラスメイト達は次第に何も言わなくなり、あの夕呼すら見惚れていた。
「……お、おっほん。白銀〜、転校生全員あんたに気があるってウハウハねぇ〜?」
気を取り直した夕呼先生はいつも通りと言わんばかりに俺をからかい出した。
「ちょっとやめなさいよ夕呼! 白銀君だってわざと女の子侍らせてる訳じゃないんだから!」
そんなのほほんとした顔で辛辣なこと言わんでください、まりもちゃん……
「……タケル、どうやら因縁めいたものがあったのは、そなた達だったようだな……?」
「そのあたりのご事情、是が非にも伺いたいものですわ」
そう言うと殿下は俺の腕に絡みついて来た。
……ちょっといいなと思ってしまったのは己の不覚である。
「──ぬ! 姉上〜〜!!」
「──わ〜〜〜〜〜〜っ!! タケルちゃんが御剣さんにくっついた〜〜!!」
何を見たらそうなるんだ!!逆だバカ!
「逆だッ逆ッ! それに殿下も場所を弁えてください!」
「……殿下?」
「…あっ」
しまった! 殿下なんて呼び方はこの世界では不自然すぎる。
「いやですわ、武様。私との仲ではありませんか。ぜひとも悠陽とお呼び捨てくださいまし」
「それは……その…」
殿下とは違うと頭ではわかっているのだが、どうしても抵抗が……
「そんな……この願いは叶わぬ願いなのでしょうか?」
涙目で下からのぞき込むように見つめる悠陽。
うっ……そんな目をされたら……
「わ、分かった。 よろしくな、悠陽」
「!」
殿下を名前で呼び捨てにするのは抵抗があるが……おそらく問題ないだろう。
殿下……いや、悠陽はニコニコと笑顔を浮かべながら一向に離そうとしない。気づけば涙目は消えていた。
……なるほど……これは腹黒ってやつだ。分かっててやっている顔だ。あの世界の為政者としての力が要らん方向に働いている……
「……悠陽、俺は大和撫子みたいな女性がタイプなんだ。所構わず寄ってくるのはあまり感心しないぞ?」
「ッ!?──左様でございましたか……私としたことがつい……」
自分で言ってて笑いかけたが、それっぽく言うと素直に悠陽は離れてくれた。どうも根っこの性格は冥夜と似ているらしい。
「(変ね……普段の白銀ならあんなこと絶対に言わないのに……)」
このとき香月夕呼は頭の中で白銀の異変について観察していた。
「(朝の鏡との様子といい、さっきの社に向けられていたあの顔……あれは間違いなく『男の顔』だった……いや違うわよッ!? 私としたことが、なに年下相手に……)」
先程白銀が社に向けていた慈愛に満ちた表情に、思わず一瞬見惚れてしまった夕呼は己の不覚であると屈辱感を味わっていた。
そんなところに向こうで一悶着終えた白銀がやってきた。
「すいません夕呼先生。このあとちょっと時間あります?」
「あら、もしかして愛の告白? 悪いけど年下は性別認識圏外よ?」
夕呼はいつもの調子でそう答える。
「そんなんじゃないですよ。……『因果律量子論』と"平行世界"について話が……」
「!?」
因果律量子論という言葉に反応した夕呼。それと同時に出た平行世界という言葉。そして眼の前にいる普段と違う雰囲気を纏った白銀。
「(なるほど、そういうことね……)分かったわ。ならこのあと物理準備室に来なさい」
「分かりました」
自身の理論が証明されたと夕呼は内心、科学者としての血が騒いでいた。
その後、純夏に三人との関係を問い詰められ、たまに押され、彩峰の胸にうっかり飛び込んで……
──武は本日二度目のパンチを喰らった。
「エアバーーーーック!!」