闇の引き金   作:ほろろぎ

1 / 7
第一話 兄妹(きょうだい)と、世界の終わり。

「どうした、妹よ? いつも以上に暗い顔をして」

 

 藤森 みなとは同じ家の屋根の下、同じ部屋で暮らしている一歳年下の妹の、藤森 水都に声をかけた。

 

 心配している様ではあるが、特にそういう風な顔を、みなとはしていない。

 表情が硬いというか、感情が表に出ないのはいつもの事なので、水都はそれに対してなにか思うこともなく聞き返す。

 

「え、そんなに暗い顔してた……?」

「ああ。昨日も一昨日も暗い顔だったが、今は普段よりもっと酷い」

「……あのね、今日学校で、クラスの子に声をかけられたんだけど」

「珍しいな」

「うん。それで緊張しちゃって、返事も上手く出来なくて……」

 

 藤森水都はとても気が弱く、大人しい少女だ。

 物心つく前から仲の悪い両親や祖父母の影響で、彼女は常に周りの人間の顔色をうかがって生きてきた。

 そのせいで、すっかり他人に対して臆病な人格が形成されてしまったのだ。

 

 目の前の兄も水都ほどでは無いが似たような有様で、そろって性格が暗く、後ろ向きな思考が根付いている。

 そのために彼ら兄妹(きょうだい)は、学校でも友人はおろか会話する相手にさえ不自由し、孤独な生活をおくらざるを得なかった。

 

 ただ唯一……二人には根本の所で、決定的な違いがあった。

 

 水都は自分の後ろ向きな性格を否定的にとらえているのに対して、兄のみなとは

 

「このマイナスな物の考え方が俺だ。なんか悪いか?」

 

 と、開き直って受け入れている事にあった。

 そのおかげか、兄妹(きょうだい)の仲は他の家族と違い悪くなく、むしろみなとも水都も──口にこそ出さないが──互いを大切に思い合っていた。

 

「私が返事もロクに出来なかったせいで、相手の子も苦笑いしながら離れて行っちゃったし、もう自分が情けなくて……」

「滅多にないとはいえ、話しかけられただけで大したもんだ。お兄ちゃんを見なさい。もう一年近く、学校の誰からも声かけられてないから」

「それは自慢っぽく言うことじゃないと思う。ていうか、それでよく学校でやっていけてるね」

 

 胸を張って妹の失敗談をフォローする兄の姿を、水都は嬉しく思うよりも前に的確なツッコミを入れた。

 

「どうせ俺たち兄妹は、誰の目にも止まらないんだ。これからも孤独な日々が続いていくのさ」

「変な達観しないで。でも、そうなる未来が否定できない……」

「さあ、今日はもう寝ようぜ。明日も独りで生きていくためには、体力が必要だからな」

「うぅ……。どうか明日こそ、ちゃんと人と話せますように」

 

 漠然(ばくぜん)とした「神」というイメージに対して祈りを捧げつつ、水都は布団に入った。

 

 

 

 

 

 二段ベッドの上の段で眠りについていた水都は、不意に深夜、目を覚ました。

 誰かに声をかけられた気がしたからだ。

 

 下の布団で寝ている兄のみなとの声ではない。

 別室の両親や祖父母のものでもない。

 

 もっといえば、具体的な誰かの声というものでもなかった。

 抽象的な、脳裏に浮かんだイメージとしての言葉。

 声は、少女をある場所へと(いざな)うメッセージを発していた。

 

 水都は、どうしてもその声を無視できなかった。

 なぜかは彼女自身にも分からない。

 ただ、今すぐその場所へ行かなければという使命感にも似た強い思いが、少女を布団から起き上がらせる。

 

「トイレか? 悪いがお兄ちゃんは着いて行ってやれないぞ」

「トイレくらいもう一人で行けるよ!」

 

 もう十一歳なんだから。

 下から聞こえた兄の言葉に、水都は反射的に言い返した。

 見れば、みなともベッドから起きて、パジャマの上から上着を羽織っている所だった。

 

「お兄ちゃん、どこか行くの?」

「うん? ああ、ちょっとな」

「もしかして……お兄ちゃんにも、変な声が聞こえた?」

「え、お前も聞こえたのか?」

 

 二人は顔を見合わせて、やっぱり勘違いじゃなかったのかと(あらた)めて確信する。

 水都もベッドを降り、上着を羽織ると他の家族を起こさないように、(そろ)ってそっと家から外に出た。

 

 向かう先は「諏訪大社」のある山。

 兄妹は催眠術にでもかけらた様に、人気の無い深夜の道路を黙々と歩いて、やがては(くだん)の山の中に立ち入る。

 

 一般の参拝者が通るルートを外れて、二人は草におおわれた一つの(ほこら)の前にたどり着いた。

 朽ち果てた祠の前に(たたず)むみなとと水都。

 

「ここか?」

「うん。ここに来るように、声が言ってた」

 

 その時、出し抜けに地面が揺れはじめた。

 

 ここ最近、日本の各地では津波や台風などの自然災害が頻発(ひんぱつ)していた。

 地震もその例にもれず、大小関わらず日に数回の揺れが起こることも(まれ)ではない。

 

 しかし今この時の地震は、これまでの比ではない程の大規模なものだった。

 兄妹は立っていられず、たまらず地面にうずくまる。

 

 数分もの長い揺れが収まって、二人は冷や汗と共に互いの無事を確認した。

 山が崩れなかったのは、不幸中の幸いだった。

 

「めちゃくちゃデカい揺れだったな。……水都?」

 

 返事を返さない妹を不思議に思ったみなとは、隣の少女に視線を向ける。

 水都は、空を見上げたまま硬直していた。

 

「どうした?」

「……わかんない。けど、なにか来る……」

 

 (おび)えたような表情で小さくつぶやいた水都。

 やがて二人の目に、信じられない光景が広がった。

 

 空に輝く星々が、地上に向けて次々と降り注いできたのだ。

 

「流れ星……?」

 

 みなとが呆然と発する。

 

 天に浮かぶすべての星々は地上に降下すると、大地に激突することなく、ふわふわと地面の上を漂い始めた。

 星には、これまで誰も知らなかったことだが、大きな口がついていた。

 

 そして、空から(こぼ)れた星の(くず)たちは、その巨大な口で近くにある家々を食べ始める。

 まるでスポンジケーキにかじりつく様に、コンクリート造りの家屋はなんの抵抗も示さず()み砕かれていった。

 

 街のあちこちで悲鳴が上がった。

 破壊された家の住人が、慌てた様に外へ飛び出してくる。

 

 星屑は、逃げ出した人たちをも、遠慮なく食べ始めた。

 

「お、お兄ちゃん……なんなの、あれ……」

 

 眼下に凄惨(せいさん)な光景を映しながら、水都は震える声で言った。

 隣に立つ兄の服の(そで)をギュッとつかむ。

 

 もちろん、みなとにも何が起きているのか、皆目(かいもく)見当もつかない。

 ただ、あまりにも現実離れした光景を前にして、妙に冷静さを取り戻したみなとは

 

「これが世界の終わりかぁ。結構早かったな、人間が滅亡するの……」

 

 とだけ漏らした。

 

 

 

 

 

──マダダ──

 

 再び、兄妹の脳裏に声が聞こえた。

 彼らをここまで連れてきたのと同じ声であり、より強くはっきりとそれは二人の頭に響いてきた。

 

 二人の背後で、祠の閉ざされていた扉が、ひとりでに開く音が聞こえる。

 振り返れば、祠の中に収められていた二つのモノが、兄妹の前にあらわになった。

 

「なんだ、これ……?」

 

 一つは植物の(つる)の様な、細長い(ひも)状の物体。

 そしてもう一つは──Y字の形をした、青黒い石の塊。

 

──ツカエ──

 

 使え、と言ったのか?

 声に誘われるがままに、みなとは石塊の方に手を伸ばした。

 横で水都が制止の声を上げていたが、少年の耳にその声は届かなかった。

 

 夢遊病の患者のごとく、ゆっくりとした手つきでみなとは物体をつかむ。

 古代の石器にも似たそれは、吸いつくような握り心地で彼の手によく馴染(なじ)んだ。

 

 瞬間、石器の中からにじみ出るように──「闇」が(あふ)れだした。

 

 闇は(せき)を切った濁流(だくりゅう)のごとくみなとを飲み込み、隣に立っていた水都は弾かれる様に吹き飛ばされてしまう。

 

「お兄ちゃんッ」

 

 水都は地面に倒れるも、すぐに顔を上げ兄を呼ぶ。

 視線の先にはすでに少年の姿は無く、そこには闇夜の黒よりも尚黒い塊だけが存在していた。

 

 不定形の闇の塊は、ブワッとはじける様に広がると、空に向けて勢いよく立ち昇っていく。

 大瀑布(ばくふ)を逆転させたような闇の奔流(ほんりゅう)

 

 激しい力の流れはやがて収束し、一つの形を成した。

 それ(・・)は、大いなる闇の具現。

 

「……巨人……?」

 

 頭上を見上げながら、水都は呆然とつぶやいた。

 少女の眼の前には──五十メートルはあろうかという、巨大な人型の物体が(たたず)んでいたのだ。

 

 巨人はシルエットこそ人間のそれだが、外見は人のものとは大きく外れた姿をしていた。

 まるで筋肉が()げ落ち、灰色の骨格がむき出しになった様な……。

 とても醜いその(なり)は、怪物と言った方がより近いかもしれない。

 

 水都は、闇の中にそびえ立つ巨人を見上げる。

 遥か頭上……巨人の黒い瞳(・・・)の奥に、彼女はとても近しい者の存在を感じた。

 

「もしかして、お兄ちゃん?」

 

 巨人は少女の声に応えない。

 ただ、黙ってそこに立つだけだった。

 

 突如、これまで街中で人々を襲っていた星屑たちが、その標的を変えた。

 星々は一斉に、巨人目がけて飛んできたのだ。

 

 不動の巨人はすぐさま、無数の星の群れに埋め尽くされてしまう。

 星屑は大きな口と頑丈な歯でもって、巨人の肉体に食らいついた。

 

 ガリガリと嫌な音を立てながら、星々は巨人の灰色の体表に歯を立てる。

 しかし、星の(あぎと)は巨人の皮膚には、文字通り歯が立たない様子だった。

 

「お兄ちゃ……!」

『ゼアッ!!』

 

 巨人が()えた。

 大いなる巨体から、禍々(まがまが)しい暗黒の波動が放射される。

 

 巨人の体に(むら)がっていた星屑たちは闇の衝撃波を受けると、砂像で出来た様に小さな粒子となって吹き飛んでいった。

 闇は、周囲を漂っていた星々をも、諸共(もろとも)に消し飛ばす。

 

 巨人の足元にいた水都は、かろうじて黒き衝撃から逃れることが出来た。

 だが、事態はそこで終わらなかった。

 

「ぁ、また来るの……!?」

 

 水都が見上げる天空より、再び流星が(くだ)る。

 

『ダッ』

 

 巨人が、足を踏み出した。

 地を揺るがしながら、山裾(やますそ)の街中へと踏み入る。

 そこで巨人は、再び星屑の群れとぶつかり合った。

 

「おい! 何なんだ、あれは!?」

「一体なにが起きてるんだ!」

 

 巨人が星々と戦っているのをのを目にした住人たちが、次々と諏訪大社へと避難してきた。

 口々に、身に降りかかった異常事態を叫ぶも、現状を理解している者は皆無である。

 

 巨人と星屑の群れは、民家やビルを破壊しながら争いを続けていた。

 幸いというべきか、すでに街には生き残っている人の姿はない。

 すべて……最初の星の襲撃によって、残された住人は全員命を落としていたから。

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」

 

 逃げてきた住民たちの中でただ一人──藤森水都は、兄のみなとが変容したであろう巨人の姿を、不安げに見つめていた。




巨人=トリガーダークですが、本編とは違い目が黒くなってます。
クウガのアルティメットフォームみたいな感じです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。