「どうした、妹よ? いつも以上に暗い顔をして」
藤森 みなとは同じ家の屋根の下、同じ部屋で暮らしている一歳年下の妹の、藤森 水都に声をかけた。
心配している様ではあるが、特にそういう風な顔を、みなとはしていない。
表情が硬いというか、感情が表に出ないのはいつもの事なので、水都はそれに対してなにか思うこともなく聞き返す。
「え、そんなに暗い顔してた……?」
「ああ。昨日も一昨日も暗い顔だったが、今は普段よりもっと酷い」
「……あのね、今日学校で、クラスの子に声をかけられたんだけど」
「珍しいな」
「うん。それで緊張しちゃって、返事も上手く出来なくて……」
藤森水都はとても気が弱く、大人しい少女だ。
物心つく前から仲の悪い両親や祖父母の影響で、彼女は常に周りの人間の顔色をうかがって生きてきた。
そのせいで、すっかり他人に対して臆病な人格が形成されてしまったのだ。
目の前の兄も水都ほどでは無いが似たような有様で、そろって性格が暗く、後ろ向きな思考が根付いている。
そのために彼ら
ただ唯一……二人には根本の所で、決定的な違いがあった。
水都は自分の後ろ向きな性格を否定的にとらえているのに対して、兄のみなとは
「このマイナスな物の考え方が俺だ。なんか悪いか?」
と、開き直って受け入れている事にあった。
そのおかげか、
「私が返事もロクに出来なかったせいで、相手の子も苦笑いしながら離れて行っちゃったし、もう自分が情けなくて……」
「滅多にないとはいえ、話しかけられただけで大したもんだ。お兄ちゃんを見なさい。もう一年近く、学校の誰からも声かけられてないから」
「それは自慢っぽく言うことじゃないと思う。ていうか、それでよく学校でやっていけてるね」
胸を張って妹の失敗談をフォローする兄の姿を、水都は嬉しく思うよりも前に的確なツッコミを入れた。
「どうせ俺たち兄妹は、誰の目にも止まらないんだ。これからも孤独な日々が続いていくのさ」
「変な達観しないで。でも、そうなる未来が否定できない……」
「さあ、今日はもう寝ようぜ。明日も独りで生きていくためには、体力が必要だからな」
「うぅ……。どうか明日こそ、ちゃんと人と話せますように」
二段ベッドの上の段で眠りについていた水都は、不意に深夜、目を覚ました。
誰かに声をかけられた気がしたからだ。
下の布団で寝ている兄のみなとの声ではない。
別室の両親や祖父母のものでもない。
もっといえば、具体的な誰かの声というものでもなかった。
抽象的な、脳裏に浮かんだイメージとしての言葉。
声は、少女をある場所へと
水都は、どうしてもその声を無視できなかった。
なぜかは彼女自身にも分からない。
ただ、今すぐその場所へ行かなければという使命感にも似た強い思いが、少女を布団から起き上がらせる。
「トイレか? 悪いがお兄ちゃんは着いて行ってやれないぞ」
「トイレくらいもう一人で行けるよ!」
もう十一歳なんだから。
下から聞こえた兄の言葉に、水都は反射的に言い返した。
見れば、みなともベッドから起きて、パジャマの上から上着を羽織っている所だった。
「お兄ちゃん、どこか行くの?」
「うん? ああ、ちょっとな」
「もしかして……お兄ちゃんにも、変な声が聞こえた?」
「え、お前も聞こえたのか?」
二人は顔を見合わせて、やっぱり勘違いじゃなかったのかと
水都もベッドを降り、上着を羽織ると他の家族を起こさないように、
向かう先は「諏訪大社」のある山。
兄妹は催眠術にでもかけらた様に、人気の無い深夜の道路を黙々と歩いて、やがては
一般の参拝者が通るルートを外れて、二人は草におおわれた一つの
朽ち果てた祠の前に
「ここか?」
「うん。ここに来るように、声が言ってた」
その時、出し抜けに地面が揺れはじめた。
ここ最近、日本の各地では津波や台風などの自然災害が
地震もその例にもれず、大小関わらず日に数回の揺れが起こることも
しかし今この時の地震は、これまでの比ではない程の大規模なものだった。
兄妹は立っていられず、たまらず地面にうずくまる。
数分もの長い揺れが収まって、二人は冷や汗と共に互いの無事を確認した。
山が崩れなかったのは、不幸中の幸いだった。
「めちゃくちゃデカい揺れだったな。……水都?」
返事を返さない妹を不思議に思ったみなとは、隣の少女に視線を向ける。
水都は、空を見上げたまま硬直していた。
「どうした?」
「……わかんない。けど、なにか来る……」
やがて二人の目に、信じられない光景が広がった。
空に輝く星々が、地上に向けて次々と降り注いできたのだ。
「流れ星……?」
みなとが呆然と発する。
天に浮かぶすべての星々は地上に降下すると、大地に激突することなく、ふわふわと地面の上を漂い始めた。
星には、これまで誰も知らなかったことだが、大きな口がついていた。
そして、空から
まるでスポンジケーキにかじりつく様に、コンクリート造りの家屋はなんの抵抗も示さず
街のあちこちで悲鳴が上がった。
破壊された家の住人が、慌てた様に外へ飛び出してくる。
星屑は、逃げ出した人たちをも、遠慮なく食べ始めた。
「お、お兄ちゃん……なんなの、あれ……」
眼下に
隣に立つ兄の服の
もちろん、みなとにも何が起きているのか、
ただ、あまりにも現実離れした光景を前にして、妙に冷静さを取り戻したみなとは
「これが世界の終わりかぁ。結構早かったな、人間が滅亡するの……」
とだけ漏らした。
──マダダ──
再び、兄妹の脳裏に声が聞こえた。
彼らをここまで連れてきたのと同じ声であり、より強くはっきりとそれは二人の頭に響いてきた。
二人の背後で、祠の閉ざされていた扉が、ひとりでに開く音が聞こえる。
振り返れば、祠の中に収められていた二つのモノが、兄妹の前にあらわになった。
「なんだ、これ……?」
一つは植物の
そしてもう一つは──Y字の形をした、青黒い石の塊。
──ツカエ──
使え、と言ったのか?
声に誘われるがままに、みなとは石塊の方に手を伸ばした。
横で水都が制止の声を上げていたが、少年の耳にその声は届かなかった。
夢遊病の患者のごとく、ゆっくりとした手つきでみなとは物体をつかむ。
古代の石器にも似たそれは、吸いつくような握り心地で彼の手によく
瞬間、石器の中からにじみ出るように──「闇」が
闇は
「お兄ちゃんッ」
水都は地面に倒れるも、すぐに顔を上げ兄を呼ぶ。
視線の先にはすでに少年の姿は無く、そこには闇夜の黒よりも尚黒い塊だけが存在していた。
不定形の闇の塊は、ブワッとはじける様に広がると、空に向けて勢いよく立ち昇っていく。
大
激しい力の流れはやがて収束し、一つの形を成した。
「……巨人……?」
頭上を見上げながら、水都は呆然とつぶやいた。
少女の眼の前には──五十メートルはあろうかという、巨大な人型の物体が
巨人はシルエットこそ人間のそれだが、外見は人のものとは大きく外れた姿をしていた。
まるで筋肉が
とても醜いその
水都は、闇の中にそびえ立つ巨人を見上げる。
遥か頭上……巨人の
「もしかして、お兄ちゃん?」
巨人は少女の声に応えない。
ただ、黙ってそこに立つだけだった。
突如、これまで街中で人々を襲っていた星屑たちが、その標的を変えた。
星々は一斉に、巨人目がけて飛んできたのだ。
不動の巨人はすぐさま、無数の星の群れに埋め尽くされてしまう。
星屑は大きな口と頑丈な歯でもって、巨人の肉体に食らいついた。
ガリガリと嫌な音を立てながら、星々は巨人の灰色の体表に歯を立てる。
しかし、星の
「お兄ちゃ……!」
『ゼアッ!!』
巨人が
大いなる巨体から、
巨人の体に
闇は、周囲を漂っていた星々をも、
巨人の足元にいた水都は、かろうじて黒き衝撃から逃れることが出来た。
だが、事態はそこで終わらなかった。
「ぁ、また来るの……!?」
水都が見上げる天空より、再び流星が
『ダッ』
巨人が、足を踏み出した。
地を揺るがしながら、
そこで巨人は、再び星屑の群れとぶつかり合った。
「おい! 何なんだ、あれは!?」
「一体なにが起きてるんだ!」
巨人が星々と戦っているのをのを目にした住人たちが、次々と諏訪大社へと避難してきた。
口々に、身に降りかかった異常事態を叫ぶも、現状を理解している者は皆無である。
巨人と星屑の群れは、民家やビルを破壊しながら争いを続けていた。
幸いというべきか、すでに街には生き残っている人の姿はない。
すべて……最初の星の襲撃によって、残された住人は全員命を落としていたから。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」
逃げてきた住民たちの中でただ一人──藤森水都は、兄のみなとが変容したであろう巨人の姿を、不安げに見つめていた。
巨人=トリガーダークですが、本編とは違い目が黒くなってます。
クウガのアルティメットフォームみたいな感じです。