闇の引き金   作:ほろろぎ

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第二話 終わった昨日と、これからの明日。

 二〇十五年のある夏の日──世界は終わりを迎えていた。

 突如として夜空から(くだ)った無数の流星が、怪物へと姿を変え、地の上に住まう人々を虐殺しはじめたのだ。

 

 世界の各地では警察や自衛隊、軍隊などが怪物となった星の屑へと攻撃を試みた。

 が、あらゆる武器は星屑に一切のダメージを与えることも出来ず、人々は抵抗の手段すら無く、命を刈り取られていく。

 

 そんな中──ここ長野県は諏訪の地で、一つの奇跡ともよべる出来事が起きていた。

 

「お兄ちゃん……」

 

 少女──藤森水都の兄である藤森みなとが、謎の石器を手にしたことで『闇の巨人』とでも言うべき存在へと変化したのだ。

 諏訪大社のある山中に出現した巨人はふもとの街へと()り、そこで星屑の群れと戦いを繰り広げ始める。

 

 星屑は数こそ多いが、巨人が人であるのなら比較して、手の平に乗るほどのサイズしかない。

 巨人にとっては鳥のヒナのようなひ弱なものであり、力を込めれば握りつぶされる程度の(はかな)い存在だ。

 現にいくら(たか)っても、巨人は(かゆ)みすら感じていないだろう。

 

 諏訪大社に避難してきた村人たちは、闇の巨人と星屑の戦いを呆然と見守っていた。

 あの白い怪物はなんなのか? それと戦う巨人は味方なのか?

 誰にも、水都にすら答えは分かっていない。

 

 怪物に異変が起こった。

 十数体の星屑が一つの塊となり、その姿を変異──否、進化(・・)させていく。

 

 巨大な一本の(つの)を持つ個体。

 矢のような射出器官を持つ個体。

 ムカデのような何本もの足を持つ個体。

 

 「進化体」となった星屑はしかし、それでもなお巨人の敵ではなかった。

 

『ヘアッ!』

 

 巨人の振るう腕にそって放射された闇の波動が、進化体を紙細工のように軽々と蹴散らしていく。

 戦いを見守っていた村人たちは、いつしか歓声を上げて巨人を応援していた。

 

 戦いは一晩の間続いた。

 夜の帳は開けつつあり、夜闇に包まれていた周囲の様子が、次第にハッキリとしてくる。

 

 進化体はついにその数をゼロへと帰し、残る星屑はどこかへと引き返すように去ろうとしていた。

 

『ダッ』

 

 闇の巨人は追い打ちをかけるかのように、逃げる星屑を追って壊滅した街を進む。

 

 朝日が昇り始めた。

 

『ヘアッ!?』

 

 突如、巨人が苦しみだす。

 まるで、()の光に照らされた吸血鬼が最期を迎える時のように、頭を抱えもだえ始める。

 

『ウゥ……』

 

 苦しむ巨人の体は、徐々に黒い霧へと形を変える。

 霧の塊となった巨人は、そのまま空気中に霧散するように消えていった。

 あとには、破壊された街並みだけが残されていた。

 

 巨人が立っていた足元──荒れ果てた街の中にはただ一人、意識を失った藤森みなとが倒れているのみであった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

(……あれ。ここ、どこだ……?)

 

 みなとの意識はそこから始まった。

 確かさっきまで、妹の水都と一緒に諏訪大社の山へ登ったはずだ。

 が、彼は今……どこかも分からない深い霧の中にいた。

 

 隣にいたはずの妹の姿はなく、辺りは雨雲のような濃厚な、灰色の霧で包まれいる。

 

(俺、山に登って……それから、どうしたんだっけ?)

 

 そうだ。変な声に誘導されて、石でできたナニカを手にして、それから……。

 

(あ、そうだ。俺……闇に飲まれて、そのまま)

 

 少年が変化した「闇の巨人」のビジョンが、テレパシーのように彼の脳裏に浮かんだ。

 同時にみなとの目の前の霧が晴れ、映像のように、巨人となった彼の視点が映る。

 

(うわぁ……俺めちゃめちゃ暴れてるじゃん。いや、俺の意思じゃないけど)

 

 映像は、巨人と星屑の戦いの場面を流していた。

 巨人となった影響か、みなとはこの()()()()が怪物に対して、非常に強い怒りを抱いていることが分かった。

 言葉には言い表せないほどの、深く暗い怨嗟の感情。

 

 

 

 

 

 出し抜けに、映像が切り替わる。

 

 それは、とてもとても古い時代の記録だった。

 数百年や数千年の程度ではない。

 もっともっと──ずっと遥かに太古の歴史。

 

 そこで人々は、現代よりもずっと平和に暮らしていた。

 憎しみも争いもなく、自然と調和し神を(うやま)う、平穏な生活。

 

 その中で、一つの()()が訪れる。

 人は文明を(きず)き、発展の末についには、神へと近づく行いをした。

 

 みなとの目には、大樹を思わせる一つの()()()が映っていた。

 それは『宇宙開闢(かいびゃく)に匹敵する超エネルギー』を秘めた、古代人類の英知の結晶。

 ひとたび使えば、宇宙一つをまるごと創造することも、破壊してしまうことも可能な、まさに神の御業を可能とする代物だった。

 

 

 

 

 

 そしてそれは、文字通りの「神の怒り」に触れた。

 みなとの前に流れる映像には、()()()()()()()によって光の塔が破壊され、またそれを作りだした古代人も殺戮(さつりく)されていく様が映されていた。

 

 まるで少し前にみなとたち現代人も出くわした光景と、寸分たがわぬ虐殺劇だった。

 

(これって、俺たちも『天罰』を受けたってことなのかな……)

 

 少年はボンヤリとそう思った。

 

 そして──死した人々の無数の亡骸(なきがら)から立ち昇る魂は、黒い闇のひと塊となって、やがて人型へと変化していった。

 果てしない恨みや憎しみを放射する、神をも滅ぼさんとする闇の巨人へと。

 

 

 

 

 

 映像はそこで終わった。

 同時にみなとの意識も、眠りにつくように次第に薄れていった。

 

 気怠さの中で、遠くから妹の水都が、自分を呼ぶ声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 次に目を覚ました時、藤森みなとは諏訪大社の社殿の中に寝かされていた。

 確か、巨人の姿から元の体に戻った時、街の中にいたような気がしたが……。

 

「あ、気がついたのね!」

 

 起き上がったみなとに声をかけたのは、彼の見知らぬ少女だった。

 やや緑がかった黒い髪と瞳の、歳の近い女の子。

 

「えっと……」

 

 一年ぶりに同じような世代から話しかけられたみなとは、少しどもってしまう。

 と──彼の妹も、兄が意識を取り戻したのに気づいて、慌てたようにやって来た。

 

「お兄ちゃん! よかった、目が覚めたんだね!」

「おお、水都。お前も無事だったか」

 

 兄妹(きょうだい)は久しぶりの再会を喜んで、抱擁(ほうよう)を交わす。

 水都が体を離してから、みなとは改めて謎の少女に顔を向けた。

 

「で……誰なの、君は?」

「ちょっとお兄ちゃん、失礼だよ!」

「え!? 名前を聞いただけで失礼になんの?」

「この人、街で倒れてたお兄ちゃんを、ここまで連れて来てくれたんだよ。命の恩人だよ」

 

 水都の説明に、少女は「大したことじゃないわ」と言った。

 

「自己紹介するわね。私は、白鳥歌野。ナイス トゥー ミーチュー」

「あ、よろしく。って、なんでいきなり英語?」

「癖みたいなものだから、気にしないで」

 

 少女──歌野はスッと右手を差し出し、つられたみなとも、おずおずと握り返した。

 握手する二人の横で、水都は説明を続ける。

 

「この人、あの白い怪物から、私や町の人たちを守ってくれたんだよ」

「ん? どゆこと?」

 

 握手を終えて手を離したみなとは、目の前の少女に訊ねた。

 歌野は自慢げに答える。

 

「何を隠そう、私は選ばれたの! そう……皆をガードする『勇者』にね!!」

「ゆうしゃ……って、あの勇者か?」

 

 さっぱり話しが見えてこない。

 みなとは説明を捕捉してくれるよう、妹の顔を見た。

 水都はおどおどとした様子で、懸命に説明を試みようとする。

 

「えっとね、私もまだよくわかってないんだけど……私の頭の中に、神様が伝えてきたの」

 

 いわく、近頃頻発していた諸々の災害は、人類を滅ぼそうとする神と守ろうとする神との戦いの余波であり、この度──人を守ろうとしてくれた神は、敗北したとのこと。

 

「やっぱ人類滅亡の時だったかぁ……」

 

 みなとは、食事に嫌いなおかずを出された時のように、ため息をつきながら言った。

 

「でも、残された神様は『土地神』っていうのになって、この諏訪の周辺を結界で守ってくれてるんだよ」

「じゃあ、すぐに滅亡するんじゃないのか。けどバリアだけじゃ、どうしようもないだろ」

「そこでセレクトされたのが、この私っていうわけ」

 

 歌野は自分を指さして言った。

 

「私は土地神様に選ばれた勇者として、あの怪物と戦うのがミッションなの」

「ミッション……って、使命って意味か。なんかゲームみたいだな」

「この諏訪大社にも、勇者専用の武器や装備が収められていたの。あなたも、もうゲットしたんでしょ?」

 

 みなとに確認する歌野。

 どうやら彼女は、少年が闇の巨人となったことを知っているようだった。

 

「これか」

 

 みなとは(かたわ)らに置いてあった、Y字状の黒い石器を手に取る。

 

「一応聞くけど……水都も俺が、()()になったの知ってるんだよな?」

「……うん。近くにいたからね」

「なんなのかしらね、あの巨人は。勇者とは違う存在みたいだけれど」

 

 歌野の疑問に答える形になるかは分からなかったが、みなとは意識を失っている間に霧の中で見たビジョンを話して聞かせた。

 

「ふーん……つまりあの巨人は、神に滅ぼされた古代人の、恨みの集合体ってことかしらね」

「そんで神様は、人間が行き過ぎた力を持ったことに、お怒りになったってことだな」

「な、なるほど……」

 

 三人はひとまず納得しあった様子だった。

 

「しかし、そうなると……もしかして俺と君の二人で、あの怪物とこれからも戦わないといけないってことか?」

「大丈夫よ。もう一人、サポーターがいるから」

「え、どこに?」

「そこに」

 

 みなとの言葉に、まだ助っ人がいると答えた歌野。

 彼女が示す人物とは──

 

「え、水都が? マジで?」

 

 藤森水都。その少女は(おび)えたように、体をビクリと(ふる)わせた。

 

「わ、私は勇者じゃくて、巫女っていうのに選ばれた……みたい」

「それは、勇者とは違うのか?」

「巫女は勇者を支援する役で、戦うことは出来ないけど、神様からのお告げとか、敵がどこから来るかとかがわかるんだって」

 

 水都が助っ人と聞いて、少し焦りを覚えたみなと。

 が、どうやら戦う訳ではなく、怪我をするような危ない役割では無かったことに、少年は兄として安堵を覚えた。

 

 その時、霧の中で見たビジョンの一つが思い起こされた。

 みなとは、それを口にする。

 

「……そういや、光の塔が神に壊されて力が暴走しそうになった時、それを(おさ)えた昔の巫女が……どっか水都に似てたな」

「ワオ! それって彼女が、その古代人の生まれ変わりってこと?」

「え、そうなのお兄ちゃん?」

「いや、俺に聞かれても……。でもそう考えると、今の因縁も納得がいくかもなぁ」

 

 自分が古代人の怨念である闇の巨人に()りつかれ、体を貸すハメになったのも……もしかしたら過去に巫女であった水都の親族だからなのかもしれない。

 みなとはそう理屈付けた。

 

 ふと、少年は思い出した。

 白鳥歌野への恩のことを。

 

「そういえば、君が俺をここまで連れて来てくれたんだっけ」

「オフコース、そうよ」

 

 みなとは、頭を限界まで下げた。

 要するに、歌野に対して土下座した。

 

「こんな暗さしかとりえのない、ロクでもない人間を助けてくれてありがとうございます」

「自分を卑下(ひげ)し過ぎてる!? 頭を上げてください皆見てますから!」

 

 この騒ぎで忘れていたが、元来の卑屈さを思い出したかのように発揮(はっき)するみなと。

 歌野は、これから共に戦っていくであろう少年のメンタルを、少なからず心配するのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 世界が終わりを迎えてから、数日が経過した。

 

 諏訪の結界内に避難出来た人の数は非常に少なく、元の住民の大部分は、天より飛来した星屑によって殺されてしまった。

 生き延びた人たちも、それで終わりでは無かった。

 

 再びあのバケモノがやって来るかもしれない、その時は自分も……という不安を抱え、みな無気力となりなにも出来なくなって、ただただ時間だけが過ぎていった。

 

 そんな絶望感に包まれた人々の中で、唯一、希望を失わない者がいた。

 それはまだ年端もいかない小学生の少女──白鳥歌野である。

 

「今は苦しい状況ですが、きっと活路が見つかります! 人間は、何度でも立ち上がることができるはずです!」

 

 歌野は一人で、絶望に(ふさ)ぐ人たちのことを、懸命に励まし続けた。

 それは彼女が、人を守る勇者に選ばれたから、という使命感から行ったことではない。

 歌野は勇者に選ばれずとも、きっと同じ行動をとっていたことだろう。

 それが白鳥歌野という人間の在り方なのだ。

 

「苦しい昨日は、もう終わりました! これから来る明日のため、皆で力を合わせて進みましょう!」

 

 しかし悲しいかな。

 少女の真剣な励ましの言葉も、打ちひしがれる人々の胸には届かなかった。

 

 歌野はそれでもめげなかった。

 少女はどこかから(くわ)やスコップなどの道具を調達してくると、たった一人で荒れた土地を掘り起こし始めた。

 

「結界の中で暮らしを保っていくためには、自分たちで畑を(たがや)して食べ物を育てないといけません! 自活を始めましょう!」

 

 すべては、明日を生き抜くために。

 そうして歌野は来る日も来る日も、荒れ地の整備を続けていた。

 協力する者もなく、たった一人で。

 

 

 

 

 

「よーやるわぁ」

 

 そんな少女の奮闘を遠目に見ていたのは藤森みなと。

 隣には妹の水都も並んで、歌野が鍬を振るう様を見つめている。

 

「ねえ、お兄ちゃん。私たちも、手伝ってあげた方がいいんじゃ……」

「無駄だよ。どうせ俺らも死ぬんだし、せいぜいその時までダラダラしてようじゃないの」

 

 他の生存者程では無いが、みなとも生来の悲観的な性格が災いして、すっかり生きる気力を無くしていた。

 しかし、水都は違った。

 

 元はマイナスな思考を肯定していたみなとに対し、水都は自分の暗い性格を否定してきた。

 が、この土壇場の状況にあってか、水都は性格はそのままに──ほんの少しの心の強さを見せ始める。

 

「わ、私……手伝ってくる!」

「え、あ、おい!」

 

 兄の静止を振り切って、水都は歌野の元へ駆けて行った。

 妹が、自分からなにか行動を起こす所を、初めて見たのかもしれない。

 みなとは呆気にとられたように、歌野から渡された鍬を振り上げる水都を眺めていた。

 

「ふんっしょ……! よいっしょぉ……!」

 

 だが力仕事など経験のない非力な水都では、気持ちとは裏腹に鍬を振るうどころか、振り回されるのが関の山。

 歌野も

 

「気持ちはサンキューだけど、無理しないで!」

 

 と、逆に気をつかうことに。

 しばし少女らのやり取りを見つめた後で……みなとは重い腰を上げた。

 

「見ちゃいらんねえな。水都、ちょっとお兄ちゃんにそれ、貸してみなさい」

 

 そう言ってみなとは、妹の代わりに鍬を振るう。

 ずいぶん放置されていたのだろう。地面の土は固く、中々掘り進むことが出来ない。

 それでも、みなとは鍬を振り続けた。

 

 別に気が変わって、頑張って生きようと思い直した訳でもないが。

 ただ……彼女らの頑張りがこのまま(むく)われないのは、なんとなく(しゃく)だったからだ。

 

「……二人とも、ありがとね!」

 

 歌野は協力を申し出てくれた兄妹に、心からの笑顔(スマイル)を浮かべた。

 キラキラと輝くような少女の笑みを見て、みなとは

 

「ま、悪くないね」

 

 と無表情のまま、ぶっきら棒に思うのだった。




独自設定として、過去にも人間は天の神の粛正を受けたことがあり
その原因は人類がエタニティコアを生み出したせい、という流れがあります。
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