闇の引き金   作:ほろろぎ

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第三話 暴走と、克服。

 結界内部、諏訪の地だけで生活をまかなうために、白鳥歌野は自活と称して農作業を始めた。

 そんな彼女を藤森兄妹も手伝い始めて、一ヶ月の時間が経過した。

 

 相変わらず、他の生き残りの人々は無気力に(さいな)まれ、三人以外に手を貸してくれる人はいない。

 それでも歌野たちはめげることもなく、毎日毎日ひたすらに、荒れ地を(たがや)し続けていた。

 

「お早う、みーちゃん。みなと君も。今日もグッドな天気ね」

「お早う、うたのん」

「おふぁよぅ……」

 

 人類を滅ぼそうとする神に対して、人を守護する土地神に選ばれた三人──白鳥歌野、藤森水都、その兄のみなとは今、一つ屋根の下で共同生活をおくっていた。

 それぞれの実家が畑から遠いことと、みんなを守る御役目を(にな)う者として、近くで一緒に暮らしていく方がなにかと便利だろうという、歌野の発案によるものである。

 

 同じ家で過ごしているおかげで、三人の仲は急速に近付いていった。

 とくに歌野と水都の二人は、いつの頃からか互いをあだ名で呼び合うほどの関係を築くにいたっている。

 

 みなとは妹に仲のいい友達ができたことを、あまり表には出さなかったが、内心ではとても喜んだ。

 

「俺のことは、あだ名で呼んではくれないのな」

 

 と、若干の嫉妬を覚えたりはしたが。

 

「『みーちゃん』と『みーくん』だと、ややこしいでしょう?」

「まあ俺は年上だからね。別に? 全然? 気にしてないし?」

 

 しっかり気にしている少年を可愛く思いつつ、歌野は今日も作業着に(そで)を通す。

 みなとも(くわ)などの重たい農業道具を持ち、力が足りず直接作業を手伝えない水都は飲み物やお弁当などを用意して、三人は今日もそろって畑に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 朝から固くなった荒れ地を耕し続け、時刻は早くも夕方となる。

 三人はというと、家に帰る前に()()()へと立ち寄った。

 

 そこは畑のすぐ近くにある、諏訪大社の上社本宮(かみしゃほんみや)

 ここの参集殿(さんしゅうでん)に設置されている通信機で、白鳥歌野は「四国」との定期的な通信を行っているのだ。

 

 ──そう、星屑の襲撃によって生き残ったのは、ここ諏訪だけではない。

 四国もまた、天罰より生き延びた土地の一つだった。

 

「こちら白鳥歌野。これより、勇者通信を始めます」

『こちら乃木。感度は良好だ』

 

 歌野の通信相手は、彼女と同じく勇者に選ばれた四国の少女──乃木若葉。

 

 これまでの交信によって、四国には若葉の他にも四人の勇者が存在すること。

 敵は「天の神」と言われる文字通りの神様であり、その配下の怪物は「バーテックス」と呼称することなどがわかっている。

 

 みなとが変異した闇の巨人は、四国で勇者を支援する機関である「大社」でも把握していない存在だった。

 

『なんにしても、共に戦ってくれるのなら心強い』

 

 若葉の言葉を通して、大社も巨人を、勇者と同じ抵抗勢力の一つと(とら)えた様子だった。

 

「今日も敵襲はなし。こちらはいつも通り、一日中畑を耕してましたよ」

『こちらも無事だ。我々は毎日、勇者としての訓練に明け暮れる日々を送っている』

 

 互いに近況を報告しあう歌野を後ろの方で眺めつつ、水都は兄に小声で話しかける。

 

「ねえ、お兄ちゃん。うたのんって、通信の時いつも変な話し方になるよね」

「え、どっか変か? 俺はわからんけど」

「うたのんって、よく英語交じりで喋ってるでしょ? 通信だと標準語になってる」

 

 妹の言葉で歌野の会話に耳を澄ませると、なるほど確かに。

 しかしそれが変かと言われると、みなとは首をかしげた。

 

「むしろ、普段の英語交じりで喋ってる方がおかしいだろ」

「でも、今の方がうたのんらしくないっていうか……」

「あぁ。まあ、そう言われればそうだな」

 

 歌野が会話の中に英語を混ぜるようになったのは、確か諏訪を訪れた外国人の観光客に影響されたからだと、本人が言っていたような気がする。

 みなとが以前の記憶を思い起こしていると、勇者二人の会話の内容が変わった。

 

『ところで、例の巨人のことだが』

「ええ、はい。なにか新しい情報はありましたか?」

『いや。大社の方でも古い文献などを(あさ)ってみたようだが、やはり巨人についての記録は残されていないようだ』

「そうですか……」

『やはり、まだ()()()()()使()()()()のか?』

 

 若葉の声に、みなとは心の中で「ごめんね?」と、小さく謝りを入れた。

 

 そう。

 初めてみなとが巨人になった時は乗っ取られる形であったため、そこに少年の意思は介在していなかった。

 あとになって彼は、石器を手に自力による変身を(ため)したこともあったが、その(こころ)みは全て不発に終わってしまった。

 

『話しで聞いただけだが、巨人の力はバーテックスとの戦いでも、大きな戦力になるはずだ』

「そうですね。だからなんとしてでも、みなと君には巨人の力を自由に扱えるようになってもらいたいんですが……」

『大社の予測では、そちらもそろそろ危なくなってくるだろうと言っている。一刻も早く、彼には巨人に変身できるようになってもらわねばな』

「努力はしますよ。それではこれで……、通信を終わります──」

 

 手にした無線を置いて、歌野は兄妹の方を振り返り、言う。

 

「今乃木さんと話した通り、みなと君のタスクはすぐにでも巨人のパワーをマスターすることよ!」

「マスターは『使いこなす』で、タスクは……どういう意味だっけ?」

「確か……仕事、だったかな?」

 

 みなとは横の妹に尋ねた。

 

「やっぱ歌野、喋り方変だわ。もう、その英語混ぜる話し方やめない?」

「やめません! ポリシーですので!」

 

 歌野は、ふんすと腰に手を当て、自分の喋り方の癖を自慢に思っている様子。

 

「って、話しをはぐらかさないで! なんとかして巨人の……」

「そういえば、巨人って名前も、いちいち言いづらいよなぁ」

「もう! みなと君!」

「お兄ちゃんじゃないけど、確かになにか、ちゃんとした名前があった方がいいと、私も思うかな」

 

 少年の言葉に、水都も同意を示す。

 確かに二人の言うように、コードネームが「巨人」のままでは、やり取りに支障が出るかもしれないと歌野も思った。

 

「なら、今からネーミングでもピックアップしてみる?」

「俺はなにも思いつかん!」

「ごめん、私もそういうの考えるの苦手……」

「二人とも頼りないなぁ。それじゃあ……人を越えた存在ってことで、超人──『ウルトラ・マン』とかどう?」

 

 これはナイスな名前だろう、とドヤ顔と共に発表する歌野。

 なんならウルトラ・マン・ナイスと名づけてもいい。

 

「う~ん、そういうカッコいいヒーローみたいな名前は、なんか違う気がするなぁ?」

「どっちかって言うと、悪者みたいな見た目だもんね」

 

 残念ながら、兄妹には受けが悪かったようだ。

 やれやれ、と歌野は被りを振って

 

「それじゃ、あとはご飯でも食べながら考えるとしましょう」

 

 と帰り支度を始める。

 みなとも、壁に立てかけておいた道具を持ちながらたずねる。

 

「今日の夕飯は何かな?」

「もちろん、みーちゃんお手製の蕎麦(そば)よ!」

「またかよ! 蕎麦しか食ってねぇ!」

 

 このままではいずれ、全身の血液が蕎麦湯になってしまう。

 みなとは妹に懇願(こんがん)する。

 

「水都ちゃん、たまには他の食べ物作って……って、どうした?」

「? みーちゃん?」

 

 みなとの様子を見て、歌野も水都に顔を向けた。

 少女は、焦点の合わない瞳で虚空を見つめている。

 

 が、すぐに彼女は我に返った。

 

「……来る」

「「え?」」

「敵が来るって、今神託が……」

「「!!」」

 

 歌野とみなとの両者の間に緊張が走る。

 直後、諏訪湖周辺に設置されていた災害を知らせる防災スピーカーから、不安感をあおる警報が鳴り始めた。

 

「ディナーはお預けね」

 

 言うが早いか、歌野は近くの神楽殿(かぐらでん)の中へ駆けこむ。

 この中には、土地神からの力を蓄えておくために、彼女専用の勇者装備が収められているのだ。

 

 みなとはカバンに入れ携行していた、巨人へ変身するためのアイテムである石器を取り出す。

 こちらは土地神とは別のパワーソースで動くものであるため、普段から持ち運びが可能という訳である。

 

「村の皆も本殿に避難してくるはずだ。お前も、そっちに隠れてるんだぞ」

「う、うん。お兄ちゃんたちも、気を付けてね」

 

 妹からの励ましの言葉を受けて、みなとは敵が来るという方角へ向けて駆けて行った。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 結界と外との境目の場所で、みなとは敵を待ち構えていた。

 すぐに、着替えを終えた歌野もやって来る。

 

「それが勇者服か……本当にゲームみたいな格好だな」

「着替えはちょっと手間取るけど、意外とスピーディーに動けるわよ」

 

 頭に付けた金糸梅(きんしばい)の花飾りが特徴の、緑とも黄色ともとれるカラーリングの衣装。

 それと(ふじ)の植物の(つる)から作られた鞭が、勇者白鳥歌野の専用の装備である。

 

 二人の視線の先──数キロほどの距離に、敵であるバーテックスの影が見えた。

 歌野はみなとに確認するようにたずねる。

 

「まずは私が先行してバトルするから、みなと君はここで巨人にチェンジできるかトライしてみて」

「おう」

「ぶっつけ本番だけど、大丈夫?」

「な訳ないだろ。俺みたいな低俗な人間に、あんな巨大な力が制御できるはずがないって」

 

 しかし、と少年は言葉を続ける。

 

「まあ、変身さえできれば、あとは暴れるだけでもなんとかなるだろ」

 

 確かに初めて巨人になった時は、意識の無いままでも星屑を、進化体をも圧倒していた。

 歌野は、任せたからと言って結界の外に飛び出していった。

 みなとは両手で握りしめるように、古代石器の変身道具を構える。

 

「いざ、俺もいくぞ!」

 

 頭上高く掲げる。……が、なに起きない。

 

「よっ、ほっ、はっ」

 

 石器を振り回したり、その場でジャンプしたり、なにかポーズを決めてみるが、変化なし。

 

「……これ、どっかにボタンとか付いてないよな?」

 

 なかった。

 やはり土壇場に来ても、なにが変身のきっかけになるのか分からない。

 

 不意に、歌野の悲鳴が聞こえた。

 見れば星屑の群れを相手に孤軍奮闘していた少女が、敵に取り囲まれ危機におちいっている。

 歌野は怪物の体当たりをまともに受けて、トラックにはね飛ばされた子供のように地面に叩きつけられた。

 

「歌野!!」

 

 みなとの心の中に、バーテックスに対する怒りが湧く。

 それが()()()()となった。

 

 石器の中央にはめ込まれている宝玉から紫色の光があふれ、それが少年の体を包み込む。

 次の瞬間には、みなとがいた場所には五十メートルほどの体躯を持つ、黒い瞳の闇の巨人が(たたず)んでいた。

 

『ダッ』

 

 巨人は敵であるバーテックスを確認すると、即座に星屑の群れに突っ込んでいった。

 足元で横たわっていた歌野は、踏みつぶされまいと慌てて飛び退(すさ)る。

 

『ゼアッ』

 

 巨人は以前のように、持ち前の巨体を存分に振るって星屑を蹴散らしていく。

 

 巨人を認識したバーテックスの側も対応を変える。

 幾数の星屑が一ヶ所に集まり、姿を変えていく。

 進化体の生成だ。

 

 今度の進化体は以前のものとは別の姿をとっていた。

 例えるとするなら「巨大な蛇」にも見える形態のそれは、サイズも前回とはかなり異なっている。

 

 前の戦いで現れた進化体は十体ほどの星屑が集合したものだったが、今回出現した個体は百体以上の数が合体したもの。

 (とも)なってサイズも大きくなり、巨人の胸にまで届くほどだ。

 

『シュワッ』

 

 巨人は怪物の変化も意に介さず、(ひじ)の突起で蛇型バーテックスの胴体を一刀の元に切断した。

 これで終わりね、と歌野は勝利を信じた。

 が、事態は悪化する。

 

「ワッツ!?」

 

 少女は信じられない光景を見た。

 切断され二つに分かたれた怪物は、切断面から新たな体を生やし……二体の蛇型バーテックスが誕生したのだ。

 

 巨人は今一度怪物を両断するも、今度は四体に数を増やしてしまうことになる。

 

「なんてこと……あのバーテックスは増殖するタイプなの……!?」

 

 蛇というよりは、まるで「プラナリア」だと歌野は思った。

 同時に、

 

「倒してもキリがないなら……倒しきることは出来るの?」

 

 戦慄を覚える。

 もしこのバーテックスに弱点が無いとするなら、巨人や彼女の攻撃はただ敵の戦力を増やすだけにしかならない。

 

 歌野はすぐに被りを振った。

 

「いいえ。乃木さんの話しでは、バーテックスは生命の()()に位置する存在。生命体なら、殺せないはずがないもの」

 

 どこかに必ず急所はあるはずだ。

 歌野は、巨人を相手にする四体の進化体を、注意深く観察する。

 

 巨人は数を増やした敵に対して、次第に追い込まれつつあった。

 両腕を振り回すが、蛇の様なしなやかな体を持つバーテックスは巨人の攻撃を避け、巧みに()めに転じる。

 

『ウワッ』

 

 巨人の体はバーテックスの攻撃によって、次第に傷を負い苦悶の声を上げ始める。

 みなとの予想に反して、ただ暴れるだけでは対処できない状況がここにあった。

 

 そして彼の意識は今、巨人の(はら)む闇に包まれていた。

 眠りについてはいないが、覚醒している訳でもない微睡(まどろ)みの中で、みなとは何も考えることが出来ないでいた。

 

 変身してからどれほど時間が過ぎただろう。

 ただ、闇に抱かれてそこにあるだけの少年の意識に、呼びかける声が遠くから聞こえてきた。

 

『……とくん……みなとくん……みなと君ッ!!』

「ぁ……う、たの……?」

 

 白鳥歌野の声がする。

 藤森みなとの心が、それに反応した。

 

「俺は、巨人に変身して……それから、どうなってるんだ……」

 

 自分の意識が巨人の中に取り込まれていることに、やがて気づく。

 しかし闇の中にあっては、指先一つ動かすことは出来ない。

 

『みなと君! 聞こえてる!? 聞こえてるならリアクションして!!』

 

 恐らく外界の歌野の声が、テレパシーの様なものとしてこの場に流れているのだろう。

 

『バーテックスは攻撃しても数が増える! でも、ウイークポイントを見つけたの!!』

 

 歌野は持ち前の観察眼を使い、ごく短い間に敵の弱点を看破したのだ。

 しかし、それだけでは逆転の目になりえない。

 

『君の力が必要なの! 私の声が聞こえているなら……早く目を覚ましなさいッ!!』

 

 歌野の言葉が聞こえた直後、みなとの頭部に強い衝撃が加わった。

 鉄製の巨大ハンマーでフルスイングされた様な、これで目覚めなければウソだろうというほどのインパクト。

 

 そしてその衝撃は、みなとの意識を巨人の表層まで引っ張り出すことに成功する。

 

『ッツァ……!?』

 

 外界で歌野は、巨人に絡みつく四体のバーテックスの間を()って、その巨人の顔の前に立っていた。

 巨人は頬を抑え、目を白黒させるように歌野の姿を見ている。

 

「もしかして、正気に戻った?」

 

 歌野が問う。

 

『え、痛い……え、殴った?』

 

 拳を握り締めながら立つ少女を見てみなとは、彼女が勇者としてのパワーをフル活用して、巨人と化した自分の頬を()()()()()()()()()()のだと気づく。

 ずいぶん荒っぽい手段だが、しかしどうやら歌野の試みは成功したようだ。

 その証拠に巨人の瞳は、暴走中の黒ではなく()()()()に発光している。

 

『まったく……故障したテレビじゃないんだぞ……ッ!』

 

 みなとは巨人の体を操り、体中に絡みついていた蛇型バーテックスを無理矢理引きはがした。

 巨人の肩には器用にも、歌野が乗ったままである。

 

「みなと君、今はノーマルモードってことでオッケーかしら?」

『正常な意識で大丈夫か、って聞いてるんだよな?』

 

 巨人の状態では言葉が喋れないようで、みなとは親指を立て、歌野の質問を肯定する意図の合図を送った。

 よかった、と少女が安堵する間もなく、敵は体勢を直して攻撃の準備を始める。

 

「手短に説明するわね。あの四体は攻撃すれば分裂して数を増やすけど、意識の中心となるリーダーは一体だけなの」

 

 巨人と組み合う敵の動きを見て、一体だけが他とわずかに異なる動きをしていたのを、歌野は見逃さなかった。

 おそらくその一体を始末してしまえば、残る個体も自然と分解されるはずだと彼女は推測する。

 

「私がコアをブレイクするから、君はその敵の本体の動きを止めておいて欲しいの」

『分かった、任せろ』

 

 巨人はうなずく。

 かくして歌野の作戦は、速やかに実行されるのだった。




プロットではオリ主の意識が戻るきっかけは水都ちゃんの叱責の声によるものとしていましたが、書いてる内にうたのんがやる方が話の流れ的に自然だなとなり、出来上がったのがこれです。
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