レジェンド・オブ・シンフォギア 通りすがりの奇跡の破壊者 作:サルミアッキ
リディアン
————錬金術師協会への報告より一部抜粋。
ノイズ
13年前の国連総会にて認定された特異災害の総称。
形状に差異が見られ、一部には兵器のような攻撃手段が備わっているが、全てのノイズに見られる特徴として——
・人間だけを襲い、接触した人間を炭素転換する。
・一般的な物理エネルギーの効果を減衰〜無効とする。
・空間からにじみ出るように突如発生する。
・有効な撃退方法はなく、同体積に匹敵する人間を炭素転換し、自身も炭素の塊と崩れ落ちる以外には、出現から一定時間後に起こる自壊を待つしかない。
・生物のような形態から、過去にコミュニケーションを取る試みも進められたがいずれも失敗。意思の疎通や制御、支配といったものは不可能であると考えられる。
……などが挙げられている。
現在、あまりにも謎が多いため、各国をあげて研究・解明が進められている。
位相差障壁
ノイズの持つ特性のひとつ。存在を異なる世界にまたがらせることで、通常物理法則下にあるエネルギーを減衰〜無効化させる能力である。このため、複数の世界にまたがるノイズの存在を「調律」し、こちらの世界(通常物理法則下)に無理矢理引きずり出すことで位相差障壁を無効化、ロス無くダメージを与えることで撃破が可能となる。
麗らかな春の陽光が街のビル群の窓を輝かせる時刻。ここは私立校リディアン音楽院高等科の校舎内にある音楽室。
「———、タチバナさん?タチバナさーん?」
教壇に立った茶髪をポニーテールにした長身の女性教師が、困惑の表情を浮かべた顔を出席簿から上げて、教室内を見回していた。
「アンナ先生、多分ビッキーは遅刻です」
「えっーと……それは、一体どういう……?」
短髪の女子の言葉に、アンナという名の教師が口を開いた瞬間だった。ばたばたばたっと慌ただしい足音が音楽室に近づいてくる。
そして、荒っぽく開けられる教室のドア。息を切らして一人の生徒が駆け込んできた。
「お、遅れましたぁっっ!」
ぼさぼさになった肩口で切り揃えた亜麻色の髪や、木の枝がところどころにくっついた制服を整えて、申し訳なさそうにたはは…と笑うその生徒。
「……一応聞いておきましょう、
「あ…はい!道に迷った男の子のお母さんを一緒に探して、引ったくりにあったおばあちゃんの鞄を返して、木の上で降りられなくなった猫を地面に降ろしてきました!」
「……、言いたいことはいろいろありますが、授業が終わったら、クラスで集めたプリントを職員室まで持ってきなさい」
がーん、とショックを受けたらしい立花響と呼ばれた生徒。
「そ、そんなぁ……」
「当たり前でしょ、響ったら……」
私って呪われているよぉ……と、とぼとぼ友人の隣に座る彼女を見て、音楽教師であるアンナ・サンダースはため息を吐いた。
「———なんてことがあったんですよ、キャロルさん!」
「……そうか。相も変わらずだな、『立花響』は。人が良いのか、はたまた……」
とっぷりと夜が更けた街。空には煌々と輝く月が出ている。二人は下宿先である『写真館を改築した古民家』のキッチンで、今朝あった出来事を報告し合っていた。リディアンの音楽教師を務めているアンナは、プリプリと頬を膨らませてペリメニを頬張ると、二本目になる缶ビールを開けて胃の中に流し込んだ。
五臓六腑に甘露が染み渡り歓喜するアンナの表情を見て、キャロルは完成したボルシチを皿によそって差し出した。
「他人事じゃないですよ……キャロルさんだって明日の化学の授業受け持ってるでしょ……。あ、ありがとうございます。わぁ———懐かしい…」
ランチョンマットの上に置かれたほかほか湯気を立てる北欧料理。赤紫のスープからは馥郁たる香りが溢れ出る。アンナは木の匙でごろごろ入った野菜をすくって口へ運び、その顔を綻ばせた。
「よし、メインディッシュができたぞ。豚肉の林檎ソース。ケッパーと白ワインを振りかけて…と」
「キャロルさんホント料理上手ですよね。コツとかあるんです?」
「大したレシピじゃない。豚ロース肉の塊を炒めた玉葱と林檎で包んで、オーブンで焼いただけだ」
こともなげに言ってから、ミートナイフで湯気を立てる柔らかい肉塊を二人の皿へ切り分けるキャロル。
「まあ、強いて言うなら……。オレを男手一つで育ててくれた父親は、唯一料理が欠点でな。生煮えだわ焦がすわ爆発するわ、本当にヘタクソだった。そんなわけで子供のころからやっていただけだ……。しかし、何故肉が爆発するんだ?今考えてもそれだけで厨が煤だらけになるとかおかしくないか……?」
想い出に首をひねりつつ自分の分の料理をよそい終わると、キャロルも食卓に着きフォークを手に取った。
「———まぁ兎も角だ。お前も立花響に気をかけておけよ。あんなことがあった頃に比べれば、遥かにマシだろうがな」
「心得てます。傍から見ていても、どこか危うい子ですからね」
■
キャロルがツヴァイウィングのライブ会場にてノイズを殲滅してから、数か月が経った頃。
その日は、三十度を超える猛暑だった。人々の頭上から重くのしかかる湿気によって、溺死するかのような嫌な日だった。
その息苦しさに、キャロルは黒いワイシャツの首元のボタンを無造作に外す。白のパンツのポケットに入れていた財布を抜き取り、自動販売機でミネラルウォーターを買った。
ベンチに座ってキャップを捻り、乾いた唇を湿らせる。炭酸が舌の上で弾け、清涼感が喉を潤した。
何時までそうしていたのだろう。半袖のセーラー服を着た中学生たちが、キャロルの横を通り下校する。
「死んじゃえばよかったのにねぇ」
「どうせ生きてても死んでるようなもんでしょ。知ってる?父親蒸発したんだって、いっつも心あらずだし……」
キャロルは眉をひそめて振り返る。既に道路を曲がって消えていた彼女らの会話——、聞こえた言葉が嫌に酷く耳に残った。
「……」
足元に何かが転がってきた。視線を落とせば、それはクシャクシャになった新聞紙だった。何の気なしに拾い上げ、皺を一つ一つ丁寧に伸ばしていけば、灰色の紙面に白い文字が躍っている。
数か月前のツヴァイウィングのライブ会場の記事だった。死者、行方不明者数が8582人を超えたことを伝えるのをそこそこに、生存者が政府から受けた内容が事細かに書かれている。
「———」
読む気が失せた彼女はぱちん、と両手を鳴らして新聞紙を挟み込む。再びその手を開くと、そこには紙を材質で作られたノイズのマスコット人形が、ちょこんと可愛らしく座っていた。
「……、ん?」
人の気配を感じたキャロルは顔を上げる。そこにいたのは亜麻色髪の浮かない顔をした少女だった。よたよたと歩いていたその少女は足が縺れ、キャロルの目の前でよろけてしまう。倒れる前に、彼女は腕を差し伸べて女子生徒を受け止めた。
「……、おい。大丈夫か」
「あ……、ッ。大丈夫です!へいき、へっちゃらですっ」
「————何を以って平気だと言っているんだ、お前は……ん?」
その顔には見覚えがあった。記憶の中の想い出の糸を手繰りよせつつ、彼女を
「お前、確か……ツヴァイウィングのライブで——」
「あ。あー……知って———らっしゃい、ました?はは……いやぁ、参ったなぁ」
その顔に、何か厭なものを感じた。そして口を滑らせたことに思わず下品に舌打ちをする。
「ッ、ちっ……そんなどうでも良いことは兎も角だ」
「ぇ……?」
……本来ならば、深入りなどしても何の意味も無いことだったのだろう。自分などが声をかけずとも、今の苦しみを誰かの手を取って立ち直れる芯と強さを持つ少女だと、長年の経験から理解ができるほどだった。それなのに、————その追いやられてしまった立場とその苦しみに、キャロルは自分を重ねずにはいられなかった。
————だから、その心の叫びを言葉にする。
「現状を受け入れることと、無抵抗であることは違う」
彼女はどきりとした。金糸のような前髪の狭間から覗く、桃色交じりのブルーグレーの瞳が、心の底を見透かしているようだった。
その透き通るような目に射抜かれたからだろうか、少女は無意識のうちに心の底に沈んでいた言葉を吐き出していた。
「……でも。ほかの人達だって同じです」
「————何?」
少女の表情に、キャロルは一瞬呆気にとられた。何故、そんな顔ができるのだと。
「あのライブで生き残ることに必死だった、そして生きていて欲しかったって、それ以上の人達が願っていた……。家族とか、友達とかがノイズの犠牲になって……その行き場のない悲しさが、やるせなさがあって……。だからきっと、これは悪気とかそういうのじゃなくて……生きている上でしょうがないことで、しかないんです」
腐るでも、折れるでもなく————乾いてしまっている。
「何を言っている……」
「?」
そして何より、本人が変質したであろう心に実感も理解もない。それが、何百年と人を見続けてきたキャロルには恐ろしかった。確かに、こういった手合のサバイバーズギルトは戦場で生まれることはザラにある。だが……。
「……お前は言ったな、しょうがないことだと、悪気はないんだと。奴らは奴らなりに正しいことをしているのだと」
つらつらと口から紡がれる無機質な言葉。不気味なほどに感情がこもっていなかった。
「オレは自分の研究の為、長い間旅をし、多くの場所で多くの正義を見てきたが……誰が正しく、誰が間違っているかなど、ただの人間が一人で紐解く命題ではない」
キャロルの瞳にあの日の業火が灯る。十字架を背負ったその光景が、目の前の少女と重なって見えた。
「人間は己が正しいと思い込むと……正義の為ならどんなことでも許容されると錯覚し、
歴史を長い間見てきたかのようなその口ぶりに、少女は頬を引きつらせる。
「ま、魔女狩りとかテロとか……そんな大袈裟な」
「大袈裟でも何でもない。今お前の身の上に起きていることだろう。これは、
————少女の顔色が変わった。
「正義の……為……」
その変化を知ってか知らずか、キャロルは朗々と言葉を続けた。
「さて……ただの通りすがりのオレが、どこまで踏み込んでいいものか。————というか、そもそもこうしてお前と話していることも昔を重ね合わせた感傷なのか、ただの義憤にかられた正義感からくる独善というやつなのか……だが、それでも言わせてもらう」
キャロルはベンチから立ち上がり、少女……立花響の顔を覗き込んだ。すらりとした体躯から、言い逃れできない威圧感が放たれる。
「『しょうがないこと』と諦めて、口を噤んで泣き寝入りすることが優しくて正しい選択だ———本当にそうか?それはただの虚勢で、生きていることが辛いんじゃないのか?掌を返された人間たちを重ね合わせ、信じられる人にも自分から手を伸ばすことを躊躇っているだけなんじゃないのか?」
びくり、と肩を震わせる立花響。穏やかな口調の奥にある言葉の鋭さに、そしてキャロルの同情するような眼差しに————。
「自分自身の心を助けられない人間が、何の人助けができる————自分の心の痛みを識ることができない人間が、他人の心の何を識っている?」
「立花響。お前はどうする。何を望む」
「……い」
意を決して口を開いた。心の奥に痞えていた、黒く苦くも支えとなっていたその言葉を。
「私は———生きることを、諦めない……諦めたくない…!助けられたとき、誰かに……確かにそう言われて、生きてることに感謝されて……!」
立花響は、俯いていた顔を上げた。
「あの!」
「……ん?」
キャロルに向かって深々と頭を下げる女子生徒。
「いろいろありがとうございます!それで、その……またお話に来てもいいですか?」
「————はぁ。素直なことは美徳だが、その純粋さは残酷だ。見ず知らずの人間に好意を持つな。いつかお前自身を滅ぼしかねんぞ」
「じゃあ!」
彼女は元気よく叫ぶ。
「お名前だけでも聞かせてください、そうすれば私たちは知り合いですよね。相談事をしてもなんら不思議じゃないですよね?」
それでも————危うい。目の前の少女、立花響に、彼女は言いようもない不安を感じずにはいられなかった。
だから。自分にとっては必要のないことだとしても……。
「キャロル。……キャロル・マールス・ディーンハイム」
■
「……あれから二年か。まさか、オレが捜査のため潜り込んだリディアンに立花響が入ってくるとは、ままならんことだ」
「あの一件以来、立花さんと連絡をとり合っていたのが一因としてあるんじゃないですか?」
「知らないな。年長者の立場から少なからず助言や助力はしたが、勝手にあいつがオレに懐いてきただけだ。全く……。キャロルさんキャロルさんと、ヒヨコのようにピヨピヨと……」
食事を終え、皿を流しに出しながら文句を言うキャロル。不満げに動く指先でモコモコとスポンジの洗剤が泡立ち、銀色のシンクに垂れていく。彼女の溜息で、フワフワと小さなシャボン玉が幾らか宙を舞っていた。
(でも……。貴女は口ではそんなこと言いながら、その手を振りほどくことなんてしないでしょうに。———私の時と同じように)
アンナがコーヒーカップを手に取り、キャロルが淹れてくれたココアを口に含んだ時だった。
「「!」」
卓上に突如として現れたダイヤル式の電話がけたたましく音を鳴らす。キャロルが水気のある指先をエプロンで拭い、その紫色をした受話器を取った。
「————何か用か、統制局長」
『どうかなキャロル、首尾の方は』
電話の相手である男の言葉に、キャロルは即座に机の上へ分厚い調査資料を広げだした。
「状況から見て『バラルの呪詛』を解こうとする輩がいることは確かだ。あとは潜伏先とその正体を割り出し、対処する。過去類を見ない危険性を孕む故、慎重に事を進めねばならんが……事態はそうも言っていられん逼迫した状況らしい」
『そうだと思ってこちらでも絞ったよ、可能性を。懸念すべきは下手人の取ろうとするその手段だね、となると』
「あぁ。おそらく異常なノイズ出現率からみて、あのバビロニアの宝物庫の鍵が関わっていることは可能性としては極めて高い」
『稼働していることは確定だろうね、“ソロモンの杖”が。あまり楽しくはない話題だね、これは。……古き友人と共に永劫の眠りについた力のせいで人の安寧が脅かされるというのは』
「———その大量のノイズで何をするのか、現時点では予想の域を出ない。解明を重ねなければならないだろうが、未然に防ぐに越したことはない」
『あぁ、頼むとしよう。今の協会で動かせるものはいないからね、君だけしか』
電話の相手のその言葉にキャロルは一端口を噤むと、少しの逡巡の後、意を決して言葉を紡いだ。
「……それと先日、資料でも送っておいたが、日本政府が秘匿するFG式回天特機装束『シンフォギア』とその装者についてだ。秘密結社である我々協会の方針としては、非公式とはいえ政府機関との協力関係は不可能。……そうだな」
『————どうだというのだね、それが』
彼女はこの二年間のことを思い返していた。片手に持った金と黒のバックルに目を落として、シンフォギアを纏って戦っていた少女たちの顔を想い出す。
「重々注意するが、これはもしもの不測の事態だ。出奔した、ただの『通りすがりの錬金術師』が二課に協力していた場合はどうなる?」
『————その場合は人員を送り込んで捕縛だね、いかな理由であれ』
だろうな、と彼女は嘆息を一つ。今の自分の些細な感情と、協会が懸念する『引き起こされるであろう最悪の事態』、二つは比べるべくもないことだった。
『————そうだね、ただ。こんな状況だ、人手不足の。他の仕事を一緒に任せるしかないね、極秘の捕縛命令を与えた幹部の彼女たちにも』
「!」
キャロルの目が丸くなる。
「……そうか。あいつらも大変だな。そんなことが起こらないよう、目を光らせるとしよう」
がちゃり、と受話器を置いて通信を切ると、テレパス能力で構築されていたダイヤル電話は幻影のように雲散霧消した。
「……と、いうわけだ。もしもそんな掟破りな手段を使う錬金術師がいたならば、真っ先に協会に通報を入れるようにしなければな」
「……そんなにも今回の事件の首謀者は危ない相手なんですか?」
「あくまでも保険だ。それに、オレの推測が正しければ……二課と協力すべきではない。今はまだ———な」
そこでキャロルは言葉を切った。そして天井を見上げて鼻を鳴らす。視線の先の別室にいる誰かの様子をうかがっているようだった。
「……ところであいつは未だ部屋に籠っているのか。食事できているんだがな。冷める前に持って行ってやるか……」
「キャロルさんお母さんみたい……って。噂をすれば影、来たみたいですね」
とた、とた、とた。
「うんせ、うんせ……お、お待たせしました」
ぎぃ、と木製のドアが鳴る。キャロルの幼少期と瓜二つな外見の、小柄な体躯の金髪の
「根を詰め過ぎるなよ、
「はい、キャロル。索敵目的と秘匿回線傍受用の各種ガジェットの作成は滞りなく進んでます。ひとまず……よいしょっと、これが完成品です」
少女……『エルフナイン』が持っていた段ボール箱の中から次々に取り出される奇妙な小型機械たち。数々の『変形機構があると思しきCD』や『動物のピクトグラムが描かれたプルタブ缶』、『メカニカルな携帯やリストウォッチにカメラ』などが所狭しと並べられた。
「あ、キャロルにはお借りしていたカードお返しします。それと……」
エルフナインによって二人に差し出される二種類のアイテム。キャロルの手には『紫色の鬼』『二色の戦士』『三色の異合』『オレンジの幽霊』が描かれた四枚のカードが手渡され、そして一方———。
「アンナさんの
ビッキーに食べさせてやれよ、林檎包み豚肉(仮面ライダー913出典)……。