一応、旧1〜4話は一ヶ月は残しておきます。
プロローグ1
駆ける、駆ける、駆ける。謎の異形の大群に追い付かれまいと自身の体が持つ身体能力の全てを酷使する六人の集団がいた。
「アーチャーさん!他部隊との合流地点まであとどれくらいですか!?」
「あと1kmもない筈だッ!このまま進むぞ!」
「ま、まって……くださ……い、みな……さん……ひとの、から…だは、そんなはやうぷっ!!」
「ヴリティカァッ!?アタシ言ったよな!?今からの作戦前にそんな食って大丈夫かって散々確認したよなッ!?」
「う、ぷっ(プルプル」
「だぁぁぁああ!!もう良い!
「あのーいちごっち?もう一人追加っていける?(プルプル」
「聞く前にアタシの背中に乗るなお前はぁあ!!いける訳あるかァァッ!!なんでお前らは二人して作戦中にこうも問題を起こすんだァァッ!!」
「いちごさん!はくのんを私の方へ!一人くらいなら背負えます!」
「できれば……私もマリーさんが……」
「お断りします」
「なんでアナタはこんな時に選り好みしてるのですか!我慢して下さい!!」
「「けぷっ」えっ、嘘だよなヴリティカ?おい!なんとか言えよヴリティカ!!決壊寸前とかあり得ねぇよなヴリティカ!?」
「君達遊んでないで足を動かせ!死にたいのか!?」
「アタシ以外に言えェェッ!!」
叫び声を上げながら走り続ける六人の男女。なぜ彼女らがこんな状況に陥っているのか、それは今から数十日前、つまりは物語の始まりから語った方が分かりやすいだろう。
それゆけ31Z(ザビ子)部隊
プロローグ 31Z(ザビ子)部隊結成
「納得出来ません!なぜ私が今更部隊移動をしなければいけないのですかッ!!」
よく晴れた日の昼一、私ことタマモちゃんの目の前でバンッと机を壊すのではないかと思える力で両手を撃ち付ける緋雨さんを前に
「ふぅ……なら緋雨さんからBBさんへ直談判したらどうです?タマモちゃん的にも貴女が31Z部隊に行くのではなく私が選ばれる方が嬉しいので」
「まあ、十中八九許可は下りないと思いますが」と言葉の最後に付け足して彼女の反応を待つ。
件の人物ーー銀髪ツインテロリっ子の小笠原緋雨さんは怒りからかツインテールを勢い良くはためかせ私に詰め寄る。
「それが出来たら苦労はしませんよ!」
なら何故私には言う。
まぁ、恐らくは上官であるBBさんには文句を言えないが、同じ部隊員である私達になら言えるというアレでしょうね。
………子供か!
「小笠原ちゃん無茶を言っちゃいけないよ。ただでさえアタシらは他より人数が多いんだからさ」
「うっ」
「ですねぇ、それに私としては非常に不本意ではありますが送り出す人員の選抜も別段間違っている訳でもありませんしねぇ」
「うぅ」
「うぬの普段からの行いの悪さが響いたのだろう。なんと言っても30Gきっての問題児だからな」
「むぐぅぅ……」
蔵さん、私、月城さんの言葉を受けて頬を膨らませて目尻に涙を浮かべる緋雨さん。
だが、諦めきれないのかキッと目元だけは私達を睨み付けたまま抵抗の意思を示し続けていた。
いや、ですから私達を睨んでも変わりませんって。
「心配するな小笠原」
「白河さん…」
そんなささやかな抵抗を続けている緋雨さんに先程まで沈黙を貫いていた部隊長である白河さんが優しく彼女に語り掛けた。
「お前が居なくても私達は負けないさ」
なんて事言うのですかこの
「白河さんのばかッ!!」
「小笠原!?」
白河さんの言葉に扉を乱雑に開け放ち部屋の外へと飛び出す緋雨さん。白河さんは緋雨さんが飛び出た意味が分からないのか彼女の名前を叫んだ体勢のまま固まっていた。
はぁ、またですか……。
「白河さん正座」
「はい…」
私の言葉に素直に応じて膝を床に付ける白河さん。あら、初めの頃より素直になったではありませんか。
「はいひとーつ、自身の発言がどの様な捉え方をされたかお解りで?」
「……他の部隊へ移る者への激励か?」
「はいぃ?」
「待て、その反応は違うな。少し待ってくれ他のを考える」
「あの言葉の何処に不備があった…?あれか?あの部分なのか?」と先程の言葉が相手にどのように伝わってしまったのかを考え込む白河さん。
まぁ、間違いではないのですけどねぇ。時と場面を考えてもう少し緋雨さんがこの部隊に必要だった的な事を言えば良かったのですが……白河さんには難しかったですかね。
そんな白河さんの左後方では自称日本伝統文化保存同好会を名乗る桐生さんが正座の体勢で考え込む白河さんを見て悶えていた。
「ヤバいです。正座で怒られてしゅんとしている白河さん可愛すぎる……しゅきぃぃ…」
「あの…私この方の横にいなきゃダメですの?ロリータ的に近付きたくないあっ、だめ?そう……」
そんな悶える桐生さんの横で白を基調としたゴスロリに身を包んだ菅原さんが軽蔑の眼差しで桐生さんを見た後、蔵さんと月城さんに助けを求めていた。
まあ、拒否されてしまったわけなのですが。
「ちなみにですけど、貴女の言葉に不備はありませんでしたよ。ただ、貴女の言葉が伝わった時の相手の気持ちを考えて頂きたいのです」
「相手の気持ち?激励を受け取ったのだろう?前向きになるのではないいやすまない。考え直そう私が悪かった。だからその振り上げた拳を下ろしてくれないか。笑顔が怖い」
アホの回答に思わず手が出そうになってしまう。違うんです、言い訳をさせて下さい。このやり取りがそもそも今回が初めてではないのです。今日のこれで数百回目になるやり取りなんです。信じて下さい。私の記憶の
『許さん』
(何故に!?)
私の妄想の天使と悪魔のご主人様はあくまで私の妄想であるにも関わらず、私の謝罪に無表情でNOを返した。酷くないですか?仮にも私の妄想ミニ岸波白野なのにこの扱いはあんまりじゃありません!?
「た、タマモ。笑顔のまま震えてどうした?私か?私がまた何かしたのか?」
「いえ、お気になさらず。貴女はご自身の事をお考え下さい」
「だが……」
「考えなさい」
「はい」
「……今日も平和だねぇ」
「だな」
「……い、せ…い、せんぱい、先輩聞こえていますか?」
微睡みの中、月の裏側で命を賭して救った少女の声が聞こえた気がする。私はその声に返事を返そうと口を開く。
「——————」
「?、——————!」
「……………」
しかし困ったことに口をどれだけ開けたところで私の声帯から音が紡がれることはなかった。それどころか実は口も目も開けれていない。本当に困った。どうするべきか……
「意識は……あります。が覚醒して間もないので身体の自由がまだ効かないといったところですか。先輩、それに多分すでに動けるであろうアーチャーさんも聞いて下さい」
聞こえ方的に私の前にいるであろう桜はそんな言葉の後にとんでもない爆弾を投下した。
「先輩達は巷で噂の異世界転生をしました」
(ちょっと待って詳しく教えて)
「今は時間がありませんので後で個人的に時間を取りますので詳しい話はその時に、取り敢えず先輩とアーチャーさんそれと見たら分かると思いますが“知り合い”の方々にも同じように説明していますのでこの世界の人にバレたら拙い事の辻褄合わせは各自でお願いします。あと「桜さん、そちらは大丈夫かしら?」はい、上手くいきましたよ。確認も終わりましたのでそちらへ向かいます」
「ではまた後で」と離れる直前に耳元でそんな言葉を残した桜は足音と共に離れていく。
……ふむ、なんか色々と起こっていて情報の消化が追い付かないが一つだけ言えることはあるな。
(あとでお礼を言っとかないとね)
どの世界線の私が彼女を救ったのかは分からないが、虚数の中で朽ち果てる私の未来を変えてくれたのは確実なのだ。彼女がこの世界で何を企んでいようが感謝は忘れないでおこう。
まぁ、それは置いておいて今は
(もうひと眠りしとこ)
余裕があるうちに惰眠を貪っておこう。
「私のことは忘れろってさ」
「ッ……出来るわけねえだろ、あんな存在感の塊のような女……」
今になってなんでこんな昔のことを思い出してるんだろうなアタシ……。
「アイツがクリードを捕まえる為に貸してくれた力かもな」
「……かもな。ならアイツの為にクリードをしょっ引かねえとな」
あの時、アタシの親友は何を思ってアタシに“忘れろ”なんて送ったのか全く分からない。
トレインになら自分の為に人殺しに戻ってほしくなかったからだろう。だがアタシは?
「すまなかったないちごお前の妹も巻き込んじまった……」
「それ以上喋んな!死にてえのかアンタ!」
そう言えばサヤにはアタシの過去を話した事があったけな。
「このカードを持っていけ暗証番号は」
「だから喋んなッ!頼む!死ぬなんて言わないでくれ!これ以上アタシに家族を失わせるなッ!!」
妹も育ての親すらも失って生きる気力すら沸かなかった時に出会ったのがアイツだったか。
「いちご、すまねぇな。……だがな俺の仇を取ろうなんて馬鹿な真似はすんなよ。俺がこうなったのは自業自得だ。マフィアなんてヤツは何時かは裁かれるもんだ。だから
そう言えば親父も同じような事を言ってたな
「俺のことなんか忘れろ」
「姉さん?どうしたにゃ?」
「ん?いや、何でもねえよ。ほらすもも、アタシじゃなく壇上の教官の話を聞いとけよ。多分大事な事言ってるからな」
「多分って……姉さん適当すぎにゃ」
「良いんだよアタシは神経が図太いからな。でもすももは
「む、そうなったら逆に殺してやるにゃ」
「……そりゃ頼もしいな」
アタシは隣でパイプ椅子に座っている“妹”の頭をガシガシと乱雑に撫でる。
「姉さんやめるにゃ。私はもうそんな歳じゃないにゃ」
「そうか?……いやそうだったな。すももはもう立派なレディだもんな。悪いな昔の癖が抜けなくてな」
「全く、今日の姉さんはいつもより甘すぎるにゃ……」
そうか、お前に植え付けられているアタシはこれより厳しいんだな。
……流石にそれは出来ない相談だな。
「気にすんな、今日は気分が良いんだよ」
「そうなのかにゃ…?」
「ああ、そうなんだよ」
気付かれねえようにしないとな。……どこのどいつかは知らねぇが、妹と再会出来たのは礼を言う。確かにアタシの妹が成長すればこんな別嬪さんになっていただろう。性格もクソみてぇな設定(殺し屋)が無ければ気弱な可愛い子だったさ。訳も分からねぇ生物に殺された私にこんな奇跡をくれたのは感謝する。だがな
(死者を———アタシの家族に
アタシの家族に手を出してんじゃねぇぞ。
私のことは忘れても良いからね
「———このように本基地は学校としての体制が整っています。詳細は後ほど貴女達の担当教官から説明があるので確認しておくように」
壇上に佇む手塚司令官の話をどこか他人事の気持ちで聞き流しながら、私は隣で行われている光景に神経の大半を集中させていた。
「……マスター、BBの話をどう思う?酷な事を言うが、私としては彼女の話を信じきれないという側面の方が強い」
「………(コクコク」
「ただ、あの話を信じなければ私がこうして君からの魔力無しで現界出来ている状態に説明がつかない」
「………(コク…コク」
「君は……ふっ、そうだな愚問だったな。君が彼女を信じないなんて事はないな。その力強い頷き……BBはもう私達の味方だと信じているんだな」
「………(コク………コク」
白髪の筋骨隆々の男性は隣で傍目からはどう考えても寝ているようにしか見えない鼻提灯を携えた整った顔立ちの茶髪の女性に一人言葉を送り続けていた。もしかして気づいていやがらないのでしょうか?
「……あのぉ、すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」
「むっ?ああ、すまない。煩かったな言葉を慎もう」
「いえ、別に謝られる事ではありませんので、それでですね。貴方様の隣に座られている方ですけど———寝てませんか?」
「………(チラッ」
私の言葉に男性は初めて隣の茶髪女性に目を向けると同時に固まる。ぁぁ、気付いていなかったのですね。
「……私と彼女ほどの仲になれば寝ている間でも意思疎通が出来るんだ」
『いや、無茶があるだろその言い訳!?』
男性の副音声にそんな幻聴が聞こえた気がした。まぁ、ここは私も同じ感じで返しておきましょう。
「まあ!そのような事は初めてお伺いしましたが、仲が深まるとそんな事が出来るようになるんですね!私スゲー事を知りました!」
『いや、そんな訳ないから!騙されてるからッ!!』
私の副音声にもそんな幻聴が聞こえた気がした。いえ、知ってます。ですので周りの皆さんそんな変人を見たかのような視線はやめやがれ。もぐぞ。
「ふむ…罪悪感で胸が一杯だが、気にしないでおこう。ところで、君の名前は何と言うのだい?」
「私ですか?私は佐月マリと言います。ここで商人紛いの事をしていますので、良ければ御贔屓にしていきやがれ」
「丁寧語と荒っぽい言葉が絶妙なコントラストを生んでいるな。まるで新言語を聴いているような心地になったよ」
「マジですか、私新しい言語の生みの親になっちゃいましたか?」
「ああ、新しい言語を作ったようだよ君は。ついでに言っておくと私は衛宮士郎と言う。ここでは珍しい男性セラフ部隊員らしい。よろしく頼む」
『いや、ついでで告げる情報じゃないんだけどォォッ!?』
「それはそれはよろしくお願いしますね衛宮様」
「ああ、よろしく頼むよ佐月君」
字面では和気藹々としているが、その実、衛宮さんは私に対して一定の距離を保ちながら話していた。……いや、これはどちらかと言えば警戒でしょうか。
「ふふふ」
「ははは」
含み笑いも交えながら二人して生産性皆無な腹の探り合いをしていると突如としてアラートが部屋中に鳴り響いた。
「全員、防衛態勢へ移行して下さい」
壇上の端にいた
「防衛態勢……話に聞くキャンサーというヤツか?」
「話に聞くですか……まるで今まで知らなかったかのような言い方ですね?」
「まるでではなく実際その通りでね———っと一旦この話はここまでにしよう。そろそろ私達も移動しないと教官殿に怒られてしまう。マスター、緊急事態だ起きたまえ」
意味深な事を告げた衛宮さんは言葉と共に隣の茶髪の女性の肩を揺らす。女性は見事な鼻提灯を割ると「むがっ」と到底異性の前では出してはいけない言葉と共に瞳を開け辺りをキョロキョロと見回した。
「……何この音?」
「緊急事態だそうだ。BBとの会話は覚えているか?」
「………セラフどうとかキャンサーどうとかの事?」
「よし、問題はないようだ。待たせたね佐月君、我々も移動しよう」
「はい!」
BBとは桜教官のことでしょうか?……確かにあの方は時々自らのことをBBちゃんと発する時がありますが……まぁ、もう少しこの方達と行動を共にしていたら分かることですかね。
そんなことを考えながら私達は長蛇の列を作り始めた出口へと歩を進めた。
「———次防衛ラインを突破。30分後にはこの基地へ到着すると予想。数の総数はさほど多くありません。哨戒部隊だけで十分対処は出来ると考えられます」
「そう……良い機会だから貴女達に後方支援をしてもらおうかしら。急いで出撃準備を整えて」
「アタシら!?嘘だろッ!?」
「後方支援どころか戦い方もろくに知らないのに……」
「横暴よそんなの!!」
「ん、あの人だれ?」
「どうすれば……」
先輩セラフ部隊であろう女性の方々に案内された後に見えた光景は戦場にて見慣れたモノであった。
「大分と揉めているようだ。ふむ、軍に招集されたばかりならこの動揺も致し方ないか」
「軍………?ああ、そう言えばここは軍だったっけ。忘れてた」
「衛宮様の御連れの方は何と言いますか……随分と個性的な方ですね」
「もっとストレートに言ってくれても良いんだぞ佐月君」
「マジですか!ならどストレートに言っちゃいますね。おバカなんですねお連れの方!」
「バカじゃないよ。あと佐月さんって言うんだよろしくね。私は岸波白野って言います」
「はい、よろしくお願いします岸波様」
「マスター、君は初対面であるにも関わらず罵倒から入られているのだが、それで良いのかい?」
「シンジで慣れてるし」
「……私が悪かった。いや、本当にすまない」
「そこ!静かにしなさい!時間がないのを聞いてなかったの!」
私達の会話が意外にも響いていたのか前の教官殿から注意が飛ぶ。
「ああ、すみません!次は無いように気を付けます!」
「あーあ、アーチャーのせいで怒られた」
「反省しやがれ衛宮様」
「…君達もだからな。私だけに罪を擦り付けるな」
二人に軽く睨みを利かせるが当の二人はどこ吹く風のようで特段気にした様子はない。
「私達はただ話してただけだもんねーねえマリー」
「そうですそうです、私達の百合の間に勝手に挟まってきたのは衛宮様ですからねーきっしー」
「君達の面の皮はどこまで厚いんだ?」
思わぬ二人の発言に呆れている間に前にいた者達が一斉に動き出す。
チラリと教官殿の確認すれば厳しい顔つきがまたもや私達に向けられているのが見えた。
「私達も移動しよう。これ以上教官殿に叱られるのは御免だ」
マスターと佐月君もそんな教官殿を確認したのか私の言葉に二人は静かに首を縦に振り、私達はその場を後にした。
宿舎を抜けた先、軍帽の女性が生徒を確認しているかのように佇んでいた。私はその横を何事もなく通り過ぎるが、私の後ろにいた三人組は問い詰められていた。
「貴方達で最後かしら?」
「いや、私達の他に金髪の子と水色の髪の子がまだ中にいたな」
「あの子達ね……いいわ。貴方達はこの先の集合地点へ先に行きなさい。この道を真っ直ぐ進んだ先にある橋に他の者達もいる筈よ」
「分かりました。行くぞ二人とも」
三人組は軍帽の女性の横を過ぎ真っ直ぐに歩みを進めた。
「手塚司令官様に溜め息を吐かせるとは……あの二人ヤベェですね!」
「うん。私達じゃ逆立ちしても出来そうにないね。あと手塚司令官って言うんだあの人。手塚が苗字で司令官が名前?」
「この会話を聞かれていたらもれなく君達も溜め息を吐かれる人物のリスト入りだっただろうな」
「それは勿体無い事をしたね」
「無名より悪名って言いますしね」
「頼むから無名でいてくれ……」
そんな会話を繰り広げながら走り去る三人組ですが、少し離れた位置にいる私ですら聞こえているという事は軍帽の女性に聞こえていない筈はないのですが……ああ、やはり聞こえていたのですね。額に手を当てて溜め息を吐いている。
「上官様は大変ですね」
「……ヴリティカ・バラクリシュナンさんね。先程の言葉は貴女にも言ったつもりなのですが」
軍帽の女性の隣に移動して世間話でも始めるかのような調子で話し始めた私に軍帽の女性はそう返す。…時間をかければかける程、印象が悪くなりそうですね。
「ええ、まぁ、そうでしょうね。ただ」
「ただ?」
「少し聞きたい事がありましたので」
「……時間がないから手短に言いなさい」
私の言葉に何かを感じ取ったのか軍帽の女性は一度帽子を外し赤く綺麗な髪を巻き上げた。
「ありがとうございます。では、“私に植え付けられている数学の天才”なんて記憶は一体なんでしょうか?」
「……何を言っているのかしら?」
私の言葉に軍帽の女性は先程の態勢から微動だにせず眉一つ動かさない。
ふむ、宛が外れましたか。
「いえ、知らないのなら良いです。ただ、私が活躍した分野はどちらかと言えば兵器関連でしたので何を思ってこんな無駄な記憶を植え付けたのかと思っただけですので」
汗一つ無く呼吸も正常。加えて表情の一つも動かないとは……本当、生まれ変わっても運がないのは一緒なのですね私は。
これ以上は何も得られないと考え私は軍帽の女性に背を向ける。
さて、橋は向こうでしたか。
「……貴女が何を言っているのかは理解しかねますが、一つだけ忠告しておきます。あまり“自身の過去”を他言しないほうが良いわよ」
背を向けた私にそんな声が掛けられる。
「……ご忠告感謝します」
「ええ」
それだけを告げて私も軍帽の女性もお互いに振り向く事なく離れていく。
……全く、運がないもそうですが
(人を見る目すら直っていないとは本当にどうしようもない存在ですね。初めから大当たりを引いてるのに……貴方もそう思っていたのでしょうかボブ…)
ふと見上げた空はどこまでも青く、とても人類が絶滅し掛けているとは思えないほど綺麗な色をしていた。