ハイスクール・フリート ~深海の乙女たち~   作:みん提督

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第13話 幕間でピンチ!

4月28日。13:05。父島沖仮泊地。

 

 

潜水支援教育艦『剣埼』(N2604)の両舷には補給、休息を受ける潜水直接教育艦が数隻接舷していた。艦内容積に乏しく、生活空間がお世辞にも良くはない潜水艦にとって、大型の補給艦は必要不可欠な存在だ。

快適なベットと豊富な食糧、娯楽施設を提供する潜水支援教育艦は潜水艦という特殊な環境に慣れていない学生たちにとって最重要の支援艦だ。

そんな『剣埼』に接舷して修理と補給を急ピッチで進めているのは潜水直接教育艦『伊126』。今回の事件で学生艦としては最も多く戦闘を経験し、いずれからも傷付きながらも生還した武運艦。戦闘で受けた傷の修理と追加改装を施されいる『伊126』だが、その武勲に似合わず乗員の表情は優れない。

「15:00までに必需品を搭載して。改装作業の邪魔になるから手空き総員で第4兵員室に突っ込んでって。あ、そっちは第6に持っていく。あと工作室の破損工具だけど、代替届いてる?」

甲板で指揮を執るのは艦内事務を担当する主計長の桐谷だ。元気がない乗員たちの中でもはりきって作業指揮に当たっていた。

「主計長は元気だね」

外板点検をしながら応急員の穂高が言う。普段は元気と無限の食欲でマスコットのごとく明るく振る舞う彼女も項垂れている。

隣で同じく点検作業に当たる魚雷員の渚もやはり元気はない。

「ホント。調整がバシッと決まった新品の魚雷みたいに元気」

超がつく魚雷オタクな彼女の魚雷例えを受け流し、作業する手が止まる穂高。

「……艦長、大丈夫かな」

「こないだ『利根』と遭遇した時発狂したらしいよね。全く、艦長ともあろう人がなにやってんだか……。おぉ、リベット緩んでる……」

呆れながらハンマーを打ちおろす渚。

「今日も『利根』の艦長のとこ行ってるし……最近変だよウチの艦長!」

作業の手を止めて不安を漏らす穂高。一方、渚は作業の手を止めずに呆れたように言う。

「ずっと変だよ、ウチの艦長は! ようやく信頼できると思って来た時にこれだもん!」

にわかに怒りを込めてハンマーを打つ渚。ガァンという乾いた音に穂高は驚く、と同時にこの音を聞いた桐谷から怒号が飛んでくる。

「こらぁ! 外板を粗末に打つな! 些細な凹みも潜水艦には致命傷になるのよ! 『126(イニム)』を沈める気!?」

「いや、あの、ご、ごめん!」

不意を突かれて怒られる渚。黙って作業に戻る2人。無心でハンマーを打ちながら吐き捨てるように渚は言う。

 

「……本当になにやってんだよ、艦長は……!」

 

 

同じく父島沖仮泊地。長浦男子海洋学校所属、病院支援教育艦『牟婁丸』(N2504)艦内、病室。

医療区画の個室には2人の男女がいた。1人は3日ぶりに目を覚ました病衣の少年。彼はベッドの上で上半身を起こして、ベッドのすぐ脇にある面会者用の椅子に座っている横須賀女子海洋学校指定セーラー服に長浦男子海洋学校指定スラックスのアンバランスな格好の少女を見つめていた。

「……久しぶりだね、つばさ」

病衣の少年こと、長浦校大型巡洋直接教育艦『利根』艦長、竹沢伸は、面会に来た幼なじみの『伊126』艦長、深海翼に笑顔で挨拶する。翼は緊張しながらも笑みを返す。

「久しぶり、のびる。何年ぶりかな?」

「小学校の卒業式以来だから、3年ぶりだね」

2人はじっと目線を合わせる。そして、フッと吹き出し2人とも大笑いする。

少しだけ、以前の2人に戻った気がした。

 

 

ひとしきり笑った後、伸は短く言葉を伝える。

「ありがとう、つばさ」

笑いすぎて目に涙を浮かべていた翼はキョトンとして涙をぬぐう。

「どうして私にお礼を言うの? 私は……あの時、何も……」

言葉に詰まる。『利根』を前にして動けなかった自分が嫌になる。

「そんなことない。つばさが僕たちを見つけてくれたから、僕たちは助かったんだ。『126(イニム)』……つばさのお陰だよ」

伸は、思い出の中と同じ、あの無邪気で優しい笑顔を見せてくれる。

今の翼には眩しすぎる言葉と、笑顔だった。

「のびる……」

「それに、教官から聞いたよ。『U-2501』と『葛』を救助したって。つばさはすごいよ。誰かを助けるために、君は行動できたんだ」

優しい笑顔だ。今まで何度もみてきたあの笑顔だ。自己肯定感の低い翼にとって、それはある意味求めていた言葉なのかもしれない。

「そんな……私は自分達が生き残るために、彼らと戦っただけ。誰かを助けるなんて、そんな余裕は……」

「つばさ」

優しく、でも力がこもった声で自分のことを呼ぶ。

うつむいていた顔を上げると、彼の顔があった。

「でも、君は逃げずに戦ったんだ。それは事実だよ」

まっすぐに目を見て言う伸。あまりにまっすぐなその瞳は翼の神経の奥まで響いた感覚があった。

「……いつのまにそんなイケメンぶったこと言うようになったの……」

紅潮した頬を手のひらで隠す。もしかしたら、今の自分は慰めではなく、誰かに褒めてもらいたかっただけなのかもしれない。

人というのは、単純だ。

 

 

「じゃ、また」

ベッドで上半身を起こしたまま手を振る伸に、翼は小さく手を振り返す。

「うん、また。安静にしててよ?」

「言われなくとも」

病室の扉を警護していたホワイトドルフィン隊員が閉める。

「すまんな。30分の面会時間なんて短くて何も話せないだろうに」

若い隊員の気遣いにそんなことないですよ、と付け加えて返す。

「十分に話せました。あとは、なんとかやってみます」

昨日よりはよく笑えていたと思う。ホワイトドルフィン隊員に敬礼し、『伊126』に帰ろうと振り向いたところにちょうどひばりが立っていた。

「面会終わった?」

ひばりのあの優しい笑顔だ。ひさしぶりに素直にあの笑顔に安心できる。

「うん。元気そうだったよ」

翼の横に並んで歩きながら顔を覗き込む。

「さっきより元気そう。竹沢艦長と何話してたの?」

やはり自分の中にある暗い物がすこし晴れた感覚は間違っていなかったらしい。つらいことがどれだけあっても、たった一言のポジティブな言葉で人はこんなに気持ちが変わるのか。

単純だが、だからこそ人と人との繋がりが重要視されるのだろう。

と、難しく考えながらも、隣を歩く友人兼副長には簡素に言葉を伝える。

「励まし……かな。いっちょ前にスカしたこと言ってた」

笑顔でそう伝える。ひばりは満面の笑みを返してくれる。

「そっか、さすがは幼なじみだ。かんちょが欲しい言葉を知ってたんだね」

「そうだね。あいつはそこら辺の勘は鋭くて……。人の気持ちを見透かすエスパーでもあるんじゃないかな。小2の時かな、クラスでケンカした時も結局あいつが仲裁してくれて……あと卒業式では……」

楽しそうに幼なじみのことを話す翼。この1ヶ月の航海で、ひばりが初めて見る翼の顔だった。

過ごしてきた時間が違うだけに、彼女の心にあるのは当然に自分より彼なのだ。自分の中で膨らむ翼への想いと、彼女の中の幼なじみへの想い。

天秤にかけるまでもない圧倒的な差に心がすこし痛む。

しかし、その痛みは悟らせなかった。

もうしばらくの間は。

 

 

 

1人病室に残された伸。状況が想像以上に悪くなっていることを感じていた。

(さっき病室の警護に就いていたホワイトドルフィン……腰にホルスターをつけていた。恐らくはS&W M360J DOLPHIN……。ホワイトドルフィン仕様の拳銃だけど、問題はそこじゃない。なぜ、教育艦内で武装してる? なぜ、病室の警護を? 有事とはいえ厳重がすぎる。RATs治療として病室から出ることは許されず、ほぼ軟禁……。現場レベルの判断じゃない。中央は何を考えているんだ……?)

伸は1人、ただならぬ嫌な予感を感じていた。

 

「つばさ……どうか無事に……」

 

伸の不安は高まるばかりだった。

 

 

 

4月29日。17:55。長浦海上作戦センター第3甲板(地下2階)、発令室および作戦会議室。

ホワイトドルフィン、ブルーマーメイドそれぞれの隊員が詰めかけ、不眠不休で第2次RATs事件の対応に追われていた。金色の肩章付きの将官も疲労のあまり椅子の上で気絶したように眠るほどの修羅場で、嫌な報告は止まらない。

「第4管区にて、感染漂流していた『オクラホマ』を救助。同航していた『ハムマン』も同じく救助に成功。乗員は軽傷や若干の栄養失調の症状はありましたが、全員命に別状なく無事です」

「東京湾内で感染艦が侵攻してくるとの噂が流れ、一部市民が暴徒化。町田、新宿、渋谷、横浜……各都市で政情不安が広がっています」

「地方へ疎開する動きが高まり、東北新幹線は乗車率300%を超えている列車も……!」

「各社フェリー航路も増便していますが、対象の市民避難にはまったく足りません。ホワイトドルフィンの輸送艦も出ていますがこれでも追い付かず……」

「作戦参加艦艇の内、損傷艦の割合が2割を越えました。避難誘導に回す艦が足りません……!」

「すでに無補給無寄港で作戦に当たっている艦も多い。戦線は広がる一方で戦力はまったく足らない……このままでは艦隊運用が崩壊します!」

「松本からは学生艦の積極的動員が提言されています」

「まだ感染艦は15隻もいる……さらに東京湾の市民避難に、悪化する治安の回復と維持……各都県警に要請していますが、まったく手が回りません!」

「無理ですよこれ! 我々の処理できる能力を超えて、問題が続出しまくっています!」

発令室の阿鼻叫喚を聞きながら、統合司令官である長浦校校長本多は唸る。

「まるで地獄だ……」

作戦会議室に詰める各部隊の司令官や幕僚、その副官たちも疲弊していた。

 

「発令室からの報告をまとめます。現状はかなり厳しいものです」

校長秘書の高松(本作戦では統合司令官付高級副官兼任)が作戦会議室のモニターに資料を映す。これだけの修羅場でも背中に鉄筋がささったようにまっすぐな姿勢は崩れていない。彼が鉄人と言われる理由だ。

「RATs感染が確認された艦船63隻の内、救助されたのは48隻。まだ潜水艦9隻を含む15隻の行方がわかっていません。救助された艦はいずれもRATs検査は陽性反応が出ており、感染は確実です。しかし、感染経路やパンデミックが起きた原因は不明。調査中ですが、手がかりもなく……難航しています。また、感染艦が徐々に本土に接近しつつあり、宮城県仙台市では商業フロートへの砲撃がありました。大湊機動部隊により制圧されましたが、あわうく大惨事というところでした。さらに同県釜石市への砲撃や、潜水艦による貨物船への襲撃、これらの感染艦暴走による国内の大混乱とその二次被害……。日本全土への影響はもはや収拾がつかないほどに拡大しています。国土保全委員会、海上安全委員会からは事態の速やかな終息が指示され、国際海洋機構本部からは事実上の海上封鎖による世界経済の停滞が不安視されています」

もはや耳を塞ぎたくなる惨状。日本国内のみならず、太平洋の海上交通の要衝である日本がRATs対策で海上封鎖までしているとなれば世界経済の停滞もやむ無しではないか。現場で対処に当たる隊員たちの不満も溜まっていた。

「事態の速やかな終息だって? 無茶言うなっての。こちとら小さな問題解決する間にドデカイ問題が降ってくんだよ!」

会議に参加するメンバーから不満が飛び出す。

「統合司令官、国土保全委員会は速やかな終息を指示しています。現場も7年前と比較にならないほどの大規模事態に対応が追い付いていません。感染艦を探して見つけ次第救助していく現在のプランでは限界があります。戦略の転換が必要かと」

統合司令部幕僚(艦隊情報群副群長)の意見に本多は頷く。

「そうだな。となれば、高松くん」

口角を上げる本多。次の一手をどうするつもりか、副官として長く働いてきた高松は彼の次の作戦が何かがわかった。

「えぇ、プランB、修正作戦計画2号ですね」

幕僚たちがざわつく。次の作戦案がいかなるものか、最終決戦を望む本多の次なる一手とは。

 

「日本封鎖だ。学生艦も総動員しろ、遊撃に回していた艦の補給と布陣の完成までどれくらいかかる?」

「10日ほど」

高松の見立てを聞き、満足そうに笑う。

「そうか。では8日で完成させろ」

 

幕僚たちはその言葉を待っていたように立ち上がり、各部隊に指示を出す。しらみ潰しに探し回っていた各地の艦隊は順次本土へ引き返し、第2次RATs事件は最終決戦へとその局面が進んでいた。

 

 

 

 

 




伸のイメージがいつの間にかヒンメルになってしまっている。

恋する乙女とそれに気付かない鈍感主人公、好物。
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