ハイスクール・フリート ~深海の乙女たち~   作:みん提督

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第14話 潜水艦でピンチ!

5月5日、06:35。和歌山県沖深度80m、潜水直接教育艦『伊126』艦内。

 

 

「また感あり。おおすみ型2、ゆら型3、みうら型1、とわだ型1、むらさめ型2、その他民間船が5。避難船団です」

水測員の岩渕の報告に、航海長の春雨は呆れたように言う。

「またか。包囲網形成と平行して住民避難とか、順番がおかしいんだよ。護衛だってカツカツだし、紀伊水道防御線は私ら学生艦で防護しなきゃだし」

2度目の大修理を終えた『伊126』は新たな作戦行動についていた。

住民の安全確保と太平洋側の主要航路防御を平行して実施し、本土への侵攻を図る感染艦の救助、制圧を目的とした作戦第2段階。足りない戦力を学生艦が担わなければならないほどに戦線は逼迫していた。

「長浦の教員艦隊は東京湾防衛に、横須賀のブルマーも同じくっすね」

「浦賀水道海戦の反省でしょ。学生艦を危険度の高い海域に出したくないんだよ」

「大阪湾は安全ってこと?」

「そうではないけど、比較的感染艦が襲撃する可能性は低いってだけ。また『U-2501(ニコイ)』のときみたいに襲撃されるかも」

「また戦闘になるかも……?」

「ウチの艦長は大丈夫だろうな……?」

発令所は重い空気が漂う。これまでの戦闘と、終結に向けて動き出す最終作戦、それだけに『伊126』に限らず参加する隊員たちは緊張していた。

しかし、学生艦として戦闘を複数回経験した『伊126』は戦闘そのものよりは艦長への信頼感が問題となっていた。

先の哨戒中に遭遇した『利根』に対し、行動する決断が取れなかった艦長の翼を不安視する生徒が多かった。航海の初期とは違う、艦長への不安が『伊126』艦内で重い空気を作っている。

そうしていると、休憩を終えた翼が発令所に戻ってきた。

「艦長、入室!」

発令所の生徒が艦長に注目する。いつもの艦長帽をいつもより深く被り、入室早々に指示をする。

「現状報告せよ」

航海長の春雨が答える。

「現在位置は和歌山県沖30km。深度80mを巡航5ノットで航行中。目標海域まであと6時間」

「こちら水測。前方11時、同深度帯に潜水艦。東舞校の『伊209』。本艦と同じ紀伊水道防御線に参加する艦です。また、本艦後方には大竹校所属『伊168』確認。こちらも紀伊水道防御艦です」

「『伊209』からはすでに水中電話コールきてるよ~。つなげる?」

発令所の中央に静かに立って各部署からの報告を聞く翼。深めに被る艦長帽の奥の瞳は蒼く輝いていた。

「お願いします」

水中電話の受話器を取り、翼はさっそく『伊209』の艦長と交信を始める。

「……艦長、なんか変わった?」

「なぜか頼もしく見える……副長、なんか知ってる?」

航海員の暁が海図室のカーテンから顔だけ出して副長のひばりに尋ねる。なぜか艦長のことは副長に聞けばわかるという風潮が今の『伊126』にある。嫌な気はしないが、ひばりはすこし恥ずかしくもあった。

「さぁ、ね。でもウジウジしてるよりこっちの方がいいでしょ」

ひばりは爽やかに言う。知ってるのか、知らないのか、微妙なニュアンスに暁は首をかしげる。

「なにその、中途半端な言い方。ま、その通りだけど」

回答には不満げにしながらもそれ以上の詮索はなく暁は海図室ににゅっと戻っていった。

堂々と仕事をする翼を見て、ひばりはふふと笑う。

(どうすれば立派な艦長になれるか、悩んで先輩方に相談してたのは秘密にしておこ)

今時作戦に向けて、艦長とはどうあるべきか。を考えてひばりやブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの先輩たちに片っ端から助言をもらっていたのを知っていたが、だまっておくことにした。

キビキビ働く翼を見守りながら、好きな人の秘密を自分だけが知っていることが嬉しい。その感情が悟られないように、ひばりも仕事に専念することとした。

 

 

 

5月6日、05:25。愛知県内、大型通信中継フロート艦。

統合任務部隊の東西部隊連携の要となっていたそのフロート艦は突然の大爆発により、沈没した。

 

同日、05:30。長浦海上作戦センター、司令室。

各地から逐一上がる報告が途絶えたのは突然だった。

司令室の幕僚たちは動揺し、各所に指示を出すが、届かない。司令室は混乱するばかりでその指揮能力を発揮できなくなっていた。

事態を察知した統合司令官の本多は報告が上がる前に動いていた。

「西日本との連絡が途絶えた……!?」

事態の急転に、本多は焦った。

「ハッ。5分前から通信が不安定となり、現在はほぼ不通状態。中部地方の中継所のトラブルと思われます」

副官の高松が報告する。司令室は対応に追われていた。

「ならばブルーマーメイドに連絡してくれ。向こうはホワイトドルフィン(我々)とは別の通信系統を持っていたはずだ! それと、厚木と館山の予備航空隊、駿河湾に待機している第7任務隊を通信不能エリアに急派させろ。全ての可能性(・・・・・・)を考慮して事態の対処に当たれ! 全艦隊に即時の決戦もあり得ると伝達しろ」

本多はすぐに通信系統の確保に動いた。ブルーマーメイドの他、飛行船部隊の派遣と最寄りの艦隊を通信不能エリアへの急派を指示する。

慌ただしい司令室で、寡黙な表情に冷や汗を浮かべた高松が本多に耳打ちする。彼が動揺しているのはよほどの大事だけだ。

「……校長、この通信不能はRATsの影響とは考えられません。明らかに通信中継所への攻撃。外部のそれとは思えません。やはり校長の読み通り……」

考えたくはない可能性だった。そもそもこの第2のRATs事件は想定外に想定外が重なり、先の事件の教訓が活かしきれていなかった。学生艦を守るための判断が、今や逆に学生艦を危機に陥れている。自分の見立ての甘さと想定以上に深刻な事態を見積もれなかった本多は悔いていた。それだけに、高松の推測を余裕をもって聞くことはできなかった。

「高松くん、そうした推測は後回しだ。今は目の前のことに備えよう……」

「は……失礼しました……」

高松もまた、各所からあげられる報告を処理することに専念した。

「ブルーマーメイドの平賀室長から返答。向こうもダメです。通信は全て不通、艦船通信も、水中通信網もダメです!」

「東京湾防衛隊の内、第3~第6任務隊を三河湾に集結させろ。先行して第7任務隊を急派させている」

「第3防衛線の潜水艦『しょうげい』草川艦長から入電。我ラ、指示ヲ乞ウ。USホワドルのロス級からも同じ文言で通信が入っています!」

「潜水艦隊は東京湾防備のため残れと返信しろ。通信遮断は東京湾を手隙にする罠かもしれん!」

「いったい誰が罠なんか張るんですか!?」

阿鼻叫喚の司令室。モニターには西日本エリア全域の通信障害と、当該地域に向けて進発する各艦隊、防衛線を展開する艦隊配置図が映る。

暗黒表示になっている西日本エリアの艦隊配置図、紀伊水道に本多の視線は吸い込まれる。

「すまん、守……。お前の娘を、また戦地に送り込んでしまった」

今は亡き親友に向けた、誰にも聞こえない独り言だった。

 

 

 

同日、06:08。和歌山県旧潮岬沖。大竹男子海洋学校所属、航洋艦『りんどう』。

「艦長、ここに留まっていては危険です。早く艦を移動させないと!」

クラシカルな3インチ砲と、角ばったシルエットの艦橋が特徴的なくす型航洋艦の1隻、『りんどう』の艦橋では停船聴音する危険な行動を、副長が必死に咎めていた。

「そんなのは十分承知している。けど、ここでコイツを調べておかなきゃ、後ろの味方が危ないんだ!」

コイツ、と言うのは『りんどう』が偶然探知した水中物体で、未確認の潜水艦である可能性があった。

しかし、艦のソナーが感度不良のため停船しなければ精密聴音できないという状況で、艦長は停船しての聴音という決断をしていた。潜水艦が潜むかもしれない危険な海域での停船聴音。誰が見ても危険な行動だった。

「こちらソナー、目標物体の聴音完了……感染暴走している『伊407』『伊15』『伊33』『伊8』の4隻です! 間違いなく紀伊水道に向かっています!」

ソナーからの報告に、『りんどう』艦長は息をのむ。

「わかった。ありがとう……直ちに水道防衛艦隊に連絡を。そして、現海域を離脱す……」

ようやく危険地帯から離れられる安心感から、気が緩んだまさにその瞬間。見張員の悲鳴のような報告が入る。

「右舷3時方向、雷跡、4本!」

「なに!? くそ、機関前進いっぱい! 面舵いっぱい!」

艦長がすぐさま命令するも、艦は無防備に横腹をさらすだけだった。

「間に合いません!」

マストだけでなく、艦橋からも見える雷跡4本の内、1本は明らかに命中するコースだった。

隠れていた5隻目の潜水艦からの雷撃に、『りんどう』はもはやなす術はなかった。

「総員、衝撃に備え!」

艦長がそう発令した直後、1400トンクラスの小さな航洋艦の横腹に魚雷が突き刺さり、大爆発した。

炎上した『りんどう』は、真っ二つになり、瞬く間に水中に没していった。

魚雷を発射したのは海中に潜んでいたニューロンドン海洋学校所属の潜水艦『ガードフィッシュ』。奇しくも互いに同じ国で建造された艦船だった。

『ガードフィッシュ』発令所では沈没する『りんどう』を無気力に潜望鏡で眺める生徒たちが真っ赤に光る虚ろな目で淡々と"作戦"に従事していた。

 

 

 

同日、06:30。紀伊水道防衛線、潜水艦『伊126』。

「通信……不能~!」

潜望鏡深度に上がり、通信マストを上げる『伊126』。次の作戦指令を受け取るために定時時刻に浮上したものの、通信マストが拾うのは雑音だけで通信はまったく入ってこなかった。

電信員の工藤の報告に、よからぬ気配を感じ取る艦橋。

「かんちょ、これって……」

不安に感じたひばりが翼に耳打ちする。翼も同じ可能性を考えていた。

「はい……たぶん、感染艦が近くにいる……」

発令所が緊張する。翼は帽子を再び深く被り、水中電話を取る。

「こちら『126(イニム)』。『209(ニック)』、『168(イムヤ)』の両艦は敵襲に備えて下さい。第一種警戒体制発令。全艦、戦闘に備えよ」

実戦経験がある『伊126』が紀伊水道防衛線の旗艦に選ばれていたこともあり、翼は今や3隻の潜水艦を指揮する代理司令官となっていた。『伊209』と『伊168』に指示を出す姿は、『伊126』生徒たちに艦長が完全に覇気を取り戻したことを表していた。

『伊126』もまた、両艦と共に戦闘配置に移る。魚雷が装填され、ソナーはフル稼働。3隻は変温層に妨害されず、フロート艦の反響もなく、クリアに聴音できる深度90mに潜航し、敵襲に備える。

『伊126』にとって5回目の実戦が始まった。

 

 

深度90m。紀伊水道の奥には魚1匹通さないと言わんばかりに3隻の潜水艦は布陣する。艦首魚雷発射管にはすでに魚雷を装填し、生徒たちは臨戦態勢のまま、静かにその時を待っていた。

「艦長、ピケット艦の『りんどう』ですが、やはり連絡できません」

航海員の暁からの報告。『りんどう』は3隻の潜水艦以外に配備される数少ない艦艇で、その目と耳の役割は大きい。

「さっきの定時連絡の時はどうでしたか?」

電信員の工藤がマイク越しに答える。

「同じく不通~、というか、拾えてない~。『りんどう』の艦長は几帳面な性格だから、通信忘れるなんてことないはずなのに~」

語尾を伸ばす緩やかな話し方の工藤。いつでも楽天的な考えで航海科のムードメーカー。そんな工藤の声にはいつもと違う不安の気配があった。

「『りんどう』の艦長を知ってるんですか?」

顔馴染みかのように言う工藤に暁が質問する。

「知ってるってか、幼なじみ~。私もともと広島の人間でさ~。だから、心配~……」

悲しげに言う工藤。この言葉に、翼のよからぬ予想はさらに膨らむ。

「何事もなければ……今は『りんどう』の無事を祈り、我々の戦いに集中しましょう」

艦長として目の前の敵に対処しなければならない翼はそれしか言えなかった。工藤の不安そうな返事が聞こえ、艦の空気がまた少し重くなった時だった。

「高速推進音……魚雷です! 数1!」

ソナーの岩渕からの報告に、発令所は一気に殺気立つ。

この音を聞いた「伊209」、「伊168」の両艦も即座に動いた。

「全艦、機関いっぱい! 散開!」

静寂を破り、3隻はキャビテーションノイズを響かせる。回避運動を始めるも、魚雷はまっすぐに『伊126』に向かう。

「魚雷1、命中コース!」

無意識に防御姿勢をとる生徒がいる中、水中高機動に耐えながら翼は違和感を感じていた。

「たった1本の先制攻撃…………。まさか! 岩渕さん、ヘッドフォンミュートして!」

「は、はい!」

とっさに叫んでいた。『U-2501』との戦闘での初撃、潜水艦の耳を奪う、効率的で破壊的な一撃を思い出したからだった。

それからたった数秒、間を空けて『伊126』の鼻先で音響魚雷が起爆した。

 

 

"紀伊水道防衛戦"は、3隻の潜水艦を大音響の衝撃波が襲う強烈な一撃で幕を開けた。

 

 

 

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