ハイスクール・フリート ~深海の乙女たち~   作:みん提督

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第3話 帰還でピンチ

4月11日 6時12分。アスンシオン島沖南西42kmの洋上。

 

雲もない快晴、凪いだ海を太陽光が照らす。水平線の向こうまで1隻の艦船も見えない静かな海面の一部が盛り上がり、潜水艦が浮上する。

艦橋には長浦海洋学校所属であることを示す"N"の識別記号に艦番号でもある艦名"126"が刻まれていた。

潜水直接教育艦『伊126(イニム)』は、およそ半日ぶりに浮上した。

 

浮上してすぐにハッチが開き、横須賀海洋学校指定セーラー服に、長浦校指定スラックスのアンバランスな格好をし着帽した生徒が艦橋に上がる。艦橋天蓋に上ると双眼鏡であたりを見回す。

「かんちょ、こっちは艦影ないよ」

艦長の翼に続き、艦橋に上がった副長のひばりは艦尾方向を偵察していた。

前方を見ていた翼は頷き、次の指示を出す。

「両舷てーし。艦内排水装置全力、魚雷発射管室および機関室の排水復旧を最優先」

命令を聞いたひばりは首を傾げて聞き返す。

「機関室はともかく、魚雷発射管室を? 居住区を優先した方がいいんじゃないの、かんちょ?」

ひばりの質問に答える。

「今、『126(イニム)』はもしかしたら反乱艦扱いかもしれない。通信や放送も拾えないし、何が起こるか油断できない。その時に唯一の武器になるのが魚雷。だから、魚雷発射管室を優先して直さなきゃ……って理由……かな?」

ごまかすようににこりと微笑んでみる。回答には満足したようで、なるほどとポンと手を打っていた。

「と、言うことは……覚悟してるの? かんちょ」

口角が上がりきらない中途半端な笑みで翼の方を見つめる。

湿気と汗でいつものふわふわヘアーが崩れて潰れてしまっている彼女だが、笑顔はいつもと変わらずかわいいものだった。唯一、不安そうな表情だけが胸に刺さる。

「うん……」

まだ確証も自信もない翼は少し濁す。どんな航路を取るにしろ、今後また実戦下に置かれる可能性は否定できない。

翼が双眼鏡を覗いて監視することで場の空気の重さから目を反らしていた時、ひばりが呼び掛ける。

「かんちょ、どしたの?」

「え?」

今度は不安を抱えた彼女の顔が見える。心配しているのだ。

「いや、なんか元気ないなぁって」

「そんなことはないよ」

確かに元気はない。この状況で元気溌剌でも困ると思うが、今は不調を悟られないように気丈にする。

「そう?」

「うん、そうだよ」

笑顔を作る。逆に不安がらせてないか心配になる。

「ならいいけど」

納得はしてないひばり。翼が押しきるからにはそれ以上は踏み込めないのだろう。双眼鏡を覗き監視を再開する。

少し間が空き、ひばりが今度は深刻なトーンで声をかける。

「かんちょ、そのまま聞いて欲しいんだけどさ」

「はい?」

一瞬ひばりの方を向くが、言われた事を思い出し前方を向き直す。

「あのさ、こんな状況だからこそ、頼れるのはかんちょだけなんだよ」

「はい」

監視に集中しながら聞いていたが、次第にひばりの方へ意識が向いていく。

「学校も、ホワイトドルフィンも、ブルーマーメイドも頼れないし、何なら敵かもしれない。他の学生艦も危険な状況だと思う」

「はい」

ひばりが言いたいことを何となく察する。

「だからこそ、かんちょだけが頼れるんだよ。『126(イニム)』が単独で航海する間は、かんちょが最高責任者だから」

「はい」

ひばりの言葉に熱が入り、双眼鏡を下ろす。翼の方へ駆ける。

「だからさ、だからさ、かんちょ……!」

翼の背中に抱きつくひばり。

「あ、ひ、ひばりさん……?」

翼も双眼鏡を下ろし、ひばりの方を見る。踏み台に乗っているため視界が高くなっている翼のちょうど背中に彼女は顔を埋めていたため、表情は見えなかった。しかし、肩と声は震えていた。

「信じて……自分を……疑わないで。かんちょが自分を信じられなかったら、私たちは何を信じればいいの…………」

「ひばりさん……」

若き艦長、深海翼は艦長とは何か、肩書き以上の実感。乗員を信じ、乗員に信じられる存在となるのが艦長だと。小さくはない肩に自分含めた31人の生命と未来がかかっている実感はただ実習に沿って航海するだけでは得られないものだった。

「迷ったら私が支える……だから、かんちょは自分を信じて……!」

翼はすすり泣くひばりの頭を撫でる。艦長として、この厳しい航海をなんとしても乗り越えるという決意を胸に、眼前の海を見つめる。

「大丈夫、私はやれるよ」

ひばりと自分に言い聞かせるように言う。

 

 

 

同日、08時30分。

『伊126(イニム)』艦内、教室を兼ねている食堂に当直を除いたほぼ全生徒が集まる。狭い食堂で、全員は着席出来ないため、一部の生徒は立ったままあるいは壁に寄りかかっていた。座っているのは主に各科長(委員)の生徒だ。

「状況説明……します」

ホワイトボードに貼られた手書き即席の資料と雑多な文字群、写真を元に説明を始めるのは記録員の光川ツバメ(ツバメ)。

声は小さいが要点はまとめて喋るため説明は聞きやすい。

「本艦は昨日2013、横浜分校所属潜水支援教育艦『平安丸』から砲撃を受けました。砲撃理由は不明。確認のため浮上するも再度砲撃を受け、司令塔に損傷。通信マストを破損し、各所浸水の被害甚大」

ホワイトボードに書かれた戦闘記録と、破壊された艦内の写真資料を見ながら説明を続ける。

「急速潜航の後、無音潜航で現場離脱を図るも、航洋艦の対潜警戒を受けます。これは0200頃まで続き、0320には全航洋艦の離脱を確認。警戒を続け0612にアスンシオン島沖南西42kmに浮上。現在各所修理を続行しています」

これまでの大まかな時系列に沿って説明され、生徒たちの頭上には疑問符ばかりが浮かぶ。

「どうして『平安丸』は砲撃をしたんですか?」

水雷員の佐藤依子(よっちゃん)は全員が抱える疑問をまず述べる。

「遅刻した罰だよ、遅刻したお前らはこうだぞーー! って脅したんだよ」

「ひゃぁ?!」

背の小さな依子をおどかすポーズで言うのは同じく水雷員の板倉灯(アカリ)。魚雷発射管室長を務めるムードメーカーな存在。依子と仲が良く、頻繁に彼女をおどかして遊んでいる。

「よしなって、よっちゃん可哀想でしょ」

灯を咎めるのは水雷員の高木真空(そら)。成績優秀なクールタイプだが、魚雷のことになるとリミッターが外れる魚雷フェチ。概ねツッコミ役。

「機関室の様子は?」

水雷員トリオのやりとりを無視し、副長のひばりは機関長の望月れみ(レミ)に状況を確認する。

頭に手拭いを巻き、分厚い丸眼鏡をかけた猫背の小柄な彼女は椅子にどっしり腰かけて堂々としている。しかし態度は見かけに依らず控えめ。

「う~ん、よくはないね。排水は進んでるけど右軸スクリューがガタついてる。微量の油漏れが1ヶ所と、配管破損は32ヵ所! 漏水箇所は12ヵ所! 内、航行に支障がある部分はふさいだけど、昨夜の対水上警戒もあって修理はまだ未完全。シリンダー3本と予備バッテリーが漏水でダメになり、蓄電池は5個が重傷! 現在も各所修理中。全速は無理だね」

丸眼鏡で表情がよく見えないが、良い表情をしていないのは明らかだった。

続けて、応急長の勇山寺希華(ノッチ)が説明する。気崩した制服とやたら偉そうな物言いをする自称ヤンキー。

「後部資材庫が浸水でダメになった。予備部品が水没して、通信アンテナの復旧は不可能。船舶間位置情報共有システム(B L I S)も通じない。唯一無事な通信網は生徒の私物携帯のみ!」

足を組もうとするが、狭い食堂では出来ないため机に足を載せる行儀の悪い勇山寺。態度が横柄になるのも致し方ないと言えるほどの惨状ではあるが。

「ちょっとノッチ! 机に足置くな! 行儀悪い!」

厨房で会議を聞きながら昼食の準備をしていた給糧員の河利秋(アッキー)が厨房から勇山寺にしかりつける。

「はい、すんません!」

全般的に態度が悪い勇山寺も、食事を取り仕切る河利には逆らえない。

「通信マストって直せないんですか?」

会議を後ろで聞いていた水測員の岩渕霞(かすみん)が控えめに手を上げて質問する。

「えっとね、直せなくはないよ。でもパーツが無いから無理ってことなの」

背筋を伸ばして座る勇山寺の後ろに控えていた穂高瑞穂(ずいずい)が答える。昨夜の地獄を経験したとは思えないほどに整えた髪をふわりと靡かせているゆるふわ女子。ちなみに彼女募集中。

「そっか、艦尾資材庫がダメになったから……」

岩渕は納得して手を下ろす。

他にも各所から報告が上がり、その都度ホワイトボードに情報が追記される。

「…………っと。まぁ、まとめるとこんなところかな」

航海長の春雨がホワイトボードに情報をまとめ上げる。改めて情報を確認する生徒たちに落胆の空気が漂う。

「これじゃぁ、ウチら遭難したみたいっすね……」

「みたいっつーか遭難してる」

「連絡とれず、味方はいない。今に噴進魚雷が飛んできてもおかしくない」

「食糧……は多くて2週間分」

「元々補給予定だったから、非常用の缶詰めくらいしかなくて……」

「学校に帰らなきゃ……」

「帰れる状況かな」

「そもそも燃料は?」

「足りない」

口々に不安を呟きざわつく食堂。科長(委員)のメンバーも同様だった。

ひばりはここまで黙って会議の様子を見守っている翼の方を見る。今朝のことがあって気まずい思いだったが、翼の顔には迷いは見られなかった。

すくなくともひばりが見る限りは。

「かんちょ、本艦の針路を決定してください」

ざわめきが静まり、波の音だけが聞こえる。潜航中は感じられない波に揺られる艦内で、翼はゆっくりと脱帽し、会議中初めて発言する。

「きた道を戻りましょう」

生徒たちはようやくの指示を聞き、互いに顔を合わせて確認する。

「きた道を戻る……ですか?」

翼は頷く。

「さっきの報告にあったように、本艦は現在孤立しています。通信装置も使えない状態で、場合によっては反乱艦扱いで、支援も望めません。その中で、食糧も燃料も少なく、洋上補給は困難……となれば……」

ちらりとひばりの方を見る。パスを渡されたことに気付き、パスを返す。

「本土まで帰るのが最善……ってことね」

「そうです」

ひばりと翼の言葉に生徒たちは真剣に耳を貸す。

「ですが、資材が圧倒的に不足しています。損傷もひどくて本土までは持つかもわからないので、一先ずは硫黄島を目指します」

翼の提案に生徒たちはざわめく。

「硫黄島!」

「あそこはハリネズミです。撃たれたらこんな潜水艦じゃ、ハチノスですよ!」

「それこそ危ないっす」

それぞれに反対を述べるが、翼は迷わない。ひばりら、乗員からの期待を裏切らないために。

「いいえ、確かに攻撃のリスクはありますが、むこうの射程に入ればスマホは使えるはずです。電話で連絡を取れればあるいは……」

「ムチャね~、艦長。まるで博打ね」

126(イニム)』の頼れるお姉さん、医務長の峯塚福音(エヴァ)が他人事のように言う。

「……前に座談会で聞いたんです。艦長はある程度賭けと運に強くないと務まらないって」

照れ笑いをする翼。楽観的に見えてその実ドライな現実主義者、峯塚はピリつく視線を翼にさす。

「艦長は強いの? 運」

目線を外さずしっかりと見つめ返す。

「自信は…………あります」

すこし間が空き、ギリギリ保つ余裕さを見せる。峯塚は満足したのか不服だが追求をやめただけか、それ以上はなにも言わずに向き直った。

「他に……意見はありますか?」

一応、生徒に確認を入れる翼。各員の顔を1人ずつ確認する。不安そうな者が大半だが、ひばりを含め一部の生徒は艦長の翼を信頼していることをその表情で表していた。

「はい。その他意見はないようですので本艦の針路は、硫黄島要塞に決定します。道中は戦闘になることも危惧され、往路とは比べ物にならない困難な航海となります。各自、いっそう警戒を強め、各自の職務に当たってください」

翼の訓示が終わり、立ち上がると同時に各科長も立ち上がり、生徒たちは気を付けの姿勢になる。

「目標、硫黄島要塞。準備でき次第、ただちに出帆する。……各自、持ち場につけ!」

「はい!」

一斉に返事をする生徒ら。それぞれが持ち場に向けて駆け出し、停止していたエンジンが起動し、ディーゼルの振動が床から靴を伝って体を揺らす。バタつく生徒たちの中で、元気のない生徒はいっそう目立つものだった。

昨晩、極度の恐怖と緊張から一時錯乱しかけていた水雷長の橋本水鶏は、後ろめたさからか、会議中も自重し、一切発言しようとはせず俯いて下を向いていた。

翼が声をかけてもそんな調子だった。

「橋本水雷長」

「はい……なんですか、艦長」

他の生徒はとっくに別れて各自の持ち場についていた。現に艦は航行準備を整えつつあるし、修理箇所では各自の作業が始まっていた。

「道中は感染が疑われる艦の他、場合によっては教員艦からの攻撃もありえます。その時、反撃の要となるのは水雷科……つまり橋本水雷長です」

水鶏は驚く。昨晩の件で更迭されるとでも思っていたのか。

「いいのですか、艦長? 私は昨晩……」

やはり、昨日のことを引きずっていた。翼は考えていた言葉が緊張で飛び、伝えようと思っていた気の効いた言い回しをど忘れし、ただ一言だけ伝えた。

「お願いします」

頭を下げる。普段の敬礼よりも深く、丁寧に。

その姿に呆気にとられた水鶏。唖然としていた顔から徐々に強張っていた緊張が解されていく。落ち込んでいた気分を持ち直し、自分の頬を軽く叩いて気合いを入れた水鶏はより丁寧に翼に答礼する。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

水鶏も簡潔に述べる。2人は顔を上げ、共に発令所に向かう。

「……この航海、絶対にやり遂げる……ダイジョウブ…………私なら、私じゃなきゃ、出来ない…………!」

隣を歩く水鶏に聞こえないように小さく小さく呟く。艦長とはなんと孤独なものか。父もこんな思いを抱きながら潜水艦に乗っていたのか。最期の時まで。

そんなことを思いながら発令所に入る小さなハッチを潜る。

「艦長、発令所入ります」

副長のひばりの号令で発令所要員が注目する。各員の顔を1人ずつ見る。皆、覚悟は出来ていた。

「全艦準備完了」

記録員のツバメが報告する。頷いて、艦長帽を正す。

「目標、硫黄島要塞。針路3-3-0、前進1/3。全艦対空対水上警戒を厳とせよ…………潜水艦『伊126』、出帆!」

「はい!」

唸り声を上げ、ディーゼルが共鳴する。停止していた艦が前進し、再び航海が始まる。今度は困難で、正解のない未知なる航海が。

「さて、ここからだね、かんちょ」

いつもの笑顔でひばりが呼び掛けてくれる。それだけで心強かった。

「ありがとう、ひばりさん。艦橋上がります」

ひばりはまたまぶしい笑顔を見せる。ニコリと慣れない笑顔を返し、梯子を登る。艦橋へ上がると、南方の暖かい風が吹いていた。双眼鏡を手に取り、前方の進路をにらむ。

 

「ここからだ。私の航海図は……!」

 

朝の海に決意する。

 

 

 

 

 

 

 

 

『伊126』が出帆した直後。アスンシオン島沖北東42kmの海域。

『伊126』と真反対の海域に6隻の艦船が集結していた。白い上部構造物の塗装に、特徴的な緑色の所属帯を巻いた艦船が警戒序列のまま、アスンシオン島に近付いていた。

先頭を航行するのは艦首に長崎男子海洋学校所属であることを示すNGの識別記号に艦番号262の艦艇、長崎校教員艦『はつね』だ。

同艦艦橋では艦長兼任の主任教官と、副主任教官兼任の副長が落ち着かない心持ちでアスンシオン島の方を見つめていた。

「気が気じゃいられんな」

主任教官の言葉に副主任教官も頷く。

「えぇ、もしこれで1隻も現場にいなかった場合……」

「面倒で大変なことになるな」

『伊126』が航洋艦から逃げ回っていた頃、事態は思いもよらないほどに悪化していた。

旗艦『はつね』以下、『なつき』、『ねのひ』、『はるか』、『やしろ』、『やまびこ』の6隻により編成される第3臨時任務隊(03TU)は教育艦隊大量遭難事案の調査のため、アスンシオン島に接近していた。

 

 

およそ1時間後、『伊126』と入れ替わりに、長崎校教員艦隊はアスンシオン島に到着したが、探知された艦船は1隻もなかった。

 

 

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