ハイスクール・フリート ~深海の乙女たち~   作:みん提督

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第4話 本土はピンチ

時を遡り、本来の集合時刻であった4月10日06:00。

 

長浦男子海洋学校校長室。長浦校の主、本多創哉校長が本革の重厚な椅子に腰かけていた。制服では隠しきれないガタイのいい筋肉質な体と、かつて海賊との戦いで負った顔面の刀傷でヤクザに間違われることもある強面の教官。しかし実際は滅多なことでは怒らない優しい性格で、褒めて伸ばす教育方針を持つ。その顔面からは想像できない穏やかな表情でホワイトドルフィン官給腕時計を確認する。

「さて、集合時刻だな。全艦集まったか?」

横に控えている秘書官の高松洋一に声をかける。白髪混じりの頭髪と、鋭い眼光を持つ元ブルーマーメイド情報官で人事交流のため長浦校に赴任している。階級は5つ以上も離れているが、経験豊富な彼には本多も頭が上がらない。

「いえ、『利根』と『伊126』がまだ集まっておりません。『伊126』は機関故障で遅れるとの報告が入っています」

タブレットを確認する高松。しかし本多は報告を聞いて一安心はできなかった。

「高松くん、『利根』から遅刻の連絡は?」

「ありません。定時連絡は3時間前が最後です」

タブレットの情報を本多のデスクのパソコンに転送する。

「場所は?」

地図が表示され、一部の海域にクローズアップされる。

「北マリアナ諸島北西部です」

具体的な座標は出ず、大まかなエリアが赤塗りで表示される。胸騒ぎがする本多。

「……『ちはや』に繋いで確認を取ってくれ」

「わかりました」

敬礼した高松は足早に校長室を出ていく。扉の閉まる音とともに溜め息をする本多。

「なんか、嫌な感じだな……」

窓の外を見る。そこには春の大時化で荒れる東京湾。

季節外れの巨大台風の直撃で関東圏は大混乱し、すでに災害派遣準備行動が発令されていた。

生徒たちがいる南方海域は今頃心地よい天気だろうが、長浦本校はそうもいかなかった。

「何事もなければいいがな……」

 

数分後、校長室に戻った高松が報告する。

「確認とれました。『利根』は通信装置の不具合で連絡が遅れていたそうです。現在は復旧済みで、遅刻の原因は『伊126』と同じく機関トラブルでした」

胸騒ぎは相変わらず取れない本多だが、教育艦隊の動静と平行して進める対災害行動の計画案が、彼の思考を引き戻した。

「ふむ……そうか、わかった。予定通り艦隊は補給を済ませ、明日0600に出航するのは変わらず、遅れた艦については出航前に補給をする方向で行こう」

計画案の作成を高松に指示し、計画案策定事務に取りかかる。

忙しいことは思考に浸る時間が短くなること。本多の中にあった懸念は徐々に薄れた。

大型の台風は一時東京湾を暴風域にいれるほどの強い勢力を保って北上したが、幸い関東圏に大きな被害はなかった。

 

その日の夜、残業で事務処理に当たっていた本多の元に報告が入る。

「教員艦『ちはや』より入電。20:13、潜水艦『伊126』、集合時間に14時間13分遅れで合流。異常なし(・・・・)とのことです」

「うむ、報告ご苦労」

報告を聞き、事務を中断して座ったまま一息つく。『伊126』の到着を聞きほっとするとともに昼間に感じていた嫌な予感は気のせいだったと整理する。

「……」

本多は机の3段目の引き出しを開ける。そこには一冊の資料が入っていた。

題目は『保安監督隊(ブルーマーメイド)潜水艦保有計画 修正第三号 計画名[ブルーホエールⅢ]』。

それこそが、形式上は横須賀校の生徒である女子生徒により編成された長浦校特別クラス『伊126』の存在理由にして、本多が10年前から構想していた計画の最終段階。彼の野望ともいえる。

「青い鯨……か。私のワガママにお前の娘を付き合わせていると知ったら、お前はどう思う?」

ほとんどの職員が帰宅するか、官舎で寝静まっている長浦本校庁舎の校長室で、本多は独り言を言う。彼の視線の先には9年前の凄惨な潜水艦事故の記事が飾られた額縁があった。

 

『潜水艦はるしお、鳥島沖で圧潰沈没!!』

『艦長深海守三等保安監督官以下乗員41名絶望!!』

 

「守、お前との約束だ。あと100年したらそっちで怒ってくれ」

本多は新聞記事のスクラップの横に同じく飾られているとある隊員の写真に語りかける。かつての同期、親友に向けた言葉はもうだれにも届かない。

 

 

 

深夜、01:10。仮眠室で休憩をとっていた本多の耳元で電話が鳴る。艦艇勤務時代のクセで1コール目で自然と受話器を取る。熟睡から覚醒するまでの早さは学生時代からだれにも負けない自信があった。

「私だ」

一言短く返答する。電話口からはやけに焦った部下の声が聞こえる。

「お休み中申し訳ありません、緊急の報告です」

部下は興奮した口振りで、何かよからぬことが起きたと察知する。

「なんだ」

冷や汗が額を伝う。

「我が校の直教艦『利根』が、民間船に発砲した……と、通報が入りました!」

「『利根』が……発砲……!」

覚醒していた意識は最大限まで思考力をフル回転させるが、どう考えてもその言葉の解釈は一通りしかなかった。

 

 

01:42。横須賀学園フロート船団。長浦男子海洋学校司令会議室。『大巡直艦利根マリアナ諸島沖発砲事件対策本部』。

「本多校長入室!」

参謀の呼び声で、会議室内で慌ただしく動いていた幕僚たちの手が止まり、ホワイトドルフィン制服に身を包んだ刀傷の大男の入室を注視する。

「そのまま作業に戻れ。上がった情報は各自私にあげろ、以上」

歩きながら指示をだす本多。幕僚は着席し作業に戻る。

長浦校職員、ホワイトドルフィン隊員は各自で上げられた報告を本多に引き継ぐ。

まず報告を上げたのは秘書官の高松だった。

「行方不明艦は22隻。長浦校所属『ちはや』、『ゆうさめ』、『利根』、『香取』、『大淀』、『柿』、『蔦』、『葛』、『伊405』、『伊407』、『伊15』、『伊19』、『伊33』、『伊44』、『伊126』。大竹校所属『かいどう』、『伊170』。パールハーバー校所属『オクラホマ』、『フレッチャー』、『ハムマン』。横浜分校所属『平安丸』。横須賀校所属『長良』。……なお、これらの艦は最低数確認された艦で他にも行方不明となった艦もあると思われます」

高松の淡々とした報告に幕僚たちは息をのむ。

「に、22隻の艦艇が一挙に行方不明……」

「これじゃあまるで、7年前の……」

幕僚たちは口々に不安を述べる。各員の脳裏に過るのは2016年の大事件だ。

本多は冷や汗を悟られないように毅然と他の報告を求める。

「他に報告は?」

雑多にまとめた資料を確認しながらもう1人の幕僚が立ち上がる。

「『利根』から砲撃を受けたのは民間の外航船『ザラ・エンドウ号』。4000トン級貨物船で、乗員および船に損傷はなし。近隣のフロート港に待避済み」

「『利根』の航路ですが、『ザラ・エンドウ号』が確認した限りは北東であったとのこと。本土への北上を企図すると推測」

「他の教育艦、および教員艦へもコールしていますが応答はなし。確認のため、連絡の取れた艦隊をアスンシオン島へ派遣。到着時刻は0730」

その後も矢継ぎ早に報告を上がる。いくつかの情報で追加情報を確認する。

「確認のため派遣した艦隊は?」

幕僚が答える。

「ハッ。長崎校の教員艦隊です。日本周航演習中の艦隊から離脱し、6隻を向かわせています」

報告を聞いて頷く本多。

「戦闘もあり得ると、強調して艦隊に伝えてくれ」

幕僚は敬礼し、情報の伝達に向かう。

「他には?」

一通り上げられた報告を聞き、幕僚全体に声をかける。

1人血相を変えて報告に走ってくる。

「校長! グアム沖の海底ソナーに反応があった通報が! 敵味方識別装置(I F F)未照合の国籍不明艦!」

幕僚たちがざわつく。

「呼び掛けは?」

「現在確認中」

他にも行方不明とみられる艦の目撃情報はあった。しかし夜間ということもあり、不確定な情報も多数あったが海底ソナーの情報は信頼性がその中でも特に高いものだった。

一向に大きくなる事態に、幕僚たちは最悪の想像をせざるを得なかった。

「校長、まさかとは思いますが……この艦隊事件、あの、RATsウィルスによるものでは?」

1人の幕僚の言葉に、他の隊員たちは言葉を失う。皆が共通して持っていた最悪の想像こそそれだった。

「……今は憶測で動くべきではない。だが、すべての可能性を考え、あらゆる手を打たねばならない……」

否定も肯定もしない本多の言は暗にその可能性を最大限に考えていることを示していた。

本多は重大な決定を下す。

「高松くん、護衛艦隊総隊に根回しをしてくれ、大至急だ」

秘書官の高松は本多の意図を即座に察した。普段は眉1つ動かない冷静沈着な彼の顔が一瞬だけ歪む。

「校長、本気ですね?」

「そうだ」

本多は立ち上がり、幕僚たちは注目する。彼がどんな決定をしたのか、幕僚たちはすでに察しがついていた。

 

「現時刻より、長浦校校長の権限を持って……『緊急事態宣言』を発令する」

 

かくして4月11日01:53。長浦男子海洋学校は実質的な"戦時体制"に移行した。同日中に横須賀女子海洋学校とブルーマーメイド、ホワイトドルフィンもこれに続き、『大巡直艦利根マリアナ諸島沖発砲事件』改め、『教育艦隊行方不明事件』として事件対処のための統合任務部隊が編成された。

 

 

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