4月13日。12:15。硫黄島要塞へ向け、潜水艦『伊126』は警戒航行を続けていた。
深度12m。潜望鏡深度で微速航海を続けていた『伊126』。潜望鏡を出している間はレーダー、目視による被発見のリスクが高まるため、状況を確認したら即座に仕舞うのが鉄則だった。
「潜望鏡納め。潜航、ダウントリム10度、深度30へ」
艦長の翼が潜望鏡の格納と潜航を指示する。命令はゆっくり確実に艦内に伝えらる。
「了解。ダウントリム10度、深度30よーそろー」
副長のひばりの復唱で艦はゆっくり傾斜する。潜水艦はソナーで水上の艦船を警戒するが、"見えない戦場"といわれる海中は音だけが頼りになる。しかし、海中の状況や地形によっては音だけでの正確な相手の方位はわからない。そのため、定期的にソナーの情報と照会するため、こうして浮上し、潜望鏡で確認をする。
常時警戒態勢を取り、即時戦闘準備状態の『伊126』は実戦の緊張感を帯びて、被発見の可能性が高い昼間に潜航し、夜間に電池充電のため浮上航行していた。
警戒を続ける『伊126』艦内には初戦から続く緊張感もあって疲弊した雰囲気が漂っていた。
「発射管室どうですか、アカリさん」
翼は艦内の様子を定期的に巡回していた。乗員の状態把握も艦長の大切な仕事の1つだからだ。
「みんな酸素魚雷くらい元気よ。よっちゃん寝てるけど」
灯の目線の先には魚雷格納ラックの間に設置されている簡易ベッドで魚雷を抱きしめながら昼寝をしている依子の姿があった。目元にはうっすらクマが見える。
「疲れてますね……起こさないであげてください」
翼が言うと、小声で灯はもちろんとサムズアップする。
他の生徒も魚雷、発射管の整備に追われていたが確実に疲労しているのが感じ取られる。
「艦長、1ついいかな?」
灯は深刻そうな顔をして翼に質問する。
翼も少し身構える。
「はい」
灯は他の生徒に聞こえないよう、翼に耳打ちする。
「正直な所、
翼は無言で首肯する。
「この前言ってたけど、この先戦闘もあり得る。その時、今のわたしらで……戦えると思う?」
こんどはすぐには首肯出来なかった。すこし俯いて考える。
「いや、なんでもない。ごめん変なこと聞いて……」
気まずそうに顔を背ける灯。しかし、答えを全く言えないのは嫌、な翼は答えを絞り出す。
「ううん、そう思うのは仕方ないです。初めての海洋実習でこんなことになって、しかも前例のない女子生徒の潜水艦。イレギュラーは想定内です」
翼の言葉に真剣な表情でなおる灯。
「やれるだけのことを、やれる範囲で……。どっち道この航海を乗り越えなきゃ私たちには明日もない」
灯は翼の意図を感じ取る。
「やるっきゃないよね、そりゃ」
灯の笑みに翼も笑顔を返す。やれるだけのことを、やれる範囲で。逃げたような、対抗したような、言葉の意味を自分でも再度噛み締める。
発射管室を出ようとした、その時。
衝撃が艦が襲う。
「何!?」
灯は体勢を崩し、魚雷ラックから依子がずり落ちる。
「え、え、え?」
寝起きで状況をつかめない依子。状況はわからないが、艦の危機を感じた翼は反射的に指示を出す。
「戦闘用意! 魚雷発射準備!」
指示を飛ばし、狭いハッチをくぐって発令所へ走る。文字通り発令所に滑り込むと、発令所要員の生徒らは慌ただし動いていた。
「かんちょ!」
すぐに翼を察知したひばりが駆け寄る。
「状況は?」
艦長帽を直しながら報告を求める。
「現在、確認中。攻撃の可能性大」
ツバメの報告を聞き、全艦に指示を出す。
「全艦戦闘配置、魚雷戦用意。機関室はいつでも全速出せるように準備を!」
「了解!」
艦は再び戦闘に巻き込まれる。二度目の実戦は唐突だった。
「不知火さん、今の爆発わかりましたか?」
ヘッドフォンから聞こえる音を頼りに、水測長の不知火は目標を探す。
「爆発した物体は不明。本艦後方7時の方向、距離2000。……魚雷、と思われますが、航走音は確認できず」
「じゃ、爆雷か?」
不知火の報告に、舵を握りながら聞く航海長の春雨。突然のことに困惑する生徒たちだが、指揮官までそのるつぼにはまる訳にはいかなかった。
「今は原因探るよりやることあるでしょ! ね、かんちょ!」
副長のひばりが檄を飛ばす。ひばりとしっかり目を合わせ、翼も頷く。
「急速潜航、限界深度いっぱいまで潜って。海底ギリギリを這うように進んで」
翼の指示に、潜航担当士官である春雨と白雪が答える。
「了解!」
「了解っす!」
艦は急速に艦首方向へ傾く。傾斜角はさらに深まる。
「機関室、エンジン全開!」
「おいっす」
艦内マイクで今度は機関室に指示を出す。気だるげな機関長望月の応答があってからすぐに艦尾のスクリューが高速回転を始める。潜航中はディーゼルエンジンが使えず、充電した蓄電池の電力に頼って航行するため、最高速力は水上の1/4ほどだが、それでも急速潜航の高低差を含めれば十分な加速を得られた。
「海底まで40m」
タブレットで海図を確認するツバメ。翼はタイミングを図る。
「今! 艦を水平に、後部ネガティブタンク注水、前部トリムタンクブロー!」
春雨が思い切り舵を上舵にするのと同時に白雪がパネルを操作し、タンクの注排水を行う。一連の動作を機敏に完遂し、『伊126』はすばやく水平に戻る。海底までギリギリの所を全速で航行する『伊126』。縦舵かキールに海底の石が擦れる音がする。
「ちょ、ちょっと深すぎるって、海底にぶつかる! もうすこし深度を浅く!」
不知火が焦って報告するが、翼に迷いはない。
「このままでいいです。橋本さん、魚雷発射管は?!」
いつも通り、水雷盤にしがみついてジェットコースターのような操艦に耐える橋本。しかし、仕事はしっかりやりとげる。
「予めの指示通り、1から4番に演習魚雷、5番に音響魚雷と、6番に実弾魚雷装填完了してるよ!」
翼は礼をしつつ、次の指示を出す。
「ありがとう、橋本さん……。よし、ゆっくり速度を落とす。機関室、5分後にエンジンを完全停止するように徐々に速力を落として、行き足はそのまま」
「5分後にエンジン止めるように、徐々に……ね、艦長」
機関長の望月の確認を受け、マイク越しにそうです。とだけ答える。
海底を這うように進む『伊126』は徐々に停止し、5分後にエンジンは完全停止する。行き足がかかるため、艦自体はゆっくりと前進を続ける。
「……全艦、音を立てるな。聴音効力最大」
翼の指示で艦内は静まり返る。無音潜航は敵から身を隠すのと同時に聴音効果を高める効果がある。今はその二つを有効活用していた。
(海底に逃げることで探知されづらくして、ゆっくりエンジンを止めることで音源を特定させず、さらに行き足そのままにして推定位置もずらす……。やっぱり素人とは思えない操艦……)
ひばりは翼の操艦の意図を掴み、感心すると同時に違和感も覚えた。
(やっぱりかんちょ、年誤魔化してない? 初めて潜水艦に乗った人のセンスじゃないでしょ。猛特訓の成果なのか、もしくは天性の才能か。……そういえば、あにきから聞いたことあるな。昔凄腕の
そこまで考えて、首を横にふる。まさか、そんな偶然はないだろう。それに、仮にそうだとしても翼の操艦がやたらと上手い理由にはならない。親兄弟と自分の評価が一緒くたにはされないものだ。
「うん…………まさか……ね」
ひばりの独り言は静寂の艦内に吸収され、誰にも届かなかった。
海底に
「反応はいまだになし。……水上には1隻も見えないよ」
不知火の探知に中々かからない敵艦に焦り出していた。
「こちら、水測室。同じく反応なし」
水測員の岩渕霞(かすみん)からも同じ報告が上がる。正副2人の水測員が配置される『伊126』だが、それぞれの水測員の機器系統は別になっているため、2人がかりなら探知精度は上がるはずなのに、今なお発見できない状況にさらに艦内は緊張する。
「どうなってんのさ……明らかに攻撃を受けたはずなのに……」
「上に艦がいないなら、機雷?」
「この海域に撒かれた機雷はない」
「浮遊機雷か、不発弾か?」
「不発弾はともかく、浮遊機雷は条約違反っすよ?」
発令所生徒らは口々に小声で議論するが、結論は出せない。発令所の中央で腕組をして考える翼と、それを横目で見るひばりは回らない議論を見守っている。
「かんちょ、どう思う?」
終わりのない議論を前に、艦長の意見を求めるひばり。議論の有用性より、艦長判断を優先しようとした。発令所の生徒は各々艦長に注目する。
注目された翼は今さら恥ずかしそうにしながら彼女の考えを各員に告げる。
「ううんと……多分ですけど、相手は潜水艦です」
「え、潜水艦?」
意外な艦長の答えに春雨が代表して疑問を表明する。
「はい、潜水艦。それもおそらくは教育艦」
そんなまさか、と思う生徒たち。無理もない話で、作戦艦と同じ
「ツバメさん。襲撃直前までの海域データを見せてください」
情報を表示してタブレットを手渡すツバメ。画面に映る音響データを見つめる翼。
「いる……おそらく、この向こうに」
翼の読み通り。淡い光が届く海中にゆらゆら揺蕩う光のカーテンの向こうには、不気味に微笑むかのように1隻の潜水艦が静止していた。
艦内は不気味に静まり返り、艦長の目はルビーのように赤く光っていた。
司令塔に特徴的な