ハイスクール・フリート ~深海の乙女たち~   作:みん提督

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第7話 格闘戦(ドッグファイト)でピンチ

「『2501(ニコイ)』、魚雷発射しました! 2本!」

不知火の報告に艦内は緊迫する。

「1番、2番、即時発射!」

『U-2501』の魚雷発射に呼応し、『伊126』も反撃の魚雷を発射する。

 

13:45。両艦は水中格闘戦の火蓋を切った。

 

「急速潜航! ダウントリム最大、最大戦速!」

翼の命令に春雨は反射的に舵を切る艦が一気に艦首側に傾斜する。烹炊室で戦闘食を準備していた給糧員トリオは食事を守ろうと奮闘する。

「は、は、は、始まった始まった。戦闘だよ、水中格闘戦(ドッグファイト)だよ! ほっちゃん!」

炊飯器を必死に守りながら言う保坂。荒れる艦内に続けて名寄も愚痴をこぼす。

「なんだとコト、ドッグファイトって、戦闘船がやることでしょ! なんで潜水艦がやるのさ、発令所は何考えてんの! あぁたくあん落とした!」

やたら騒ぐ2人を給糧員トリオリーダーの河利が制する。

「上に文句言うのは後! いまはご飯を守る!、ほら、チキンが焦げてる!」

「は、はい!」

発令所が頭脳と度胸と勘と運で戦っている時、烹炊室も炊飯器を前に、フライ返しとしゃもじで戦っていた。

 

 

「敵魚雷、航走中、距離2000。到達まで30秒!」

不知火の報告で発令所はさらに緊迫する。しかし、翼は冷静に構える。

「心配しないで、避けれる!」

翼の言葉通り、急潜航して艦首を海底に向けた『伊126』は魚雷の直撃コースから外れ、直上を魚雷が掠める。大きく響く魚雷のスクリュー音が艦内に反響する。

「うっわぁぁ……」

ジャカジャカ響いた魚雷の音は静寂に慣れは始めたひばりの耳を貫通してこだまする。

が、魚雷が艦直上を通りすぎて数秒後、魚雷が爆発した。

「わぁ、あ、ぁぁぁ!」

ねこだましのように『伊126』の不意をついた爆発は艦に大きな衝撃がかかる。2本の魚雷の内、1本は音響魚雷だった。

「これ……通常魚雷と一緒に音響魚雷も射ってる!?」

「目潰しと攻撃同時とは……恐ろしいな」

発令所は前後左右に激しく揺れ、航海用具が宙を舞い、立っている生徒は姿勢を崩し、小規模なショートまで起こる。艦内では浸水まで起こり、爆発の影響は艦全体に及んだ。

冷静な状況分析をしている余裕はなかった。

「魚雷発射管室浸水! ダメコン急いで!」

「第2電線ショートした、危ないこれ、応急長(ノッチ)呼んで!」

「機関室スチーム管破損!」

「カッター格納庫浸水!」

発令所は良くない報告で溢れる。ショートで起きた火花、軽微な浸水と容赦のない衝撃に、生徒らは実戦の恐怖を感じる。軽く見ていた者も、覚悟を持っていた者も、どちらでもない者も等しく味わう恐怖。見えない敵との戦いは恐怖しかなかった。

「イッッ……テェ、怖ぇ!」

水測長の不知火は音響魚雷起爆の影響が特に大きい。思わずヘッドホンを外して耳を抑える。聴音手は敵の状況だけでなく、海底地形などの航行に関わる最重要な役職で、機能不全に陥るのは潜水艦にとって最大の危機といえる。

「不知火さん、大丈夫ですか!?」

翼が不知火に駆け寄る。不知火は耳を抑えたまま首を横にふる。

「大丈夫じゃない! 耳やられた!」

耳を抑える手の隙間からは鼓膜が破れた時の出血が見えた。顔面から吹き出る汗と痛みに悶える不知火の様子に翼は狼狽えてしまう。

(怪我人が出た……私の操艦で……私の………せいで…………)

目の前で怪我をして苦しむ不知火はなぜ怪我をしたのか。自分のせいでは? その黒い思考が脳内を支配する。

「……ちょ……んちょ………かんちょ!」

まとまらない思考にひばりが呼び掛ける。彼女も必死の表情だった。

「ひばりさ……」

「かんちょ! 指示!」

鬼気迫る表情で怒鳴るひばり。その言葉で、ようやく艦長としての責任感が感情線に復帰する。

「ふ、負傷者1名! すぐに峯塚さんに連絡、ツバメさん、不知火さんを医務室へ!」

指示を受けてツバメは不知火の肩を掴んで医務室へ運ぶ。耳から流れる血が白い制服を汚すのを見て落ち着いていられる状況ではなかった。が、やるべきことを自覚し艦長として理性を留める。

不知火が運ばれるのを見届け、次は戦闘中である艦を制御するための指示を出す。

「水測室、無事ですか!?」

艦内マイクで確認するのは水測員岩渕の安否。先程の大音響を喰らっていれば、最悪水測員2人が戦線離脱となり、『伊126』は戦闘続行が困難になる。

「ぶ……無事ではないけどなんとか……! 耳は聞こえる!」

水測室も爆発の衝撃でソナー機器の部品やら溜め込んでいた私物やらお菓子やらが散乱していたが、サブソナーと岩渕の耳は生きていた。この報告で、翼は戦闘続行を決める。

「よかった……。水測長負傷により、水測員を水測長代行とします。岩渕さん、頼みます!」

マイクの向こうでサブソナーの感度を再調整しながら短く悲鳴をあげる岩渕。

「えぇっ、へ? ぬいぬいになんかあったの、艦長?」

「説明は後でします。とにかく今は貴方だけが『126(イニム)』の耳です。お願いします!」

必死に頼み込む翼。岩渕はそれ以上深く質問は出来なかった。

「りょ、了解!」

水測の指揮系統を再編した『伊126』は体制を立て直す。

「艦内、浸水多数……現在各所応急修理(ダメコン)中! 水測長含め、負傷者多数!」

潜水艦は巨大な鉄でできた密閉空間。一度潜れば、酸素の補給は再浮上するまで出来ず、戦闘中は冷房や換気装置さえも止める。損傷を受ければ、そのダメージは乗員を圧迫する。狭い艦内で火災や浸水に対応するのは、密閉空間の潜水艦では強い圧迫感と相当なストレスを伴う。

「あぁ、チクショウ、『2501(ニコイ)』はどこだ!」

春雨は苛立ってきていた。春雨に限らず、生徒たちは少なからず怒りを感じていた。今の状況に。

その怒りは当然、1本に収束する。

「岩渕さん、『2501(ニコイ)』は?!」

「待って……いた、本艦の正面、速度17ノット、真上を通過します!」

岩渕の報告にひばりは上を向く。

「真上……ってことはまた後ろにつく気ね!」

翼は次の作戦を考える。さっきのようにそのまま転舵すれば間に合わない。あっという間に『U-2501』に後ろにつかれて一方的な攻撃を受ける。初弾も外れ、向こうはまだまだ武器を持ち、ダメージを受けた『伊126』と違い無傷で健在。

「勝負にならないよ、これじゃぁ……」

弱音を吐く水鶏。魚雷発射管室も被害を受け、戦闘続行に支障が出る可能性さえある。『伊126』に残された選択肢は少ない。

「……大丈夫、落ち着いて考えて……ほら、早く……!」

艦長帽を脱いで髪の毛をかきむしる。緊張感とショックとで冷静な気力を一時喪失したものの、最後の砦は維持できていた。提案していた作戦は圧倒的に劣る速力と、水測長負傷の不慮の事態に行き詰まる。発令所の一同の注目が集まるが、良い案は出ない。

「かんちょ……」

ひばりが顔を覗き込んでくるが、視界には入らない。あくまで翼の指示を待つ彼女は誰よりも不安そうな顔だった。

「大丈夫、安心して、私なら、きっと……」

自分に暗示させる言葉。艦内から感じる視線に返すより自分に向けたその言葉は動揺を誘う。

考えても浮かばない一手を探して視線は泳ぐ。

発令所要員の期待と不安の目線が痛いほど刺さるが、なにも浮かばない。

その時、発令所に報告が入る。

「発令所、水測室。方位2-1-0、海底火山が噴火しています! 大噴火です!」

発令所にいても衝撃がわかるほどの大噴火が発生したらしい。艦内ではわからないが、外に出ればかなり大きくて雄大な景色が楽しめただろう。

「海底火山噴火……直撃したら一溜りもないね。あいちゃん、回避を……」

ひばりが春雨に回避の指示をしようとした時、翼はようやく次の行動を思い付く。

「いえ、待ってください。進路2-1-0、最大戦速面舵いっぱい、深度120!」

「え!? そっちは海底火山が……」

春雨が振り返って確認するが、翼はまっすぐ前を見たままだった。

「そうです、海底火山へ向けて下さい」

艦長帽を被り直し、力一杯に答える。発令所の生徒らは反論しようとするが、直後の報告でそれも打ち切られる。

「水測室、発令所! 『2501(ニコイ)』が魚雷発射、6本!」

迷いと困惑を浮かべる各員だが、状況は待ってくれなかった。翼だけが、断固とした意思を持とうとしていた。

「航海長!」

復唱を促す翼の指示に2秒だけ考えた春雨。しかし航海長たるもの、結局は舵輪を取るしかなかった。

「あぁ……うぅ、クソ! 進路2-1-0、最大戦速面舵いっぱい!」

舵が決まり、艦の行動が確定した以上は反論があっても従うしかなかった。

潜水艦というのは、運命共同体なのだ。

「艦長、『126(イニム)』が溶けちゃうよ……」

水鶏はへなりとその場に尻餅をつくしかなかった。いくらなんでもこればっかりは……と思っても仕方がない。

「……ま、諦めよう。ウチのかんちょはやると決めたらなかなか頑固だから」

頭を抱えていたひばりも、吹っ切れたのか自暴自棄か、翼の支持を肯定した。

 

かくして、6本の魚雷に追跡されながら、『伊126(イニム)』は噴火真っ最中の海底火山へと突っ込んでいく。

海図室では海底火山地形の把握に大わらわだった。

「海山は標高3000mの富士山級。んでもここ数日の噴火活動でだいぶ地形が変わってる。なるべくサポートするけどたぶん海底図はアテにならない。だから、かすみんお願いよん」

大回頭で傾斜する艦内をものともせず、コンパスと鉛筆で海底図を睨み付けるのは海図室の委員長と呼ばれる蝦夷暁(ツッキー)。潜航中の慣性航法を担当するナビゲーターで、潜水艦『伊126(イニム)』には欠かせない存在。ソナーとの連携も重要になってくる。

「り、了解。なるべく音全部拾うようにウォッチするからそっちは反映よろ!」

艦内電話で姿は見えないのに毎回サムズアップする2人のやりとりにベタなツッコミを入れるひまは誰にもなかった。

速度を上げた『伊126(イニム)』は噴煙が立ち上る海底火山に向かい、『U-2501(ニコイ)』がそれを追いかける。本来避けるべき自然の猛威にわざと突入する行動は訓練ならば減点どころか失格、即中止の判断となる。

(のに、このかんちょと来たら……)

ひばりは翼のスタンスをつかめなくなっていた。

 

「艦外温度、1000℃を超えてなお上昇中……艦内は40℃を越えた!」

発令所のモニターを確認して叫ぶ白雪。彼女の回りに配置される各種のメーターの針は次々と振りきれていく。

「全艦、少しだけ辛抱してください!」

「辛抱ったって!?」

機関室からは悲鳴が聞こえる。

「機関長! モーター配電が焼ききれそう!」

「蓄電池室、冷却できない!」

「発令所に殴り込んでくる!」

「人手足りないからやめて!」

機関室以外も艦内はその暑さに混乱する。

発令所ではあまりの暑さに白雪が脱ぎ出す。

「あぁっつぅい! 暑すぎる!」

「艦長! まだか!」

『伊126』が全速で海底火山の噴火に飛び込むのをすかさず『U-2501』も追いかける。

『U-2501』の少し先に『伊126』に追い付いた魚雷は、噴火により発生する海流により、大きく標的を外れて誘爆するばかりで、『伊126』に危害はなかった。

「魚雷、外れた!」

「それどこじゃない!」

発令所は蒸し焼き状態となり、機関室はバルブが次々に破損しスチームが吹き出す。各所で浸水も発生し、艦外の圧力が艦をじわじわと破壊する。

「あいちゃん、前方2000に隆起ゾーン!」

「了!」

海図室の蝦夷からの報告で、春雨は上舵を取る。『U-2501』も続く。

「『2501(ニコイ)』、まだ追っかけてくる! 速度変わらず!」

「しつっこいなぁ!」

ひばりも思わず悪態をつくが、翼は大粒の汗を流しながら耐える。頭の中では必死に次の行動のため、思考を回していた。

「航海長、上舵10、速力最大!」

翼の号令に復唱し、次の行動に出る。

「『2501(ニコイ)』は!?」

「まだ真後ろ! ただし向こうも相当ダメージ喰らってるよ、浸水音多数、船体がキリキリ軋んでるよ!」

水測室の岩渕の報告に、翼は次の行動を決める。

「右舷錨下ろせ!」

翼の指示に発令所は一瞬困惑するが、迷っても悩んでもいられないことは重々承知していた。

錨を下ろすと同時に『伊126』は海底火山から離脱した。

「か、海底火山抜けました!」

フッと一息つく間もなく、戦闘は続く。

「錨は?」

翼が確認する。

「右舷全部伸ばしました!」

翼は頷く。

遅れて海底火山を抜けた『U-2501』がどの体制でどのあたりから飛び出すのか、『U-2501』のデータと海底変流を考慮したデータを入れて『U-2501』の場所を特定する。

水測室からは待っていた報告が届く。

「『2501(ニコイ)』、抜けました!」

翼はすぐさま艦内マイクを取る。

「合図をしたら右舷錨を捨てろ。全艦、衝撃に備え!」

生徒らは直ちに対ショック姿勢を取る。

勢いそのままに噴煙を抜けた『U-2501』はスピードを緩めることなく、『伊126』の真下を通過しようとした。

しかし、ただでは通さないのが翼。垂らした糸のような錨はぴったりと『U-2501』の舷側を捉え、流線型の船体から滑るように水の流れにのって『U-2501』のスクリューに吸い込まれる。

つまり、

「の、伸ばし切った錨が、『U-2501』のスクリューにあたった! 『U-2501』、行き足が低下!」

衝撃を受けた艦内でよろける翼。しかし、踏ん張って合図を出す。

「錨捨てろ!」

その合図で錨操作室のチェーンをすべて外し、右舷錨はすべて投棄される。

錨がスクリュー軸を破壊し、噴煙を無理に通過したことで大きなダメージを負った『U-2501』はついに追跡を諦めたのか、浮上をかける。

「『2501(ニコイ)』、浮上します! 航行不能の模様!」

水測室からの報告は、全艦に艦内スピーカーで流される。ここまでの追跡劇が終わったこと、つまりは『伊126』の勝利を確信させるものだった。

「か、か、勝っ……た?」

実感が湧かずに緊張している水鶏。

「どうやらそうみたい……っすね」

暑すぎてあと一歩で全裸のところまで服を脱いでいた白雪はいつもの笑顔を見せる。

艦内に安堵の空気が流れる中、翼は緊張を解かなかった。

「本艦も浮上します。『2501(ニコイ)』に合わせて浮上してください」

白雪が復唱し、『伊126』も浮上する。

次いで、すっかり緊張が解けている乗員に指示をする。

「対水上戦闘用意、浮上後、水雷員及び砲水雷運用員は直ちに甲板に集合」

水鶏はまだ戦闘が続いていることを再認し、直立不動で復唱する。

「対水上戦闘用意! 後部14cm主砲、艦橋25mm機関砲用意!」

発令所から走り、後部主砲弾薬庫と水雷管電話に繋ぎ、魚雷発射管要員と砲水雷運用員(給糧員)を召集する。

「『2501(ニコイ)』が撃ってくるかもしれないよ?」

懸念について意見するひばり。しかし、艦長帽を被り直す翼はその可能性については気にする様子は見せなかった。

「向こうには速射砲しかないし、もし撃ってきてもこっちは14cm砲がある。射程のアドバンテージもあるし大丈夫です」

淡々と言うが、翼にも懸念がないわけではなかった。しかし、それよりも確かめなければならないことを見極めるため、どうしても浮上して確認しなければならなかった。

「深度10、まもなく海面」

「主砲操作要員配置につけ! 私も艦橋に上がります」

浮上した『伊126』。数十時間ぶりの海面を堪能する暇はなく、飛び出した水雷科生徒は主砲に飛び付く。

砲身の防水カバーを外し、損傷の有無を確認し、重要操作機構の水抜を半自動化工程で済ます。艦橋に上がった翼は、すでに浮上している『U-2501』の方を観察する。

損傷はあるものの、目に見えて大損害があるようには見えない『U-2501』に少し安心すると共に、特に艦橋(セイル)上の観察を厳とする。

砲撃指揮をとる水鶏が準備完了を報告する。

「砲撃準備完了!」

「撃ち方まて」

号令と腕を水平に伸ばす合図をする翼。

『U-2501』は驚くほど静かだった。

「艦長、艦橋(セイル)に人影が……!」

測距儀を覗いて待機していた水鶏の報告で、艦橋(セイル)を特に注視する。あがってきた人影は1人。恐らくは艦長と見られる乗員が『伊126』の方を振り向いた時。

翼は悪い予想があたってしまったことを恨んだ。

 

 

『U-2501』の艦橋(セイル)には、不気味に赤く光る眼の乗員がたっていた。無機質で無感情な彼の眼は、冷たく『伊126』を見つめていた。

 

 

「やはり……やっぱりだ…………RATsウィルス!」

 

 

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