ハイスクール・フリート ~深海の乙女たち~   作:みん提督

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第8話 覚悟でピンチ

彼とは親友同士だった。お互いにホワイトドルフィンの父を持ち、幼い頃から家絡みの付き合いだった。

 

ある日、海が見える丘で入港するホワイトドルフィンの艦を眺めていた。

その時、チビで泣き虫で、豆腐メンタルな弱々しい彼はひとつの決心を私に表明した。

「ぼく、ホワイトドルフィンになるよ」

小さく膝をたたんで野原に座り込む彼に、私は驚きの視線を向ける。

「のびるが? 無理でしょ」

幼かった私にTPOとか気遣いという概念はなかった。思ったことをズバズバすぐに聞いてしまうのだ。そのせいでトラブルになりすぎて今の卑屈屋になってしまったが。

「無理なんかじゃないよ。なれるよ」

彼はまっすぐ私を見つめた。彼のまっすぐで決意に溢れた眼を見て幼心に彼の決意が本物だと察知した。

「じゃぁ、あそこに入るの?」

私は船越地区に接岸する長浦男子海洋学校を指差す。

「そうだよ。あれがホワイトドルフィンの学校だもん」

彼は眼を輝かせていた。

「いいな、あそこに入れるの」

私が悲しそうに呟くと、彼は不思議そうに首を傾げる。

「なんでさ、つばさもあそこに入ればいいじゃん」

長浦校を指差しながら疑問をぶつける。

私はあまりに当たり前すぎることを知らなかった彼に再度驚く。

「だって、あそこは男の子しか入れないんだよ。女の子はあっち」

私は逸見地区に接岸する横須賀女子海洋学校を指差す。

すると彼は今世紀最大の驚きを全身で表現した。

「えっ!? そうだったの!?」

本人は大真面目にリアクションしてたのだろうが、あまりにオーバーな仕草に私は思わず吹き出した。

「あははははは! おっかしいの! 当たり前じゃん!」

腹を抱えて笑っていると、彼は寂しそうに俯いた。

「じゃあ……つばさと同じ学校に入れないの?」

私はピタリと笑うのをやめた。起き上がって彼の方を見る。

「同じ学校に入りたかったの?」

彼は今度は不機嫌になって言う。

「当たり前じゃん。同じホワイトドルフィンになるんだもん!」

私はまたしても笑いそうになったが、こらえた。

「私女の子だよ? ホワイトドルフィンは男の子しかなれないの!」

当たり前じゃん。と付け加えると、彼はまたしても衝撃を受ける。人生であれだけお手本のような驚愕の仕方をするのを見たのは初めてだった。

「え、え、え、……じ、じゃぁさ! つばさとおんなじ艦には……」

悲しそうにする彼の表情を見るとさすがにもう笑えなかった。

「……うん。乗れない……ね」

私も膝を抱えて小さく座る。日が傾いてきて、海風が冷たい。

彼は何も言えなくなり、黙って私の隣に座った。

5分か、10分。夕陽に照らされる横須賀の街を2人で黙って見ていた。

彼はポツリと言う。

「そっか……おんなじにはなれないんだ」

横を見ると、今にも泣きそうな彼の表情があった。泣き虫な彼は、いつもいじめっ子に泣かされていた。その度に私に泣きついていた。

その時とは違う彼の涙に、なんと声を掛ければいいかわからなかった。

2人は黙って、横須賀の街を眺めた。暗くなって家に帰るまでお互い一言も喋らなかった。

 

 

 

それから9年後。海洋学校入学式の1週間前。

下ろしたての横須賀女子海洋学校の制服と、憧れの学園生活に想いを馳せる少女が1人。自室で小躍りをしていた。控えめで1人っきりの時に感情表現ダンスをするのが彼女の趣味だった。1人の時間を過ごしていると、着信音が響く。

「もしもし? ……あ、のびる!」

電話の相手は幼なじみの伸だった。中学に入ってからは伸が全寮制の予備学校に通い始めたことと、翼も勉強が忙しくてなかなか会う機会がなかっただけに久しぶりに彼の声を聞いた日だった。

声変わりして低くなり始めた伸の声は元気そうだった。

「うん、のびる! つばさ、元気?」

彼の返事に安心する。電話をするのも半年振りだった。

「どうしたの、急に電話なんか」

ウキウキで電話にこたえる翼。電話の向こうの彼はソワソワしていた。

「いや、もうあと少しで入学式じゃん? だから、その、どうしてるかなって」

翼は思わず吹き出す。

「ふっ! 変なの、そんな畏まった感じで」

電話の向こうから聞こえる伸の笑い声が、昔とは全然違う印象だった。なんだか頼もしく聞こえるから不思議だ。

「なんで笑うのさ!」

「なんでも!」

他愛もない話をする。昔よくしていたように。

「ところで、翼は横須賀だよね?」

「うん。横須賀女子海洋学校特別クラス……選抜(・・)に受かったのも奇跡だよ」

椅子をくるくる回転させながら電話を続ける翼。選抜(・・)、と聞き、伸の反応が少し変わる。

「特別クラス……ってことはやっぱり?」

少し声色が上がる伸。

「うん。学籍上は横須賀だけど、実際は長浦の艦で実習する。……のびると同じ学校に入れたよ」

嬉しくて頬が緩む。伸も同じらしく、電話の向こうから元気な返事が聞こえる。

「うん。あの時とは違って……ね」

2人は少しだけ沈黙したあと、同じタイミングで吹き出す。

その後はまた他愛もない、正確に覚えてもいない話をしていた。

 

入学式の日は会場違いで会えず。出航時もタイミングが合わず、硫黄島での補給は互いに忙しくて会えず。

UW旗の挨拶しか出来ず、小学校卒業以来の再開は叶わなかった。

しかし、またすぐに会える。最初の実習が終われば後はしばらく座学の期間となる。そのときに山ほど話そう。

ちょっとだけお姉さんだからと、ジュースでもおごって偉そうにしてみるか。とか思っていた。

 

 

だが、今は出来ない。『伊126』も『利根』も、漂流(・・)しているからだ。

 

 

「…………現実か……」

『伊126』艦長室で、深海翼は目を覚ます。

夢から覚めて見えた景色は、無機質な蛍光灯で照らされた殺風景な鉄の部屋だった。

ドアをノックする音が聞こえる。

「かんちょ、時間だよ」

副長のひばりの声が聞こえる。時計を見ると仮眠時間がきっかり終わる時間だった。

「わかりました。今行きます」

制服のスカーフを直し、艦長帽を被る。幼なじみのことが心配でたまらない15歳の少女は、帽子と制服の効力により、自分含めた31人の命を預かる艦長となる。

 

 

浮上したまま巡航する『伊126』。船体には2度の戦闘で受けた大小の傷が目立つ。甲板で損傷の具合を確認する生徒や、艦橋(セイル)に立って指揮をとる生徒らの顔からは疲労が見てとれる。

「破損箇所は?」

記録員のツバメがパッドを見ながら報告する。

「船体に亀裂が3ヵ所。うち2ヵ所は艦尾。わずかな重油漏れと、油圧パイプ破損、蓄電池室、機械室浸水、予備部品のゴムが高温で劣化し使用不能。他、大小多数の損傷確認中」

報告を聞いて翼は思わず頭を抱える。

「逆に壊れてないとこある? ……ってぐらいの損傷だね」

ひばりはもはや一週回って楽しんでいる。

艦橋(セイル)も無事だった最後の潜望鏡が壊れて、とうとうその機能も為さないし……潜水艦としてはもはや行動不可能だね」

管制員の響はもうどうしようもないと、乾いた笑いで双眼鏡で見張りを続ける。

『平安丸』からの砲撃と、『U-2501』戦での損傷で艦橋(セイル)から生えている潜望鏡類は悉く破壊され、通信装置は無論、ほぼ全ての機能が使用不可となっていた。

「あと、ついでに圧搾空気タンクも主16番まで全壊。あと一回浮上して、浮き上がるくらいの浮力しか残ってない」

艦橋(セイル)のマスト類を点検しながらヤケクソ気味に応急長の勇山寺が言う。

もはや『伊126』に潜水艦としての戦闘力は残っていなかった。

「……ごめんなさい」

艦橋(セイル)に立って、これも壊れて動かなくなった羅針儀を前に翼は小さな声で謝罪する。誰に向けたものなのか、その感情は自分では推し量れなかった。

「かんちょ?」

ひばりがこちらを覗き込む。不安を気取られてはいけない。

自分のほほを叩いて気合いを入れる。

「いえ、なんでもありません」

艦橋(セイル)にいるクルーに向けて、翼は確認を入れる。

「みんな、休めましたか?」

『U-2501』から離脱した後、翼の指示で各員が交代で休息をとっていた。翼は休息するつもりはなかったが、ひばりに押し切られる形でついさっきまで仮眠をとっていた形だ。

「まぁね」

「穂高が休んだら私もいくよ」

「……うん」

「そろそろ私もいくよ」

4人が口々に言うのを見て安心する翼。

「よかった……」

胸を撫で下ろす翼に、ひばりは喝を入れる。

「シャンとして、かんちょ。かんちょは何も悪くないんだから」

ふわりと優しく抱き締められ、翼は困惑するが、ひばりは気にせず続ける。

「いや、あの、み、みんな見てるよ……!」

思わず素の口調が出るが、ひばりにとってはそれも良い栄養になるらしい。

「かんちょは頑張ってるよ。かんちょがいなかったら、私たち何度沈んでたかわからないよ」

長引く航海でシャワーもろくに浴びれていないはずなのに、彼女の髪はさらさらで、ふわりと良い匂いがした。

きれいで、ふわふわしている彼女に包まれているようで安心できた。

「ありがとう、かんちょ」

「ひばりさん……あの、その……あぁ……」

感謝の言葉をくれる彼女に返す言葉が見つけられない。そんな自分に情けなさを感じる。

言葉にできないのなら行動で示そう。そう思った翼はひばりのことを抱きしめ返した。ぎこちない動きでそっと抱きしめる。ひばりの顔は見れなかったが、きっと満足げな表情をしていただろう。

2人で抱き合っていると、黙っていた外野の生徒たちは黄色い声援を浴びせる。

「さすが、艦長と副長、仲いいね~」

「もう付き合っちゃえよ」

「お熱いねぇ~」

ようやく他の生徒がすぐ近くで見ていたことを思い出し、赤面する翼。

「あ、あ、あ、……ちょっとひばりさん、離して、恥ずかしい!ねぇ、ちょっと!!」

抱きつくパワーが強すぎて全然離れる気がしないひばり。振りほどこうともがくほどに頭をグリグリ押し付けて必死に抵抗し、その度に甘くて心地の良い匂いが届く。良い匂いすぎて頭がどうにかなりそうだった。

「離さない! かんちょ大好きだもん!」

ストレスでおかしくなったのか、半ば錯乱したように抱きつき続けるひばり。さらりと流された発言にツッコんでいられるほど、落ち着いた気分ではなかった。

艦橋(セイル)の賑やかな声にひかれて集まってる生徒たちで、『伊126』は賑わった。戦闘と緊張の連続だった艦内の空気が和らぎ、年相応の女子高生たちが青春を楽しんでいた。

 

 

 

それから3時間後、『伊126』艦内食堂。

今後の艦の運用について協議するため、各科長、主要生徒たちが集まっていた。

「まず、艦長の指示通りに艦内は検疫を実施。感染源となるネズミ、その他の外獣は未確認。私含めた乗員の検査結果も全て陰性でした」

衛生長の峯塚が報告する。『U-2501』がほぼ確実に感染していたことから、戦闘後にはRATsウィルスの検査を実施していた。

「ありがとうございます、峯塚さん。……不知火さんのけがは?」

『U-2501』戦で耳を負傷した不知火のけがの具合も確認をする。

「両耳の鼓膜が破けて多少は出血していましたが、そこまで重傷でもないです。1月もあれば治ると思います。が、陸の病院に引き継いだ方が確実ですね。物資が不足していてできることは限られるので」

カルテを見ながら報告を聞く翼。自分の責任で乗員を危険にさらしたことを改めて自覚し、艦長としての責任を痛感する。カルテを持つ手に少しだけ強く力がかかる。

横に控える副長のひばりはその些細な行動も見逃さなかった。

「……他に報告ありますか?」

きつくなる気持ちを抑えて次の報告を聞く。

「衛生長も言ってたけど、物資が足りなくなってる。医薬品もそうだけど、食糧がもうキツキツ。1週間予定の航海が2週間も続いて、生鮮食品はすでに使いつくしたし、保存食の備蓄も心もとない」

主計長の桐谷が帳簿上の過不足リストを机上に出す。過不足リストといえど、ほとんどの物資は不足状態であることが記載されていた。

「あとどのくらい持ちそうですか?」

もうひとつのリストを確認し、苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら溜め息と一緒に吐き出す。

「もって、3日。最低限の栄養状態でいいなら5日!」

「そ、そ、そんなに!?」

食いしん坊で食べるの大好きっ子な応急員穂高はショックで甲高い声を出してしまう。

それほどに艦の状況はよくなかった。

「……どっちにしろ、上陸か補給は必須だな……」

「と、いうことはやっぱり……」

各員は艦長の翼の方へ目線を向ける。

「硫黄島への寄港は必須……です」

食堂に深刻な空気が流れる。

「やるっきゃないのね」

「あのハリネズミに……」

「12インチが飛んできたらどうすんの」

クルーは口々に言うが、どっちにしろ方法は他にない。

 

翼は拳を強く握りしめる。不安を悟られないように机の下で。例によって、その不安は副長のひばりだけが察知した。

表情はつとめていつもの艦長でいた。

「策はあります、行きましょう」

 

生き残るため、『伊126』は次の行動へ向けて舵を取る。

 

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