ハイスクール・フリート ~深海の乙女たち~   作:みん提督

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第9話 RATsでピンチ

4月15日、12:20。『伊126』は硫黄島へ接近していた。

 

「通信装置壊れてるから、まずは旗旒信号あげて」

副長のひばりの指示でダメコン用予備材で作った簡易マストに信号旗があがる。

「シノ、要塞に応答合ったらすぐ伝えて」

「はい了解」

航海管制員の響が監視員用の籠から双眼鏡で確認をする。艦長の翼も発光信号器を構えて待機する。

「艦橋、発令所。まもなく硫黄島要塞の光学測定範囲に入ります」

艦橋(セイル)のクルーに緊張感が走る。

「と、言うことは長距離レーダーには映っているはず」

「もしかしたら呼び掛けがあるかも……」

「でも無線壊れてるから応答は出来ない……」

「12インチ砲の射程って?」

「光学測定範囲とほぼ同じ」

「じゃぁつまり……」

発光信号器を要塞へ向ける翼の額に冷や汗が滴る。

「いつ砲撃されてもおかしくない…………」

 

 

いよいよ要塞の地上施設がはっきり見えるようになってきた時。

「要塞、12インチ主砲に動きなし。5インチ砲陣地、VLS陣地も同じく」

管制員の響が報告する。

「動きなし、か」

翼は大きな不安が現実になりつつあると予測していた。

だが、不安は杞憂に終わる。

「あ、艦長! 摺鉢山マストに応答旗、確認。3番バースへ入港せよ……です!」

「……ふぅ」

翼は小さく息を吐いた。安堵の表情を浮かべるクルーに次の指示を出した。

「発光信号、入港許可を申請。本艦に感染者なしとも伝えて」

「はい了解」

続けて艦内マイクで全艦に呼び掛ける。

「硫黄島要塞から応答あり。入港許可が出ました。入港部署発令、入港に備えて下さい」

短く、簡潔なその言葉に一瞬艦内は静まる。ディーゼルの稼働音だけが響いて数秒後、艦内から歓声があがる。

「ぃぃよっっ……しゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「陸だ、陸にあがれる!」

「お風呂だお風呂~!」

「缶詰め生活もこれで終わる~!」

各自この先行きのない危険極まる航海で溜め込んでいたストレスが一気に解放された瞬間だった。

制服を脱いで半ば狂喜するクルー、抱き合って喜びを伝え合い、泣き出してしまう者も。

艦内が喜びの声に包まれる中、翼の背中は強張ったままだった。

「かんちょ! どうしたのそんな畏まって! もっと嬉しくしようよ!」

さすがのひばりも感動でテンションが上がっている。

翼も笑みは返すが不安げな表情はそのままだ。

「嬉しいですよ、ひばりさん。私ほっとしてるんです。心の底から」

翼の体は震えていた。それに気付いたひばりは翼の肩を優しく支える。

「かんちょ、どうしたの?」

ひばりに支えられ、震えが止まらなくなる翼。

「これで、クラスの皆を守りきれました。でも、これだけじゃ終わらない気がするんです。いや、終わらない」

肩を支えるひばりの力が強くなる。立ってられないほどに脱力する。

「今、今心の底から安心したんです。要塞が……正常に動いててくれて良かったって。ずっと不安があったけど言い出せなかったんです」

「かんちょ」

ひばりの声も震える。

「良かった……要塞が感染していなくて(・・・・・・・・・・・)

 

 

硫黄島要塞3番バースに入港した『伊126』は、入港直前に付いた検疫船の検査を終え6番ドックに入渠した。

「船体固定完了。タグボート分離」

「ドックコントロールへ。船体の固定完了、ドック内準備よろし」

ようやく一息付いた『伊126』。新学期最初の航海実習で実戦の連続となった航海は終わったがまだ『伊126』の果たす仕事は終わっていなかった。

「要塞コントロールより、ドック扉閉鎖、排水開始。連絡橋接続します」

稼働橋がせりだして『伊126』に接続される。検疫を終えたとはいえ、まだ完全に自由とは出来ない『伊126』クルーは艦内で待機を命令されていた。

「連絡橋出たってまだ陸には上がれないのに」

「事情聴取するブルマーが乗り込むって話しだったけど」

ひばりが書類を確認していると、連絡橋の向こうから2人のブルーマーメイドが乗り込んでくるのが見えた。

「あ、来ましたよ、副長。あの人たちじゃない?」

「ほんとだ。たぶんあの人たちだね、かんちょ!」

「今機関室見に行った」

「肝心な時艦橋(セイル)にいないんだからあの人……」

連絡橋を渡った2人のブルーマーメイド隊員。フワフワの茶髪で、癖っ毛がトレードマークの隊員が艦橋(セイル)の生徒に声をかける。

「忙しい中ごめんなさい。艦長にお話を聞きたいのだけど」

「今艦長ここにいないので副長のわた……し……が……!?」

艦橋(セイル)から身を乗り出して答えようとしたひばりだが、その途中で言葉は途切れる。

声をかけた1人のブルーマーメイド。大のブルーマーメイドオタクでもあるひばりでなくても見たことのある顔だった。何ならこの航海の前にも見ていた顔だ。

そして、一番目を引かれたのは隣に立つ隻腕(・・)のブルーマーメイド。青みがかったショートヘアーの黒髪、眠そうなタレ目なのに鋭い眼光。堂々としているのに親しみやすさがある唯一無二の性格。

「え、え、え、事情聴取のブルーマーメイドってお二人なんですか!?」

ひばりは驚きの声を上げる。

「僕らだけど、気にさわった?」

事情聴取に来た2人のブルーマーメイドは硫黄島要塞司令官青木彩二等保安監督監(リア アドミラル)とその副官神余久美一等保安監督官(キャプテン)だった。

 

 

『伊126』艦長室。人払いをした上で艦長の翼が事情聴取を受けていた。

「帰港そうそうでごめん。大変な航海だったね」

机に向かって椅子に腰かけるのは硫黄島要塞司令官青木。その後ろには調書と音声記録器を持った副官の神余が控える。

司令官の前とあって緊張した面持ちで翼は応答する。

「いえ、ありがとうございます。わざわざ艦にまでいらしてくれて……」

あまりに態度が固かったからか、神余が少し笑うのが聞こえた。

「ごめんなさい、あんまりぎこちないから。私のことは気にせず続けて」

神余と目配せをした後、姿勢を崩す青木。

「まぁ、そういうことさ。気張らず答えてくれれば良いよ」

単騎で海賊のアジトに堂々と乗り込み、片腕を失いながらも殲滅したというレジェンドブルーマーメイド。……には見えないラフな態度の彼女に呆気に取られる。出航式典ではもっと厳格な人物に見えていたのに。

「わ、わかりました」

とは言ってもすぐには楽に出来ない。相変わらず固いまま続ける。

「では、まず官姓名を聞かせて」

「はい。長浦男子海洋学校第1学年潜水直接教育艦隊所属潜水直接教育艦『伊126』潜水艦長……深海翼です」

青木はまっすぐに翼を見つめたまま続ける。

「わかった、ありがとう。次に航海日誌と戦闘詳報を提出して」

「はい、こちらです」

言われた通り、事前に委員のメンバーでまとめた報告書を差し出す。神余が受け取り必要事項を確認する。

「うん、ありがとう。次に詳しい内容についてだけど……」

事情聴取は提出された資料を元に『伊126』がこの1週間ほどの間どんな航海をしてきたのかの聞き取りが続いた。事務的ではあるが冷たい感じはない、彼女独特の空気感があった。

資料の確認と一通りの事情聴取が終わったのは1時間ほど経ってからだった。

「さて、航海日誌についてはこのくらいで終わりにするよ」

青木の言葉にようやく肩の力が抜ける。

「あ……ありがとうございます。ご迷惑をかけて……」

青木は優しく笑う。

「いや、気にしないで。これが仕事だから…………さて、話を変えるよ」

これまでの柔らかな雰囲気から、教官のような鋭い眼差しに変わる青木。背筋が自然と伸びる。

「は、はい!」

「報告書にもあった通り、RATsの感染が確認されている。RATsパンデミックの第2波だ」

神余が資料を机上に提示する。

「現在、『伊126』が救助した『U-2501』は漂流しているところを発見され乗員全員の無事を確認している。しかしRATs検査は全員陽性で状況から見てもパンデミックの発生は確実となっている」

神余が提示した資料を翼に向ける。

「これが行方不明艦のデータ。感染疑いも含めれば民間船もあわせて50隻以上が遭難している」

提示された資料を受け取り、青木に確認する。

「拝見しても?」

「もちろん」

"極秘"との判がある報告書を開くと、行方不明艦の詳細なデータがあった。長浦の艦だけでなく、横須賀、呉、大竹、東舞、さらに海外校の艦に多数の民間船。

「これほどの艦船が……!」

資料の中に1隻の艦を見つける。艦番号N209、大型巡洋直接教育艦『利根』艦長竹沢伸。

動揺を感じとる青木だが、話を続ける。

「『伊126』の未感染は確認された。よって修理が完了した後は統合任務部隊に臨時で配属されることになる。それは承知しているね?」

「……はい。事件がこれほど大きくなっているとは、思いもしていませんでしたが……」

頷く青木。神余から次の資料を受けとる。

「それじゃぁ、これを。……正式には学校から許可が降りれば、だけど」

1枚の書類は様式は知っていても自分が使うことになるとは思ってもいなかったモノだった。

〈学生艦有事配属命令書〉

何らかの有事が発生し、学生艦隊が実戦部隊の指揮下となった際にその指揮権を学校から当該部隊へと移す命令書。この命令書の発効により学生艦は臨時に正規軍艦として実戦部隊に配備される。

「司令官、これは……」

青木は視線をそらさない。まっすぐに翼のことを見つめ続ける。

「海洋法第11条だよ。この事態を受けて非常事態宣言が発令された。今は有事……いや、"戦争"状態だ」

「戦争…………」

戦争、という言葉に背筋に悪寒が走る。100年前に数千万人が亡くなったという大戦争のことはさんざん授業でも教わってきた。それと同じことが現代この瞬間に起こっているというのか。

現実味がまるでなかった。

「ともかく、今は艦を直すことが優先だね。まぁ上陸までは許可できないけど」

青木は資料を神余に手渡し、制帽を手に取る。

「1回目の事情聴取はこんなところにしておくよ。数度に分けて、別の担当官が話を聞きに来るようにしているからその都度よろしく」

制帽を被った青木は退室しようとする。しかし、ノブに手をかけたところで翼が引き留める。

「あ、あの、……司令官!」

「どうした?」

翼の方へ振り返る。本当は迷惑をかけたことの謝罪とわざわざ艦まで来た彼女へ礼を述べるつもりだった。うまく口が回らずいつの間にかためていた疑問を問いかけていた。

「司令官にとって、その……艦長とは何なのですか?」

「ふむ」

急に関係のない質問をされ、目を丸くする青木。ここで思わず口から溢れた質問が場違いなことを察する。

「あ、いえ、その、……も、申し訳ありません!」

混乱した翼は頭を下げる。冷や汗がじっとりと浮かぶ。

青木はまっすぐに翼を見つめ、神余もからかうような言葉はなく黙って2人を見守る。

「艦長、というのは……」

しばらくの沈黙の後、青木は答える。

翼はゆっくり顔を上げる。さっきまでとは違う、艦長のオーラをまとった青木は微笑を浮かべていた。

「艦の……お姉さん、かな」

「ふふ」

青木の優しい答えに、神余は少しだけ笑う。今度こそ2人は退室していった。ひばりがやたらテンションを上げて2人を見送る声が扉の奥から聞こえていた。

 

「お姉さん……か…………」

 

それは彼女の中で、艦長とは何かという考えを深めていくための大切なヒントになっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南太平洋、某海域。

1隻の巡洋艦が夜の海を静かに航行していた。4基の20サンチ砲を艦首に搭載した特徴的なシルエットのその巡洋艦は、すべての灯火を落とし、電波装置も切っていた。

その艦は無限の作戦行動についていた。

艦橋には人形のように感情を失くした生徒らが機械的に自身の職務をこなしていた。

 

(もう、やめてくれ。助けてくれ。……誰か…………誰か………………)

 

心の奥底、彼らの良心は激しく葛藤していた。

 

 

無限の作戦行動は延々と続く。

 

 

 

 

 

 

 

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