『女神の試練』
それはリンドブルムで行われる年に一度のイベントだ。
聖域の扉が開かれる時期に行われる戦いの儀式。
聖域から古代の戦士の魂を呼び覚まして戦士と戦わせるものであり、古代の戦士が対戦相手の力量などを読み取って呼応すると言われている。
実力が低すぎればそもそも召喚に応じる事はなく、召喚されたとなれば一対一の戦いとなって戦闘が終わるまで出ることは不可能。過去にも出場者が戦死している事例もある。
だがこの戦いを乗り越えたモノにはメダルが授与され、それが己の実力を証明してくれる一品となる。
騎士団や護衛など、一定以上の実力がありますと箔をつけてくれるそのメダルを求めて世界各地から我こそはと戦士達が集まってくるのである。
参加者も軽く百を超える人数の為、超規模なイベントになる…と思われがちだが、大体百人中十人程度が呼び出せるとのことで、終わる時はあっさり終わるのだとか。
そんな行事に参加するアイリス・ミドガルであるが、着慣れないドレスに悪戦苦闘しながらも周囲へ気を配っていた。
普段見慣れない第一王女のドレス姿に観客たちは黄色い歓声を上げる。
だがそれ以上に歓声を上げる存在がいた。
多種多様なジャンルの作品を生み出す巨匠ナツメ・カフカである。
彼女は自身の文才を活かして数多くの文学作品を生み出しており、年代性別関係なく評価を受けている小説家だ。
その容姿も白銀のショートヘアーに美貌を持ったエルフであり、更には他を寄せ付けない程に豊満なものをお持ちであるが故、歓声を上げる面々の9割は野郎であった。
「皆さーん!一緒に応援しましょうねー!」
うおおおぉおおおおおお!!
「…やはりといいますか、すごい歓声ですね」
「えぇ。年に一度のイベントですから、多くの興味を惹かれているのでしょう」
「いやそうことではなく…」
「?」
そんな野郎の歓声を聞いてしみじみと呟くはローズ・オリアナ。
ローズもオリアナ王国からの来賓ということで参加していたのだが、ナツメに対する歓声は呆れる程にすごいものだ。
アイリスがそれをイベントで歓声が上がっているのだと勘違いしているのだが、それを訂正しようとも考えなかった。
とは言えども三者三様。全員がそれぞれ美貌を有する有名人。
誰が一番などと考えるのが野暮なのであるが、王女よりも歓声が上がる表向き一般小説家に思う所が無いことはないローズであった。
『女神の試練にシャドウガーデンも関与すると…?』
ローズは今回の祭典に参加するに当たって、ガイアス達と事前に情報共有を行っていた。
これは当然なこと。『シャドウガーデン』調べ曰く、聖教の中にも教団面々が侵食しており、内部でもゴタゴタが起こっている様子なのだ。
更には英雄オリヴィエが魔人ディアボロスの左腕を切り落として封印したと言われている土地。
そこに教団員が巣食っているとあっては関係性を疑うなという方が無理な話。故に彼女達もより詳しい情報を求めて暗躍するとのこと。
『だが裏だけでは得られない情報もある。シャドウガーデンも表で活動できる人員を来賓として参加させるって報告を受けた』
『女神の試練に呼ばれる程に地位や人気が高い人物がシャドウガーデンにもいるのですか?』
『あぁ。ローズさんも知っている人だよ。なにせ有名な小説家だからね』
そんな会話もあってローズはナツメ・カフカ先生の顔は表向き、裏では『シャドウガーデン』の一人であると把握しているのだ。ナツメ・カフカ――ベータも“悪魔憑き”として辛い過去があり、それを乗り越えて教団に立ち向かっている事を理解していた。
王女と陰の地下組織。立場は違うものの、それはそれこれはこれ。
ローズはナツメ・カフカ先生が生み出す数多くの作品に虜であり、一人の読者として大ファンである為、サインと握手とハグをしてもらったことで幸福が全身を包み込んだのだがそれは置いておく。
色々語りはしたものの、今行われている『女神の試練』は今後の就職活動に非常に有利になる資格取得試験。それも命を懸けた
しかし国の重役も来賓に呼ばれるほどの一大イベントだというのに死人が出る事もあるのはどうなのかとも考えるが、時代が違えば認識も変わる。そういうものなんだと考えていただきたい。
「うむ。古代の戦士…私もいつか手合わせ願いたいものです」
「確かにすごい戦いでしたが、その反応は王女として如何なものかと…」
結局のところ数百人集まった中で、今回古代の戦士が呼ばれた回数は両手で数えきれる程度であった。
それでも召喚に応じた者が互角以上の戦いを繰り広げたことでとても盛り上がったので良かった様子。
戦いを観戦していたアイリス王女は自分も戦いたいと言い出しているが、国家を背負う姫君が命を懸けて出場することを許可するかは難しいものである。
「ふふっ。アイリス王女は思っているよりやんちゃな方なんですね」
「あ…恥ずかしながら、ここ最近事務作業が多く、身体を動かす時間をうまく取れていないものでして」
「わかります。私も執筆中はずっと部屋に籠っての作業ですから、自主的に外へ出ないと色々凝り固まってしまいますよね」
「本当に動く事の大切さを実感します。王国内で最近事件が多いものでそちらに掛かり切りなになってしまって、部下たちも非常に優秀なのですが私もまだまだ未熟。功績を考えるとこういった行事に参加する事も考えないといけない気がしております」
脳筋のような発言に仲間の一人を思い浮かべたのか、柔らかい表情で反応するベータ。
彼女も部屋に籠りっぱなしで肩こりが悪化したり、執筆がうまくいかない事も経験しているため、仕事で動くことがままならない状況の辛さを知っている。
小さな自虐を組み込みながら会話を紡いでいく二人であるが、途中で会話を止めることになる。
それは数多くの参加者が召喚不発に終わった後の事である。
これで最後。そう考えていた関係者一行であったのだが…。
『 次!ミドガル王国王女 アイリス・ミドガル!! 』
「…へ?」
「ゑ…」
「えぇっ!?」
なんと呼ばれたのである。
特に参加応募もした記憶も全くないアイリスが、だ。
来賓席に居た者達は一斉にアイリスの方へと顔を向けるものの、当の本人も何を言っているのかといった様子で呆然としている。
だがそれもすぐに切り替えたのか、腕を組んでわかっています感を出したアイリスは堂々としだした。
「あ、アイリス王女?まさか…」
「えぇ、折角呼ばれたのです。これに出なければ剣士が廃るというもの。すぐに準備をさせていただきます」
「ア、アイリス王女は随分と腕に覚えがあるようですな」
アイリスが意気揚々と参加すべくツカツカと控え室へ向かっていく後ろ姿を見送りながら、一人の司祭が呟いた。
彼の名はジャック・ネルソン。
中年太りしており、彼の
彼はアイリスとはこの『女神の試練』を始める前に一度会っており、大司教が死んだ事を良いことに調査に来たアイリスたち騎士団を雑にあしらっていた。よくそんなことをしながら堂々と彼女達の隣に立っていたものである。
聖教側で失踪や事件が起きている事を理由に調査をしに来たアイリス。彼女が待っていたのは大司教が死んだという一大事件であるというのにも関わらず、調査は聖教側で全てやりますと言い放ったネルソンだった。
もう一度国王へ許可を出すように言われてしまえば王女たるアイリスであってもどうすることもできない。聖教を敵に回すと非常に厄介なのは彼女も理解していた。
そのため仕方ないと切り替えていたのだが、目の前でナツメ先生ことベータへ向ける目つきなど色々指摘したい気持ちを抑え込んでいた彼女にとって、この出来事は渡りに船。
意気揚々と出陣しに出かけたのであった。
ちなみにアイリスが出場できるように仕向けたのは、彼女の妹であるアレクシア・ミドガルである。
『シャドウガーデン』やディアボロス教団に関わる内容を一切伝えていない事に罪悪感を多少なりに覚えているアレクシアは、戦ってガス抜きしてほしいということでサプライズで姉の名前で応募していたのだ。
普通であれば怒られる所業であるが、実行する者はアイリス・ミドガル。むしろワクワクが勝っている彼女にとってむしろご褒美に近いものがあった。
どこかで私がやりましたとドヤ顔をしている王女がいたらしいが、今はそれは関係の無い事である。
「ふふ、古代の戦士…私に呼応して呼び出される相手は、一体どれほどの猛者なのでしょうか。非常に…非常に楽しみです」
すでにアイリスは扇情的なドレスから普段着用している軍服へと着替えを済ませており、武器を片手に観客たちが待つ会場へ足を運んでいた。
それまでの道のりで思い出すは、眼前で行われた古代の戦士との戦い。
対象の実力を見極めて行われるその儀式は、実力差も結構正確なのではないかとアイリスは読んでいる。これは相手の力量をある程度把握できるからこその理解。
アンネローゼと呼ばれていた女戦士が戦った古代の戦士。彼もアンネローゼと拮抗した良い勝負を繰り広げていたことからもそれは見てとれた。
(思い出す―――。彼との修行で培ってきたものを)
彼女――アイリスもガイアス・クエストに小さい頃から修行をつけてもらっていた存在だ。
今でも追いつくことすら出来ない魔力制御に武術の心得など、多くを叩き込まれている。
そんな彼女は仮にガイアスとの修行経験がなくとも、王国最強の名を冠する実力者になっている程に“天才の剣”と魔力を持っていたのだ。
生まれ持った才能に、裏付けしつつ積み上げていく努力を合わせればどうなるのか。答えは各国へ広まっている彼女の称号がそれを語っていた。
(ですが、それではまだ足りない。ブシン祭で示すためにも、古代の戦士との戦いは必ず得るものがあるはず)
会場中央へと歩みを終えた彼女は、先ほどまでの浮ついた気持ちは不要とばかりに切り替えた。それはまさしく戦場へ向かう戦士の表情。
仮に観客席から不意打ち気味に銃撃をされたとしても、何の問題なく避けれるほどに周囲への警戒と集中を高めていた。
来賓として呼ばれた王女の顔ではなく、戦う者としての表情が、動作が、雰囲気が――そして魔力そのものが。
これまでの参加者とは異なるモノなのだと観客たちにもわかるほどに、空気そのものが変わっていた。
聖域への扉がその感情に呼応したのか、それとも怪しげに行動していた司祭が何か動かしたのかはわからない。ただ確かに聖域への扉は起動し、古代の戦士を呼び出す魔法陣が展開された。
上空へ展開される魔法陣。そこから渦巻くは膨大な魔力の嵐。確かに起動した魔法陣は、これまでとは比較にならない程の大きさを誇っていた。
アイリスは正面に剣を構えながら、静かにその時を待つ。例え時間が掛かろうとも、その瞬間を見守るように待つアイリスであったが、それは杞憂であった。
すぐに一か所へ莫大な魔力渦が集まっていき、古代の戦士が姿を現す。
赤黒い魔力から現れるは対局を成すように神聖な雰囲気を醸し出した女性であった。
腰まで伸びる金色の髪。エルフを象徴する尖った耳。透き通る程にきれいな瞳――。
見た目だけではそう見えない。だが彼女が有する魔力量が、その一挙手一投足が、これ以上にない程の実力者であることをアイリスへと伝えていた。
「――素晴らしい。しかし申し訳ありませんが、私は貴女の名は知りません。それでも貴女がとても優れた魔剣士であることは分かります」
「――――――」
アイリスは眼前のエルフが地面へ足をつけた時に笑みを浮かべた。
これは素晴らしいと。見てわかる程の実力者、そんな相手と相対出来るだけでもこの祭典に赴いてよかったと、そう心から思えた。
対するエルフの剣士もアイリスの戦意に反応する。
表情は一切変わらないものの、静かに手に握られている剣を構えた。
「そ、そんな馬鹿な…ありえん…」
その光景を見た司祭は絶句する。
彼女が現れるはずがない。そもそも呼び出す
だが現実は残酷だ。彼らが何も手を付けていなくても、こうして呼応する事もある。それはアイリスの実力の高さを示唆している証拠だ。だが彼女の事を知っている司祭ネルソンは、あまりの衝撃からポツリとその人物の名を出してしまった。
「オリヴィエが…、なぜ…出てくるのだ」
過去に記録から存在を消した存在。
彼女を知るということは、世界が抱える闇そのものを知ると同義であるほどに重要な存在。
その名は三英雄の一柱 オリヴィエ。
歴史から消されたはずの彼女が、公の場で初めて現れた瞬間であった。
・アイリス・ミドガル
戦う事が楽しい第一王女。
祭典ということもあり動きなれないドレスを着てきたが結局軍服に戻った。
ネルソンに対してイライラしているのだが、一切顔に出さずに対応するのは流石の一言。しかし顔に出していないだけで普通にムカついているので、機会があれば顔面を殴っている。
試練で呼ばれたエルフに対して喜々として挑みにかかる。
・ローズ・オリアナ
オリアナ王国の来賓として出席。
事前に話を聞いていた事でベータことナツメ先生との触れ合いが出来て非常に満足。
・ベータ(ナツメ・カフカ)
世界的にも有名な小説家。
表向きの活動を行っているため、荒事は得意そうではない様に見せるが普通に世界的にも強者の一人。
アイリスとローズの会話に混ざりながら情報を共有している頑張り屋さん。
ローズが自分の大ファンと聞いて好感度が非常に高くなった。
・ジャック・ネルソン
リンドブルムの司祭であり『女神の試練』の運営を担う。
なお普通に敵である(ネタバレ)
・オリヴィエ
三英雄の一人であるエルフの女性。
話では男として語り継がれているのだが―――。
【興味本位】挿絵があったら見るのか
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見る
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どちらかと言えば見る
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どちらかと言えば見ない
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見ない
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ちくわ大明神