「へぇ、なんかすごい人が出てきたなぁ」
三英雄の一人 オリヴィエが召喚されたのを見届けたシド・カゲノーが最初に思ったことはそれであった。
魔人ディアボロスを討伐し、封印したと言われる存在。
このリンドブルムにおいてその名を知らない者は誰一人として存在しない程認知されており、かの者が召喚に応じたとあっては周囲の興味はより一層高まるだろう。
だが今回の一件ではそうはなっていない。
周囲の反応を見るに、『古代の戦士』の内に存在する一人が応じた。そんな程度の認識だ。
一体なぜそんなことになっているのか?
それは簡単な話で英雄オリヴィエはディアボロス教団の一計により男として広まっているために、眼前のエルフの女性がオリヴィエ本人であるとは誰も思わなかったのだ。真実を理解している者達以外は。
こう語ってはいるものの、シド・カゲノーも彼女が三英雄の一人が召喚された、という認識は持っていない。
しかし彼はこの世界において、最強の名に相応しい実力を有している。
魔力を読み取るだけでなく、地球にて培ってきた技術をこれでもかと詰め込んで更に昇華させてきた。地球で現代に生きる者達の中でも狂気に近しい想いを素体に積み上げてきたモノが、今の彼を構築している。
幾多の経験と知識、それを裏付ける絶対数の努力を経ているからこそ、眼前のエルフがどれほどの実力者なのかを即座に把握する事が可能であり、そんな彼女を呼び出したアイリス王女が如何に実力者なのかも把握できるのである。
(シャドウになって乱入して三つ巴の戦いを繰り広げる――ってのもいいかもしれない。…でもこのレベル同士の戦いをまともに見たこともないんだよね)
シドが興味を抱いているのはそこだ。
彼の元には“七陰”や“ナンバーズ”として活動する有数の実力者が多数在籍している。
そんな彼女達と本気で戦ったことはないものの、他を寄せ付けない実力を身に着けている事は把握できていた。
悲しい事であるがミドガル王国での騎士団員や『教団』の幹部クラスの実力程度では、彼にとってはその辺の荒野で活動する盗賊らと大差ない存在であった。
だがその認識から外れる存在を顔見知り以外で再度認知したのである。
姉であるクレアを倒したアレクシア。
目の前で戦いを始めている金髪エルフ オリヴィエ。
そしてオリヴィエを呼び出したアレクシアの姉であり王女 アイリス。
幾多に斬り紡がれる剣戟がシドを魅入らせる
戦いとは対話だ。
シドは己にとっての戦いをそう定義づけている。
相手の細かな動作、剣先のブレ、魔力、様々な要素に自分の意思が混ざり合う。積みあがっていった行動の全てが現在を構成するモノ。それを駆使してぶつけ合う戦いは語らずとも考えている事を共有し、更なる高みへと連れて行ってくれる。
互いにソレを読み切り、互いに解答を重ね合うもの。
それが彼にとっての戦いだった。
試合中の二人はどうだろうか。
地面を砕く勢いで放たれる王女の一太刀を、まるで流水を思わせるような体捌きで受け流すエルフ。
すでに剣を何度も合わせながらもどんどん動きが洗練され、まるで一つの作品を見ているような美しさを感じ取った。
ポーカーフェイスを維持しているエルフと戦い始めてから笑みをより深めていく王女の印象は対称的だ。だが二人とも考えている事は似たようなものだろうとシドは確信している。
見ている自分がそうなのだ。
二人が違うはずがない。
戦いとは対話。
だからこそ、乱入するという選択肢がその時点でなくなってしまった。
「多くのものを捨ててきた僕でもわかる。…これは混ざれないや」
二人で濃密に行われる語り合い。
それを見たシドは少し羨ましいと、そう感じたのだった。
◇
「スゥ…――――ッ!!」
「――――」
すでに何度も剣を交わしている。
アイリスの大剣とオリヴィエの片手剣。
質量だけで考えれば破壊力では大剣が、機動力では片手剣が優勢となる組み合わせ。しかしこの戦いではそんなありふれた前提条件は塵にも等しいものである。
互いに魔力で強化している肉体から放たれる一撃は、迫る烈火の如き苛烈さを観客たちに魅せており、それを受けきり受け流す互いが持つ技量の高さをこれほどと言わんばかりに示していた。
魔力が込められた剣圧が周辺への被害を出しているが観客たちが安心して観戦出来ているのは張られた結界のお陰である。
だがその戦闘速度を前にして、まともに動きを確認できている者達は果たしてどれほどいるのだろうか。
「す…すげぇ…」
「これが古代の戦士の力…」
「アイリス王女も相当な実力者だ!」
「でも、すごすぎてよくわかんねぇ…」
音が、周囲に起きている破砕音が、そしてその魔力密度がまだ戦いが熾烈を極めていることを伝えてくる。嫌でも眼前の戦いが自分達では届かない領域にいることをわからせた。
アイリス王女は確かに王国最強の実力があると言われている。
しかしその実態を知る者は意外にも少なく、公的な場で活躍したことがあるとは言えどもそれはまだ学生の頃の話。
王女の立場もあって相手が忖度していると考える者もいないことはないのだ。
故に今回の戦いでその真偽がわかると意気込んている者も一定数いたのであるが、その結果は真であることを知らしめるのにふさわしい戦いを行っている。
「ハハッ!素晴らしい…素晴らしいです!名の知らぬ戦士よ!ここまで戦えたのは、
剣を受けられれば蹴りで追撃。
躱されれば持ち手を替えての変則的な攻め。
時には獣染みた構えや動作も行う所からも、まともな剣士であれば一合も持たないほどの鋭さと重さ。
それを最も近くで実感しているアイリスは自然と笑みが零れる。
示せる力を持ちながらも、機会に恵まれてこなかったアイリスは、この貴重な機会をもっと長く感じたいと心から思っている。
それほどまでに眼前の戦士は強い。
英雄として歴史に名を連ねていてもおかしくない実力が、アイリスを斬り伏せようと果敢に攻め立ててくる。
「―――― 」
「えぇ。ですから私も残念に思います」
互いに傷を負わずに続けてきたこの戦い。
それを嬉しく思うアイリスであるが、それと同じぐらい残念に思う。
進行形で戦っているアイリスと、観戦しているかけ離れた実力者のシド・カゲノーのみが理解したこと。
それはエルフの戦士が――オリヴィエが、鎖で縛られて全力を出すことができない状態であるということだ。
「折角でしたら…全力の貴女を打ち倒したかった」
物事はいつか終わるもの。永遠に続くことなどありえない。
光一つもない漆黒の闇夜も時間が経てば朝日によって照らされるように、この楽しい戦いも終わる時は必ず来る。
鍔迫り合いから互いに距離を取った両者は察する。
次の一撃で決着になると。
「満たすは劫火。語るは災害」
アイリスは剣の腹に手を添え、魔力を込めた。
凝縮された魔力は剣の中で練り込まれ、まるで発火したかの如く炎を発する。
それは魔力の可視化とは異なった現象。
魔力の具現化と表現するにふさわしい光景は、その会場にいた者達を総じて驚愕させた。
『シャドウガーデン』が用いるスライムを使用したわけでもない。
これは緻密な魔力操作と莫大な魔力量があって成せるもの。
「龍炎を以て敵を討つ」
「ッ!?」
刃から炎が溢れ、周囲へと粉塵が舞う。
魔力で出来ているため本物の炎とは異なる代物であるが、差異が見つからない程に高密度で形成されたソレは触れるだけで火傷になってしまうかと思うほどの熱量を有していた。
相対する古代の戦士 オリヴィエはその芸当に表情は動かしてはいないものの、目を見開いて驚いている様子。このような魔力操作を行う者を見たことが無かったのだろう。
だがすぐに冷静さを取り戻し、彼女も全身に魔力を巡らせる。
「一撃で終わらせます」
「――」
狙ったのか、偶然かはわからない。
互いに使用する魔力を練り上げたのは同時。そして駆けだすのも同じタイミング。
観客から零れた汗の一滴が地面へと落ちたその瞬間には剣を振る距離まで詰めていた。
フェイントなんて撃たない。
そんな愚策にコンマ一秒でも時間を割くのが勿体ない。
封印されているのかはわからないが、鎖で雁字搦めにされても尚この場に現れてくれた彼女に、最大級の敬意を表してこの技を解禁したのだ。
「はぁあああああああああああああ!!」
「――――――――ッ!!」
渾身を込めて振り抜いた二振りの刃。
業炎の一撃と激流の一閃。
極度の集中から極限にまで引き延ばされた時間の中で、互いの刃がぶつかり合う。
魔力も、剣先のブレも、重心の動かし方も。
その全てが勝利を手繰り寄せるために必要不可欠な要素であるが唯一、二人には決定的な違いがあった。
それは意志の強さ。
ただ勝つのではない。相手を知り得た上で、勝利したいという自分自身の想い。
パリィン……
衝突しあう剣閃が生み出した音。
剣が粉々に打ち砕かれるその音が、結果を全員へ響かせた。
「貴女に最大の賛辞を」
次いで身体から鮮血が飛び散っていく音が鳴り、倒れ伏す間にガラスが割れるような音が響き渡った。
その場に立ち、残心を解くはアイリス。
そして呼び出された古代の戦士はその場から姿を消していた。
その結末に固唾を呑んで見守っていた観客たちは一斉に立ち上がり歓声を上げ、決着がついたことを喜んだ。
『しょ、勝者!アイリス・ミドガル!!』
わあああああああああああああああ!!
少しの時間では収まりはしない歓声と熱気が会場を全て包み込む。
その歓喜の声を一身に受け止めながらアイリスは空を見上げる。
最後に交わした互いの視線。
アイリスなりに最大の敬意を表して挑んだ一閃。
彼女の想いは届いたのか、と。
(…いえ、無粋でしたね)
剣を鞘へと納めたアイリスは観客たちを見渡す。
考えるだけ野暮だ。
彼女がアイリスに見せた変化が、その証拠。
これまでの戦いで終始鉄仮面であった表情が、彼女との最後の邂逅で変化した。
(いつか、いえ…必ず、また戦いましょう)
彼女は笑みを浮かべたのだ。
これで終わりという事実による寂しさ。それだけでなくアイリスと戦えた事による喜び。
無表情であった彼女が、アイリスにだけ見せた確かな変化。
これで互いの想いが伝わっていないなどと言えるはずがない。
次会う時は全力で挑めるように。
そしてその時でも勝ちをもぎ取れる様に。
アイリスはその想いを込めて、高らかに右手を掲げるのだった。
・アイリス・ミドガル
ミドガル王国第一王女で頭あずきバー。
だが剣才は本物であり、魔力操作もスライムを遜色なく扱えるレベル。つまりアーティファクト頼りじゃない猛者。
魔力の具現化を公式で初お披露目したが、全く後悔していない。
今度オリヴィエに会ったら全力で戦いたいが、それ以上に仲良くなりたいと考えている。
・シド・カゲノー
陰の実力者。二人の対話を見ていて羨ましく感じる。
二人の試合に乱入することも考えたが、対話中に乱入する程無粋な事は出来なかった。
アイリスが見せた魔力の具現化によって、強くそして面白い奴認定をすることになる。
ブシン祭が非常に楽しみ。
・オリヴィエ
三英雄の一人。
話すことはできなかったが、剣による語り合いが出来たことに満足して笑みを浮かべて消えていった。
鎖で雁字搦めにされているのには理由があるが、ここで語れるものではない。
【興味本位】挿絵があったら見るのか
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ちくわ大明神