その日、王都の中心で光の柱が生み出された。
地理に優れる者であれば出現した場所が『ブシン祭』が行われている会場にて発生していることを理解しただろう。
会場の外にいる者達でも視認して分かる程の膨大な光。
まるで天への扉を開くかの如く伸びる柱を、この国を担う王女一人が作り出したものだと言って信じる者が果たしてどれだけいるのだろうか。
しかし事実、会場内に居た者達はその目で目の当たりにしている。
アイリス王女がアレクシア王女を捕まえ、そのまま自らを中心にした爆発を決行したことを。
あまりのまぶしさから目を離してしまった者が大半だが、それでもその勢いを忘れることはない。
だがそれほどの威力を放っているのに観客達が無事だったのは、この観客席を護るように展開されている魔力結界のお陰だろう。
観客席にいる者達への被害を完全に抑えきったのだ。
その反動からか結界が完全に壊れ、崩れ落ちることになってしまったのだが、その役割を全う出来たことに賞賛の声をかけるべきであろう。
「お…おわった…のか?」
「どうなったんだ…?」
衝撃から巻き上がった土煙が会場を覆いつくしている。
それが収まるまでもう少し時間が必要になるだろう。
自分達が見届けた結果を知りたいと周囲を見渡して状況を把握しようとする観客達が多い中、一部の者達は真剣な表情を崩さずに会場内へ視点を固定していた。
あれはアイリスが全力を賭して解き放った全力。
それを至近距離で食らうことになったアレクシアは只では済まないはずだ。
だがそれはアイリスも同じ。
自らの被害も顧みず、体内に溜め込んだ魔力を一気に解き放つことで自分諸共巻き込んだのだ。
身体強化に秀でているアイリスであっても莫大なダメージを負っていることだろう。
そのまま両者は動くことなく、段々と土煙が消えていく。
それによって皆の視界に現状が映るようになっていった。
「あっ!」
「アイリス王女だ!」
その戦場で立つ…とまではいかないが、剣を地面へ刺して膝をつきながら肩で息をするのはアイリス王女。
その外傷は誰が見ても無事とは言えない程の出血量だが、意識をしっかりと保って眼前を見据えている。
そして相対していたアレクシア王女。
こちらは誰が見ても重症だった。
間近で直撃したことで衣服の一部は消し飛び、元々大ダメージを負っていた左腕は形を保っているとはいえ炭化しかけている。
誰が見ても美しいと評せる美貌の半分も燃焼で焼けており、仰向けになって倒れていた。
「アレクシア王女が…」
「決着だ…」
誰が見ても勝者は決まっている。
立つことが出来ていないアレクシアと膝をついて息を整えているアイリス王女。
どちらが優勢なのか、火を見るより明らかだから。
だがまだ試合終了のコールは鳴らない。
倒れたままのアレクシアだが、彼女の右腕が空を掴む様に動いたのだ。
これは試合規定に沿った明確な基準。
明確に降参を宣言するか、意識を失って戦闘不能と判断されるか。これが試合終了を告げるのに必要なもの。
観客の誰しもがこれ以上は無理だと思っていたとしても、アレクシアが自分の意思で右腕を動かしている時点で判断材料の二つとも満たしていない。
そのため試合を止めることはできないのだ。
「まだ、意識が、ある…ということ…ね」
アレクシアの意志はアイリスにも伝わった。
まだ試合は終わっていないと。
アレクシアの意識を完全に奪わなければ、アイリスはアレクシアに勝つことは出来ない。
「もういいだろ…」
「審判は何してるんだ…!」
観客達の悲痛な言葉は届かない。
決着がどんな形になるとしても、この戦いの行く末は、戦っている二人にしか決められない。
未だに回復できない片足を引きずるように、ゆっくりと近づいていくアイリス。
未だに右腕を天へ掲げながら、何かを呟いているアレクシア。
(わかっていますよアレクシア。貴女にはもう魔力が残っていない)
アイリスはアレクシアの状態をわかっていた。
あの爆発から己を護る為に部位を絞って護る判断により、被害は大きいが即死することを免れた。
しかしその代償として彼女の左腕はこの試合では使い物にならない。更には魔力も枯渇する程に減少している。回復してこちらへの攻撃手段にすることも不可能だ。
そんな状態で意識を保っているだけでも驚嘆に値するが、もしあの自爆でアイリスの意識が無くなっていればアレクシアに軍杯が上がっていただろう。
(意識がなくなったとしても、勝利へ繋ぐ一手を打つ。見事よアレクシア)
賞賛しながらも、アイリスは試合を終わらせる為に前へ進む。
相手は幼い頃から高めあってきた家族だ。
互いにこの時をどれだけ待ち望んでいたか。全力を示す事が出来る機会を、どれだけ心待ちにしていたことか。
だがそれもこれで一区切り。
ミドガル王国に最強有りと示す。それが出来ればアイリスが大会に出場する建前上の目的を果たせたと言える。
これ以降の試合に出れなかったとして、この戦いを超える試合を行える者が果たしてどれだけいると言うのか。
ミドガルの王女達はすでにこの国で最強を冠しても文句の付け所がないほどに、力を示すことが出来たのだ。
「―――……」
アイリスが少しずつ近づいている間でも、ブツブツと何かを呟くアレクシア。
離れていた場所では聞き取りづらかった内容であるが、残った魔力で掛けた身体強化により、強化された聴覚で少しずつ聞き取れるようになってきた。
「ま……あ、っ…」
(?一体何を…)
途切れ途切れに呟かれる単語。
その意味が一瞬わからなかったアイリスだが、すぐに悟ることになる。
倒れ、動けないはずのアレクシア。
だがアイリスの胸中では嫌な胸騒ぎがとまらない。
「お、おい…なんだあれ?」
「お前何言って…?」
その異常に誰かが気づいた。
快晴で始まったこの試合。雲一つない青空だった。
しかし今は違う。雲が渦を巻くようにして空を占めている。
まるで空に浮かぶ雲が、一つの生物であるかのように、一か所へ集まり纏まっている。
「――?…っ?!」
観客に遅れて、アイリスも気づいた。
頭上の光景がおかしなことになっていることに。
そこでアイリスはアレクシアが
あの時はアイリスも地面を焼土にして自分に有利なフィールドを作るために動いていた。
なのでアレクシアがそれを防ぐために、竜巻で炎を被害が出ない空へ運んだのだと、そう思っていたのだが…もしそれが別の目的があったのだとしたら?
今思い返してみれば焼土に変えるための攻撃以外もアレクシアは上空へと巻き上げて防いでいた。そこに感じる違和感。
「アレクシア、貴女…まさか…」
愕然とした表情で問いかけるアイリス。
思い至ってしまったのだ。
アレクシアは自分よりも頭の回転が速い。
そんな彼女が意味もなく、戦闘中に大半の攻撃を巻き上げるような無駄な事をするだろうか?
それは否。何かあるはずだ。
そしてその問いかけに気づいたアレクシアは、ただ応えた。
「間、に…あっ…た」
全身が
「――ぁ、あぁああああああ!!」
誰が見ても詰みの状況下で、アイリスですら勝利を確信している中で、アレクシアだけは違う。
ここから勝つつもりなのだ!
この状況を覆す何かがある!
彼女は準備していたのだ。魔力を用いた戦いを始めてから。
空を見つめるアレクシアの表情は悲痛でもない、沈痛な表情でもない。
勝利を手繰り寄せたと言わんばかりの笑みを浮かべていたのだ!
(急げ!急いで攻撃を…っ!!)
彼女を構成する細胞一つ一つが警告を発する。
これ以上アレクシアに時間を与えてはいけないことを。
引きずっている足を無理やりにでも動かす。
見ていられない動きになっていたとしても、脳裏に響く警告を止めるべく駆ける。
一つの動作すら、彼女に取らせてはいけない―――!!
「――――…」
だが脳裏の警告で動くアイリスを横目に、アレクシアの人差し指が天を差した。
それを皮切りに天で渦巻いていた雲が、紅く輝く
「な…空が…!」
誰かが言った。
まるで天が地を穿つために空を落としたのだと。
人は人知を超えた現象を目の当たりにするとそれを神や龍、妖などが起こしたものだと恐れ、現象そのものを敬ってきた。
今回の事象はまさにソレ。
「な…なんなの…」
アイリスは嫌でも現状を知った。
自分の状態ではアレクシアに攻撃を加えるよりも早く、空が自分を襲うことを。
今までの戦いで気づかない程の高度で展開していたのだ。地上との距離はかけ離れている。
それなのに、確実に間に合わない。
人では決して追いつけない速度を以て、この戦いに終止符を打つつもりなのだ。
(姉さま…)
アレクシアの意識は霞が掛かり始めていた。
魔力制御で一命を取り留めているが、彼女はすぐに治療を受けなければ危険な状態だ。
腕は炭化、各種部位は出血多量、そして魔力の枯渇。
今意識を失っていないのは奇跡に等しく、干乾びかけている己の拙い魔力で制御し続けられているのも、ガイアスと出会ってから今この時まで決して怠ることがなかった魔力制御の修行が下地にあるためだ。
(流石、私の師、…ね)
彼は言った。
息苦しくても、腕が千切れようとも、どんな状況下でも正確に制御できる己の魔力こそが、自分の最後の武器になるのだと。
それは正しかった。
すでにアレクシアは使用できる魔力がない。
しかし魔力の制御は出来る。
(後は…道、を…)
魔力は己の制御を離れて外へ出ると、すぐに霧散する性質を持つ。
それは裏を返せば魔力制御を続ければ霧散せずに残り続けることを意味する。
だから続けた。
どんな状況に陥っても、それがアレクシアが最初に定めた最後の攻撃だから。
(姉、さま)
巻き上げたアイリスの炎。
打ち上げられた自分の嵐。
アイリスの制御を離れて本来霧散するはずだった炎に風を練り込むことで、気づかない所で魔力制御権を強引に奪い取った。
(これが、わたしの、ぜん…りょく)
何度も打ち上げ、魔力を混ぜ合わせ、バレない様に制御して整える。
次はない。
こんな無茶な事、二度と出来る気がしない。
(たえ…たら、ねえさまの)
だがアレクシアはこの試みを、ブシン祭という大一番でやり切った。
それは彼女がこの試合に、そしてこの先に掛けている想いは誰にも負けない自負があるから。
「勝ち、です…」
もう自分の魔力は必要ない。
多少霧散しようとも問題にならない程の高密度の魔力は、先の自分と、最も信頼できる姉が提供してくれた。
後は道を作ってあげればいいだけだ。
「…墜ちよ」
空で荒れ狂い渦巻く自然そのものが、この戦いを終わらせる巨大な槍。
まるで生物の様に形をくねらせながら超速度で迫るそれは、一頭の龍と呼ぶに相応しい。
見ただけでわかる。
これはアレクシアが放っていた技の比ではない。
都市を壊滅させるのではないかと思わせるまさに神話の存在たる“龍”なのだと錯覚させる程。
「負けない…私は…!」
アイリスは生み出された嵐の龍を前にして、剣を構えるしかなかった。
『もし龍が王国を襲撃してきたらどうする?』
『その時は、戦います』
かつて師から問われた一つの質問。
それに対する己の解答がまさに彼女を追いつめる。
例え勝てない相手であっても民を護るために戦うのが魔剣士なのだとそう答えた。
ここで逃げれば誰が民を護る?
ここで負ければ民はどうなる?
アイリスが語ったことそのものが、目の前で起きている。
敵わないとわかっていたとしても、己の全てを賭して挑む。それがアイリス・ミドガルが決めた生き方だ。
で、あるならば…だ。
眼前の脅威に対して、逃げの一手は許されない。
「絶対に、勝つ――ッ!!」
王族たる責務の為、そして魔剣士として、そして
すでに限界に達している身体を更に酷使して出血が酷くなろうとも、お構いなしに今持てる魔力全てを練り上げる。
炎を具現化する事はもうできない。
それが出来る程コンディションが優れていない現状で、アイリスが出来ることは身体強化で斬るだけだ。
「~ッッ!」
大地を踏みしめ大剣を突き出す。
上空から迫りくる相手に対して彼女が取れた唯一の攻撃。
片足を負傷し、数えきれない筋繊維が千切れる感覚を感じながらも、今の自分が出来る最大限の抵抗。
「ハァァァアアアアアアアアッッ!!!」
吼える。
天より飛来する脅威へ吼える。
国を背負うが故に、彼女の戦意は衰えない。
それに呼応するように轟音が響く。
まだ高く存在し、小さく見えていたソレも瞬きの間に巨大に変わる。
人は疎か建物を軽く呑み込む
戦闘における状況描写について
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理解しやすい
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まぁ解る
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普通
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ちょっと難しい
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難解