二つ名付きの冒険者達 作:樊(ハン)
──この枯れるような酷暑が冒険者を辞める理由の一つだったかもしれない。
日の恵みで丹念に乾かされた田舎道を歩きながら若い戦士はそう思った。
よくある話だ。
小さな村の農家に子供が増えて貧しくなる事も。
満足に食べられない子供が村に来る吟遊詩人の語りで英雄に憧れる事も。
着の身着のままに僅かな金で村を飛び出し、冒険者になる事も。
……一山幾らの『
……暑さに喘ぎ寒さに凍え、どうにか祈らぬ者を殺し、殺された仲間を引きずり逃げる事も。
……何年とやっているのに一向に上手くいかない事も。
ふと、故郷に帰って畑仕事でもした方がマシなんじゃないかと思ってしまう事も。
──……だからまぁ、端的に言えば俺は諦めた訳だ。
そう思いながら未だ首に下がる認識票を戦士はいじる。
未だ身に着ける革鎧と腰に提げた剣、腕に括り付けた丸盾も未練の一種だろうか。
歩き通して山を二つも越えれば故郷の村に着く。
そうなれば冒険者としての人生は終わりだ。
だがそれまでに日は暮れるだろうから何処かで宿を取れないものかと周りを見渡した時──、
一人の輝く子供が目に入った。
「……んんっ?」
……いや光り輝いて見えたのは見間違いだった。
強い日の光が襤褸きれのような服を纏った痩せっぽちの子供を輝くように見せていたのだ。
……気付けば田舎道の両側には既に畑が有り、村が近い事が分かる。
……其処で戦士はようやく酷暑に作物どころか土まで枯れたように見える畑で幾人もの村人が働いているのに気が付いた。
「……おーい!村はこっちで良いのかー⁉︎」
……己が呆けていたという事実に動揺した戦士に出来たのは、既に分かりきっていた事を大声で尋ねる事だけだった。
「冒険者様も良ければ一杯」
「あ、ああ……。どうも……」
村長から差し出されたのは木の椀に入った麦粥だった。
夕陽が染め上げる村の中、全ての村人が村長の家の前で大鍋の前に並んでいた。
日照りに雑穀や野菜も育たずそれぞれの家の蓄えは擦り減らされ、今は朝と夕の食事は村長の家で纏めて村人に配っているのだという。
「冒険者様もあちこち見聞きなされたでしょう、他の村や街はどうなっているのですかな?」
「あ、あ〜、何処も同じですよ。お天道様に炙られてどこもかしこも暑い熱いって。……領主様や王様が何かするって話は俺も聞いた覚えが無いですね」
「……そうですか」
携行食料は残ってたから食事はいいと言った自分にそんな貧しい蓄えを割いたからには求めるものが有ったのだろう。
……村の事で手一杯の状態では手に入れられない『情報』とか。
だからまぁ僅かながら知ってる事は話したが、それはお世辞にも望みを抱けるような話ではない。
「……ん?なんかあの子妙に痩せてますね」
「ああ、あいつですか。見ての通りの役立たずですよ」
「……役立たず?」
……気まずさに視線を動かせば、丁度あの輝いて見えた子供が粥を受け取りに来た所だった。
確かにあれだけ痩せたのは死体か死にかけでしか見た事ない、と言える程だったが……。
畑仕事も出来ていたのに
「見ての通りの痩せっぽちでしてな?じき十五にもなろうと言うのに人の半分しか仕事を熟せぬのですよ」
「十五⁉︎」
「まぁ流れ者の子でした故、正確な所は分からぬのですがな」
……小柄な見た目とは思えぬ歳にも驚いたが、今村長は『痩せているのが当然』であるかのように言わなかっただろうか。
てっきりこの日照りで痩せこけたものだとばかり、……いやそういえば他の村人も目の前の村長もあの子程痩せてはいないと今更戦士は気付いた。
「あいつが何か?」
「……身寄りはまだあるんで?伝手があるんで本人が良ければ引き取りますよ?」
──……もう目が離せなくなってんだな、と己に呆れながら戦士は精一杯の虚勢を張る。
──あれだけ痩せても人の半分
戦士の興味関心は最早そこにしか無い。
そしてそれを明らかにするのにうってつけの職業を戦士は
……伝手が有るというのは嘘では無いが、果たしてこの村長は一山幾ら・有象無象の男を信じてくれるのだろうか……?
「ああ、あんなので良ければお好きなように。親も死んでおります」
「……かしこまりました」
……なんとかなったようだ。
一礼し、道の隅で粥を口にしている子供の元へと歩んで行く。
「おいしいかい?」
「……」
ジロリ、とこちらを見上げた子供はコクン、と頷く。
……さて、ここからどう誘ったものか。
……いや、単純に行こう。
「君、冒険者になってみる気は無いかい?」
「……」
……子供は変わらずじっとこちらを見上げている。
……食べてないで何か返事をしてほしい。
……いや、待て、だったら……。
「もっと食べられる仕事だよ「……ほんと?」
……文字通り食いつくようにして返事をしてきた子供に戦士は笑顔で返した。
「……ああ、ほんとだ」
……斯くして戦士は子供を連れ、来た道を逆戻りして町に戻った。
行先は冒険者ギルド──
「アンタ辞めるもんだとばかり思ってたよー?」
「まぁそうならなかったんだよ」
「……」
──ならば必ず併設されている酒場だった。
昼過ぎになり人も少ない中、若い女将と話す戦士の横で子供は卓上に置かれたスープに釘付けになっていた。
「しかもこんな子供連れだなんてねぇ?アンタちゃんと面倒見ていけるの?」
「自分の面倒は自分で見れるさ、「……本当にいい?」ああ好きなだけ食え」
「……いただきます」
「……とまぁ、食い扶持稼ぐ為に冒険者になろうとしてるのさ」
「で、アンタはそれの手伝いと」
ご馳走するから取り敢えず食べてからだ、と席に座らされた子供は最初の一杯を口にする。
野菜を煮たごくありふれたスープだった。
「でも本当に十五かい?アタシゃ五歳って言われても信じるよ?」
「他人が十五って言うんだからそれでいいだろ「……おかわり」……本人も正確には知らないんだ」
「はいよ。……大丈夫かね?」
……実の所大丈夫ではない。
ここまでの道中で戦士は『……誤魔化しておきなさい、って言われた。ほんとは十二』と子供から告白を受けている。
誰でもなれるという触れ込みの冒険者だが成人している事が前提だ。
年齢の誤魔化しはギルドからの評価を下げる──実際戦士もやって評価を下げている──ので出来れば避けたい。
「まぁ大丈夫だよ、しばらくはなんとかなる」
「アンタそんなに手持ち有ったのかい?「おかわり」はいよ」
「ちょっとは貯めてたさ、信じてくれよ?」
「そうは言ってもまだまだ下っ端だろ?余りなんてあるの「おかわり」……はいよー」
「……」
……ここで戦士と女将は子供がぐひぐび、と異様な調子でスープを飲み干している事に気付く。
……少ないとはいえ具も入っているスープを子供は水のように飲み干している。
しかし子供は何処か不満を抱えている、ように見える。
……表情に乏しいので分かりづらいが。
「……何か足りないのか?」
「……もっと飲みたい」
「……おーい、スープ鍋で持って来てくれー!」
「……はいよー!」
微かに畏れを抱きつつも女将はしっかりと鍋ごとスープを運んで来た。
火から下ろされ少し冷めたスープだ。
それを子供は直に口を付けてぐびり、ぐびり、と飲んでいく。
行儀の良い事では無いが、飲み干さんばかりの勢いに圧倒され誰もそれどころではない。
「はぁっ、…………」
「……パンも食べるか?」
「……!うん!」
ようやく口を離した時には鍋のスープは半分になっていた。
少し悲しそうな顔をした子供に戦士はすかさずパンを勧める。
「パンもたっぷり!卵も付けてやってくれ!」
「はいよー!」
やがて卓上に籠に積まれたパンと
子供は目を輝かせてたっぷりのパンを口に詰め咀嚼していく。
「……牛乳は欲しいか?」
「……!」
「牛乳もくれー!」
「はいよー!」
口にパンを詰めたままの無言の頷きにすかさず声が飛べば白い牛乳が缶でやって来る。
近頃は気軽な代物では無いが最早些細な問題だ。
「……!」
ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ。
ごくっ、ごくっ、ごくっ。
がつ、がつ、がつ。
むしゃ、むしゃ、むしゃ。
冒険者ギルドに居た誰もが釘付けになっていた。
卓上には鍋、パン、缶が文字通り山と並び、それらが凄まじい勢いで貪られていく。
最後にどん、と缶が飲み干された時息を吐いたのは誰だっただろう。
「ごちそうさまでした。……この後はどうするの?」
「冒険者登録だ」
「わかった」
戦士はたっぷり食べて少し血色が良くなってようやく、この子供の性別が女である事に気が付いた。
村長が『
だが最早些細な事だった。
「……こんだけ食えて歳誤魔化してるなんて事は無いだろ?」
「……アンタとんでもないの拾ってきたねぇ」
ともあれ数日は生きていけるだけの貯金が全て一食の代金に消えてしまった以上、彼らは早急に食い扶持を稼がなくてはならなくなった。
「これはお前が使ってくれ」
「……
「俺ぁ棍棒で良い」
「……そう」
『大喰らい』と呼ばれる冒険者の逸話はこうして始まった。
「まずはゴブリン退治だ。……あいつら弱いが厄介だ、気をつけろよ」
「うん」
彼女に丸盾も剣も渡してしまい、棍棒で戦う事になった後の『大喰らいの騎士』もここから再び歩み出したのであった。
※この話の舞台はゴブリンスレイヤーさんの居る辺境が在る王国ではありません。
:後の【大喰らい】
…食べる事と美味しいものが好き。
:後の【『大喰らい』の騎士】
…あらぬ勘違いを村長に生んだがそういう性的嗜好は無い。
そもそも今まで生きてくのがやっとだったので好きなものが分からない。