二つ名付きの冒険者達   作:樊(ハン)

2 / 2
【大喰らい】【『大喰らい』の騎士】─前菜─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──枯れるような日照りが大地を焦がそうとも祈らぬ者(ノンプレイヤー)が大人しくなるという道理は無い。

 

 邪教の司祭は僅かな救いを求める者を尖兵にせんと手ぐすね引いて待ち構え、人喰いの巨人(トロル)は僅かな物資と人間()が通る橋に陣取る。

 

 

 

 

『GOOB!』

 

『GGGYA!』

 

 

 

 

 そして小鬼(ゴブリン)は自分達より弱いくせに自分達より蓄えて楽そうにしている──彼らの認識ではそういう事になっている──村を襲う。

 いつだって困り事は尽きないものだ。

 

 

 

 

「──えい、っ」

 

『GGYA⁉︎』

 

 

 

 

 ──だからこそ冒険の種も、──()()()()()()()()尽きる事は無い。

 依頼をこなせる力量が有れば彼ら彼女らは食っていけるのだ。

 今現在の所は。

 

 

 

 

「ふ、っ」

 

『GBA!』

 

「っ」

 

『GG』

 

 

 

 

 だがそれは必ずしも楽な事では無い。

 日照りに伴う飢えは小鬼(ゴブリン)を却って凶暴に、より後先考えないものに変えている。

 普通ならば白磁等級の冒険者でも解決し帰還出来るものだろうが、今この瞬間に限れば多くが死体と成り果てるだろう。

 

 

 

 

「ふうー、っ!」

 

『『GYAA⁉︎』』

 

「があっ!」

 

『GUBOO⁉︎』

 

 

 

 

 ──つまる所、()()()()()()()()()()()()()()()()

 軽く剣を振るえば頭が弾け飛ぶ。

 足踏みすれば虫のように潰れ死ぬ。

 力を込めれば数匹纏めて腑を裂かれ、力自慢の田舎者(ホブ)でさえ押し負ける。

 飢えてなければ小鬼(ゴブリン)など逃げ出していただろう。

 

 

 

 

「……あとはそいつだけだな」

 

「うん、っ」

 

『GOBOOO⁈』

 

 

 

 

 ──もっとも逃げ出せる群れなど一匹も残ってはいなかったが。

 最後に残った田舎者(ホブ)も唐竹、真一文字に切り裂かれ、依頼は達成された。

 

 

 

 

「……ん、雨」

 

「……ああ、本当だ」

 

 

 

 

 いつしか頭上は黒雲に遮られ、雨が降り出す。

 乾いた大地が待ち侘びた恵みの雨だ。

 

 

 

 

「確か依頼じゃあゴブリンが巣穴を作ってたから退治して欲しい……、……だったが今殺したのがそいつらだろうから一旦戻るぞ。休んだら巣穴も調べに行く」

 

「ん。……剣……」

 

「気にするな。次からはお前が棍棒なり使えば良いだけの話だ」

 

 

 

 

 篠突く雨の中、折れるのではなくリボンをぐしゃぐしゃにしたように歪んだ剣を見せられる。

 これはそれだけで終わる話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうぅ、っ……。……朝か」

 

 

 

 

 寝床に差す朝日が男を目覚めさせる。

 窓に広がる空は明るく、ちらほらと雲が浮かんでいる。

 

 

 

 

「……懐かしいもんだな」

 

 

 

 

 服を着替える男の脳裏に浮かぶのは昔日の記憶だった。

 ──思えば遠くに来たものだ。

 

 軽く体を(ほぐ)し、剣を吊って階下へ向かう。

 この建物も五年前より大分立派になったが基本的な構造は変わらない。

 かつ、かつ、と音を立てて降りる年月と調和した階段の下にはあの頃よりも大きくなった冒険者ギルドの受付と掲示板が有り、酒場が有る。

 

 

 

 

「ん、起きたか」

 

「ああ、おはよう」

 

 

 

 

 ──そして卓上一つを丸ごと占拠し、山のように積み上げた食事を食らう彼女が居る。

 近頃はどの街でも【大喰らい】と呼ばれるようになった仲間と戦士は朝の挨拶を交わした。

 

 

 

 

「はいはいおはようさん!アンタは何食べるんだい⁈」

 

「シチューとパンを頼む。……あとチーズも溶かして」

 

「はいよ!」

 

 

 

 

 ……五年経って良い女になった女将に注文した朝食の品目に目の前の山が関わっている事は否めないだろう。

 

 籠一杯のパンに、温めて溶かしたチーズと切り分けたバター。

 目玉焼き(サニーサイドエッグ)は卵十個分、炙り焼き(ロースト)燻漬(ベーコン)にした豚肉が小山のように添えられる。

 ボウルには採りたての野菜が彩り豊かな茂みを作る。──最近は生で食べる野菜の栽培管理も広がり、ここらでも目にするようになった。

 シチューは鍋一つ分。しかもこれでは【大喰らい】には足りないから卓上に乗せられる大きさに抑え、何度もおかわりするのだ。──今や鍋で出されるシチューはこの酒場の名物料理だ。

 飲み物は茶と牛乳と水。どれも缶一杯分は用意される。

 

 

 

 

「……お前、何か(やつ)れてないか?」

 

「お前が食う量に圧倒されてんのさ」

 

「……むぅ」

 

 

 

 

 そしてその文字通り小山のような料理の山は()()()()()()()()()()()()()()()()刻一刻と崩され、咀嚼され、消えて行く。

 戦士を超える高い背丈にそれに見合う筋肉の束。

 重量と身長では只人(ヒューム)の規格外と言って良い巨躯は、神話に謳われる龍や海を征く(ホエール)海豚(ドルフィン)のような流麗さを感じさせる。

 肉体美に寄り添う伸ばされた黒髪は少し癖が有り所々で跳ねているが、栄養も手入れも足りなかった五年前とは艶も毛並みも比べ物にならない。

 容貌はその肉体にも冒険者という職業にも似合った落ち着いた中に微かな不遜さを感じさせる美しさだ。

 

 

 

 

「はい、お待ちどうさん!……大きくなったもんだねぇ」

 

「ああ、まったくだ」

 

「……そんなにか?」

 

 

 

 

 かつての痩せっぽちで小柄な子供はもう居ない。

 そこに居るのは【大喰らい】の二つ名を轟かせる名うての銅等級冒険者だ。

 

 ──……戦士は紅玉等級を示す認識票と、それが提がる五年前とそう変わらぬ体型の己の肉体を見下ろした。

 

 

 

 

「……どうした、大丈夫か?」

 

「……いや、遠くまで来たもんだなと思ってな」

 

「……そうだな。お前が連れ出してくれたおかげだ。……ありがとう」

 

「…………そうか」

 

 

 

 

 ──……確かにこの大喰らいの手を引いたのは自分だ。

 ──だが傍に立つのが自分で良いのだろうか?

 戦士は惑いの中に居た。

 

 始めの内はそれどころじゃなかった。

 教える事は山程あって、食い扶持の為に朝から晩まで駆けずり回って幾つもの依頼をこなしていた。

 そうしないと文字通り飢えてしまうからだ。

 だが日に日に背が伸びていくあの子供はそれに耐えきった。

 ──あいつは体力も底抜けだった。……けどそれより自分にその底抜けに着いていける伸び代が有った事に驚いたし、自分は今まで何の力も振り絞ってなかったと実感した。

 ──街に帰還して飯食ったら気が緩んで眠くなったあいつをおぶってあいつの部屋のベッドに寝かせるのは日常だったな……。

 

 ……だが山程あろうといつかは無くなるものだ。

 

 青玉等級への昇級はほぼ同時だった。

 背丈でも並ばれた。

 ──『苦しい中で生まれたから本当の歳は親にも分からない。だからあの時十二だったかも分からない』という告白を受けた。

 ──お前も一人前だから呼びやすい呼び名で良いぞ、と言って色々試した末に『お前』になったのもこの頃だったか。

 

 翠玉等級への昇級では追い抜かれた。

 背丈も追い越された。

 ──【大喰らい】と噂されるようになったのはこのぐらいからだったか。

 

 ──……そして今、自分がようやく紅玉等級に昇格したところであいつは銅等級。しかも近々銀等級への昇級も成されるという。

 戦士だって黒曜、正確には鋼鉄手前だっただろう黒曜から紅玉まで四等級も昇級しているが【大喰らい】は同じ年月で白磁から銅まで六等級もの昇級を果たしている。

 戦士が黒曜等級で足止めを喰らっていた数年余りを考えれば、昇級速度では比べ物にならない。

 ……そして、冒険者としての強さでも。

 

 

 

 

「……ま、だからと言ってやる事は変わらないけどな。今日は大きめのを狙うからそのつもりでいろよ?」

 

「ああ、分かった。見立ての速さはお前に敵わないからな」

 

「ふ、そうか」

 

 

 

 

 ──……今はまだ、役に立てる事が有る。

 ──だがこいつが先に行く時、俺は傍に着いていけるか?

 ──只人(ヒューム)戦士(ファイター)・男の身で?

 

 戦士は奥底の懊悩を隠しながら精一杯の虚勢を張る。

 ……卓の反対側に座る仲間が己のせいで軽いと見られないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おのれ)ぇぃ!正しき信仰に従わぬ愚者共を叩き潰せぇぃ!」

 

『TOROO……』

 

『GGYA!G、GYA!』

 

 

 

 

 ──何年経とうともこういった手合いの邪悪さは変わらない。

 邪教の司祭と助祭。

 それに操られた巨人(トロル)が幾らか。

 更に操られた──或るいは尻馬に乗った小鬼(ゴブリン)が群れで大勢。

 人目に付かぬ暗がりで無辜の人々を付け狙う。

 

 

 

 

「愚者も邪教も……、お前らだろっ!」

 

『G……⁉︎』

 

 

 

 

 爆砕音と共にその一角が血肉となって吹き飛ぶのも。

 

 

 

 

「らぁあああああああ!」

 

『TORO……!』

 

 

 

 

 多少の傷なら塞いでしまう巨人(トロル)が果実を踏み付けるようにぐしゃぐしゃに()()()()()()

 それを成した得物は大剣(グレートソード)とも金砕棒(モール)ともつかない扁平で巨大な金属塊。

 それを携えるのは頭冠(サークレット)面頬(バイザー)だけ貼り付けたような防具で顔を守る戦士。

 

 

 

 

「き、貴様ぁ⁉︎真逆【大喰らい】ぃい″い″⁉︎」

 

「騒ぐなバカ」

 

 

 

 

 その特徴的な様相から思い出した憎っくき愚者(冒険者)の二つ名を口に出した所で邪教の司祭は首を突かれ、切り裂かれた。

 彼が最期に見たのは昏倒し床に倒れる助祭の姿だった。

 

 

 

 

「がぁあああああああぁ‼︎」

 

『TO……⁉︎』

 

『GGYA!』

 

「さて……」

 

 

 

 

 邪教が根城を構え、如何なる術によってか怪物を操り軍勢を作ろうとしている。──だから怪物は皆殺しにして首謀者は出来れば生捕りにしてほしいという依頼。

 それなりに広かった根城での最終局面(クライマックスフェイズ)に於いて【大喰らい】が派手にかました隙に忍び寄って首魁を倒した時点で戦士の仕事はほぼ終わっている。

 得物を振るえば斬り潰され、手足に触れれば弾け飛び、体躯に当たるだけでも吹き飛ばされ、叩き付けられて死ぬ。

 人型の嵐の如き暴れように恐れ怯え、小鬼(ゴブリン)などは逃げ出そうとしている。

 

 

 

 

 

「逃がさねぇ、よ!」

 

『GO⁉︎』

 

『GGYA⁈』

 

 

 

 

 盾で殴り、剣で斬って二匹。

 ──駆け出しの頃、逃走を見逃し逆襲と追撃に遭った苦い経験を知る戦士がそれ(逃走)を許す筈が無い。

 今度は通路口に陣取り、【大喰らい()】から離れた小鬼(ゴブリン)達を仕留めていく。

 

 

 

 

『……TOROOOO!』

 

「あっ?」

 

「おおっ⁈」

 

 

 

 

 すると突如、巨人(トロル)の一体が踵を返して走り出す。

 一体を潰した直後の【大喰らい】も戦士も反応が遅れる。

 向かう先は当然、通路口に陣取る戦士の元で──

 

 

 

 

「……ぜああぁっ!……大丈夫だったな?」

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

 

 

 

 ──即座に跳び上がった【大喰らい】に斬り潰され、断末魔を上げる事さえ無しに死んだ。

 当然、戦士には指先どころか影すら届いていない。

 

 

 

 

「よしこれで達成、だな!首謀者……かは分からんが捕まえたから追加報酬もアリ、と。オラ、立て」

 

「やったな……」

 

「ああ、やったな。おいそいつ(剣砕棒)にくくり付けるから持ってってくれ」

 

 

 

 

 ──届いていなかったという事実が戦士をより苦しめる。

 ──自分は動けなかった、と。

 

 戦士は戦士(ファイター)としての力量しか持っていない。

 肩書きに付けられるのは『只人(ヒューム)戦士(ファイター)・男』だけで、その唯一持ってる力量ですら【大喰らい】には劣っている。

 

 あんな金属塊戦士には振るえない。

 持ち上げるのが関の山で、振り回そうとすれば逆に振り回されて身体のあちこちを痛める。

 あんな果物を潰すようには巨人(トロル)を倒せない。

 今の力量ならば倒せないという事は無いが──、──複数一度はきつい。時間を掛ける必要が有る。

 あんな天井に届かんばかりには跳び上がれない。

 ──いや、あんな風に跳び上がったとしても着地の衝撃で足腰が痺れる。骨折だって有り得なくは無い。

 

 肩書きで見れば【大喰らい】も『只人(ヒューム)戦士(ファイター)・女』でそう変わりは無いがその内実・詳細は大きく異なる。

 

 

 ……それでも戦士はその内心を隠し通し、己に出来る事──今回で言えば邪教の助祭に猿轡をはめ万が一の時直ちに殺せるように大喰らいの武器に縛り付けるような──をする。

 

 

 

 

「じゃ、帰るか」

 

「だな」

 

 

 

 

 ……その道の先に己が居ない未来がありありと想像出来てしまうとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人・中堅・熟練問わず、冒険の後は酒場と相場は決まってる。

 一党で飲むのか、独りで嗜むのか。

 冒険は輝かしい成功で終わったのか、はたまた惨めな失敗に終わったのか。

 上がる声が笑い合うものか慰めるものか、或いは褒め合い口説き文句が混ざるものか、それとも一切の声も上がらないものかは人それぞれだろうが。

 

 

 

 

「美味いな、これは。焼き加減も味も良い」

 

「ほー、そんなにか」

 

「ああ、芋と野菜の種類も考えられている」

 

 

 

 

 ともあれこの悲喜こもごも、概ね騒がしいこの空気を【大喰らい】は好んでいるし、戦士にとっても慣れ親しんだものだ。

 

 

 

 

「良い腕をしてるな、()()()()

 

「ああそうだな。……これも美味いが食うか?」

 

「……後にする。今はこれだ」 

 

 

 

 

 それがどの街であっても酒場の空気というものは変わらない。

 

 ──訂正、『戦士と【大喰らい】が訪れた街では』変わらない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……それと言うのも一所に留まって食料の貯蔵が傾いた事が有ったからだ。

 わざわざ領主が使いを遣って『どうかしばらくこの街から出て行ってはくれないか』という内容を丁寧に伝えて来た時から二人は何も無ければ三日以上は同じ街に留まらないようにしている。

 朝昼晩の三食をそれぞれ違う街で食べる事だって有る。

 

 だが隣国や鉱人(ドワーフ)の街の酒場の事は知らないし、小さな村や集落の酒場の空気は分からない。

 森人(エルフ)や獣人、蟲人(ミュルミドン)やら蜥蜴人(リザードマン)の里にも縁が無かったので其処の空気も分からない。

 ──いや、そもそも森人(エルフ)の里に酒場は無いか。

 

 

 

 

「──知らない事だらけだな」

 

「これから知っていけるさ」

 

 

 

 

 魚の揚げ物を切り分けながら戦士はそんな事を思い、対面の席で(テーブル)の大半を占める程の鉄板に乗せられた牛の片肋(かたあばら)を丸々、オーブンで付け合わせと共に焼き上げた未知の料理をぱくぱくと減らしていく【大喰らい】は口に出した返事を今まさに形にしている。

 

 

 

 

「ふざけるなよ⁈」

 

 

「……?」

 

「なんだ……?」

 

 

 

 

 その事実すら戦士を苛む思考にならんとした所で酒場に上ずった叫び声が上がる。

 

 

 

 

「言ったよな⁉︎母さんが病気だから俺が言った薬草は少しとっておいてくれ、って!なんで売ってんだよ⁉︎」

 

「んな事聞いてねぇよ!最近金回りが悪いんだから売れるもんは売っとくのが当たり前だろうが‼︎」

 

「出発前に言っただろ!『金回りも悪いけどどうか頼めないか』、って!お前頷いたよな⁈」

 

「だから聞いてねぇよ‼︎」

 

 

「喧嘩か……」

 

「…………」

 

 

 

 

 戦士から見てちょうど【大喰らい】の向こう側に有る一席で薬師らしき男と兜の戦士らしき男が言い争いを始めていた。

 余りの剣幕にその席以外の酒場の全員が固唾を飲んで静まり返っていた。

 

 

 

 

「お、落ち着いて」

 

「お前いっつもそうだよな⁈俺の話聞き流して‼︎」

 

「ぐだぐだうるせぇんだよ!いつもいつも俺の頭が悪いってバカにしやがって‼︎」

 

「止めろ、納めろ!」

 

 

 

 

 仲間であろう太陽神の聖印を提げた女神官の制止は薬師に効かず、剣を抜いた兜の戦士は肩鎧の生真面目そうな闇人(ダークエルフ)の女の焦りに気付きもしない。

 すわ、刃傷沙汰か、と酒場の空気に緊張が走った瞬間──

 

 

 

 

「…………」

 

「うわっ!……⁉︎」

 

 

 

 

 ──ごうん、と風が唸った。

 遅れてギャリン、と音を立てて真っ二つにされた兜が、がしゃんと床に落ちた。

 

 

 

 

「…………恨み、辛み、仕方の無い事だろう。怒鳴り合って、殴り合うのもまぁ仕方の無い事だろう」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

 

 

 誰もがそれを成した者の威容と言葉に釘付けになっていた。

 

 

 

 

「…………だが酒場(ここ)は殺し合いの場じゃないぞ、他所でやれ」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

 

 

 天井まで振り上げた大鉄塊をそのまま維持する膂力と、細やかさの欠片も無い大鉄塊で中の頭蓋を潰さず兜だけを真っ二つにする絶技を放つ技巧を備えた【大喰らい】の冷たい顔から目を離せなかった。

 

 『酒場での喧嘩』、【大喰らい】が特に嫌うものの一つである。

 

 

 

 

「……それに喧嘩したってお袋さんの具合は良くならないだろ?薬草が手元に戻って来る事だって無い。まずは落ち着いて、話し合えよ?」

 

 

 

 

 ……起こりから同席でその行動を見ていた戦士だけが、静まり返る空気の中でなんとか言葉を口に出来た。

 

 

 

 

 

「……出るぞ」

 

「……分かった」

 

 

「お、お騒がせしました!」

 

「仲間が済まなかった」

 

 

 

 

 兜を失った戦士と薬師が代金を卓上に叩き付けて酒場を出て行くのに続き、太陽神官と肩鎧の闇人(ダークエルフ)も代金を置いて去って行く。

 

 ……そうして酒場に騒めきが戻って来た。

 

 

 

 

「あれ、【大喰らい】だよな?」

 

「あんな事も出来るんだな……」

 

「傷一つ付いてなかったよね⁈」

 

「髪一本も切れてないよ……」

 

「そもそもあれで真っ二つなんてのが……、」

 

 

 

 

「……良いのか?随分騒がれちまってるけど」

 

「酒場で人の血の匂いを嗅ぐより断然マシだ」

 

 

 

 

 ……騒めきの中心は【大喰らい】になってしまったが、その本人はどこ吹く風で牛の肋からナイフとフォークで大きく肉を切り取っていた。

 

 彼女は人の血の匂いに敏感であり、『人の血の匂いがする食物』が特に嫌うもののもう一つである。

 この繊細さがとある村での村人ぐるみの狂信を炙り出した事もあったのだが──、──流石にやり過ぎじゃないか?と戦士の方が気にしていた。

 

 ……戦士が気にしているのは苛烈とも言える行動だけではない。

 たった今行なった行動の内で()()見せ付けられた技量の高さ自体が、戦士を苛む今この瞬間始まったものではない惑いの一因だった。

 

 体躯・重量・力だけの巨人(トロル)田舎者(ホブ)のような戦士が【大喰らい】ではない。

 素早さ・細やかさ・技巧をも彼女は高水準で備えている。

 その気になればあの大鉄塊たる剣砕棒を熟練の剣士が振るう湾刀(イースタンサーベル)のように振るう事だって出来るのだ。

 今さっきやって見せたような『兜割り』──『兜()()割る』事も不可能ではない。

 過去に受けた『針は集めたいからできるだけ折らないでほしい』と頼まれた群れの巨大蜂(キラービー)退治の依頼では、剣砕棒の間合(リーチ)を生かして大顎も針も届かせずに羽か頭だけを斬り飛ばすという離れ技を成している。

 ……戦士に出来たのは地面に落ちたのにとどめを差すだけだった。

 

 ──……もし、あいつが力だけの猪だったら俺は必死に技を磨こうとしてたんだろうな。

 ──…………。

 

 

 

 

「……なぁ、一つ聞きたいんだが良いか?」

 

「……?なんだ?」

 

 

 

 

 ……暗く沈む思考の中でふと、一筋の疑問を見つけ出した戦士はその疑問を当人にぶつけてみる事にした。

 

 

 

 

「お前、あの村でさっきみたいな事はしようと考えなかったのか?……あぁ別に武器振り回すだけじゃねぇよ。お前の居た村で力を振るって皆の役に立とうとは思わなかったのか?」

 

 

 

 

 ──戦士が気になったのはかつて痩せっぽちの少女、……いや女の子であり今は力を付けた大柄な女冒険者である目の前に座った大喰らいが、かつてその故郷で痩せっぽちの役立たずに甘んじていた理由だった。

 

 ──もしも俺があいつだったらもう少しはゴネる。『もっと働けるから食わせてくれ』、そんな感じで。

 ──いや、そもそもあの領主から出てってくれって言われた時なんで愚痴の一つも言わなかった?

 ──……俺はちょっと不安だった。上手く行かなくなるんじゃないか、って。今まで通り行けたから忘れてたし見落としてたがあいつはどうだった?

 ──……怖かったのか?……上の立場にいる奴が。

 

 

 

 

「……すまん、不躾な質問だったかもしれん」

 

「いや、大丈夫だ。私が自分で勝手にしてた事だ」

 

「……勝手に?」

 

 

 

 

 己が疑問を撤回しようとする仲間を制止した【大喰らい】のその言葉に戦士は向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって私がお腹いっぱいに食べるとみんなが飢えるだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 ──当たり前のように言われたその言葉にどれほどの衝撃を受けただろう。

 

 

 

 

「……私も小さい小さい頃はこんなに食べなかったんだ」

 

「……」

 

「父さんと母さんは流れの猟師だったんだ。私を産んで、怪我をして、彷徨った末にあの村に居着いた」

 

「…………おう」

 

「あの辺りは山があったし狩りも禁止されてなかった。あの村で狩りが出来るのは父さんと母さんだけで、獲物には困らなかった。年貢を取らない食べる為だけの畑も家にはあったし、足りなければ村で交換してもらうか売った金で買えば食べるのに困る事は無かったんだ」

 

「…………そうだったか」

 

 

 

 

 心の全てを揺るがした衝撃に戦士はどこか生返事だったが、珍しく過去に浸る大喰らいは気付いてはいない。

 

 

 

 

「……でも、父さんが傷が悪くなって寝たきりになった頃から満腹になれないって気付いたんだ。看病で疲れて母さんも死んだ頃にはもう駄目だった。食べても食べてもお腹が減る。水をいっぱいに飲んでも誤魔化せない」

 

「…………」

 

「……うちの村ではみなしごは村長が面倒見る事になってる。……村長の家にだって子供は居たし、みんなお腹を空かせてた」

 

「…………気付かなかったな、俺は」

 

 

 

 

 ……いや、生返事ではない。

 入れられるだけの表情を戦士は込めている。

 それを【大喰らい】は感じ取っているだけだ。

 

 

 

 

「あの頃にはみんな働きに出てったんだ。……みんな足りないと悲しい顔になるし、足りてるなら笑顔になる」

 

「…………」

 

 

 

 

 ただ、戦士本人には声に入れた表情の種類が何なのか分かっていないという、それだけの事。

 

 

 

 

「だから勝手に決めたんだ、──悲しい顔で食卓囲まれるくらいならお腹が減ってた方がいい、って」

 

「…………」

 

 

 

 

 ……『寂しい食卓』もまた、【大喰らい】の嫌うものの一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから本当に感謝してるんだ。食べてもいい世界に連れ出してくれた事に。自分の力の分だけ稼げる世界が有るなんて知らなかった、今こうして食べていけるのはお前のお陰だよ」

 

「……おう」

 

 

 

 

 

 

 

 ──【大喰らい】と呼ばれる冒険者が酒場の灯りに照らされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──本当に、ありがとう」

 

「…………気にするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──いつ以来だろう。彼女が輝いて見えるのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星が瞬く。

 動かぬ星もある。

 じりじりとずれる星もある。

 箒星は瞬く間に消える。

 

 

 月が動く。

 緑の月に、赤い月。

 追い抜き、追い縋らんとするように天を征く。

 

 

 やがて地平の向こうに太陽が昇り、夜の帳は取り払われる。

 ──その様を、見るとはなしに眺めていた。

 ……足を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてはこの街も開拓村の一つだったという。

 だからと言って、今のこの街に有るという道理は無い。

 かつてだって無かったかもしれないのだ。

 

 

 

 

「あら、おはようございます」

 

「ああ、おはよう、……ございます」

 

 

 

 

 ……だが幸い路地裏の小さな敷地ではあるが、この街にはまだ残っていた。

 

 

 

 

「……地母神、様は武装を嫌うと聞いた事がある。剣は外に置いて行った方が良い、……のですか?」

 

「大丈夫ですわ、無理はなさらず。悪戯に狼藉に及ぶのでなければ、きっと地母神様もお許しくださいますわ」

 

 

 

 

 扉の前には司祭が耕している小さな畑を有し、扉の上には有翼の女性の透彫(レリーフ)を示した地母神の神殿が。

 

 

 

 

「……では、じゃあ、このままで」

 

「はい、ごゆっくり」

 

 

 

 

 ……扉を入ると其処は礼拝堂だった。

 一段高くなった台座に乗せられているのは、地母神の姿であると伝わる有翼の女性の形をした石像だ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 ……どこでも良かったと言えばどこでも良かったし、いつでも良かったと言えばいつでも良かったのだ。

 地母神を祀る祠ならば故郷の村にもあったし、この街でのいつもの宿の部屋も朝日が差し込んで少しは神々しい。

 一晩寝てから来たって良かっただろうし、あの後すぐ向かっても祈るくらいは出来ただろう。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 ただ、戦士が求めたに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いと慈悲深き地母神よ、恵みと豊穣の君よ、どうかお聞き届けあれ」

 

 

 

 

 真摯に祈る機会というものを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうか彼の者が気兼ねなく腹を満たせますように」

 

 

 

 

 彼女に相応しき願いを向ける時を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の為に腹を空かしていられる彼の優しき大喰らいが悲しむ事無く腹を満たせますように」

 

 

 

 

 彼方に向ける請願が紡ぎ出されるのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪なる者を屠り、天下万民の助けとなって来た彼の者に、どうかそれに相応しき笑顔と食卓が訪れますように」

 

 

 

 

 その行いを告げられる聖域を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の者の成したいさおし、心技体躯の輝きを認め給うならば、どうかその恩寵をしろしめされよ──」

 

 

 

 

 神様の居る場所が、ただ欲しかっただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──此処に貴方方の社が有った事に、感謝を」

 

「貴方が見出してくださったから此処に有るのですわ」

 

「?俺……、……自分が見出す前からここに有ったのでは?」

 

 

 

 

 祈りを終えた戦士が感謝を告げると、畑仕事をしていた中年の女司祭は奇妙な事を言う。

 ──路地裏に有るこの神殿はちっぽけだが年季が入っているように戦士には思えたのだが。

 

 

 

 

「知識神様に仕える友人の受け売りなのですが……、『凡そ全てのものは認識されてこの世に有るのだ』そうですよ?また『人はそれぞれ己の世界を抱いているのだ』とも。貴方が見出してくださったから、貴方の世界にこの社は有るのです。……小難しい屁理屈だったでしょうか?」

 

「……いえ、そんな事は無いと思います」

 

 

 

 

 ──あの祠に本気で祈った事は無かったな、と戦士は思う。

 戦士の故郷の村では収穫祭が来ると必ず地母神の祠に捧げ物をして村長が祝詞を読み上げたものだった。

 ──他の奴ら(子供)共々ご馳走に気が向いて神様の事なんて考えてもなかった。あの時俺らのとこに神様は居なかったんだろうな、と思い起こす。

 

 ──……考えてみればあの頃親兄弟、知り合いの村人に至るまで他人を本気で思いやった事なんて無かったな……。今だって出来てるなんて思えやしないが。

 ──だからせめて誰かを思いやれる奴の助けにはなりたい。例えそれが神頼みでも。

 

 

 

 

「……あの、お供えに銀貨ってのは俗ですかね?」

 

「いえ、それは「司祭さまー!」あら、どうしたの?」

 

 

 

 

 

 ──……その前に一度挨拶に帰るか、あの故郷に。とそんな事をつらつらと考えていた戦士にとってそれは転機だっただろう。

 

 

 

 

「この子がケガしちゃって……」

 

「うぅーっ……」

 

「あらあら大変、お薬箱を……」

 

「…………」

 

 

 

 

 或いは天機だったかもしれない。

 

 ──優しき女の子と痩せっぽちの女の子、隣に立つ誰かに似た優しさとかつての誰かの似姿を目の前にしたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──《いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に御手をお触れください》」

 

「うぅっ……、……?」

 

「……わぁっ!」

 

「あら……!」

 

 

 

 

 ──斯くて奇跡は彼に示される。

 

 紡がれた祝詞はたちまち癒しの力となって擦り傷を消し去ってゆき、子供達には笑顔が戻ってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん?」

 

「お兄さんありがとー!」

 

「ありがとう……」

 

「まあ、まあ!喜ばしい事ですわ……!」

 

「……え?え?」

 

 

 

 

 自分が何を成したか理解出来ていない戦士に対して、子供達の感謝と司祭の喜びは惜しみなく。

 地平を離れ始めた陽光は、道のように彼に光を届けその姿を輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




※この話の舞台はゴブリンスレイヤーさんの居る王国ではありません。

:【大喰らい】
…五年余りで二つ名で呼ばれるようになった。
 強い。
 優しい。
 ただ容赦はしない。
 だけどお腹は減る。
 かの餡麺麭(アンパン)(マン)だってお腹が減れば力は出ないのだからそれは当然である。

:戦士
…冒険者としての肩書きに『神官』が付けられるようになった。まだ肩書きは増える。
 余り優しくはない、と本人は思っている。
 あの凄技の後に真っ先に声を出せるのは流石に【大喰らい】の仲間だな、と周りには見られてる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。