機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ 某所 ~
彗星が、眼前を流れ闇の中へ消えて行く。
恒星の輝きが、遙か彼方に浮かぶ夢のように、自分を置き去りにしてゆく事も同時に思い知る。星々の輝きが形作っている美しい光景を見ていると、今自分が置かれているこの状況も、さほど悪いモノでは無いのではと思い始めてしまう。
しかしそれだけは決して考えてはならないと自制心が働いた。
それは恥を忍び、こうして存在し続けている理由を思えば、棄てるべき考えでしかないからだ。廻りに見える蒼い星や緑の星。そして"銀河"という美しい『生命の大河』の傍らで腰を落ち着けることが出来たなら、どれほど楽しかろうと、何度も何度も思い浮かべた。
それらを全て我慢しているのは何のためだ?
(全ては、私の目的が為だ)
一体どれほどの時間が経ったのかは、考える事を途中から諦めている。
―― 存在意義
言葉にして僅か四文字のためだけに存在し続けていると言っても過言では無い。一見言葉遊びのようにも思えたが、自らの存在する意味を確かめるためと言えば不自然と言いたく無い。
目に映っている光景の中に、生ける者はすでに残っていないから。否定してしまえば、自分自身が存在している意味も消滅する。
かつて人々が行き交った街道は、すでにゴーストタウンと呼ぶ事すら憚るほどの有様だ。整備する者がいない道路は方々がひび割れめくれ上がり、ビルの外壁も剥がれ落ちて鉄骨とコンクリートが残るのみ。
夢の一軒家とも言える家々の窓は曇り、ひび割れている。商店街のショーウィンドウも同様であった。店員も居なければ泥棒すら残っていない。小動物の姿も見ることが叶わない。ひたすらに、風化し朽ち果てるのを待つのみの"
狂うだけの心があれば、どれほど楽であったろう。
嫌と言う程味わっているこの感情を、『感傷』というのだろうか?
正直な所、そういう機微を理解するだけの経験が無かったし、『気持ち』というわからない衝動に、どういう『感情』が当てはまるのかを教えてくれる者が残っていなかった。処理をする時のアドバイスも、ライブラリに残っている文面から探るしか無い。
こういう時、言葉では『寂しい』だの『孤独感に苛まれる』などとアーティスト達が口ずさみ、紙の媒体に印刷されたり、デジタルの波に乗るのだろう。
(余計な事は考えないようにしなければ。目的の地点まではもうさほどかからないのだ)
厄介な性質を残してくれたものだと、生みの親へ軽く愚痴をこぼすのみ。
子は親を選ぶことは出来ないと、データ上に残されている文面で見かけることがある。子を虐げる親の風上にも置けぬ輩の話で聞く言葉。もしくは親の愛を理解出来ぬ浅はかな子供に関する言葉として。
自分は、親にとってどういう"子供"だったのだろう。
それは、目的の地に着いてみなければわからない。着手して、結果を出して、初めて自分にそれを言い聞かせる事が出来る。そういう気がする。
目的地まで後何年かかるのか、試算した数値は減っていく。
少なくとも、自己を維持できずに"死"を迎える前には、なんとかなる。
いや、なんとかしなければならない。そのための努力は尽くしているのだから。もはや住む者の無い住宅区は取り壊して、自らを維持する為だけの機関を作り上げている。その稼働は順調だ。それを維持する為の"作業員"は確保済みであり、彼らの"生産体制"も万事抜かりは無い。
そして、
この場所は、温度管理設備という文明の利器が無ければ維持が困難な空間でもある。これらを見落とす事すなわち、死を意味していた。自分に取ってみれば、全体が生命維持装置に等しい。
『誰かが、向こうからやって来る事はないだろうか?』
生みの親が、そう言っていた事を覚えている。カンダタの元へ垂らされた一本の糸が如く、渇望する気持ちを感じたことをメモリに刻みつけている。しかし、一縷の望みというものを自分は信じていない。
『誰かが向こう側からやって来る事などあり得ません』
そう断言して怒られたことも結構な頻度で起こった事を記憶している。こんな辺鄙な場所まで、探しに来る探検家なぞコロンブスも脱帽モノであろうから。
(だが、そんな日々もそろそろお終いだ。『私』が役に立てる日が・・・・・・)
目前に近いのだ。生みの親の希望が"誰かが迎えに来てくれる"事であったなら、自分の希望は何なのか。そう聞かれれば、断言できる。自らの存在意義を再確認し、その意義を全うする事である。
【人類の存続】
その為に自分は存在しているのだ。こんな所で終わるわけにはいかない。
目的地まで、後何年か、再計算する事に決めた。
※※※※※※※
~ C.E.XX年 プラント ~
理解に苦しむ光景だった。
ギルバート・デュランダルという若い科学者にとってみれば、
雨が降りしきる路地裏に、少女が倒れていたのである。
手術衣を来た、まだ5つか6つ程の小さな身体が、雨に晒されるがままになっているその光景は、異様であった。思わず立ちすくんでしまうが、少しの間を置いて我に返り、彼は少女に駆け寄った。彼の頭脳を持ってしても、理解して呑み込むまでにそれ程かかったのである。
「君! しっかりしなさい!」
傘を差したままというわけにはいかなかったので、立てかけた下で抱き起こし頬を軽く叩く。自分の額の温度と、少女の額に手を当てて比べてみる。非道い熱だった。何かを煩うという事は、コーディネイターが人工のほぼ全てを占めるプラントでは考え辛いが、こんなに雨に当てられれば、どんな豪傑だって体調を崩すだろう。
単純に、有能になりやすく、病気にかかりにくい人間というだけの話なのだ。
不運なことであった。デュランダルが少女を見つけた区域は、彼の自宅にほど近いエリアとは言え、病院は近くに無かった。加えて、病院の診療時間はすでに終わっている上、明日は日曜日。休日診療を行っている所も隣接エリアには無いのだ。
ましてや、手術衣で外に出てきたという事が不気味な事この上ない。
常識的に言えば、こういう時は警察と救急双方へ連絡するものである。しかしデュランダルは、ハンカチで少女の顔を拭いていた時に、その考えは止めた方が良いという発想に至った。危ない趣味というモノでは無く、そうしない方がこの娘のためではなかろうかと思ってしまったのだ。
少女の首筋に、あるモノを見てしまったから。
「何という事だ」
「う・・・・・・うぅん」
少女の意識は、まだある。彼の良心が、やはり数日の看護の後病院へ連れて行くべきだと叫んでいた。しかし、それは避けるべきだという
(この
そう考えながら、自宅へと少女を連れ帰った。絵面を端から見れば、幼子を拐かすペドフィリア癖として、社会的立場から何から失う
子供がこうして、熱を出してうなっている。それだけで理由としては十分だろう。
まず第一に湯を湧かし始めた。こんな時に限って、自動お湯張り機能のスイッチを入れ忘れていた事等を悔む。シャワー・台所の冷蔵庫の中身や、タオルの枚数なども急いでチェックする。雨で濡れた身体をタオルで一度拭いてやり、部屋の暖房のスイッチも入れた。
暖かな湯が出るまでの繋ぎとして、ミルクをレンジで温めて出してやった。ハチミツをといて、ぬるめに調整したものを。
「はふっ、はふっ」
「ゆっくり飲みなさい。身体が驚いてしまう」
荒い息をたててかっ込もうとした少女を押しとどめ、一口ずつ口に含むよう促す。冷え切った身体を温める時、もしくは逆の場合でも、急激な温度の変化はかえって体調を崩してしまう恐れがある。
青ざめていた少女の頬に、温度が戻っていく。不思議と、安心感を覚えている自分に気づく。何ともふしぎな感覚だ。親から注がれる愛情というものには、一定の理解はあるつもりであったが、あの時の父や母はこんな気分だったのだろうかと思いを巡らせる。悪い気はしない。そして洗面所からアラームが聞こえる。湯が沸いたことのサインだ。
デュランダルは部屋の壁時計を見やる。時刻は深夜2時にさしかかろうとしている。
女性の知り合いや、"彼女"に連絡して助けを請うべきかと逡巡した。流石に、シャワーを浴びせるために脱がせるとなると、当然ながら抵抗がある。倫理的にも問題ばかりだ、父親という訳でも無いのに。
しかし、時刻的には失礼極まりないだろう。休日の深夜にたたき起こされる側になって考えれば迷惑極まりないし、事が事だ。事情を説明したところで顰蹙は買うだろう。
「タリアに頼ろうか・・・・・・いや、彼女に頼るのも」
これは緊急時だからと自分に言い聞かせながら、デュランダルは少女をシャワーで洗ってやった。極力見ないようにはしていたが、痛がらないよう力加減をするのも難しかったのと、浴室で動き回ろうとするので、抑えるのにも加減が必要な事を知る。
男物のシャンプーやボディソープしか無いのは、妥協した。髪質に合うかどうか等、"彼女"を初め女性は気にするものだと思う。そして、シャワーから上がってふと思い当たった事に、頭を悩ませる事になった。
―― 下着は、どうすれば良い?
そこに至って、デュランダルは一度考えるのを止めた。行き当たりばったりというのも、存外悪くは無いものだ。明日買ってくれば良いと思えば、少し気が楽になる。今夜は男物のシャツで我慢してもらうとして、この年頃の子供のはやりなどを今夜のうちに調べておけば良いではないか。
「ぶかぶかだが、それで我慢してくれ。女ものは大人用も無いんだ、独り身だからね」
「おぉーっ」
キャッキャッと笑いながら部屋の中を動き回る少女を見て、何とも言えない不可思議な気分が湧いてくる事に、彼は戸惑った。物理的な暖かみでは無い。しかし、それは親が持つべき感情で、自分のように一時的に保護した男が持つべきものでは無いとも思った。
「とりあえず、タリアとラウに明日相談しよう」
まず、一発張り手をもらうだろうと、デュランダルは腹をくくった。