機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~   作:松ノ木ほまれ

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第9話

 

 

 ~ 新造戦艦『ミネルバ』MSデッキにて ~

 

 

 インパルスを、デッキに着艦させた。

 シン・アスカの胸中には、熱いモノと冷たいモノが混在し、茹だっている。コクピットから降りた時、整備班が急ぎ駆けつけて、機体のチェックに入るのと同時に、機体から離れた。同僚であるヨウラン・ケントから、カップ一杯に満ちた清涼飲料水を、一口含む。

 ようやく、一段落。そうも思えるし、まだ終わってはいないと昂ぶる気持ちと、底冷えする怒りがない交ぜになったこの感情の、処理をする場を失ったとも考える事が出来た。非常に複雑な状況だ。それはシンという一人の男の胸中にも当てはめる事はできたが、今は周囲の空気がそうだと言う方が正しいと思う。

 

 MSデッキの入り口に、国家元首であるデュランダル議長が現れたからだ。

 

「議長!?」

「どうしてこんな所に? 避難されたのでは・・・・・・」

 

 困惑の色が、様々な形で現れている。驚きつつも手を止めぬ者、立ち尽くす者と様々だが、すべての者がほんの刹那の間気を取られた事は確かだった。シンとて、その中の一人だ。喉が渇いたことも忘れかけるほどには。

 当のデュランダル議長は、敬礼で迎えなくて良いと手で示した。目線は、インパルスとほぼ同時に着艦したザクに注がれている。あのザクは、何だ。その場の誰もが同じ思いで、好機の目線をザクへと集中させていく。議長が、デッキを歩いてザクの前へと近づいていく。脇には、ミネルバの航海士を務めるミーア・キャンベルが控えていた。

 議長がわざわざ出迎えに来る程のパイロット。思い当たる節が無い。ザフトのエースパイロットで、名が轟いている歴々がこの場にはいない事くらい、彼らも知っていたからだ。イザーク・ジュール、ハイネ・ヴェステンフルスと言った面々は現在、各々が部隊を率いて哨戒任務訓練教導にあたっている。

 

 ―― では、誰だ?

 

 興味が、一点に集中する。そして、ハッチが開いた。紫混じりの蒼い髪。軍服では無く、ジャケット姿で、居合わせた人間が乗りこなしたという状況が見て取れる。議長が出迎える程だから、賓客か私人とみて良いと思った。

 シン達より一つ二つ上の世代の連中が、ざわめきだした。最初は、何が起こったのかわからなかった。周囲に伝播していく響めきに一人取り残されたような気がする。ヨウラン・ケントも、目を見開いてレンチを取り落としかけていた。ざわめきの音量は、高波がおこっていくかのように、広がるほどに大きくなっていく。

 

「おい、ヨウラン。皆何でこんなに騒いでんだ?」

「シンこそ気づかないのか? アスランだよ、アスラン」

 

 ヨウランが口にしたその言葉に、最初はピンと来なかった。どこかで聞き覚えのある名前だと思ったくらいのもので、段々と思い至るたびに、理解出来ないと叫ぶ心と、まさかの人物と出くわした事へ惑う此処ととがぶつかり合って混じっていく。

 

 アスラン・ザラ。

 

 名前は聞いたことがある。写真も見たことがある。それをこうして、目にするのは初めてだ。そもそも、こうしてメディアで見たことがある著名人を目にする機会が無いので、あまりこの出来事の凄さなどもピンと来ない。

 それに、シンにとってアスランという人物は、第一印象があまり好ましい人ではなかった。タカ派の筆頭たるパトリック・ザラの息子であり、ザフト創設後の最高記録を塗り替えた傑物。先の大戦時、連合の【ストライク】を討ち取ったエースパイロットとして名を轟かせるも、大戦途中で出奔・終戦後は行方不明となった男。概要だけ聞けば大人物なのか、それとも大罪人なのかの区別があまりできない。

 往々にして、歴史事情の人物というものは英雄と姦賊の区別が付けづらいものとは言え、アスラン・ザラはシン・アスカにとって、『父親を裏切った』という一点において非常に印象が悪かったのだ。

 半分の血を貰っている親を裏切るという事が、どれ程の事なのか。それはシンにはわからない。だから、評価を下すという傲慢な真似はしない。あまり仲良くなれる人では無いな、という感想は抱いていた。

 

「ふぅん」

「おっ、今期トップエース様は気にもなりませんか」

「違ぇよ。あまり関るべきじゃないなって」

「何で?」

「なんとなく。俺とは合わない気がする」

 

 そう言う他無かった。他に何を言えと言うのだろう、彼のエースとしての業績を褒め称えれば良いのか。それとも後の出奔を責め立てるべきなのか教えて欲しいものだ。しかし、新型を奪取され、人が死ぬのを眼前で見た者達。初陣を飾った皆にしてみれば、犠牲を抑える一働きを担ったのがかつてのトップエースだった訳だ。高揚するのも無理は無い。

 自分とて、こうして初陣の後味を噛みしめていなければ、反応する余裕もあったろう。

 しかし今は無理だ。降りた後になって、手が震えてきている。あの、荒々しい程の戦いぶりをした自分が何処へ行ったのかわからなくなる。呼吸する事すら、重い。一方、当のエース様はミーアを伴い、議長へついて行っている。

 

「ああいう世界は、たぶん合わない」

「まぁな。シンがあそこに並び立つって、想像出来ねぇや」

 

 同僚の冗談に、小突きで返した。それとほぼ同時に、艦長タリアの凜とした声が艦内放送で響きわたる。

 

 <これより『ミネルバ』は、我々が国土を襲撃せしめた不明艦を追うため発進する。進水式を迎えぬままの、不意の出港である。卑劣な敵の刃と凶弾に倒れた仲間の血潮が、船体へたたきつけられた贄となった。この痛ましさを、相手へとたたき返さなければならない>

 

 全ての船員が、屹立して、艦長の言葉に耳を傾けている。仲間の血を浴びた。そう聞いたとき、シンの脳裏には嫌でも別の景色が浮かぶ。自分がこうして、見知った人の血を被るのは二度目だと思った。

 

<プラントの新たな船出を迎えられぬ、散った同胞の怒りをぶつけなければならない。総員、それを心して任に当たって貰いたい。総員、出港後は第二種戦闘配置のまま待機>

 

 人間万事塞翁が馬。あの血の泡の光景から二年が経ったシン・アスカの、新しい船出は血の上から始まるのだ。そんな事を考えて、もう一口飲み物を飲んだ。

 

「・・・・・・甘いや」

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 ~ 『ミネルバ』来賓室 ~

 

 ミーア・キャンベルは、隣に立つこの男性がアスラン・ザラであると聞かされて、何とも言いがたい感情を抱いた。

 ソレが何であるのかは判然としない。

 今日、議長との会見のためプラントへやってきたうら若き国家元首。その護衛として伴われてきた、アレックスと名乗っていた男。議長があの時放った一言に、心がざわめいた。驚きと、喜びと、怒り。全てがない交ぜになった気持ちの処理が上手くいかなかった。

 

「しばらくは、こちらのお部屋でお過ごしください。アスハ首長は艦長とご一緒に議長と会談しておいでです。護衛の職務を奪ってしまう形で恐縮ではありますが」

「かまわない。二度も案内してもらって、すまないな」

 

 自分とほぼ同じ年頃の男。そうでありながらどこか達観しているような、そんな風を感じる男。何とも不思議だ。ミーアにとって、この男へ抱いていた印象は、良いが半分・悪いが半分といった具合だった。好感を持つに至ったのは、終戦後に彼らの事を調べてからになる。最初は、むしろ悪い印象しか無かった。

 同期が、先の大戦で何人も鬼籍に入った。それも、最終決戦で。それが地球連合軍との戦闘によるものなのか、それとも【エターナル】や【アークエンジェル】に連なった彼らの流れ弾なのかはわからない。

 戦争まっただ中の時期、本国で軍務に就いていた彼女にとって、彼らの姿は歪であった。

 どちらでも無く、第三勢力として参加するでも無く、ただそこにいる。不気味ですらあったのだ。それが、戦争が終わるや姿を消した。ますます、恐ろしくなる。ただ、カガリ・ユラ・アスハだけは、オーブという小国の顔として見る機会があった。それから、多少だが印象が変わった。自分ができる限りの事をしようとする、同年代の女性としての目線で見る事が出来た、と言った方が正しいだろう。

 

 アスラン・ザラに対しては、言葉で表現するのが難しいもどかしさがある。

 

 大戦の渦中や、終戦を経てもなお、評価が割れる人物の筆頭株と言って良かった。廻りには、ファンも勿論いる。元々イケメンの意味がゲシュタルト崩壊しそうなプラントという国ではあるが、彼はその中でもとびっきりだ。

 所行は褒められたモノでは無い。しかし、強い。それで十分という知人もいた。事実、ただ眼を惹かれる程の男という意味では、同意できる。生物的な意味でという下世話な放しではあるが。

 隣にいて胸が高鳴らない女がいるとすれば、すでに心に決めた男がいる女だけだろう。そう思う程度の感想は、ミーアも持っている。現に、掌に汗をかいていた事に気づく程緊張していたようだった。それを知ってか知らずか、彼がミーアの顔を見る。

 

「何でしょう?」

「いや、それが・・・・・・何と言って良いか」

 

 彼はそう言って目をそらす。その挙動が、たぶん天性のものなのだとミーアは察した。生まれつきアピールポイントを押さえているのだ。それに当人が気づいていない。そう感じるや、滑稽にも思えてくるから不思議である。メディアが言うような英雄というよりか、天性のものに振り回されている男と、ミーアは印象を変えた。

 

「最初に会った時、君が知人に似ていると言っただろう」

「あぁ、その話ですか」

「そうなんだ。それが、また口元から不意に出かかってしまって」

「それ程そっくりなんですね、私」

 

 ただ、女性との接し方は下手だ。

 別の誰かと似ていますと言われて、喜ぶ女なぞいない。その女に勝てていない証拠に他ならないからだ。別に、好きな男では無くとも、いい気は全くしない。少し、言葉のトーンにトゲを含めたつもりだった。

 それを敏感に感じ取ったのか、慌てた様子が目の奥に浮かぶ。しまった、と。今の反応で、許してやろうという気にもなる。不思議なものだ。会って一日目だと言うのに、ゆりかごの中でこの男の顔を見ていたような、そんな錯覚がするのだ。

 

「あ、いや、その。女性にとって不本意とは思うんだが……とてもそっくりです、はい。顔立ちもなんだが、声もあまりに同じで。心臓が止まるかと思った」

「世界にはそっくりな人が三人いるって言いますよ。きっとその類いでしょう」

「そうだよな」

「まぁ、気にはなります。私、誰にそっくりなんですか?」

「・・・・・・【ラクス・クライン】」

 

 息が、止まる。顔の温度がほんの僅かながら下がっていくのをミーアは感じた。また、コレだ。こればかりは、ずっと直らない。

 ラクス・クライン。

 この名を聞くと、全身の血が逆流するような嫌悪感に襲われる。理由はわからない。昔からこうだったのだ。養父に引き取られてから、順調に育てて貰ったという記憶がある。その中で、シコリとして残っている思い出。それは全て彼女が絡む。直接というよりも、身体が拒絶する。

 テレビ画面に映った時。スピーカから歌声が聞こえた時。そういう時必ず、ミーアは全身に寒気を覚え動けなくなる。養父にも、理由がわからなかった。今も継続して理由を探って貰っているが、芳しい答えは得られていない。今も、肌が総毛立ってしまう。身体が震え出す。

 

「―― っ!?」

 

 そんな彼女の肩を、アスランが手で支えた。トキリと、胸がなった。

 

「申し訳ない。こうなるとは思わず」

 

 根は優しい男なのだ。思った以上に、普通だとミーアは思った。英雄だと騒がれていたから、超然としているかと勝手にイメージしていた。普通の男が、そう呼ばれるようになるのだなと、ミーアは一つ学んだ。

 その時、部屋の扉が開いた。

 金髪の髪が見え、彼女は内心息を呑む。なんともタイミングの悪い。姿を現したのは、レイ・ザ・バレルであった。おおかた、部屋の中でアスランの応対をする彼女か、当のアスランを呼びに来たのであろう。しかし、何故レイなのか。

 別の意味で、不味いと思った。先ほど身を震わせて、顔色が青ざめたばかり。アスランの手は、自分の肩にかかっている。端から見れば、言い寄っているように見えなくも無い構図だった。そのアスランも、扉にザフト軍人が立っている事に気づき、今の状況がどう見えるかを察したようだ。急ぎ、手を離した。

 レイのこめかみに、青筋が浮かんでいた。手が握りしめられ、頬が引きつっている。その目は、ミーアの顔に注がれている。

 

「―― レイ?」

 

 彼女は先んじて彼の名を呼んだ。このままレイに言葉を走らせれば、同時に手が出てくるかもしれない。昔から、手のかかる義弟だった。レイは見た目の端麗さから、冷静沈着なイメージを抱かれやすい。しかし、ミーアは知っている。義弟は、こう見えてなかなかの激情家だ。

 義弟の友になってくれたシン・アスカも、中々に荒々しい男だとは思う。しかし彼の荒々しさにはどこか、計算がある。しかし義弟のソレは根底から来る熱情だ。むき出しの危険さが常に隣り合わせで、薄い氷の下に炎が渦を巻いている。内面を表現するのにこれしか言葉が思い浮かばなかった。

 

「どうしたのです、お客人の前ですよ」

「・・・・・・! 失礼しました。"アレックス・ディノ"殿を艦長室へお連れするようにと、議長より命を受けまして」

「命を受けて賓客を迎えにくるにしては、お粗末ですね。敵意ある目を向けるなぞ、恥を知りなさい」

「申し訳、ありません」

 

 先導役をつつがなく行うように、と彼女は付け加え、後ろに立つアスランへついてくるよう促す。身内が申し訳無いことをした、と彼には詫びた。アスランはさほど、気にしてはいない様子である。

 

「俺は、賓客と言われる程の男ではないつもりだが」

「冗談を仰るのがお上手ですね」

「本気だったんだけどな」

「賓客かどうかはともかく、身内が恥をさらしたのです。詫びるのはこちらですよ」

「身内、か。ならば尚更だろう。端から見れば、俺の方が不審だった」

 

 艦内の廊下を進む中、会話が成されるという事が無かった。レイの背中から発せられる気迫によって、アスランが言葉を口に出せていない。なんともギクシャクした雰囲気が流れていた。困った弟である。

 しかし、ある意味感謝もしていた。ああしてレイに気を取られる事がなければ、発作が収まることは無かっただろう。わからないのは、いつまで経ってもこの発起点が改善される見込みが無い事だ。言葉の暗示をかけられている訳では無いと思う。物心が付いてからと言うもの、何か悪い思い出があったという訳でも無い。

 

 しかしどういう訳か、ラクス・クラインの名を聞くと身が竦む。

 

 背中が、特にうずく。背中にあるというアザと、何か関係があるのだろうか。

 養父が、決して誰にも背中を見せるなと言った。大きな傷があって、治療するのに間に合わず跡が残っているからというのが理由だった。それは、十余年経った今も守っている。軍に入ってからもずっとだ。

 

 そんなに、自分の背中には醜い傷が残っているだろうか。

 

(この人に確認して貰おうかな・・・・・・!? いや、破廉恥よ! いくら何でも!)

 

 そんな事を考えながら、艦長室の前へと到着していた。

 

 

 

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