機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ ミネルバ・休憩室にて ~
この艦は、今宇宙を飛んでいる。
その実感が湧いてくるのはいつの事になるのかと、シン・アスカは考える。地球に生まれ、二年前に宇宙という空間を初めて味わった時は、そうやって窓の外に気をやる余裕が無かった。それに、軍に入ってから宙間戦闘訓練で宇宙へ出た時も、訓練に死にものぐるいであったため、廻りをよくよく眺めたことが無い。
こうして、出港したミネルバの外に見える星々の海を見ると、小さい頃にお風呂に浮かんでいた時の感覚がよみがえる。たゆたう暖かな水に身をゆだねる時の、ほんの僅かながらの放心。悪い気はしない。流れゆく星の光を眺めやりながら、そう思った。
ほんのつかの間の休息だ。心をここでは無い何処かへ置いていくなら、この宇宙のどこかが良い。そう思えることがとても不思議だ。何も起こらず、ただ静けさがあるだけ。これからその対極たる局面を迎えようとしているから、なおさらそう思えるのだろう。そう彼が考えた時、休憩室の扉が開く。
ルナマリア・ホークが、立っていた。
シンと、目が合う。それがわかった時、すでに彼女はシンの隣に座っている。手には、栄養調整食と印字された小さな袋が複数個握られている。その一つを、無言でシンにつきだした。
「サンキュ」
「・・・・・・」
ルナマリアは、それにも応えない。これは、相当怒っていると見た。一人で突っ走ったからだと見当は付く。聞けば、ルナマリア機は崩れた屋根の下敷きになり、今回の迎撃には間に合わなかった。それも含まれているのだろう。
袋を開けて、一口囓る。口の中に広がる、やや酸味の混じった乳の香り。チーズ味だ。彼は、この味が一番好きだった。それを彼女に言った事があるかと言うと、思い当たらない。まだ訓練期間中の時期、喋ったのかもしれない。そんな、何気ない一言を覚えていたのか、彼女は。
「怒ってる?」
「とっても」
どっちに、とは聞かない。
「遅いな、とは思ってた」
「今度は、私とレイも行く。置いていかないで」
「わかった、そうする。今ミネルバで稼働可能な機体はいくつだ?」
「シンと、レイと私。ショーンとデイルだけ。他は乗艦に間に合わなかったみたい」
「5人かよ。就任予定の隊長は?」
「お先に"二階級特進"じゃない? アーモリーワンでカオスに乗る予定だったって話だし、奪われたって事はそういう事でしょ」
「嘘だろ」
心の中を、あの蒼い髪がよぎる。アイツは、どうするのだろう。そう思った彼の顔を見て、ルナマリアは察したようだ。
「あぁ、『アレックス』氏? あの人は今代表と一緒にいるって話よ。ミーア先輩が先導して、議長達と会議中」
「は? 代表?」
「知らなかったの? "オーブのアスハ代表"、議長と会見してたんだって」
不意打ちだった。一戦艦に、国家元首が二人も乗っているという異常事態に驚くのは勿論、その
心中の
脳裏に、あの融けた大地がよみがえってくる。表情には出さなかった。ルナマリアに見せた所でという思いもあれば、煮えくりかえってくるこの気持ちが八つ当たりの、見当違いの代物だという事も理解していたから。しかし、冷静でいろというのも無理な話で、調整栄養食のブロックを瞬く間に囓った。
「軍艦に国のトップが二人って、何かあったら大事じゃ済まねぇだろうに」
「新型MSが奪われた訳だし、もうすでに大事でしょ」
「それも、そうだな」
しかし、一体全体オーブのアスハ代表はどういうつもりで、議長と会見していたのだろうか。テレビやネットのニュースで見る限り、同じ年頃でありながら元首としての働きを全うしようとしているという印象は受ける。
それでも、先の大戦で受けたイメージの払拭には至らなかった。
シン・アスカはあの大戦でオーブが被った被害の中で、家族を失っている。
数日前から出ていた避難勧告を思えば、今になって考えると父の考えがよくわからなくなる。母は、オーブ政府による避難勧告が出る前から、父に疎開するよう言っていた。父はそんな母の言葉を無視こそしていなかったが、聞き入れなかった。その時父は必ず、シンの事をちらりと見ていたのだ。
そういう思い出も相まって、オーブの事はあまり思い出したくは無かった。しかし国として存続している以上、思わず目が行ってしまうのも事実。
「そう言えば、MSを奪った連中だけど、どうだった?」
そう、ルナマリアが話題を変えてくれた。声のトーンでバレたのだろうか。時々、自分の感情が漏れやすいのか、それとも彼女が鋭いのか、わからなくなる時がある。こうして汲んでくれる相手というのは、心地よくもあり、どこか心苦しくも思う。気を遣ってばっかりだと考えてしまう。
「・・・・・・並の相手じゃない。乗ったばかりの機体で、よくああも動けるもんだと思った」
「シンがそう言うんだ。次に当たったとき、気をつけないと」
「何、慣れる前に捕らえるなり潰せば良いんだ」
「おぉ、言うなぁ。さっすが今期トップ」
そろそろ、ブリーフィングが始まる頃合いだ。シンはそう思って立ち上がった。
窓の外の宇宙へもう一度目をやって、並の無い暗い海にたゆたう星々を眺める。そう、これからここが戦場になるのだ。かつて融けたあの土のようにはならない。もし炎が過ぎ去ったとしても、ただ静かに鉄くずが浮かぶだけ。
ああはなりなくないな、と思った。
ルナマリアが、隣を歩く。それだけで、先の初陣の残り香が消える気がする。口には出せなかったが、やはり怖かった。いざ戦いの最中にそうは思わないのだが、その後に段々とあの時感じたものが恐怖だと自覚するのだ。一人でいる時、それは顕著になる。
「それに、今度はルナもいるし」
そう、言葉にしてみる。世辞でも何でも無く、本心だった。
「当たり前でしょ? このルナマリア様の大斧がうなるってもんです」
「ハハ、頼りにしてるよ」
ブリーフィングルームへ向かう為に、廊下に出る。喧噪が、耳に入ってきた。式典の準備をしている時から、未だに休めずにいる者もいた筈だが、流石と彼は思う。特に、今MSデッキで総点検に当たっている整備班には頭が下がる思いだ。
すれ違う一人一人の顔に、不安や、憤りの色がある。
それも当然だった。アーモリーワンで不意を突かれ、凶弾に散った者達の中には、友や家族がいる者がいるはずだ。シンも、後にきっと犠牲者のリストで知った名前を見る事になるだろう。
「彼奴等の事は頼むぞ!」
「期待してるぞ、エース!」
そう、声をかけてくれる者がいる。それにより気が引き締まると同時に、これから向かう先への不安が晴れていく気がした。
ブリーフィングルームには、レイを初めMSパイロットと、トライン副長。オペレータのメイリンと、グラディス艦長の姿があった。キャンベル航海士の姿は無い。レイが、彼女は今議長達の応対中だと、苦々しげに教えてくれた。二人の関係は聞いていたので、詮索する事はしなかった。
そして、グラディス艦長が口を開く。会議が始まった。
「標的艦であるが、所属不明のため、以降『ボギーワン』と呼称する」
ボギー。旧世紀より続く米軍による敵呼称の隠語。
ならば、遊軍艦隊との連絡を取るべきではないか。シンはそう思ったが、そこはグラディス艦長も考えていた事だったようで、杞憂である事に安堵する。
「現在、アーモリーワンより出撃したミネルバであるが、一隻で事に当たるは心許ない。よって、現在L5-L1間において任務に当たっている『ジュール隊』へ応援を要請した」
室内モニタに映っているのは、地球やプラントの位置関係の図面である。ラグランジュ点によるコロニー郡を含めた図を用いなければ、全体を表すことが出来ない。プラント本国は、L5地点。アーモリーワンら新コロニー郡はL4地点にある。
かつて、日本という極東の島国に『ヤジロベエ』というバランス人形があったが、アレを思い浮かべれば位置関係は把握しやすい。月を真ん中の支点と仮定し、両手に当たる場所にそれぞれ存在するのだ。
月を挟んで反対側にある本国近郊を哨戒中の部隊を応援に頼む程だったのかと、彼は驚いた。思わず、手を上げていた。グラディス艦長が、直々に答える。
「質問を許すわ、シン・アスカ」
「アーモリーワンから、友軍の出港は難しい状態なのですか?」
「難しいとしか言えないわね。復旧した基地司令部から通信も入ったのだけれど、先の襲撃の際、ボギーワンからの攻撃で宇宙港が潰された。稼働可能な艦は軒並み足を、ね」
「最初から追われる事は織り込み済みだったという事ですか」
「そう。ただ、我々ミネルバの事は想定外だった。こちらを視認するや加速。現在向かっているデブリ帯へ逃走したという訳」
デブリ帯は、コズミック・イラへ暦が変わった前と後の宇宙開発時代、数多の宇宙衛星やコロニー建設工事時期に発生したゴミ。大戦前のプラント造反期に、先の大戦。人類が宇宙へ進出してから排出し続けてきた"罪の残照"が漂っているエリアである。
火星と木星の間にある小惑星帯『アステロイドベルト』にちなみ、デブリベルトと呼ぶ事もある。好き好んで、ここへ行く物なぞいないだろう。
相手の眼を眩まして、追っ手をまくには絶好の場所とも言えるが。
グラディス艦長から引き継ぐように、ミネルバの副長、アーサー・トラインが一歩前へ出る。
「そこで、MS隊にはデブリベルトへの先行偵察を行って貰いたい。ボギーワンは現在デブリ帯を沿って逃走している。よもや突っ込む事はあるまいが、用心するように」
それが、奴らの逃走経路。その一点は室内に集まった総員で意見が一致した。デブリが浮かんだエリアなぞ、好き好んで進む場所では無い。宇宙では空気抵抗もないため、ぶつからない限り物体が止まらない。コロニーの外壁が極めて頑丈に作られているのもそのデブリ対策という一面がある程なのだ。
いかに宇宙に対応した戦艦とは言え、デブリの直撃はなんとか避けたいものの一つである。そこを選択するというのは、間違いでは無い。周囲のデブリに気を遣って、敵艦を追って、伏せているかもしれない敵に警戒してとなれば、苦労が多いのは追う側だ。敗北し撤退する敵を追う追撃戦ではない。これは
MS隊は第一種戦闘配置で、目的地点へ到達次第出撃。
事前会議において、決定事項が通達され、解散した。
シンは、敵艦の捕捉という重大任務を前に、ルナマリアと先ほど言葉を交わしてよかったと思っていた。もし一人で初陣の"余韻"に浸っていれば、不安で手が震えていたかもしれない。更衣室で、パイロットスーツを着て、MSデッキへ向かう。同行するのはレイとデイルだ。ミネルバにいるMSパイロットは、男女比が3:2か。などとどうでも良い子とを考える余裕があった。
ルナマリアとショーンが、別のドアから姿を現す。今は、5人。これが多いか少ないかと考えると、少ないと思ってしまう。
(一個小隊規模って意味で言えば、少ないってレベルじゃないよな)
シンの感想はそれだ。コーディネイター一人で何人分という、ザルのような勘定で考えたくは無い。それ程驕っている訳ではないし、現に敵と斬り合った身として、敵はかなりの腕前である。油断すれば、死ぬ。
最低でも倍は人数があった方が安心とも考えるも、先の状況からしてこれでも上等なのだとも思う。収容機体数や、人員を考えればもう二個小隊ほどあった方が良い。もしこの作戦を無事に終えることが出来たら、艦長に具申しよう。
出撃方法が通常のMSと違うため、途中で彼らとは別れた。
インパルスの出撃用タラップを駆け、コクピットに乗り込む。この瞬間、まず不安な事とか色々の事は考えないようにしている。頭を切り換えろ。何時もの、暗い気分は手足を殺し、いずれ自分を殺すのだから。
発進シークエンスが進み、キャノピーの向こうに見えるハッチが開いていく。見えてくるのは、久遠の闇と、星々。そして人々がばらまいた残り物。このどこかに、先ほどの連中がいる。
見つけて、潰す。
そしてミネルバに帰る。
簡単な事ではないかと、言い聞かせた。ここは、二年前のオーブでは無いのだから。
『コアスプレンダー、発進どうぞ』
「シン・アスカ。インパルス、出撃します!」
※※※※※※※
~ 某所 ~
ユニウスセブンに設置された、幾多もの小さな装置。
それは、もはや人がいたという事実のみを物語る空間と化した、コロニー跡地にはあまり似つかわしくない、悪意が籠もった品にも思える。作業は順調だった。現在までにいたる計画遂行の中で、干渉も受けることなく設置は進み、滞りなく、決行できるだろう。
『その者』は、見ていた。黒と紫を基調とした単眼の巨人達が、装置を取り付けていく作業を、他ならぬ巨人の目を通してだ。彼らの、怨恨の声も聞こえる。ここはかつて、コロニーだった。人が住んでいた所なのだ。ひび割れている道路は、かつての生活路。買い物をする人々、通学する学生。割れた窓の向こうには明かりが灯っていた筈だった。
リビングには家族の談笑する声が響き、飲み屋の扉からは仕事上がりの人々の騒ぐ音が聞こえてくる筈だった。それらが今、沈黙に包まれている。ジンのパイロット達が紡ぐ怨恨は、それらに起因しているのだ。
あるパイロットの父親は、風化した飲み屋にいた。
あるパイロットの妻は、枯れ果てた家のリビングで夫を待っていた。
あるパイロットの息子は、今や見る影も無い学校でペンを握っていた。
彼らは、このユニウスセブンに家族がいた"遺族"である。三年前、大戦への本格的な引き金となった「血のバレンタイン事件」によって、家族を奪われた者達だ。ここユニウスセブンは、彼らにとって墓標であり、地球への恨みを溜め込むシンボルであり、これから武器へと変えようとしている場所だった。
『その者』は、巨人の目を通して見るこの景色が、肉眼で見ることが出来たときはどんな場所だったのか、確認する術を持たない。ジンを操縦し、"フレアモーター"を取り付けている者達の、思い出の中にしか残っていないから。
そう、彼らは思い出の中の景色に捕らわれたままなのだ。
『その者』にとって、それは意識しなくとも良い事でもある。居場所を提供して、フレアモーターを与え、あまつさえ機会を与える。これ程までに手を尽くしてやったのだから、後は実行して貰わなければ意味が無い。
<『アーモリーワン』の襲撃は成り、『ミネルバ』が出港した>
今、ユニウスセブンに装置を取り付けている彼らの戦闘データ等は、先の大戦当時から入手し把握済みである。最低限と、ジンの最新モデルを与えてはいる。すぐにやられてしまっては元も子もないからだが、結果は見えているのだ。
アーモリーワンを襲撃したのは、
片や、アーモリーワンから出撃した【ミネルバ】の人員は、新米も含まれているとは言えコーディネイターで構成された中でも選りすぐりのクルーである。下地が万全と言った方が良いだろう。選出に至るまで自分が噛んだのだから、間違いは無い。パイロットとしての伸びしろから、クルーの力量まで見て、決めた。
<ここの連中では、最初から勝ち目なぞ無い。勝ちなぞ望みもしない
それを、このジン達のパイロットは知らない。あらかじめ、用意された舞台なのだから。愛していた家族が散った地をもって、地球への復讐を遂行する自分たちに酔っている者達に過ぎず、それを操るのはとても簡単だ。
同調し、ある程度協力しただけで、すんなりこちらの言葉を聞くようになった。
信用され切っていないのはわかっている。それでも、すがるしか無い境遇である事をさんざ教え込めば、どうということは無い。リーダー格のサトーという奴以外は、ころりと行った。一人、肉親が生き残っているメンバーを懐柔し、いざとなれば排除するようにも言い含めてある。
<人間とは、不思議だ。何か一つ大切な者を捕まれれば、靡くのだな>
決行の時期は伝えてある。
今日、この日。アーモリーワンが襲撃され、追って次代を担う者達が宇宙の海へ船出した日の翌日であり、そろそろ近辺のエリアにさしかかる日である事を、ここの哀れな白骨共は知らない。
計画を実行に移し、意気揚々とした所に、通りかかった者達がやって来る。
【ミネルバ】と、【ガーティ・ルー】が、L4宙域からやって来る。
ナスカ級戦艦【ボルテール】を旗艦とする一隊が、L5宙域の哨戒任務から転進した事も知っている。
特に、L5から来るジュール隊は、プラント周辺に未だ残っている前大戦の瓦礫を破砕する任務に当たる予定であった。つまり、小惑星・デブリの破砕用装備を搭載したままだという事だ。その隊を率いるのは、イザーク・ジュール。ここの連中に後れを取ることはあるまい。
自らが、ここを死地へと変えて行っているのだという事を、知らない。
それはとても滑稽であり、哀れとも思えた。尤も、彼らの手にロクに情報を与えなかったのは自分なのだが。こういう時、どうすれば良いのかは、いまだわからない。笑いを押し殺せば良いのか、彼らの今後を慮って泣けば満足するだろうか?
答えはまだ見つからない。
ただ一つだけ言える事があるとすれば・・・・・・
思い通りに掌で事が運んでいく今この瞬間、自分は充実している。
"悦に入る"という言葉の意味の悦とは、この感情を指すのだろう。
意味がわかっても、理解出来なければそれはわかっているとは言わない。
自分はいまだなお成長途中なのだと、『その者』は理解している。
この感覚も、ライブラリに書き加えておこう。