機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~   作:松ノ木ほまれ

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第11話

 

 

 ~ 東アジア共和国・台北 ~

 

 

 『台湾総督府』という建物がある。

 

 かつて旧世紀、中華の地を"清"という愛新覚羅氏が建てた王朝が支配していた時代の、ほぼ末期に出来たものだ。東亜の島国・日本と、眠れる獅子と言われた清朝が闘った日清戦争によって、この台湾の地が日本に割譲された。その時日本が台湾統治のために建造した建物。

 

 いわば、旧世紀に起こった戦争の、残り香。

 

 戦場に未だロマンが残っていた時代の終焉、"世界大戦"の兆しはまだ見えていなかったが、着実にソレへ向かって行っていた時代。列強が各々の国益を追求していた"時代の象徴"。しかし、この建物はその後の世界大戦を終えた後、中国本土からやって来た者達の拠点となった。

 総督府であった建物は、建立以来政庁が置かれ続けている。台湾が日本の統治時代から独立し、東アジア共和国として統合を迎え、西暦を終えコズミック・イラへと至る中でも、それは変わらなかった。ここに入る事になる『東アジア共和国』の国家元首にとり、気持ちを新たにするには相応しい建物と言えた。時代の変遷と、混沌と流血を見つめ続けた数少ない建造物だから。

 

 それは今の共和国大統領であるツァオ・リァンも同様である。

 

 アジアは今、極めて微妙な立ち位置に晒されている。地球連合と一口にいっても、地球圏統一政府のような巨大組織とはほど遠い。どちらかと言えば、旧世紀より続く"国連"の後継組織と行った方が正しく、東アジア共和国もその加盟国の一つであった。

 プラントのコロニー建設に出資した宗主国という意味でも、存在感は未だなお健在と言う事は出来る。ただ、現在の発言力はそう大きなものでは無い。新世紀が始まって以来初めての世界大戦である『ヤキン・ドゥーエ戦役』において東アジア共和国が被った被害は、そのまま地球国家間におけるパワーバランスの偏向化へ直結した。

 "世界の警察"である事を未だ誇示しようとする大西洋連邦が取り仕切り、欧州諸国が主導するユーラシア連邦が追従する形であり、東アジアは参番手に甘んじている。

 その面白くも無い現実を、共和国政庁の執務室において噛みしめなければならないのだ。精査を通り抜けた書面を見やり、リャンは大きなため息を吐いた。かの大戦が終結し、各地が復興へ向かい初めて二年。あらゆる箇所で不満の声が聞こえてくる。コーディネイターとナチュラルという至極単純な考えが出来れば、まだいくらか楽であったろう。

 

「蒙古族が集団で南下か。保護区の復興はどうなっている」

「依然進まぬ状況です。現地の業者共を現在洗ってはおりますが・・・・・・」

 

 しかしアジアは、下手をすれば欧州英米以上に民族問題を内に抱えた地域である。

 東アジア共和国を構成するのは、かつての中国・朝鮮・日本・モンゴル・台湾。一つの国家になったとは言えど、各民族間における反感の根は非常に深い。リャンとて、出身そのものは中国本土であり、漢族出身者だった事が決め手の一つになった程だ。共和制と言えば聞こえは良いが、裏を返せば少数民族へのしわ寄せが大きい事も意味する。

 彼らに対しての政策より、漢族を優先する官僚が非常に多いのだ。日本を統括する現地政庁からの"遺憾の意"も、復興が進むたびに増えている。かつて『コーディネイター問題』が、さも大きな課題のように取り上げられた時期、何とも愚かしい事をしているとリャンは思ったものだ。

 ただの対象のすり替えに過ぎないのに、と。

 民族問題の解決すら出来ていなかった時の各政府にとって、コーディネイターの登場はむしろ都合が良かったのだとも考える。コズミック・イラという新たな暦の中で、コーディネイターという新たな"共通の敵"が現れた事は、自国の政府への不満をすり替えるのに丁度良かったのだから。

 

「業者だけでは無い、現地役所も総ざらいだ。腐食している部分がある」

「白アリが繁殖していると?」

「当然だ。予算も大々的に報じて自治区の整備に当たらせた。未だ進まぬとすれば役人と業者がつるんでいる。我が国は()()()()()()()()()()事は歴史が証明済みだからな」

 

 そして、コーディネイターばかりに目が行きすぎた結果が現在だ。

 前政権のフェン大統領も、"ブルーコスモス"の構成員であり、国内の民族問題には目もくれず、やれナチュラルがどうだと口走っていた。

 

 豚は駆除済みだ。今は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 解決すべき問題は山積みだった。大多数を占める数の優位性にものを言わせた漢族の"胡座をかいた姿勢"への反感は未だ根強い。各居住区の境界線上での民族間衝突は、かつての規模ほどは無いものの点としては未だ存在している。

 

「ユーラシア西方の状況に進展はあったか」

「大西洋連邦の干渉が進んでますな。旧イスラエルへの投資による汎ムスリム会議からの反発はともかく、東欧からの移民への締め付けまでも主導する始末です」

「スラブ人を欧州人と認めたくないとは。ゲルマン人とて元をたどれば同じだろうに」

「ラテン系とも言いがたいですが、旧フランス・ドイツ・イタリア圏では特に顕著です。ブリテン島にいたっては大西洋連邦ですから、ほぼ鎖国ですな」

「頭の中がKKKやナチの時代から何一つ変わってないな。我らも人の事は言えんが」

「中華に帝国を築く訳では無いのです。未だ白人主義が頭から消えぬ連中と一緒にされては、民もたまったものではありますまい」

 

 リャンは大統領に就任して後、目標として『アジア主義』の復興を掲げた。前時代的と指摘する声が圧倒的多かったが、あえて言わせてもらえるならば、その主張をぶつけて来たのがほぼ白人の評論家であった。

 『ヤキン・ドゥーエ戦役』を経て、ナチュラルという一括りで人類を区分しようとする連中が、いかにおめでたい頭をしているかは、当のナチュラル側の統治者として痛感している。"アジアをまず一つに"という発想が古いと言うものは、きっと周囲に他民族が多い環境の中で育ったか、そもそもそういう争いから遠かったのだろう。漢族だ蒙古族だ、日本民族だと、数世紀を経ても解決を見ないこの問題を、甘く見積もり過ぎである。

 コーディネイターという種が新しく誕生したから解決だとでも言うつもりなのだろうか、その愚か者は。

 

「プラントのデュランダルの方が、余程好意を持てるよ、私は。身の程と言う程傲慢な物言いはしたく無いが、彼の方が今の世界情勢をちゃんと見ている」

 

 大戦を経て、コーディネイターという種への理解が進む中で、新たな声が出始めるのもそう時間はかからなかったのだ。彼らは子供を作りづらい。その事実は、やがて緩やな滅亡を迎える事に他ならない。絶対数が少ない動物たちが絶滅危惧種とされたように、コーディネイターは生まれながらにしてその位置にいる。

 リャンとしては、生きている数十年程度の脅威しかないコーディネイターなんぞ、気にかけるに値しないと思っている。どうせ、数世代もすればそれ程残っていないのだ。

 

「では、お受けするおつもりなのですか、プラントの申し出を」

「何、本来の建造計画に一歩戻るだけだ。市場解放と、一部技術の提携を裁可するに何か不都合があるのか?」

 

 国家百年の計を思えば、アジア全体の民族の存続を考える方がよっぽど有意義だし、白人共が手綱を独り占めしているこの現状の打開を見計らう事の方が優先すべき課題である。

 プラントからの打診は、かねてから願っていた事だった。

 国交の正常化と、東アジアにおける市場をプラントに一部開放する。そして、資源の輸出先としての契約。悪い話では無い。エネルギー問題こそあれ、広大な国土と肥沃さを誇る中原の農産物は、プラントとしても魅力的なのだから。

 旧オーストラリアを筆頭とする大洋州連合との交易こそあれ、スペースコロニーのみでの完全な自給がいまだ実現していないプラントにとってみれば、最も接近しやすい、最も広大なマーケットがアジアだったという訳である。

 

「懸念はあります。違う国の、高性能な製品というブランドは、民衆には強く響きます。ただ、既存メーカーからどのような声が上がるかまだ読めません。コーディネイター登場期のように、国内で不買運動が起こりはしませんか」

「そのための技術提携だ。プラントも農業問題以外に、地球圏のノウハウを吸収したいという意図がある。ギブアンドテイクであれば国民も納得しよう」

「・・・・・・『人工知能(AI)』ですか」

 

 秘書が、苦々しい顔をする。それも無理は無い話であった。東アジア共和国による人工知能開発の研究は、度重なる政治問題等もありプロジェクトが停止状態にある。スーパーコンピュータの発展研究も続けられているものの、大戦の余波により再開の目処が立った段階だった。

 地球国家の中でも、AIやスーパーコンピュータといった技術研究において、大西洋連邦にも劣らぬという自信はある。中国区は勿論、日本の技術力はオーブのみならずこちらでも健在なのだ。

 

「しかし、大統領。『伏羲』は開発期において不可解な動作停止をした一件が」

「それを言うな、ユゥエ」

 

 リャンにしても、その言葉だけは耳が痛くなる。

 AI『伏羲』は、国家プロジェクトの一つだった。MSという新兵器の登場と、その操縦性の複雑さを、東アジア共和国はAIによるカバーで補おうとした。結果としては成功だったと言える。大西洋連邦もナチュラル用OSの開発に成功はしたものの、配備されたMSの損害率は東アジア共和国の方が比率では下回るという結果を出していた。

 

 水面下におけるこういった競り合いにおいて、ソフト面で一歩先を行っていた。

 

 故に、『伏羲』のただ一つ不可解な動作に関してだけは、未だに心に引っかかる所がある。OS動作を補助するAIとして、高いポテンシャルを発揮した。演算能力も大西洋連邦製のソレに比べても上回っているという自負も。

 しかし開発後期に、糸目も駆けずスーパーコンピュータ『盤古』との連携も踏まえて試験的に開発した最上位モデルの動作テスト時、その事件は起こった。

 システムがオンラインになった瞬間、『伏羲』は自ら活動の停止を決定したのである。それは、スーパーコンピュータ『盤古』の下した決定とも言えたため、再調査が命じられた事を、リャンはよく覚えている。

 

 エラーの吐き方、そして自ら命を絶つように、システムが強制終了した。

 

 まるで、意気揚々と玄関のドアを開けた時、何かとんでもないものに出くわして、慌てて家の中に戻ったかのようだと思った。同時に、開発主導として携わった者の一人として、大きくプライドを傷つけられた事は、忘れようが無い。

 

「あれは予期せぬ停止だった。閉鎖的な造りの、MS用OSで使用する等であれば問題は無い事はわかっている。民生用ワークローダーとかでもな。別の用途に関しては研究続行で決定しただろう」

「そうですが、気がかりでもあります。盤古は何故停止を命じたのでしょう」

「いまだにわからん。ログ一つ残っていないのだぞ?」

「"奇妙な一文"を除いてですが」

「『貴不与驕期驕自来、驕不与亡期亡自至』、か。説苑の一文だな」

 

 高い地位にあれば、そのつもりが無くとも驕る気持ちが湧き、それは自ずと滅亡へ至るという意味の言葉。当時は、一種の警告のようにも思えた。しかし、盤古のライブラリには過去の古典の資料も記録されているので、バグによって表示されたのがたまたまその文であっただけだという結論はすでに出ている。

 実際、MS搭載用OSへ組み込んだ伏羲からは、そのような警告がなされた事は無い。

 AIの不具合は、あの一件以来一切発生していないのだ。すでに修正済みの問題と公的に発言するにためらいも無い。

 

「ともかく、プラント側に提示しても遜色ないカードはAIだけでは無い。積み上げてきた物の中に必ずある筈だ。模索させておけ」

「了解しました」

 

 そう言って、一度退出しようとする秘書を、リャンは呼び止めた。

 

「あぁ、そうだ。オーブの"小僧"からの使いは今どうしている」

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 ~ 『ミネルバ』・艦橋 ~

 

 

 全てが、悪い方向へ向かっていた。

 

 ギルバート・デュランダルは、船体から感じる揺れを味わいながら、眼前に見える宇宙のように暗い現実を噛みしめ、同時に立たされようとしている苦境の打開策を頭の中で必死に練りだそうとする。

 ブリッジの窓から見える遙か彼方で、花火が点いたり消えたりしている。最初は、彗星だと思いたかった。赤や黄色の色とりどりの彗星なのだ、と。しかしそれはただの現実逃避だと、時折ミネルバへ向かってくる流れ弾に嫌でも気づかされる。

 これまで、茨がくくられたプラント最高評議会議長の椅子に座って行ってきた努力が、水泡に帰そうとしているのだ。宇宙という、人類を受け入れてくれるかもわからない巨大な海の上に浮かぶ、母なる大地から離れた国。本来自然に生まれ出る所に手を加え、優れた資質を初めから持ち合わせた"新人類"の()()()

 

 宗教戦争の様相すら呈していた先の大戦を思えば、未だ『神』という存在が人類を弄んでいるのでは無いかとすら思えてくるから不思議なモノだ。

 

(神よ、もしご覧になっているのなら、お恨み申し上げる)

 

 ギルバート・デュランダルが最高評議会議長へ就任する前から、前途は多難であった。

 黄道同盟からザフトへの変遷、独立から先の大戦までに至る、コーディネイターとナチュラル過激派との闘争の歴史は、プラントという国家そのものの存続を考えてものとは、とてもでは無いが思えなかった。

 元をたどれば、プラントのコロニー郡は大西洋連邦・ユーラシア連邦・東アジア共和国という三国の工場だった。各コロニーで現在分担して産業が成立し、国として機能していられるのも、三国がすでに土台を整えていてくれていたからに他ならない。

 言ってみれば、従業員たるコーディネイターがストライキの果てに事業主から工場の実権を取り上げたものがプラントなのである。

 乱暴な言い方であるが、先の大戦終結に伴う『ユニウス条約』が存在する事によって、かろうじて国家という存在を認められているという、極めてあやふやな状況下にあった。条約という"国家間同士で交わされる協定"が存在するから国として宣言できている、首の皮一枚繋がっただけのハリボテ。

 

 それがプラントの置かれている現実だ。

 

 国民は、頑として聞き入れることは無いだろう。コーディネイターであるという、心許ないプライドだけで、世間が認めてくれる筈が無いのに。デュランダルが着手した、軍備を拡張せぬままに戦力を向上させ、大々的に喧伝する事で"ザフトは健在なり"と各国へアピールする。

 そこから、別途技術提携などの協定を結べれば、プラントの立場をより強固にできる。

 休戦協定という、いつ破られるかも定かで無いものを根拠に国を存続させるのは愚かしいにも程があるからだ。落としどころとしては、あの混沌とした情勢下では及第点とも言えようが、その先を固める事無く丸投げしてきたアイリーン・カナーバ前議長には、恨み言をいくつ言っても足りない。

 

 そして今、それらがおじゃんになろうとしている。

 

 ハッキリ言わせてもらえるのであれば、デュランダルは手当たり次第に当たり散らしたい程に怒り狂っている。無論、それは表情にも出せないし、口から言葉として出すわけにもいかなかった。今までの穏健派として固めてきたイメージ戦略が崩れる上、今ここでトップが取り乱してしまえば"示し"がつかない。

 故に、神を恨んだ。

 きっと、地球にいるであろう神父や牧師、イマームやラビといった宗教指導者達は、コーディネイターが主の御名を口にするなと激怒するであろうが、デュランダルとしても祈らずにはいられない。

 神は、乗り越えられる苦難しか与えないというが、嘘だと思うからだ。

 彼は知っている。このままでは、コーディネイターには先が無いという事を。遺伝学の権威でもある身から、悲観に暮れたくなった事もあった。自決を選ぼうかと思い悩んだ事もある。子供が作りづらいというのは、生命としてそれだけで危機的状況であるに他ならない。この先数世紀と立たずに、コーディネイターは種としての滅亡を迎える。

 その前に、技術革新をもって問題を解決するために、プラントを存続させなければならない。そのためには、国家としての存在をより固めなければならない。

 今を生きる者のプライドを守るためだけに破滅を選ぶのは、愚か者の選択だ。

 先々代議長、パトリック・ザラがその代表格とも思っている。ようやく、現状の理解も出来ていない過激派の政策から舵取りを奪えたにもかかわらず、コレだ。

 

「索敵を急ぎなさい。先行させたMS隊は、警戒を保ったまま引き上げ。バレル機はこれより出撃、付近に潜んでいるわ!」

 

 タリア・グラディス艦長の指揮する声が、艦橋に響く。

 "ボギーワン"と呼称する所属不明艦の反応がロストしたため、罠に引き込まれたのだと判断した。どこかに伏せている事を警戒し、レイ・ザ・バレルのザクを出撃させなかった彼女の判断が、正しかった。

 白いザクが、モニタに映る。一瞬、胃をわしづかみにされたような感覚に陥ってしまう。

 あれに乗っているのは、よく知っている人間だ。それを知っているとすれば、グラディス艦長と、彼の隣に座った女ぐらいであろう。

 

「議長、顔色が優れません。お部屋でお休みになられては」

 

 ミーア・キャンベル。今はこのミネルバの航海士である。

 彼女が、デュランダルの左手首の上に、右手を乗せて軽く握った。気遣ってくれているのだとわかるが、それは気持ちだけにしておこうと彼は思う。

 

「ありがとう、キャンベル君。気持ちは嬉しいが、私には議長として、事の顛末を見届ける義務がある」

「議長だからこそです。状況次第では直接戦闘となりますので、艦長室へ移動していただけませんか」

「しかし、持ち去られたのは"聖火の種火"だ。燃え移った先が油の海とも限らない。私は、プロジェクト主導者の責務を果たしたいんだ」

 

 本音を、包み隠さず言った。こういう時は、それが必要だと思ったから。確かに、国家元首が艦橋にいればやりづらいかもしれないが、艦長室で素直に報告を待てる程、慎重な人間では無いという自覚が、この言葉を言わせた。

 ただ、怒られるだろうなとも思っていた。現に、ミーアは彼にずずいと身を寄せてきた、周囲に聞こえぬトーンで、続ける。

 

「義父さん、お願い。今のプラントには貴方が必要よ、何かあったら遅いの」

 

 心を揺さぶる一言を使わないで欲しい、と彼は思った。彼女にそう呼ばれると、どうにも意志が弱くなる。甘えるのを許してしまいそうになり、表情を硬くする。

 それすらも、彼女には見破られているようだ。ミーアと、グラディス艦長が互いに目配せしている。これは、ダメだ。粘ろうとしてもこの二人であれば、どうにかして自分をより安全な所へ連れて行こうとするだろう。かえって邪魔になる。

 

「・・・・・・わかった、行こう。グラディス艦長、作戦の終了後、報告を頼む」

「了解しました、議長」

 

 ミーアに連れられ、艦橋を出る。先導する背を見て、ふと、十数年前の事を思い出す。

 あの雨の夜、この娘を助けた夜の事だ。あれを後悔はしていない。父と呼ばれる事の幸せを、同世代より一歩速く味わっている事は勿論、『道』を踏み外さずに済んだという思いもある。

 それを今深く考える訳にはいかないが、感慨深くもある。

 こうして、真っ向から義父のわがままにNOと言う娘になってくれたという歓喜と、事の顛末を見ていたかった好奇心を潰された事への怒りという子供の癇癪とが同居しているのだから。

 

「義父さん、昔から私やレイより好奇心旺盛よね」

「耳が痛いな」

「もうちょっと痛がってください。義父さんは、家の外じゃ"議長"なの、国家元首よ?」

「自覚はあるつもりだぞ。あの新型MS開発からして、初期から携わった。犠牲者も出てしまっている以上、責任者としてだな」

「指導者が前線に出て良いのは剣と弓の時代までですぅ」

 

 艦長室で、二人になる。人目の無い所では、父と娘でしかなく、こうなるとデュランダルは彼女にどうも言い返せない。

 

「全く、ミネルバに乗るって言い出した時は止めようと思ったのに」

「あの時はもうミネルバが一番安全な場所だったろう」

「そうだけど! 艦が出港する前に下船するとか出来たでしょ?」

 

 全くもってその通りだと思う。こうしてミネルバに残ったのは、一時の感情を優先してしまった自分の不始末である。ただ、今更どうこう言ったところで遅い。ならば安全と思える所まで乗っていた方がむしろ良い。

 本国のL5宙域から援軍として来る予定の、ジュール隊の艦で本国へ帰るという選択が、今のところ一番良い選択だろう。

 それがわかっているため、娘は怒りの矛先を父になかなか向けられていないようだ。

 だから、強く言い返す事もしなかった。

 

「後、オーブのお姫様はどうするの?」

「無論、本国まで一度お連れする。彼女とて、こうして戦場へ出るのは想定外だった筈だ。それまでは耐えていただくよりない」

「・・・・・・彼女は、"彼"に道連れにされたような気がするけど?」

 痛いところを突かれた。

「良いアイデアだと思ったんだ。変装は下手だった上、自分に正直で無いようでもあった。切り抜けるには最もベストと」

「起承転結の『起』に似つかわしい、劇的な演出と・・・・・・ハァ」

 

 娘がため息を吐いて、額に手を当てている。

 呆れられていると思うと心が痛むが、共に避難するだけで済ませるには、惜しいと思ってしまったのだ。先の大戦で名を上げたエースが、ここにいると思えば兵が奮い立つだろうと判断した。その時最も効果的に周囲を落ち着かせるに、良い手だったでは無いか。

 現に、立て直しは速く、こうしてボギーワンを追っていられるのだから。

 そう言えば、先ほどアスハ代表ともう一度話した時、娘の話題がふと出た事を思い出した。『あれほどそっくりな人間がいるのだな、驚いた』と言っていた。

 

 ラクス・クラインに、似ている。

 

 それは、ここ数年の間でデュランダルも考え始めていた事だ。

 メディアに登場し始めて、歌姫として周知されていく中で、彼女を知った。おそらく、ミーアの顔を見てそういう意味で驚いたのも、彼が最初だったろう。テレビに流れる彼女の顔を見て、自宅で自分を迎えてくれた娘の顔を見た、あの日をよく覚えている。

 文字通り、生き写し。

 一般市民からすれば、奇跡の偶然と言うだろう。しかしデュランダルにとってみれば、恐ろしい仮説を心中へ生み出すに十分すぎる威力があった。背筋に、つららを直接突っ込まれたかのような、恐怖と不安。それは、娘には言っていない。

 

(言えるはずも無いだろう、ラウ)

 

 今は亡き友の顔を思い浮かべながら、デュランダルは娘の小言に聞き入った。

 

 

 

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