機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ デブリ帯・ミネルバ艦内 ~
耳を疑うとは、まさにこういう事を言うのだろう。
ミネルバの艦長室に集まっている面々の顔には、こぞってまだ現実を受け入れられず拒否する感情と、怜悧に次の一手を考えてしまう仕事人の表情がない交ぜとなっていた。苦虫をかみつぶしたような顔をするデュランダル、血の気がやや失せているタリア。そして、苦悶と憤怒によって気分が乱高下しているカガリ。
アスラン・ザラは、そんな彼らを余所に、妙に落ち着いている自身に驚き戸惑っていた。
舞い込んできた凶報に、最も衝撃を受けて然るべき人間であるにも関わらず、だ。はらわたをかき乱されるような痛みが心を蝕んでいるのだが、それでもなお心の臓が鼓動を変えるに至っていない。
「ユニウスセブンが、動いている」
再確認するように、カガリが口にする。かつてはスペースコロニーとしてこの宇宙空間に浮かんでいたモノの一つ。二年前、開戦の火ぶたを切る切っ掛けとなった『血のバレンタイン事件』の舞台であり、アスラン・ザラの母がいた場所。つまりアスランにとってみればそこは、宇宙という大海に浮かぶ母の墓標である。
それが、地球への落下軌道に入りそうだという。プラントを形成するコロニーの陸地部分は、直系約10㎞だ。それがそのまま地表に落下するという事がどういう事態を招くのか、想像するに難くない。
白亜紀末期、恐竜の次代にメキシコへ落下した飛翔体の直系と大体同じ。
そう言えば、事態の深刻さが解ろうというものだ。質量が違うから厳密には違うものの、衝撃波が地球を三周すると言われる核爆弾の
衝撃波がいかほどなのか、巻き込まれる規模がどれ程になるのか、イメージする敷かない。恐竜が絶滅した原因の一つとも言われる程の衝撃が地球を遅う事になる事だけは言える。何処に着弾する事になろうとも、巻き上げられる粉塵の量から見て気候変動が起こる事は避けられず、陸地であれば周囲数百㎞規模が消滅するであろう。
太平洋・大西洋・インド洋、どこであっても高さ300m規模の津波が発生する。
人類史上未曾有の大災害に直結する事になるのだ。それが解っていてなお、アスランの脳は冷静だった。自分でも不思議になる。"人事"と片付けようという、冷酷な非人間的発想によるものではなく、ただただ一つの答えが脳裏に浮かんだからだ。
「代表、コロニー程の質量を持つ物体が、自然と落下軌道に入るとは……」
「自然的な作用では無い、と言いたいのか?」
「人為的なものと思って、差し支えないかと」
「そう発言するからには、自信があると見て良いのかな?」
カガリに向けて言った言葉ではあるが、眼前に座るデュランダル議長と、グラディス艦長にも聞こえるように発言したつもりだ。
アスランは、カガリに目配せする。もはや隠し立てする必要は無いが、立場上アスランはカガリの私的な護衛。公人相手の発言となれば、艦長室という場であれ気を配らなければならない。デュランダルも頷いたため、アスランは続ける。
「隕石の衝突といった自然現象であるとするのならば、コロニーを動かす大質量の物体が衝突した事になります。しかし、そのような代物をプラント本国の軍本部が見逃すはずがありません」
「考えれば、可笑しな話ね」
「まして、地球にはNASA・OKB等の後進組織があります。
それらの"眼"をすり抜ける巨大隕石がありましょうか?
考えられるとすれば、『大質量を動かす推進装置』を使う他無いかと」
そう言って、アスランは一度口を噤む。正直な所、外れて欲しい憶測だった。一体何処の誰が、あれ程の物を地表に落とそう等と考えるのか。余程の愚か者か、信じがたいほどの狂気を孕んでいる賊の類いなのか。我が父、パトリック・ザラの顔が浮かんでしまった事が、何より腹立たしかった。父がもしと考えてしまうと、否定出来ない事が。
「アスハ代表。心苦しいが、我々プラントにとってもこの凶報は外交上最優先に解決せねばならぬ事態です。このミネルバにも、ボギーワン追跡の中断をやむを得ず命じました」
※※※※※※※
~ ミネルバ艦内 ~
戦闘を終えた直後の、僅かな休息。そんな貴重な時間までも、入り込んだ凶報に踏みにじられ、シン・アスカの機嫌は休息に冷えていった。レジャールームで気分転換でもしようかと思った矢先の事である。いつでも、戦闘態勢に移行できるよう待機。それが命令。
喉の渇きを潤すことは出来ても、先の戦闘で受けた心の澱みを晴らすことがまだ出来ていない。
一人、いなくなった。
デイルが死んだ。その重みが双肩にひしひしとのしかかってくる。元々隊長では無かったとは言っても、読み間違った自分の責と思っている。その傷口からまだ血が流れている気すらしているのに、立て続けに事が起こりすぎだ。
「"地球滅亡"って、いまいちピンとこないな」
メカニックの同僚たるヨウランが言う。レジャールームに詰めていた面子は一様に同じ感想を持っているようだった。
窓の向こうに見える、巨大で青い人類の故郷たる地球。それを見ていると、この巨大なものが人の住めない星にあっという間に変わりかねない事態が起こったのだと言われても、一口に呑み込めないものである。
しかし2年前、その一歩手前まで行った事も、この場の皆は忘れていない。
「そーなるとさ、不味く無い? プラントだけじゃ廻らないだろ、
もう一人のメカニック、ヴィーノも続いた。プラントはいかに工業国家としてようやくの自立を歩み始めたといっても、『自給率』を考えれば地球経済圏の影響をもろに受ける立場である事は変わらない。
地球がもし、急報通りの事態が最悪の形で進めばどうなるか。
「地球にしかない資源、あるじゃん。それら無しでプラント、やってける?」
「……不可能だ。プラントの一部産業は死滅するし、食料生産にも支障がでる」
「プラントの食糧自給率、十二分にあった筈だよね」
「それを維持するのに地球の資源は必要だ。『土』は宇宙ではとれない。
二毛作が発達したように、土も命だ。休ませるためには新しい土がいる」
「あれ、プラントももしかして、詰む?」
「地球の滅亡とイコールだ、このままでは」
レイが追い討ちした。
コーディネーターのコロニー国家、いわば最先端技術の終結場とも言える場所ですら、食糧難や資源不足に追い込まれ、自滅するのは見えている。詰まる所、自分達も餓死しうる未来が待っているのだ。
重苦しい空気に包まれている中、いたたまれなくなりシンは部屋の外に出る。
脳裏に甦るのは2年前の記憶だ。未だに悪夢として夜に苦しみと共にやって来る巨大な爪痕。焼き尽くされた大地、焦げ付いた大気。そして蒸発していく人々の光景。今のシンを彼たらしめている、心中ずっと燻っている消えない炎。
地球が、アレ以上の厄災に襲われようとしている。
そう思うだけで穏やかではいられない。動揺している同期達をなだめるのはレイに丸投げして、自分は一旦廊下の向こう、MSデッキに近い場所へと移動を始める。こういう時は、格納庫近くでオイルの匂いを嗅ぐに限る。
「「「 ――あっ 」」」
その時だった。廊下の角で、丁度艦内にいると聞いていた"かつての故郷"の代表。
カガリ・ユラ・アスハその人と出くわした。その後ろには、アスラン・ザラの姿も見える。視線の向こうは、艦長室がある方角。
成る程、デュランダル議長達と話していた訳か。そう思えば納得だ。
シンは、思っている以上に自分が落ち着いている事に驚いている。なるべく顔を合わせないほうが互いに良いと思って、艦内で話題に出している同僚達の会話にも混ざらなかった。同期達は、故郷でシンがどんな目に遭ってプラントへやって来たかを知っている。だから気を遣ってシンにも話を振らなかった。
シン・アスカは、『アスハ』の話題を徹底的に忌避するからだ。
それこそミネルバに議長とアスランの姿を視認した直後、付近でアスハ代表の話をしたクルーに対して、ヨウラン等が制止に入った程。
ただ何故シンがアスハの話を避けるのか、彼らはしらない。
「
「……
カガリの眼が、驚愕で見開かれる。シンはばつの悪そうに視線を背け、姿勢を正した。思いも寄らない会い方に戸惑って、咄嗟に
つまりはこういう事である。顔見知りであったから。それも結構な昔から。あの大戦で関係が一気に変わったと言うより、シンが一方的に距離を取ったに等しいが。オノゴロ島での一件以来、オーブのおの字すら忘れようと思っていた彼にとって、聞こえてくる知人の名前は嫌でもあの光景を想起させるから。
嫌いになりたくなかったから、距離を置いたのである。
「失礼いたしました、今は『アスハ代表』であられましたね」
「居直らないでくれ。皆の前じゃ無い、それより――」
カガリは、思わずシンの肩に手を置いた。
「プラントに行ったと聞いていたが、ザフトに……軍に入ったとは。
手紙の一つくらいくれても良かったじゃないか」
「知り合いですか、代表」
「あぁ、二年前の大戦以前から。本国のモルゲンレーテで、何度も会った」
それは事実だ。シンの父は、モルゲンレーテの本社で何らかの研究に携わっていた。その関係で、仕事場に連れて来てもらった事がある。その時に、快活すぎる女の子に出会った。それが今のカガリ・ユラ・アスハ。
当時は振り回されたものだった。ウズミ代表の子だという事も知らなかったから、自分と同じように親が此処で働いているんだなぁと漠然と考えて接していた。同年代の友人がそう多くないのか、顔を合わせる度に遊びに付き合わされた事はよく覚えている。さっきの呼び方も、その名残。
「……顔を向けてはくれないのだな」
「いえ、そういうつもりは。申し訳ありません」
「かまわない。その、ご家族の事は聞いている」
ここで立ち話もおかしい話だ。かといって今、同期の詰めるレクルームという訳にもいかない。だからベンチのある一角で、かるく言葉を交わした。昔のようにはいかない関係になってはいるし、事情を思えば言葉も選んでしまうが、知った顔というのはそれでも安心する。
「トダカ一佐から聞いたよ。オノゴロ島の事は。やはり、そのせいか?」
「……はい。そんな所です」
何ともぎくしゃくした会話だ。こうなるくらいならいっその事、顔を合わせない方が良かったかとも思ってしまう。しかし、昔なじみからの気遣いが身にしみるのも事実だったから、シンは素直にそれに甘える事にする。
「聞いた時には既に、お前は
「一秒でも長くいると、あの時俺は自決してましたから」
カガリは哀しそうな眼をして、シンの顔を見る。そういう顔を知人にさせたくはなかったが、心中で渦巻いている怒りの方が首を出し始め、自制する事に忙殺されている。彼女の事は好いている、無論親愛という意味で。だが父親のウズミ代表に関して言えば、よく知らなかったが故に怒りが大半を占めている。
迂闊に口を開くと、彼女の父親を罵倒しかねない。ただ他ならぬ彼女も父を失った側である。それが解っているから、感情の振りまき方がわからなくなる。彼女もそれを察しての事だろう。少しばかり、返答に困ったように頬をかいた。
「実を言うとな、さっき再会した時、面罵されるものだと思ったんだ」
「……して欲しかったんですか?」
「されて嬉しい者はいないだろ。だが、されて当然な事をしたとも思ってる」
「なら、遠慮無しに言いますが、今メッチャそうしたい気分ではあります。
だけど"カガ姉ぇ"にする気になれるかって話になると別なんで」
シンも、言葉のやり場に困る。拳を振り下ろす先がもう無いのだから。
父親への怒りを娘にぶつけるのは筋違いも良い所だ。これがかつての儒教国家であったなら、親の罪は子の罪と、一族郎党へ復讐に走ったかも知れない。だがシン・アスカは現代ッ子だ。今の価値基準で育った青年なのだ。
父である龐徳を殺害した武将、関羽の一族を悉く誅殺した龐会とは違う。
かつて、幼少期を共に過ごした女の子を、立場もわきまえずに面罵するような精神を持ち合わせてはいない。
「貴女は今、俺の想像できない所で戦ってる人でしょう。
俺も、あの頃を吹っ切れるような生き方をしたい。だから軍に入ったんだ」
憎しみのぶつけ合いがどうの、と口にしたら、沸点を超えるかもしれない。
シンはそう思っている。武力というのはあくまで最終手段。それは痛いほど解っている。しかし2年前、いや…それ以上前から人類はその一線を越えたまま時を過ごしているのだ。話し合いの結果暴力が選択され、暴力装置たる軍が動く。
ただ、今この地球圏上ではその"話し合い"が省略されているのだから始末が悪い。
交渉するテーブルが破壊されている以上どうせよという話だ。
そのテーブルを修復するのが政治家の今の仕事で、カガリ・ユラ・アスハはそのために今、狐狸が跋扈する政界の中にいる。彼女にしかできない戦いだ、それは。一介のMS乗りに過ぎない自分が何が言える?
「カガ姉ぇは責める?」
「今の私には、その資格は無いさ」
「じゃあいつか時間ができて、オーブに行く勇気が俺に湧いたら、飲みに誘ってよ」
精々今の仕事の愚痴くらいだろう。
ようやく、あの頃のようなトーンが喉から出た。ほんの僅かばかりだが、安心した表情をする知人。これだけでも、話せて良かったかなとは思う。
「良い店を見繕っておく。機会が来たら連絡してくれ」
「代表、そろそろ」
付き人、未だ公にはアレックスで通している男がカガリの耳元で囁く。
「彼にも、待ち人がいるようです」
「「 えっ? 」」
思わぬ言葉が続いて出てくる。シンは、カガリとアスランがいる向こう側、廊下の角から見える赤い髪の毛を見て、背筋が寒くなる。あの角から見ると、おそらくアスランはぎりぎり死角になって見えない。
つまり、自分とアスハ代表が二人きりで何か親密な話をしているように見える筈だ。
カガリも振り返って、角からぴょこりと見えている赤い髪を見る。アスランの顔と交互に見て、意図に気づく。
「シン、君もそういう人が出来る歳か」
「……やめてください。まだそういうんじゃあ」
「ふふふ、"まだ"…か」
「げっ!」
頬を熱が昇ってくる。表情が一気に崩れたシンの顔を見て、もう一度カガリは安心したように頬を緩めた。こう見えて、あの頃は弟分として施設内を連れ回されていた。あの頃にほんの僅かな間戻れたような、そんな空気がここにある。
「すまなかった、時間をとってしまって。あの娘の所に行ってやれ」
「……う……ぐぅ」
ぐぅの音が出た。しかし、沈んだ気分が少し楽になったのも事実である。アスハという姓に思う所はあるし、それを禍根と言うのなら否定もしない。だけど彼女個人を嫌って遠ざける理由としては弱い。
シンにとって"カガ姉ぇ"とはそういう人だったから。
二人が、赤髪の待つ角とは逆の方向へ去る。あてがわれた部屋で休むと言いながら。その背中を見送ってから、早足で、赤い髪が見えている角をのぞき込む。
ルナマリア・ホークが、むくれている。頬を膨らませ、こちらを見まいと顔をさげて。
「あの~、ルナマリアさん?」
「何ですかぁ? アカデミーの頃からモテモテの王子様?」
「はい? 俺が何時モテた? 確かにラブレターは一回貰ったけどそれきりだって」
「実行されたのがその一回だけなの、女子の間じゃレイとの2トップだったんだから」
「何それ知らない。もっと早く教えて欲しかったんでスけど。
それに、
「 ……は? 」
痛恨のミス。踏むマスを間違えた。
シン・アスカという青年の脳内だけ、コンディション・レッドが発令される。目の前にいる少女の目に宿った『鬼』を幻視してしまった。後ずさって、すぐ後ろの壁に阻まれる。奥の方に、レジャールーム。皆はそこにいる。逃げようにも目の前には赤鬼がいた。
「待て、待ってくださいルナマリアさん話をきいてください」
「"姉ぇ"呼びぃ? ……随分とお仲がよろしいようで」
「幼馴染みってだけなんです」
両側を、ルナマリアが突きだした腕でふさがれる。
普通、"壁ドン"というのは男子がやるものでは無かったか? 等と考える暇はおそらく残されていない。どうやってこの場を切り抜けようか。下から見上げて来ているのは、紛れもなく悪鬼と化した同僚だ。何故ここまで怒るのか、理由はハッキリとはわからない。
「……呼びなさい」
「……は?」
「私もそう付けて呼びなさい、今すぐ」
意味がわからない。確かに彼女は自分の一つ上である。アカデミー入学のタイミングが同じだったから同期となっているだけで、人生というくくりで言えば確かに1個先輩という事になるのだろう。
まぁ、この場を無事に切り抜けられるというならば、言って損するものでも無い。
「……る、"ルナ姉ぇ"?」
全身にぶちまけられたオイルへ火を灯されたかのようだ。
強烈な羞恥心に襲われ、足の先から頭の頂点に至るまで、一個の火の玉と化したように熱さに見舞われる。この場を離れたい。いや、でも凄く眼下から心地良い匂いも漂ってきて、気が変になりそうである。
「ほ、ほ~ぅ、ほふぅ~ん」
それはルナマリアも同様であったらしい。髪の毛ほどではないが、頬が真っ赤になっている。身をよじらせて、その身に襲いかかっているのであろう羞恥心を振り払おうと必死になっていた。
「や、やっぱこの一回で良いわ、うん」
「ふっざけんなよ」
この同僚にも振り回されるなぁと、内心思いながらもこういう時がある事自体、救いにも思えるのは不思議だ。自分が回復できている証拠であるから、喜ぶべきなのだろう。
ただルナマリアは、こういう振る舞いをする為だけに此処に来るような子でも無い。何か自分に伝える事があるから呼びに来た筈である。
「で、俺に何か?」
「あっ、そうだったそうだった。動いているユニウスセブンへの対処、決まったって」
「作戦会議がこれから始まるなら、最初に言ってくれよ」
「指示があるまで待機だけどね。『砕く』事になったわ」
砕く? そう言ったのか?
直径約10㎞の巨塊である。たとえ核ミサイルでも表面を剥がす結果で終わるだろう事は想像に難くない。一体全体どうやって?
「宇宙デブリ破砕用の器具を投入するってさ。『ジュール隊』の皆さんが来る」
つまり、先の大戦で名を馳せたエースが数名揃うことになる訳だ。
先ほど廊下の奥に消えた男の背を思い出しながら、シンはルナマリアに連れられて皆の所へ戻った。