機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~   作:松ノ木ほまれ

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第16話

 

 

  ~ 太平洋上 ~

 

 

「あれが、『オーブ』。ヘリオポリスを造った国かぁ」

 

 ダバオから出港していた定期便、洋上を行く小型フェリーの甲板で、一人の女性が水平線上に見える島国を見、一人つぶやいている。

 照り返している太陽は女性の肌をうつしだしていた。その人物は、体表の6割強を非道い火傷の跡が覆っている。しかしそれを恥じるでも無く、タンクトップと、ダークブルーのダメージジーンズを穿いていた。払い下げ品のやや古びたブーツを履き、ブラウンのナップサックを背負っている。

 ワインレッドの髪の毛も、やや歪な髪型になっていた。

 右側がロングのウルフカットに仕上げたツーブロックだったのだ。人の眼を長く引かないのは、火傷の跡とそれによる髪への影響だと見れば解るからである。

 

 顔も3分の1程火傷跡が散らばっていて、元が整った美少女だったろうと解るだけに、観る人を選ぶ顔となっていた。左頬から左目元にいたるまでのケロ○ド、そして治療のため剃った後、まだ生えそろっていない左方の髪。それを誤魔化す為のツーブロック。先の大戦もあって、怪我人も圧倒的な数が出た、故にそうとわかる部分は誰も突っ込まない。

 

「……会えるかな、他の顔見知りに」

 

 胸中に抱いている希望を述べながら、フェリーの自販機で購入したジュースを一口含む。

 太陽の下で飲むコーラは最高だ。2年前はこんな余裕すら無くなっていた。戦争がそうさせたとも言えるし、自ら進んで余裕の無い道へ突っ込んだとも言えるから、女性としては自分がここまで回復できたのは奇跡だと思っている。

 

「彼は……彼の事だから、立ち直れてなさそうね」

 

 脳裏に浮かぶ人物の顔。それを思えばやりきれない気分にもなる。

 2年間、治療とリハビリと訓練に時間を費やしていて、戦後の知人達の足取りを追う時間も無ければ精神的余裕も無く、かつ資金も無かった。父は有力者であったが、先の大戦の混乱期を経て、残されていたお金も復帰までにあらかた飛んでいたし、政界の常か既に実家の血縁者は殆ど失脚していた。

 1から出直す良いタイミングだったのかも知れない。

 故に、残った親族の反対を押し切って、亜細亜にやって来た。

 実家との繋がりもコレで殆ど無くなったに等しい。"父親の仇も討ちに行こうとしない親不孝者"と、去り際に吐き捨てられた事は未だ覚えている。『ならアンタが今から軍に入隊すれば?』と言い返した所で、五月蠅くなることしか出来ない奴等だ。気にする価値も無い。

 

 < 左の道をお進みください―― >

  < ご乗船ありがとうございました。良い旅を―― >

 

 アナウンスが何とも小気味よい。周囲の喧噪を聞きながら、着港したフェリーから下りる。港は、奥で慌ただしく作業員達が行き交い、入国手続きでごった返す人々。早々と入国できる者もいれば、長いこと待たされる人と悲喜こもごも。彼女自身、時間を取られるのでは無かろうかと危機感を抱いていた。ただ、その心配は無用だったらしい。

 東アジア共和国のパスポート保持者は、何故か通過するのにさほど時間を取られなかったからだ。理由は深く考えない方が良いかもしれないと、彼女のカンが囁いている。

 

 Prrrrrrr

  Prrrrrr

   Prrrrrr

 

 手持ちの端末に着信。時間通りと言えば時間通り。入国審査を通過して、港を出たタイミングの事だった。なんとまぁ狙い澄ましたかのような連絡ではないか。

 

「はい、こちら"紫龍"」

< こちら"黄龍"、無事オーブに到着したかな? >

「ご丁寧にどうも。たった今空港を出た所です」

< それは何より。大きなトラブルは >

「ありません。今の所は順調な船旅でしたよ? お土産は何がいいでしょう」

< 土産は考え無くて良い、仕事を完遂しなさい。

  情報が確かであれば、その"オーブ本島"から"アカツキ島"にかけての範囲に

  "目標(ターゲット)"は隠れ住んでいる。発見した場合は >

「観察と報告。あわよくば接触、勧誘」

< 最後は一縷の望みだが。健闘を祈る >

 

 簡単に言ってくれるなぁ。

 女性は内心声の主に毒づく。標的といった所で、例え島国とて人間一人の身体にはこの小国オーブですら手に余る広さではなかろうか。体よく面倒臭い任務に放り出されたとしかこの数日思っていない。

 二つ返事で了承した先月の自分をぶん殴りたくすらあったが、後の祭りという奴だ。

 まぁ、一時の楽しみとしてオーブ観光を楽しみつつ、思い出と向かい合う時間をもらえただけありがたいと思わなければならない。

 ウェストポーチに入れていた、一枚の写真を取り出す。実家に定期的にデータを送っておいて良かったと、唯一思えた"かつての思い出"。

 

 オーブが建造した『ヘリオポリス』、そのカレッジに通っていた頃の写真だ。

 

 もう取り戻せないあの日々に思いを募らせるが、今更悔やんだ所で帰れはしない場所。

 

 その中の、茶色の髪を持つ少年の顔を見る。今もなお、胸中に脇き出るこの思いは変わらない。もし機会があれば、2年前に言うタイミングを失った言葉を伝えたい。

 

 火傷で歪んだこの顔だが、彼は気づいてくれるだろうか。

 

「会えるかなぁ……『キラ』」

 

 

  ※※※※※※※※※※

 

 

  ~ オーブ首長国連邦・市街地 ~

 

 

「ねぇ、次は何時来てくれるのぉ?」

「僕の気が向いたらね」

 

 首元に絡みつく両手を優しく解いて、キラ・ヤマトは少女の首元に口づけする。

 昨夜は、この少女が住む部屋で一晩過ごした。何時もの火遊びである。理由としては至って簡単なもので、あの浜辺の家に帰りたくなかったからだ。日に日に、針のむしろの上で寝るような感覚が強くなっている。マリュー・ラミアス、そしてアンドリュー・バルトフェルド等は気づいていない。

 わかってしまうこの身を呪う毎日だ。そう、呪い。

 

 『人の夢! 人の望み! 人の業!』

 

 脳裏にこびり付いている声が、毎日のように夢の中で響く。悪夢を見ていても、うなされ汗まみれになって起きることが叶えばまだ楽だったかもしれない。しかしそれもこの体では出来なかった。

 心が沈んだまま、静けさの中で目を覚ますのだ。気分は表に出さないが最悪だ。

 こうして、気を紛らわす為に町で遊んでも、心は晴れずに霧の中。夜と共にあの頃の出撃アラートがまるでサイレンのように脳裏で鳴り響き、悪夢の世界の中へ引きずり込まれる。

 

 2年間。2年間だ。

 

 きっと世間では、もっと長い期間こうして苦しんでいる人はいるのだろう。

 もののたとえで『世の中にはもっと~』という単語を使う人はいる、しかし苦しんでいる当人からしてみれば『それがどうした』以外の感想が浮かばない。

 今もなお、この手にかけた人々が夢の中で自分を責め立ててくる。何故のうのうと生きている。さっさとこっちに来いと怒号を挙げて罵ってくる。

 

助けて……フレイ……会いたいよ、助けて

 

 最も自分を罵る資格を持っている人は誰か。

 そう問われればキラは今もなお【フレイ・アルスター】と即答出来る。彼女はこの2年間、悪夢の中にすら現れてくれない。彼女になら、幾ら罵倒されてもかまわないとすら思っている。

 毎夜の如く業火に焼かれているこの呪いも、彼女が現れてくれるなら苦痛にもならなかったろう。しかしそれも叶わない。

 多くの人々で行き交う繁華街を進む。柔和で端正な顔つきに()()()()顔のためか、多少のさみしさを紛らわす事は容易だ。道をこうして行くだけで、女性の多くは振り向いてくる。中には声をかけてくる者もいる。先ほど口づけした少女もその一人。

 

 墜ちるところまで墜ちた。

 

 そういう自覚はある。負のスパイラルという奴だ。自己肯定感などとっくの昔に消え去った。歪んでいたとはいえ、愛していた少女を守れなかった己の何処を肯定せよというのか。人類史上最悪のエゴを持った男の願望のもとで生まれたこの身体を、如何にして受け入れろと言うのか。

 

「貴方は正しかったよ、ラウ・ル・クルーゼ」

 

 路地裏で、絡んできたチンピラの顔面を蹴り潰しながら、独り言を零す。女のような顔をしやがってと言いながら、ナイフと拳銃を突きつけてきた、語るまでも無い連中。よそ者であったらしい。長くこの繁華街にいる者は、キラに手を出すことを絶対にしなくなっている。()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

「僕はもう、何処にも安息の地が無い」

 

 あの孤島の家は、牢獄としか思えない。だから帰りたくない。

 僕は何処に行けば良い? 何処にいれば良い? 誰も答えを持っていない。自分で見つけようにも、このオーブから出る事は叶わない。きっとカガリが許さないし……

 

 「()()()()()()()()()()()()、キラ」

 

 絶対に見つかるからだ。今、ちょっとばかり血なまぐさい光景になっているこの路地を見ても、声色一つ変えずに近づいて来る一つの影。いつからそこにいた?

 足音一つしなかった。やはりまた、何時もの眼をしている。キラの体表を見て、頭からつま先までをしげしげと眺め観察するような眼。スキャニングしているようにしか見えない挙動。

 

「昨日朝から、体温が少し上がっているようです。食事は何を?」

「それ、答える必要ある?」

「大いに。健康を損なえば、ご両親も悲しみます」

「……戻ればいいんでしょ」

 

 ラクスの表情が変わらない。それが恐ろしい。お世辞にも、健康的な毎日は送っていないと思う。如何にコーディネーターと言えど、不摂生が身体に毒である事には変わりが無い。むしろ自分からそちらに進んでいるとも言える。

 それを、ラクスは許さない。近づいてきて、身体に触れた。心拍数、体温を、血流を見ている。一日一日のキラの体調を"管理"しているのだ。

 

「油モノの臭い。フライドチキンを4つ、ポテトを1山。

 コーラ・エキスの香り。1.5Lを1本。後は、女物のリップの臭いですね」

 

 気味が悪いほど正確だ。先ほど後にした女の家で口にしたもの。ヤる事をやってからいただいたものだった。ジャンキーで、カロリーの多い健康度外視のフード。時折食べたくなる魔性の魅力には、キラも勝てないのだ。

 ただこうして、夜遊びに出歩いた時もラクスは決まって()()はしない。健康を害するポイントを責めるだけだ。

 

「その分()()はしたようですが、抑えてください」

「たまには食べたってバチは当たらないよ」

「頻度の問題です、3日前は中華麺と飯物でしたね。

 健康とコンディションはベストを保ってもらわねば」

 

 気を遣ってくれているのだとはわかっている。だが言い方が解せない。

 "貴方の身体が心配なんです"という、可愛げのある言葉であればまだ耳を傾けようというものだが、彼女の物言いは何ともフラットなのだ。何時もの調子を崩すことは決してしない。驚く事も無ければ、嘆くことも無い。

 キラは彼女に伴われ、迎えの車に乗る。これにも慣れたものだった。危険な出歩きと、彼女の出迎え。大戦の傷が少し癒え始めた頃から始まった、遅れてやって来たキラの反抗期。母にはきっとまた叱られるのだろう。

 しかし今日は少しばかり車内の雰囲気が違った。

 

「その様子では、ニュースも見ていないのでしょう」

「……またどこかで反連合系のテロ? それとも民族紛争?」

「貴方から見て右上の宇宙(そら)を見ればわかりますよ」

「右上って、一体何……が……っ!?」

 

 今日も蒼空のみずみずしい青さすら忌々しいと思い始めていた。そんな感情も、窓の外に見える風景、その奥に鎮座している物を見た瞬間に、思考の彼方へ追いやられる。"鉄のボウル"が、視界の向こうに見えかけている。

 まだ小さくはあるが、地球の表面から見上げたとき、あの大きさに見えるのは極めて不自然。そう言い切って差し支えない代物が何故か視界の先にある。

 

「壊れたコロニー? あれは、【ユニウスセブン】? 何故……」

「動いています、地球への落下軌道に」

 

 耳を疑った。隣に座っているラクスを見やる。表情は一切変わっていない。

 空恐ろしい。そう言う他に何と思えば良いのだろう。直径約10㎞の質量が地球に衝突した場合の被害は、2年前の大戦とも比較にならない大規模なものとなる。恐竜時代の終焉が再来、と評しても良いかもしれない。

 何でそんなに落ち着いていられる?

 だから、家に帰りたくないとも言えた。ラクス・クラインと顔を合わせてしまうから。彼女に対して抱き始めている疑念と恐怖、そしてそんな事を考える自分への嫌悪に耐えられなくなる。

 

 そんな事はお構いなしに、彼女は続ける。キラの気持ちは慮らず、分析をただ冷静に。

 

「間も無く、プラントは破砕に動き出すでしょう。大気圏突入への落下はもはや避けられないですが、小惑星破砕の機材を用いれば砕く事は可能です。()()()()()()()も3割以下に押さえ込む事が……」

「十分って、墜ちてくるのはコロニーだよ。シェルターが吹き飛ぶ事だって」

「それは起こりえません」

 

 何故そんなことがわかるのか。それ程までにZAFTが信用をおけると思っているのか?

 それとも破砕される事が分かりきっているからなのか?

 車の外、街々を行く人々は足を止めていたり、足早に帰宅を始めている人々が見られた。冷静な人間は一人たりともいない。家族や仲間と連絡を取り合っていたり、ニュースに釘付けになっている人の横顔が見える。

 ただこの車の中で、横に座っている人物を除いて。運転手ですら、この後の避難の事を考えているとしか思えない顔色をしている。

 

 ただ一人だけ、この未曾有の事態を何処吹く風と受け流している。

 

「落下軌道、大凡の落下速度と、砕かれた破片の大きさ。大気圏突入時の"圧縮熱"により焼失する破片を考慮すれば、このオーブが危惧すべきは破片では無く"波"になる。シェルターで十分です」

 

 キラはそういう意味で言った訳では無い。

 だが彼女はそれをくみ取らない。言葉の表現から、自分達が被るであろう被害に対しての答えを述べてくる。聞かれた範囲以上の事を読み取って答えてくる事が無い。それに、オーブが被る被害は少なめで済むと言ってのける事もさることながら、あのコロニーが砕かれる事を何故確信出来るのかもわからない。

 

「今の宇宙軍はそんなに優秀?」

「プラントの現体制、デュランダル議長の手腕は侮れません。

 アレがかの位置に見えるならば、既に行動に移しているでしょう」

 

 車の天井を見上げながら、ラクスはそう述べる。彼女がそう言う程であるのなら、プラントを今収めている人物は相当な方なのだろうとは素直に思う。こういう人物評において、ラクスは色眼鏡で語る事をしない。

 キラは、積極的にニュースを見る事もしなくなっていた。外の情報をこうして人を介して聞いているのは危険だと解っているが、億劫なのである。終戦後、自身が駆った【フリーダム】をはじめとした、仲間達への論評。嫌でもニュースやインターネットを見ていれば眼に入ってくる。好意的な意見だけでは無く、批判的な意見も。

 それらを聞く事も辛かった。見たくなかった。そのため遠ざけた結果、習慣になってしまったのだ。

 

「お母上と、導師、子供達を避難させましょう。シェルターには隠れる必要があります」

「……戻ったら、母さんと導師は僕が」

 

 子供達はラクスが避難させて欲しい。そう告げるキラではあったが、内心は穏やかでは無い。これから起こるであろう大混乱への道筋が見えてしまう。原因が何であれ、どれ程被害を抑えたとて、あれ程の物体が()()()()()()()()事は無い。

 どこかでまた人が死ぬ。これからも死ぬ。そう思えてしまうのだ。先の大戦もそうだった。ドミノ倒しのように、起こってはいけない事が起こり、行ってはいけない道に迷い込んだ袋小路の果てが、『ヤキン・ドゥーエ』だったでは無いか。

 

 もしかすれば、またも大乱の火種がどこかで捲かれたのかも知れない。

 

 そう思うと、これまでの気晴らしすら無駄だったのでは無いかとすら思えてくる。沈んでいく気分を引き上げてくれるものが、身の回りには無い。

 

 隣で座っている人物は、うなだれるキラの横顔を見ている。

 

 その表情には、未だ変化は無い。

 

 

 

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