機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ オーブ首長国連邦・オノゴロ島 ~
「・・・・・・蒼い」
シン・アスカは、頬に打ち付ける熱風を感じながら、天高く広がる青空を見上げていた。背中の下には、熱を持った鉄と土がある。身体の節々が痛み、動かすことも難しい。意識も、まだ朦朧としている。自分が何故、こんなとこで寝転がっているのかを思い出すのにも、少々の時間を要した。
(そう言えば、父さんと母さんが避難しようって言って)
近頃、自宅の中も空気が張り詰めていたように思う。
彼の住んでいるオーブ首長国連邦は、列島を国土に持つ南半球の国だ。地球上において、遺伝子操作を受けた人間【コーディネイター】が居住する事が出来る、数少ない国でもあった。そして、普通に生まれた人間・ナチュラルとの、一種の宗教戦争の様相を呈している現在の世界大戦に、オーブも戦火に呑まれようとしている。
そうニュースで報じていた事を、シンは思い出していた。
彼の父と母も、オノゴロ島に設置された軍需産業に勤める技術者である。その両親の間でも、今のうちに疎開すべきでは無いかと話し合っていた。シンの妹・マユが小学校を卒業するかという時に、友達と分かれるのを嫌がっているといった理由で、両親の意見が割れていた。そして、自分たちが関わっている仕事が遠因の一つであるとかで、母が父を責め立てていた。
戦争が我が身に降りかかって来る事が、現実味を帯びてきている。
それは、いかにまだ子供であったとは言え、シンにもひしひしと感じていた
そして、必要な貴重品などを持って家族で家を出たのが今朝の早朝。
(父さん、軍の施設で何の仕事をしてたんだろ)
職場で回収するものがあると言って、父が施設まで行って戻って来たのが、三十分くらい前の事だ。そして、その施設から逃げる途中までを思い起こす。施設から出てきた父はジュラルミン製の鞄を片手に持ち、母はマユの手を引いていて、自分は父の隣を走っていた。父が、自分を見下ろしていた時の目を思い起こす。あの目は、息子を心配する父の目と言うには、少し温度が冷たかったようにも感じた。一体、何なのだろう。
次に思い出したのは、妹の叫び声だった。
普通に街から逃げていれば、港の避難用の船へ乗船できただろうが、父の決断でその方法が出来なくなった。島の小島の上から、林を抜けなければならなかったのはそのためであり、本来の避難経路とは別の山道だ。足場が悪いため、シンの家族以外にも持ち物を落としてしまう人達が散見された。マユも、例に漏れなかっただけだ。
妹の手元から滑り落ちたのは、小学校卒業の記念に買ってもらった、ピンク色の携帯電話。風呂の時以外離そうともしないくらい気に入っていたもので、思わず身を乗り出している姿が、脳裏に浮かぶ。
(そうだ、俺はマユの携帯を拾おうとしたんだ)
全身を襲ってくる痛みと、熱。あぶりだしで浮かび上がる文字のように、シンの脳裏にだんだんと状況がよみがえっていく。あの時、マユに替わって、斜面を滑り落ちていく携帯電話を追って駆け下りた光景。
そして、ようやく止まった携帯電話を拾い上げ、家族がいた方向へ目をやった後の、あの光景を。逆光と、高熱が眼前を覆い尽くす瞬間を。太陽はその時、シンの背後にあった。そのため、逆光が見えるのはおかしい。
それ程の光源が発生でもしない限りは。
そこまで思い出した段階で、ようやく全ての合点がいった。
―― 爆発だ
いまだ回っている視界の中で、そこへと答えが行き着いたシンは、ふらつくのを必死になって耐えながら身を起こす。気分は最悪だ。家を離れなければならないわ、こうして吹っ飛ばされて痛い目をみなければならないわ。そして、頭の中をよぎる最悪の発想。
やめてくれ
やめてくれ
それだけは、やめてくれ。
これまでの生活を奪っただけでなく、これからの人生も奪われるのはたまったものではない。この時、シンは初めて『神』という存在が本当にいるのならと心から願った。神様もきっと、こういう時にだけ虫のいい話をと笑うだろう。それでもかまわないと思った。身体を襲ってくるこの
家族がいた所に。
「父さん、母さん!」
虚空を掴むようだ。もはや掴むモノが無いのだと眼前に突きつけられてもなお、海面に浮かぶ一本の藁を探すようにシンは歩く。倒れた先は、すでに避難船がすぐそこに見える距離だった。あと少しなのである。
「マユ!」
あと少し行けば、助かる距離だ。こんな事があって良いはずが無い。
避難民達の誘導に追われるオーブ国軍の兵士が、シンの存在に気づく。軍施設の方向からだと気づいたか、何人か依ってくるのがシンにもわかった。わかったが、彼らにかまっている余裕が今の彼には無かった。依ってきた一人に肩を優しくだが掴まれる。自分は端から見るとどんな状態であるのか、考える時間も惜しい。
「おい、君! その怪我は」
「衛生兵を呼べ、怪我人だ! 至急手当を・・・・・・」
そうして気にかけてくれているのも、わかる。理解出来る。しかし、それよりもっと重要な事があるだろう。シンは、自分の顔をのぞき込んで来る軍人達の顔を見、そして焼け焦げている
「あの、僕。家族と一緒なんです」
「――っ!!」
先ほどまで、父と、母。そして妹がいた所を、震える手で指さした。一緒に探してくれるかなと、そんな事を考えながら。駆け寄ってきてくれた初老の男性軍人が、彼の指さす方向を見て絶句している。
何が起こったのか、その場において唯一飲み込めていないのが、当のシン・アスカである事を、その反応は証明していた。
「と、父さんと母さんがまだいるんです。妹も」
しかし、そのシンにとって見れば、どうして皆動こうとしないのかという考えで思考が止まっていた。頭が、受け入れる事を拒否していた。人体の付近を、ビーム兵器という極めて高温の弾丸が通り過ぎたり、着弾なりしようものならどうなるか。考えなくてもわかる事。しかしそんな事すらも彼の脳裏に入ってくる事が無かった。
"戦争"が現実味を帯びていると思う事と、現実を目の当たりにするのとでは大きな隔たりがある。
人間だったものに、
眼前に突きつけられている、三文芝居より笑えない事実。その場から引きはがされる中で、シンは胸の内に去来する、表現する言葉すら思いつかない程の気持ちに戸惑い、処理が追いつかない思考の中で何度も租借する。
その時、シンは天を見上げた。巨大なモノが、宙を舞っている。
鋼鉄の人が、炎の剣を持っている。北欧神話の巨人、スルトがそうだと本で読んだ事をこんな時に思い出す。ラグナロクの時にやって来て、豊穣の神を殺し、地上を炎で埋め尽くすという神話。自宅でプレイしていたゲームにも、黒ずんだボディと黒い剣を持った存在として出てきていた。
だが、ここでシンは知った。
スルトの肌は白いのだ。
目が合った巨人は、白と青と赤の、綺麗な身体をしていた。
「あ・・・・・・ああぁ・・・・・・アァッ!」
両の眼から、滂沱と出でる涙が顔を歪ませていく。
どうして、父さんが半分しか無いんだろう?
母さん、どうして背中が無いの?
マユ、こんな所でかくれんぼかよ。手だけ見えてるぞ
意識がハッキリしているのか、混乱しているのかの判断すら出来ない。自分は、正気なんだろうか、それとも狂っているのだろうか。目を、誰かが塞いだのがわかる。抵抗する気すら失いかけているのも。
「しっかりしなさい、意識を保つんだ! 生きなければダメだ!」
声をかけてくれている初老の軍人さんの顔を見て、シンは朧になっていく視界の中で最後にこう言った。
「生きて、どうするんですか」
※※※※※※※
~ 戦艦・アークエンジェル 居室にて ~
これは何かの間違いだ。
キラ・ヤマトは、自分の手が震えている事に気がついた。
昼間の出来事を思い出していて、そのせいだなのだとわかっている。しかし、どうしようも無かった。
オーブへの侵攻を開始した、地球連合のMS郡を迎え撃つ中。新手のMSを相手取っていた時の事である。高火力・高軌道・防御性と、各方面に特化した機体性能を保有しており、それらを合ってるのか合ってないのかわからぬ連携で、翻弄された。
それは事実だ。
プライドがどうだという話では無い。自身が操縦に長けているなどという思い上がりは、とうに棄てたつもりだった。だが、その気持ちすらも他ならぬ"増長"だったのだと、今思い知らされている。
高い防御製を有する、緑色のMS。ビームを湾曲させるシールドを持っていた事を理由にするというのは、責任転嫁でしかない事は理解している。しかしキラは見てしまった。自身が駆る【フリーダム】の武装から放った一束の光が、曲げられ地面に吸い込まれていく瞬間を。
―― その先に、人がいた所も
コーディネイターである我が身をこれ程までに呪った事が、これまであったろうか?
目で見て、理解する事が速かったが為に、ビームが着弾する瞬間を見て、何が起こったのかがわかってしまったのだ。何人か、まだ避難中と思われる民間人が残っていた。豆粒程度の大きさであるが、あの様子からしてそうとしか思えなかった。
軍港の、端の方だ。避難民の誘導先が、あの区画に設定されているという事を、キラは聞いていた。にもかかわらず、自分はその上空へ入ってしまったという事だ。必死だったからとか、広範囲にわたる侵攻に対応中であったからというのは、言い訳でしか無い。想定されていた戦闘範囲がいかに広がろうと、進入すれば被害が出ることは容易に想像できた筈だ。
いくら後悔の念を抱いても、何もかもが遅い。
引き金を引いたのが自分である事の重みが、のしかかってくる。自分は、人間を殺したのだという、恐ろしい現実が、吐き気と共にやって来る。こんな様子を見れば、つい先ほど話したばかりの、友である"彼"はきっと怒るだろうとキラは思った。
戦争という、拗れた不仲が行き着く先の、燃え上がる混沌の中で、キラはかつて幼年期に友であった『アスラン・ザラ』の友を殺した。そして、彼もまた今の"キラの友"を殺した。首が飛んだのも見えてしまった。
互いに友でありながら仇同士になってしまった。
そんな事、数年前はおろか数ヶ月前は考えすらしていなかった事だ。
ましてや、自分が『人殺し』になってしまう事なぞ、想像出来る筈も無い。
「カレッジに帰りたい」
それが叶わぬ願いである事くらいは、わかっている。しかし、こうして友同士話す機会を得てもなお、ぬぐえぬ思いがある。恐ろしいのだ。自分自身の双肩にもたれかかってくる責任の重さと、期待と、憎悪。それら全てをかなぐり捨ててしまいたいという気持ちから、逃れる事が出来ない。
『逃げようとしている気持ち』から逃げているというのは、何とも矛盾している気がする。しかし、そうとしか表現する術が無い。後ろ指を指されるのが怖いのだ。アイツは私の家族を奪ったのだと、常に背中にそんな目を向けられている気がする。目が覚めると、仇を討とうとする、復習の炎に燃えた瞳があるのではないかと邪推して、安眠できない。
父を、母を、兄を、姉を、弟を、妹を。
返せ、どうにかしろという叫びが脳裏から離れない。死にたくない、会いたい、一緒に居たかった。これから一緒になる筈だったという呪詛の声が聞こえるのだ。それが、あらゆる手段を用いて自分の身体にまとわりつき、染みついていくのを夢に見る。
全部、僕のせいなのか?
そうやって、何もかもをかなぐり捨てたいと思う事が、無責任である事くらい理解している。しかし、怖いと思った事から逃げようと思って、何が悪いのだろう。
自分から軍人になった訳では無い。
元をたどれば工業系の学生でしか無かったのだ。引き金を引くことを選び、命を奪わなければ生き残ることの叶わない道を選んでしまった事も、わかる。しかし、叶うならば、全てが終わった後は機械をいじって生きていく道に行きたい。
「そんな目で、見ないでくれ・・・・・・もう嫌だ、こんなの」
あの時、地面に見えた一つの人影が、頭から離れない。
目と目が、合ったような気がした。あの目は、きっと天使か悪魔の目のようなものだったのだろう。あの目に見つめられている間、自分は
罪人の目を見つめると、罪人は自らの罪で魂を焼き焦がされるという、アレ。
それがキラ自身の思い込みに過ぎないという事も、理解はしていた。しかし、そうでも思わなければ今にも押し潰されそうであった。
キラ・ヤマトにとっての不幸は何か。
そう問われれば、周囲の者はきっと『戦争がそうさせた』と、環境のせいにしてくれるだろう。しかし彼は、この後世界大戦が終わるまでの間、不幸が付いて回って来る事を理解したまま、それが何かを解する事なく、一抹の終結を目にする事になる。
誰一人として、自身が犯した罪をきちんと裁いてくれる人間が居なかった。
それが、彼の不運であった。