機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~ 作:松ノ木ほまれ
~ C.E.73 プラント・L4コロニー『アーモリーワン』 ~
工業用新型プラントの宇宙港は、珍しい程の賑わいを見せていた。
先の大戦より、二年が経とうとしている。あまりに多く、深く刻まれた傷跡は、瘡蓋がとれているのかどうか判断も付かない。そんな中で行われようとしている、新造艦の進水式のため、来訪客で溢れているのだ。
新造コロニー郡として、プラント本国とはやや離れた場所に設置されたもので、大戦で傷つき人が住みづらくなった地域から流れて来た人々の受け入れ先として解放され、早二年。
プラントの工業区画としての発展と、避難民の架設住宅街という相反する要素を併せ持った、一種の"歪さ"を有している珍しい場所であった。結果論ではあるが、地球上に住んでいた一部ナチュラルと、コーディネイター間における交流地として成立してしまったのだ。
軍需工場と仮設住宅とは、なんたる皮肉であろう。
そんな盛況ぶりを見て、安心と不安とがない交ぜになった心情を抱いた男が一人、基地の窓から全体の様子を見回していた。人工の光に照らされて、肩まで伸びた鮮やかな金の髪が周囲の目を引いている。軍属である事を示す制服の色は、赤かった。
プラントの有する武装組織、
実質的なという言葉の通り、旧世紀の米軍等のような国家における正規軍というものでは無い。成り立ちから言えば、国家を主導する【第一政党の私兵】というのが、ザフトの立ち位置の正確な表現であろう。
それこそ、旧世紀のソ連・中華人民共和国のような。
(新世紀の象徴たるスペースコロニーの組織が、旧世紀のシロモノに似たというのも、皮肉に等しいな)
金髪の青年が嘆息する。その光景一つとっても、実に絵になる男であった。周囲の目も、そんな美しい絵を見た観客のソレもあれば、より深い感情を込める熟れた目もある。良くも悪くも、人の目を引いてしまう。
彼の名は、【レイ・ザ・バレル】。
今期の士官学校卒業生の中でも注目株の一人であった。そんな彼が一人でいる理由は他でもなく、一人でいさせろという有無を言わさぬ雰囲気が周囲に漂っていたからだ。「放っておいてくれ」と、言われなくても耳元でささやかれているような錯覚に陥りそうな程。かような雰囲気の人物においそれと近づいていくのは、知己か余程鈍いかのどちらかである。
そして、そのレイに一人の女性が近づいていく。髪の毛はやや黒味の強い灰色で、うなじの部分で束ねており、背はレイとほぼ同じくらい。女性としてはやや大きな背丈であった。制服は黒服で、副長クラスである事がわかる。
同期らしい別の女性が、よせと言わんばかりに止めようとしているようすも伺えた。その様子から、近づいていく女性が恐れ知らずの傾向がある事がわかる。そんな彼女が、レイの肩に手を置いて、
「レイ、何辛気くさい顔してるの?」
と言い放った。凍り付く周囲とは裏腹に、振り返ったレイの表情が、ほんの僅かながら砕けている。それは本当に微細なもので、親しい間柄の者にしかわからない程度の変化であるため、それを知らぬ周囲の見る目は、危うきへ近づいていった君子をみるが如くである。
レイはやや雰囲気を崩したとは言え、なんで此処で話しかけてくるのかという疑問を隠そうという気はなさそうであった。周囲には聞こえぬ程度の小声で、
「姉さん。外での会話はよしてください」
「そう堅い事言わないでよ。バレたって損しないでしょ、別に」
レイはハッキリ言って、昔からこの女性が苦手である。嫌いだとか、そういう意味では無い。彼女のペースに引きずられがちであり、それを振り払うことが出来ない事が気に入らないだけである。士官学校への入学が叶った辺りから、意識して接触を割けたのは、つまらない子供の意地だ。
何時までも、可愛い弟のままでいたくないという思いもあるし、『男子三日会わざれば刮目して見よ』とばかりに、成長した姿で会いたいというプライド。
姉というものは、そういうものを平気で乗り越えてくる。だから苦手なのだ。
「損はします、少なくとも俺が。
それに姉さんは今日大事な仕事の筈だ。何故まだここにいるのですか」
「"アスハ代表"の案内役? あぁ、そう言えばそうね」
「国家元首の案内なんです。もう少し自覚を持っていただきたい」
「はな垂れレイがそんな口聞くなんてねぇ」
「ぐっ・・・・・・」
ここが公の場で無ければ、人目も憚らずに怒鳴り散らしている所だ。こういう所も含めて、苦手だ。出来ないという事を見越していたずらめいた事を言ってくるのだから。顔見知りに聞こえたらどうしてくれようかとも思う。
そう言えばと、忘れているかのように言っておきながら、いつもは面倒くさがる髪の毛のセットも念入りだし、ファンデーション等の下地も完璧。ほんのりと漂ってくる香水の香りも違っている。要するに、姉は気合いを入れていた。そんな一面は見たことが無かったので、ドキリとしてしまった事が悔しいことこの上ない。
伊達に十年以上、義姉弟をやっている訳では無い。
「貴方も、こんな所で油売ってないで、お友達と合流して来なさいな。アスカ君と、ホークちゃんだっけ」
「彼奴等は、別に友という訳じゃあ」
「休暇の時の貴方の顔、忘れてないんだからね。無理しないよーに」
そう言って、姉はレイの背を叩く。レイは、頬の温度が上昇したような気がした。やはりこの人は苦手である。どう言おうと、言い返される。シン・アスカと、ルナマリア・ホークという士官学校の同期生の事も、見抜かれている。
表情に出した記憶は無いのだが、それがわかるのが家族というものなのだろう。
嫌という訳では無かった。ただ、勘弁して欲しいとも思っている。そそくさと退散しようとする姉に、お返しをしてやろうといたずら心が湧く程度には。
「キャンベル航海士」
「何でしょうか?」
「貴方は焦ると鼻の穴が膨らむクセがある。抑えた方が良いでしょう。特に代表の前では」
「――っ!?」
姉こと、【ミーア・キャンベル】は頬を紅潮させて、鼻を隠しながらレイを睨み付ける。それではかえって周囲にバレやしないだろうかと、追加して指摘してやる。
「ほら、それでは肯定しているようなものです」
「この・・・・・・! 後で覚えてなさいよ」
「心しておくよ、姉さん」
レイは、放っておいて欲しいと思う反面、こうして人と交流する事の楽しみを持てた事に、感謝はしているのだ。十余年前は、人と会話する事を楽しいと思う事は無かった。ある程度の限られた人にしか心を開けない生活。
そんな中に差し込んできた光が、姉だった。
しかしながら、こんな姿を見られたくないなという気持ちがあるのも事実だ。実際、士官学校では冷静沈着な優等生で通している。そう見られているという自覚がある以上、その体裁を保ちたいと考えるのも人の考え方だと思う。
それを、"父"にあたる人物に話した所、大笑いされた。
悪い意味の笑いでは無かった。人並みの、年頃らしいプライドだと安心されたのである。そういう意味においても、姉には感謝するべきなのだろうか。
「―― 彼奴等には絶対に見せられんな」
※※※※※※※
~ 『アーモリーワン』・応接室にて ~
扉が開き、現れた人物の顔を見た時、刹那の間時間が停止した。
正確には、約二名の人物の思考が静止した、と言った方が正しい。紫色のタイトスーツを来て、丁度トレンチコート脱いだばかりだった女性と、それを受け取っていたSPの男性である。
金色の髪と褐色の瞳。まだ幼さが抜け切れていない顔には、まるで顔面にボールが迫る時のような表情が刻まれていた。それは、SPの男性も近いと言える。やや青の混じった黒い髪と、サングラスで隠された顔の奥に、不意打ちされた事を悟られまいとする戸惑いが見えた。
「あの、私の顔に何か?」
部屋の戸を開けた女性、ミーア・キャンベルは鼻の穴が少し膨らんだ。
自分が何か粗相をしてしまったのだろうかと思ったのである。今日は、何時もずぼらだと義弟に怒られている事から、気合いを入れて身支度をしてきたつもりだ。制服のアイロンがけだって六回チェックした。身だしなみを整えるのにいつもの三倍時間をかけ、香水も地球産のブランドを選んだ。肌のセットにだって一層気を遣ったつもりである。
どこかマナー違反になるような箇所があったのか?
そう思ってしまって、自分の着こなしを客人の前だというのにちらりと見てしまう。左右に控えている緑服の者達も、つられて自分たちの装いに誤りが無かったかを確認してしまっていた。
「あぁ、いや、すまない。貴君等に非がある訳ではないんだ」
応接室の椅子に座っている、主賓=カガリ・ユラ・アスハが、立ち上がってそう言った。まだ10代後半、ミーアとほぼ同年代でありながら国家元首の立場にある女性である。彼女は立ち上がると、入り口へと歩いてくる。後ろには、SPの男性が付き添っていた。
姿勢を正し、ミーアは敬礼した。
「失礼いたしました。私、この度アスハ代表の案内役を務めます、ミーア・キャンベルであります。お出迎えが遅くなってしまい、大変申し訳ございません」
「いや、良い。半ば押しかけで来てしまったのはこちらだ。目立たぬよう、本国でないこのコロニーでの会見を手配していただいて、感謝を述べなければならぬのは私なのだから」
「恐れ入ります」
そう、今回地球圏の国家元首であるアスハ代表の訪問は非公式なものなのである。他の国々において、彼女は今本国で執務中という事になっている。そんな彼女が何故、こんな時期にプラント代表たる議長への会見を所望されたのか、考える事はあっても聞く権利なぞミーアには無かった。
ただ一つ気になるのは、当のアスハ代表がミーアの顔をまじまじとのぞき込んで来るという事だ。やはり、化粧が崩れでもしていたのだろうか。
「―― 似ている」
「え?」
「あぁ、戸惑わせてすまない。私的な事になってしまうのだが、私と護衛の『アレックス』の共通の知人に、君はよく似ていてな。驚いてしまった」
そう言って、アスハ代表は後ろのSPを見る。成る程、この男性はアレックスという人か。ミーアが最初に抱いた感想はそれだった。そのアレックスという人物も、アスハ代表の言葉に応えるように、
「えぇ、髪型と髪の色が違う程度で、他は生き写しでしたので」
「そうだな。最初は何かのいたずらかと思ってしまったぞ」
私的な場では、仲が良い二人なのかとミーアは感じていた。
そして、二人の雰囲気がほんの少しではあるがほぐれてくれた事に内心胸をなで下ろす。正直に言うと、扉を開くまでの間、緊張で脚が震えていたのである。何せ、国家元首の案内役だ。僅かな粗相も国の恥と思えば、気合いが張り詰めて緊張状態が朝から続いていた。先ほど弟をからかおうと思ったのも、自分の緊張を少しでもほぐすためでしかなかった。
打ち解けやすい同年代で助かった、とミーアは溜飲がさがったのを感じている。
だが此処で引っかかる事がある。自分に国家元首の案内役という大役を仰せつけたのは、他ならぬプラントの国家元首たる評議会議長、【ギルバート・デュランダル】である。よもや、二人がこういう反応をする事を見越していたのだろうか。
しかしそれは邪推というものだ、とミーアは内心で却下する。
確かに、デュランダル議長は辣腕を振るう事数年、こういう公人の私的な事情を把握していてもおかしくは無いが、政治利用するまでの人かとも思う。政治家ともなればそういう手段を執ることも別に変な話では無いとも思ってはいるが、考えたくは無いなというのが本音であった。
ミーア・キャンベルは、気を取り直して、数名の来賓に対して恭しく礼をすると、
「それでは、アーモリーワンをご案内いたします。新造艦の進水式が間近ですので、少々騒がしいとは存じますが、なにとぞご容赦くださいませ」
と言って、付いてくるよう促した。