機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~   作:松ノ木ほまれ

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第3話

 

 

 ~ 『アーモリーワン』市街地 ~

 

 

 この日、シン・アスカは非番であった。

 

 新造戦艦『ミネルバ』の進水式の準備が進む中、1日の休みを取れた事は運が良い。進水式の際に行われる、新型MSのお披露目式。彼は、その式典で一番の注目を浴びる新型機の一体を任されていた。

 リラックスして任務にあたれるようにと、館長=タリア・グラディスが手を回してくれたのである。その気持ちは素直に嬉しかった。こうして、人工のものとは言え青空の下を歩くのは好きである。役目を全うしてやろうという気も、自然と湧いてこようというものだ。耳に入ってくる喧噪も心地が良い。

 

 この二年近くの間で、ここまでよく持ち直したものだと、自分でも驚いていた。

 

 それはこのコロニーの雰囲気の事でもあり、シン自身の事でもある。プラントに来たばかりの頃は、意識の奥深くに沈んだ【どす黒い何か】に捕らわれたままで、"虜囚の身"と言うに相応しい有様だった。

 廻りの人々の喧噪から何まで、耳に入ってくる音が忌々しくて仕方なかった程である。命を感じさせる事そのものが、当てつけのように感じられたからだ。それがただの八つ当たりだという"自覚があった"事が、拍車をかけた。

 全て失った自分と、そうで無い人達という線引きをして、心を守っていたのである。

 

 オーブ首長国連邦という故郷にいる事にすら、耐えられなくなった。

 

 嫌でも思い出してしまうのだ。通った学校や、自宅が残っているのに、肝心の中身が残っていないのだから。父の居ないガレージ、母の居ない台所、妹のいない部屋。

 ぬくもりが消え失せたリビングに入ったとき、シンの中で何かが音を立てて割れた音がした。それから、家財一式を売り払った。オーブでは法律上後見人が必要な年齢であったが、その立場を買って出てくれた人の事は忘れられない。トダカという人物だ。ガッチガチな昔気質の人という雰囲気を隠す事も出来ていなかったと記憶している。

 

「あの時、私も居合わせたのだよ」

 

 そう言って、オーブを離れたいというシンの言葉を、責めることもせずただ聞いてくれた。それで救われたと言っても良かった。ああして一度はき出す場をもらえなければ、きっと今もふさぎ込んだまま、別の仕事をしていただろうから。

 プラントへ移住して、士官学校へ入学し、今期の主席としての卒業を迎えられた事を、天へ感謝した。恩人は今も地球に居るのだから、そちらへ向けば良いのだが、いかんせんコロニーの中からでは地球の方角がすぐにはわからない。少々迷った末に、諦めたように背筋を伸ばしたシンは、言った。

 

「昼飯どうするかな、アイツは中々来ないし」

 

 彼は今、待ち合わせをしている。

 同じく非番だという同僚を待つ中で、だんだんと空腹感が襲ってきた。食べながら待つか、待って一緒に食べるかは思案のしどころである。本当は、三人で何かを食べに行く予定だった。

 士官学校で同期生となった、レイ・ザ・バレルと、【ルナマリア・ホーク】。

 卒業後の配属先が決定し、そろって同じ勤務先という巡り合わせを祝おうと、言い出したのはルナマリアだ。言い出しっぺがまだ来ていないというのが、なんとも言いがたい気分にさせられる。加えて、レイの方は今朝方『行かない』と言い出した。

 

「二人で楽しんできてくれ、仕事を残していたのを忘れていた」

 

 と、彼らしくも無い言い訳と共に。レイという優等生に限ってそれは無いだろうと思って、何か言い返そうとした時、彼の口元が少し緩んでいるのを見て、諦めた。

 

「レイの奴、俺とルナが()()()()とでも思ってんのか?

 そういうんじゃ無いんだけど」

 

 変な気を遣いやがって、とシンは思っている。

 ルナマリアという少女は、確かに可憐だ。そこは否定出来ないし、訓練時代においても他の女性陣から頭一つ抜きん出た女の子であった事もよく知っている。気にならないと言えば、嘘になる。

 しかしそれくらいの認識だと思う。彼女が英雄"アスラン"に憧れている事も知っているし、気兼ねなく話せる男友達として接してきている事もわかっているので、それ以上踏み込むのはかえって彼女に悪い。そう、彼が考えたときの事だった。

 

「お待たせ! ごめん、遅くなっちゃった!」

 

 凜とした鈴の音色が聞こえたような気がした。季節は秋だというのに、春風の爽やかさのような感覚が頬を撫でる。首が独りでに動いて、音の鳴る方へと目が向いてしまう。抗えない強制力のようなものが、首を掴んで動かしているかのよう。

 視線の先には、黄土色のトレンチワンピースを着た少女がいる。レースの白いレイヤーから覗かせる玉の如き肌と、ブーツの間に見えるすねが、輝いて見える。シンは、胸中に迫ってくるこの気分がなんなのか、表現する言葉が見つからない。締め上げられるような、変な感覚である。

 いつも、休暇の時はボーイッシュな格好で、色気も何もあったものではなかった。少なくとも、シンの知っているルナマリアはそんな少女だった。タンクトップとジーンズのみであったり、メンズの上着であったりといった具合で、いわゆる『女の子』をしていた記憶は無い。

 しかし、シンは一つ、勉強をした。

 気合いを入れると、女の子はやはり女の子なのだ。

 

「お、視線が低いぞ。ドすけべさんめ」

「み、見てない! 断じて見てない!」

「・・・・・・かえって傷つくんですけど」

 

 思わず、視線を逸らした。まじまじと見つめたかったし、彼女が言うとおり、より下部へと視線が下がってしまった事も否定は出来ない。男として、女性らしい場所へ目が行ってしまうのは本能の為す業である。だが、仲間にソレは無いと、理性が叫んでいる。

 必死になって平静を装おうとした。それが、ルナマリアとしては気にくわないらしかった。

 

「感想の一つくらい、言ってくれても良いんじゃ無い?」

「た、大変よくお似合いです、ハイ」

「―― ふぅん、10点。今日はその言葉で勘弁してあげる」

「10点って、何店満点だよ」

「10000点」

 

 それは盛りすぎでは、とは口が裂けても言えないなと思った。口にしてしまえば、明日のお披露目に支障が出る事になる光景が容易に想像出来る。シンとて、まだ命は惜しい。

 

「さ、て。レイが来られ無い以上、二人で休暇を潰すのか」

「何よ、もう少し喜びなさいな。このあたしと食事ご一緒出来るのよ?」

「我が身に余る無上の喜びでございますよ」

 

 アーモリーワンの商店街は、新設されたエリアなだけあって真新しい店舗が多く見られる。プラントから進出した、宇宙生まれの者達には馴染みの店は勿論、地球から流れて来た者達による、雑誌でしか見たことの無かったブランドのものまでが並んでおり、賑わう事川の如くであった。

 シンから見れば、プラントで生まれたメーカーには馴染みが無く新鮮だったし、ルナマリア側は地球ブランドへの興味が隠せない様子である。

 彼にとって、地球で母が身につけていたものがウィンドウの向こうにある気がして、眺める気分にはどうしてもなれなかった。まだ、思い出がぶり返してくる事が多い。沈痛な色を抱えた彼の事情を汲んでくれているのか、ルナマリアも長く見る事はしなかった。

 

(他の女子より、落ち着くよな、ルナって)

 

 一緒に居て居心地が良い女。

 だから二人でいる事にもそう抵抗が無いのだろうとシンは考えた。女子にモテた経験が無かったかと問われると、そういう時期はあったとは答えられる。故郷で通っていた中学校では二回くらい告白された思い出もあるし、プラントの士官学校へ入学してからも、一回恋文を貰った事もある。

 しかし、そうして言葉をかけてくれる女子には、落ち着きを感じるとか、そういった感情の揺れ動きは無かった。

 家族といる時とはまた別の、ほんのりとした感覚をおぼえたのはルナマリアが初めてだったのだ。自分自身が、居着くべき所にしっくり収まるような、そんな感じ。

 

(変なもんだよな、普段あんなにも男っぽい性格してるのに)

 

 訓練生期の、豪放な姿を思い浮かべる。そして今、隣を歩いている花のような娘を見る。同一と思いがたいというのが本音だ。そんな彼女もまた、ちらりとシンに目をくれていたからか、目が合ってしまった。

 

「どうした?」

「ん、何でも無い」

 

 何かを図っていたかのような目だった。距離だろうか、それとも機会だろうか。そのどちらなのかを聞こうという気に、どうしてもシンは慣れなかった。何処で飯を食おうかと切り出そうとしたものの、彼女のその様子が気になって、言う機会を逸してしまった気もする。

 

「なら良いけど、どこで昼にするんだ。ジャンクとかでも良いならそこで済ますか?」

「それは嫌。せっかくのお出かけなのに」

 

 じゃあ何処が、と聞くのも何か違う気がする。彼にとって未だにわからないのは、こういう時の女の機微である。くみ取るべきタイミングや、そういったものがまだいまいち掴めない。それに頭を悩ませた時の事である。

 

「あの・・・・・・」

「「 ・・・・・・はい? 」」

 

 声をかけられた。シンとルナマリアは、ほぼ同時に声の主を見る。

 年の頃が丁度同じ頃の、緑色の髪を持った青年だった。奥に、連れらしき蒼い髪の青年と、金髪の少女が見える。観光客であろうか、手元にはアーモリーワンの案内パンフが握られている。丸印が付いている所を見ると、

「すみません、デート中に呼び止めてしまって。観光で来た者なのですが、道に迷ってしまったんです」

 

 そういう事だ。奥に控えている金髪の少女は、興味深げに周囲の様子を見回している。スクールの旅行という訳ではなさそうだが、仲間内での小旅行であろうか。

 シンは、快く行き方を教えた。商店街から離れた、ホテル街の端の方である。宿泊先の場所がわからなかったのかと、一人合点する。

 

「助かりました、道を覚えるのは苦手で」

「いやぁ、無理も無いですよ。この人だかりですし、初めて来たのなら迷うと思います」

「驚きましたよ、何かイベントに居合わせたんでしょうか」

「新型艦の進水式です。方々から人か来てますから」

 

 これくらいは、隠す事では無い。新型戦艦のお披露目というのは、大々的に各国へ行われる事もあるのだから。かつてWW2の折、大日本帝国が大和の建造をひた隠しにし、寂しい進水式を行った事があるが、あれは戦闘真っ只中だったからである。

 大戦が終結を迎えた後の、ザフトの新しい船出というのは少々こそばゆい表現だが、そういう意味も込めて式典が行われる。

 隠さなければいけない事と言えば、当のシンとルナマリアが参加者であるとか、そういう所であった。

 

「おぉ、そうだったんですか。知らなかった」

「式典で無くとも、楽しめる場所は多いですから、是非」

「えぇ、ありがたく」

 

 そう言って、三名の観光客と別れたシンは、少し離れていたルナマリアに、パスタにしようか、と聞いてみた。何となく、何か良い物を自主的に食べようという気になったのだ。気分が良いと言うべきなのだろう。先の大戦が終わった後、こうして観光客が行き来する程度には、世間が回復してきているという証拠だ。

 

 後は、自分を回復できるかどうかだ。シンはそう思った。

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 ~ コロニー『ユニウスセブン』近郊にて ~

 

 

 一人の男が、デブリ帯を進んでくる一隻の輸送船を発見した。それは、ゆっくりと、所定のコースに沿って男が隠れ住んでいるエリアへと侵入してくる。男の立場は、悪い言い方をしてしまえば宇宙の賊。良い表現をすればレジスタンスの首魁。

 しかし、大義の端を掲げるのには、男の両手はあまりにも鉄臭く、怨恨が染みついた両眼には"義"の字では無く"執"の字が見えていた。

 

 輸送船を襲うのか?

 

 宙域に潜む男の仲間達から、そのような質問が飛んでくる。否だ、と男は答えた。この輸送船は、伝えられていた特徴と合致しているからだ。近日の内に届けさせると、『協力者』が言っていたシロモノだ。確保するぞと男が合図して、黒い単眼の巨人達が船を取り囲んでいく。一人が、ある事に気がついたようだった。

 

『おい、サトー。こいつァ無人機か!?』

「そうだ。全く、空恐ろしいな」

 

 【サトー】。それが男の名前である。

 本名ではあるのだが、仲間内ではこの名でしかもう呼ばれていない。姓を呼ぶ事は、気心の知れた同志達にも止めて貰うよう言っていた。姓を呼ばれると、嫌でも思い出がよみがえってくるからだ。

 かつて旧世紀、古代中国の王が薪に臥せ、肝を嘗めて屈辱を忘れなかったと言うが、過去の偉人達のような胆力までも持ち合わせている訳では無い。その自覚は彼にはあった。

 

「しかし驚いた。骨董品に近いシロモノだぞ。どこからこんなモノを」

『なぁ、お前の言う協力者ってのは、信用出来るのか?』

「完全、というには危険。しかし信じるに足るとは思う。我々がここまで戦力を保持出来ているのは、"彼"のお陰だ。()()()()()()のヤツなのだろう」

 

 何が送られて来るのかは、メンバーも知っている。

 しかし、方法そのものは聞かされる事が少なかった。宙域にすでに用意されていた事もあったし、宙域の警戒部隊への補給と謀られたザフト軍から受け取った事もある。

 それらを考えると、サトーとしてもこの不気味な『協力者』の事を探りたいとは思う。

 しかし、それが出来る立場に彼らは無かった。脱走兵という肩書きは、どこへも行く当ての無い彼らに程よくマッチしているとすら考える程。情報を仕入れるのも並大抵の苦労ではとうてい叶わない。

 

 『協力者』は実に力のある存在だ、それだけはわかる。

 

 行く当てさえ無く、宇宙を漂うだけで終わると思っていた彼らにコンタクトしてきたのはソイツからだった。軍から脱走してすぐの事であったから、1年半ほど前の事。デブリ帯に存在している、機能が残っていた地球連合の廃基地を紹介して貰い、隠れ潜むことが出来た。

 地球連合のものというのが気にくわなかったが、背に腹は代えられ無かった。

 そして、足りないMSも逐次、パーツという形ではあるが入ってくるようになった。先の大戦におけるザフト軍の主力MSであった【ジン】の改良型である。当時の次世代MSであった【ゲイツ】は流石に難しかったようであり、その点は仲間とも納得していた。ジンの方が乗りこなしているメンバーが多かったし、同型機が多い方が修理もやりやすいというものだ。いざとなればニコイチという選択も出来る。

 

「あの者の手配無くして、今の我々は無い。志を同じくする同志ではあるが、身動きとれぬと見て良い。今のプラントの腐れ者共を見れば」

『まぁ、そうだろうな。牙を抜かれたクライン派共に囲まれての生活とは。ソイツに同情するよ』

 

 そう言って、仲間の一人が輸送船のハッチを開けた。

 内部には、太陽風を動力として活用する、『フレアモーター』が敷き詰められている。予定通りだ、とサトーはほくそ笑んだ。計画の実行には十分な数である。これらを容易するのは並大抵の事では出来まい。

 彼らは、外部に同志がいるという天運に感謝していた。自分たちだけでは、流石にここまでの代物を容易する事は出来ない。

 

 そして、サトーの駆る改良型ジンの元へ、仲間の操るジンが何かをさしだした。

 

「何時ものか?」

『あぁ』

 

 送られてくる物資には、"メッセージカード"が必ず付いてくる。印字されているそれとは違って、通信端末に接続して使用する『使い捨て携帯電話』のようなものだ。プリペイド式と発想は同じで、契約型のソレとは違って足がつきづらい。これ程の事が出来る奴の事だから、その点織り込み済みであろう。

 サトーは、コクピット内部に回収すると、ジンの通信端末に"カード"を接続した。スピーカの向こうから、やや機会音声も混じった声が聞こえてくる。変成器を通しているようだが、男の声のように聞こえる。

 

<あぁ、繋がったか。贈り物は無事に到着したようだね>

「今、中身を確認している。予定より少し多いようだからな。こちらも驚いているよ」

<如何せん、開発時代の旧式だ。私でも持ち出せたのだから、笑いが止まらなかった>

「ははは、狗ばかりの今のプラントでは簡単か?」

<そんな所かな。私とて、駆けつけられるならばそうしたい。

 が、状況が許してくれそうにもなくてね、それが歯がゆい>

「何の。気持ちだけでも十二分に嬉しいぞ、同志よ。

 こうして、我らの悲願を再び花開かせる目処が立てられるのも、君のお陰だ」

<その言葉、心胆に染みいる>

 

 サトーとしては、この『協力者』が嘘を言っているようにはどうしても思えなかった。

 轡を並べられぬ事を嘆くその声に、心の底から言葉を発する誠意が籠もっているのがわかるからだ。立場上動けないのか、もはや病身・傷身で動くことが叶わないのかはわからない。自分達を利用しようとしているかもしれないという疑念は、完全に捨て去らない。ただ、ここまでしてくれた事実をもって、疑惑は恩で帳消しに出来るとも思える。

 ここまで来てなおくってかかるのも、流石に愚か者の所行と言う他無い。

 

<計算が正しければ、向こう数日で絶好の環境となるだろう。もう少しだ>

「あぁ、あの"墓標"が、無念の涙で濡れる日々が終わる」

 

 そう言って、サトーはモニタに映る巨大な影を見やった。

 

 先の大戦の戦端を開く切っ掛けとなった、『血のバレンタイン』事件。

 その舞台となり、二十余万もの命の灯火が瞬時に消え去った、忌々しい記憶。サトーの脳裏にも、こびりついている。肉親の最後の言葉も、戦場で散っていった友の顔も、全て我が身に染みついて、妄執の鬼と化する。『巌窟王』とは行かないが、恩讐入り交じる感情のはけ口が、ようやく訪れようとしているのだ。

 

「世界を、この一時の泡沫から目覚めさせてやる」

 

 その言葉に、向こうにいる『協力者』も、

 

<あぁ、楽しみにしている>

 

 と言ってくる。

 

 サトーは、このとき肌を撫でた違和感の正体が、わからなかった。

 

 

 

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