機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~   作:松ノ木ほまれ

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第5話

 

 

 ~ 某所 ~

 

 0と1で描かれた、無数の絵が飛び交っている。

 少なくとも、その者にはこの景色がそう見える。全ては、データだ。原子、分子の構造と組み合わせ、その比率。生ける者の肉体を構成するタンパク質や、意識というただの電気信号の塊。

 膨大なネットワークの間を行き交う、星々が如き輝きを持った信号達を一つまみして、細工して放出する。たったこれだけの作業で、色々と好きなことが可能になる。入りたい所へ入り、描きたいものを書き散らし、崩し、組み立てる。

 ジャンク品として払い下げられる予定だった船を一隻『売れた』事にする事も。移送命令を作成して旧時代の遺品を積み込んで出発させる事も容易に可能なのだ。誤発注と称して余剰パーツを、ダミーを介して送りつける事も。

 ましてや、人間の戸籍やパスポート、それまで辿ってきた人生がデータ化されたこの時代において、『人間』を作る事も簡単にできるのだ。顔写真と、データがあれば良いのだから。

 

 スクールの卒業記録も、社員名簿も、戸籍も。

 

 操る技術があれば、全てが掌の上である。

 

 そして、自分が作ってやったデータの信号が、ネットワークの上を走るのが見える。全ては順調に進んでいるのだと、安心した。二年前は、少々の読み間違いがあった。今度は、失敗しない。そう心に決めて、他の"信号"を手に取った。先ほど見えた、色を塗ったデータは何であったかと同時に思いを巡らせる。日付から考えると、さる目的で潜入させる手の者達に渡すデータだ。

 あぁ、そうか、今日はもうそんな日か。

 思えば、永い事待ったと思う。蜘蛛の巣が如く、自らの"領域"が覆い尽くす瞬間が来るのを。計画通りに事が進めば、目的への第一歩が踏み出せる。次代を担う英雄達を作り上げ、働いて貰うための布石を打ったのだ。

 

 今日は、牧羊犬を使って、眠れる猛虎・臥龍をたたき起こす日だ。

 

 当の羊は、自分たちが羊であるとも知らず牙を研いでいる。

 

 羊の牙では、龍の鱗に跡すら残せまい。

 

<羊を()()()にさせたのは私だがな>

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 ~ コロニー『アーモリーワン』・工廠にて ~

 

 

 もらった情報通りだ。

 

 スティング・オークレーは、任務前に伝えられた情報が誤りでない事を確認すると、ここからが本番であると自らに言い聞かせ、気を引き締めた。つい先ほど、軍事工廠のゲートを無事通り抜けたのだ。

 母艦『ガーティ・ルー』で、自分たちの指揮艦である、ネオ・ロアノークに手渡された偽造IDはよく出来ていた。立場上は、地球から招かれた要人の子という事になっているらしく、行く先では普段とは比ぶべくも無い待遇で驚いたものである。

 

「で、行った先で拾ってくれる奴らって何なんだよ、味方なのか?」

「内通者だ。それ以上は聞くなよ。俺も詳しい事は知らないんだ」

「は? 何だよそれ」

「上からは聞かされてないんだ。どこからなのかなんぞ知りようが無い」

「まぁ、ちゃんと機能するなら文句は無ぇけど」

 

 と、会話していた時の不安が杞憂である事は、嬉しい誤算だ。国家のセキュリティシステムに関わる奴らが、今回の任務に絡んでいるという事であり、成功する可能性は何段か高いと思って良い。

 しかし、普通に潜入するよりか、だ。

 今回言い渡された仕事はいたってシンプルである。『コロニー内部の工廠へ潜入し、発表直前の新型MSを奪取せよ』というもので、言うのは易し行うは難しの見本だった。敵基地という事は、廻りは敵だらけだという事である。少人数であれば下手をすれば一瞬で包囲殲滅される事だってありうる。

 そこまでの課程を考えれば、目標地点までの到達難易度が低い事は、ありがたい。

 乗り込んでいたのは、ザフトが使用している軍用車両の一つで、立場が上の人間がよく用いる指揮車両の後部座席。今日のような、式典前の慌ただしさの中で、逐一一台ずつ搭乗者を止めてチェックする奴はいなかった。ましてや、入り口をパスした車両は。

 もう大丈夫だと、案内役が言った事で、スティングは窓から周囲を見回した。

 

(何奴も此奴も、呑気な顔をしてやがる)

 

 彼は、"普通に暮らしてきてきた奴ら"というものが気に入らない。

 何故気に入らないのかという、根本的な理由は思い浮かばないのだが、とにかくそれは確かだ。自分たちの苦労を、此奴等も味わってみれば良いとも考える。きっと此奴等にも家族というものがおり、家に帰って電話したり、一緒に飯を食うのだろう。

 自分たちにはそれが無い。物心ついた頃から、ナイフと銃を持たされて育ってきた。

 一緒に座席に座っている、アウル・ニーダと、ステラ・ルーシェも同様だ。気心知れた仲かと問われると自信が無い。ハッキリしないからである。しかし、何となく仲間であるという意識が強く働く二人という認識はあった。ただ、一般的な連中の言う家族というものでは無い。

 人並みの幸せが、無い。

 それが、苛立ちに拍車をかけるのだ。この案内役を駆って出でている、ザフト軍服の二人組はどうなのだろうと、スティングは彼らの後頭部を見つめながら考える。彼らもこの妙に精巧な偽造IDで潜り込んでいる草なのか。

 それとも『ブルーコスモス』にもいるという、プラントに反感を持つコーディネイターなのか。まぁ、それはどうでも良い事だ。

 

(さっさとやる事を終わらせて、艦へ帰ろう)

 

 工廠区画の、ある格納庫の前で車が止まった。ここが、仕事の場所か。

 一刻も早く、艦にかえってくつろぎたい。そんな事を考えながら、彼は格納庫の用途口を潜って、中へと消えて行った。

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 ~ 新造船艦『ミネルバ』・MSデッキ ~

 

 

 引き据えて、その素っ首を刎ねてやる。

 

 そう考えてしまうほどに、シン・アスカは不機嫌であった。せっかくの休日を潰されただけでは、これ程の怒りは湧いてこない筈なのだ。しかし今日に限って言えば、尻尾を踏まれた猛獣のように、怒りの矛先を両手が求めているのがわかる。

 それが何故か、シンは思い当たらなかった。

 今日は、ルナマリアと食事をしていた。

 そう、休暇を仲間と一緒に潰していた、普通の一日の一つ。それがおじゃんになっただけで、これ程の激情が湧いてくるものか?

 わからない、霧がかかった頭の中を、出口を求めて跳ね回るこの感覚は何だ。気にくわない。だからこそ、やり場を求めているこの異様な気持ち。

 

「メイリン、状況は?」

『カオス、アビス、ガイアの三機が、何者かに強奪されました。

 現在、基地の部隊が応戦してますが――』

「どうせロクに対応出来てないんだろ」

 

 敵地から新鋭機を強奪しようという奴らだ、()()()()()()()()()()事は見えている。加えて、このアーモリーワンに努める兵士は、自分も含めてだが実戦経験が無いパイロットの方が圧倒的に多い。

 良いようにやられているばかりの状況にも腹が立つ。

 それに、強奪されるという事は、最新鋭機の間近にもかかわらず警備がおろそかになっていたという逃れがたい失態だ。何故そのような事になるのだろう。兵士同士の交代時間の隙間を突かれたとかであれば、不運であったともとれる。

 誰しも、休憩できるとわかった瞬間は気が緩むものだ。それを狙われたとすれば、いかにエースでも初動の対応が遅れるだろう。古の豪傑が、酒の席や風呂の時間を狙われて暗殺されたのと同じだ。

 

 兵士一人一人の勤務スケジュールが全て漏れているという、荒唐無稽な事でもなければ。

 

 馬鹿馬鹿しい。シンはかぶりを振ってこの余計な発想をふるい落とす。今はどうやって、強奪された三機を鎮圧するかを考えなければならない。乱は直ちに潰す。それがセオリーである。乱が長引けば傷口も広がって、修復には時間がかかる。よりにもよって、新造戦艦とMSのお披露目直前。

 国を守る新たな矛と盾として紹介する機体が、牙をむいてくるなぞ悪夢意外の何物でも無い。

 

 叩いて、潰して、煮て、喰ってしまえ。

 

 キャノピーが閉じ、ヘルメットのバイザーを閉じたシンは、内心そう吐き捨てながら操縦桿を握った。ここまで荒々しい気分になるのは、二年ぶりだろうか。

 

 「ここのボロネーゼ美味しいわね、シン」

 

 先ほど、共に食事をした時のルナマリアの顔が脳裏に浮かぶと共に、この煮立った感情がさらに温度を上げ、湯気となり脳を刺激するのがわかる。発進した機体を加速させ、空中でユニット同士が結合し、MSの姿へと変形する中で、胸中の感情が同時に形を成していく。

 眼下に見える、黒煙立ち上る工廠区画の中で、目標が動き回っているのが見える。

 一見無秩序でいて、一つだけ妙に冷静な機体があるのに気がついた。【アビス】が無秩序に火力をばらまいて、【ガイア】が引っかき回しているのはわかった。しかしシンが舌を巻いたのは【カオス】である。奪ったばかりで操縦もおぼつかないであろうに、アビスやガイアの間を埋めるよう動いているのが見て取れるのだ。

 

「アイツがリーダーか」

『シン、わかっていると思いますけど、命令は捕獲です。破壊は極力避けてください』

 

 混沌(カオス)を中心に、渦ができあがっている。機体名が状況にマッチしている事に、苛立った。決めた。最初に斬って棄てるのはアイツにしよう。ルナマリアの実妹であり、ミネルバのオペレータを務めるメイリン・ホークの声がうわずっている。自分もそうだが、彼女もよもや初陣となろうとは思ってもいなかったろう。

 初陣の初任務が、敵MSと化した新鋭機の確保と来た。確保に当たって、多少傷つける程度はやむを得まい。敵地で強奪を決行する手合いが、そんな軟弱である筈も無いからだ。奇襲・強襲をかける部隊というものは、決まって精鋭と歴史が証明している。

 

「善処するよ。レイとルナは?」

『機体を掘り起こしているそうです。おね・・・・・・ルナマリア機上の瓦礫を撤去するのにレイ機が動いている有様で』

「わかった、動けるようになり次第連絡をくれ。他の友軍機の情報を」

『ザクが一機善戦しています。ガイアと交戦中のようですが、今現地で確認出来るのは』

「その一機だけ、か。わかった、一度切るぞ」

 

 何とも歯がゆい気分だ。

 

 自分の駆る【ZGMF-X56S インパルス】が、自らの身体を構築し終わったのを確認すると。左腕部にビームサーベルを持たせた。刃はまだ生成させていない。右腕には標準装備のビームライフル一丁で、これが最適解だと思った。アビスやカオスに火力では劣るが、そも対MSに絞って考えれば、確実に仕留める一撃があれば十分だ。

 眼下に見えるカオスの眼前に、頭部バルカン砲から数発打ち込む。気を逸らすことが出来れば上々だ。頭上からMSを狙う場合、的が小さい。こっちを向いてくれれば、巨大な両肩ユニットを持つカオスは良い標的に替わる。

 パイロットは、どうやら自分とよく似て短気らしい。

 まだ動けずにいる同胞を狙い撃ちにしていた三つ首が、顔をこちらに向けた。シンは、してやったりとライフルの銃口を向ける。高機動タイプである"フォース"を選択して正解だった。銃口から、一条の光の束が放たれ、真っ直ぐカオスの胸部めがけてひた走る。

 始末書なら、後で何枚でも書いてやる。奪われるよりか万倍マシだし、何より今、このグラグラと湯気を立てる気分を解消したかったのだ。

 ただ、シンの思ったように事は運ばなかった。

 空中で、ギャーンと音を立てて、光の束と束がぶつかり合い、雲散していく。エネルギー同士の衝突による轟音が響き渡った。

 

「―― チッ!」

 

 周囲に飛び散ったビームの残照を振り払いながら、インパルスを着地させたシンは、今の光の衝突がカオスによるものだとすぐに知ることとなった。奴も、こちらに銃口を向けている。

 撃たれたと察知して即座に対応し、"弾丸"を打ち落とすとは。成る程、此奴は中々に()()()だ。苛々が、だんだん収まっていく。手強いとわかると、何故か逆にこういう気分になるのは、シンの悪い癖だった。

 ライフルを、腰にマウントする。両手に、サーベルを構え直した。カオスはそんなインパルスの動きが解せないのか、じりりと後ずさる。これも悪癖だった、一度切り結んでみたいと思うのも。

 

「今まで散々ヤッてくれたんだ。"初めて"は貰ってやるよ」

 

 インパルスの高機動型は、MSとしての基本性能を出来る限り高めるコンセプトで製作されている。一方のカオスは、MAへの変形機構を兼ねるヒット&アウェイ前提の強襲用だ。対MSというより、対戦艦・基地といった大型目標を相手取るに有利な機体で、そういう点においても、今のシンは優位に立っていると言えた。

 前方へと加速させる。グリーンの走行が、メインモニタ一杯を埋め尽くすように迫っていく。躊躇なぞするものか。全身が総毛立つのを感じる。相手は、おそらくこれからの敵となる連中のエース。だが、それが何だ。

 艱難辛苦が襲いかかろうがかまうものか。この程度を打ち破れなくてどうする。自分は、何のために生き残って、何のために軍へ入ったかを思い出せ。脳裏に浮かぶ、父と、母と、妹だったもの。それを振り払うためだ。前を向いていくためだ。

 

 < 何なんだ、手前ェっ! >

 

 声が聞こえる。チャンネルが開いていたのだろうか。

 カオスのパイロットの声が耳に入ってきた。耳というより、頭に直接響いたように思う。それが何故なのかはわからない。チャンネルが開いていれば、メイリンを初め味方にも聞こえる筈だから。

 どこかで聞いたような声だと思った。そしてすぐに答えに行き着く。日中、道を尋ねてきた青年の声によく似ていた。あぁそうか、とシンは内心嘆息した。この一幕を切るのに、すでに一役買ってしまっているようだ。

 

「オォッ――」

『キャッ!?』

 

 身を震わせ、前方を見据えながら、サーベルを掲げるインパルス。その操縦席において、シンは腹の底から叫んだ。雄叫び、と行ってよい。ビリリとマイク越しに耳元のスピーカが震え、通信機越しに小さな悲鳴が聞こえた。

 突っ込んだ。カオスは、足にも仕込みサーベルがあった筈。使う前に懐に飛び込むには、真正面から行くべきだとシンは考えた。それは、功を奏した。カオスはライフルで狙うには近すぎると思ったか、サーベルに持ち替えようとする。しかし、慣れぬ機体であった事が不運だと、シンは笑う。

 

「遅ぇ」

 

 両手のサーベルを、三日月を二つ描くように宙を半回転させる。左のサーベルはライフルの銃身を切り落とし、右のサーベルで左腕に固定していたシールドを切り捨てていた。だが、まだだ。相手の胴がまだ無傷。終わってはいない。

 幸いだった、相手はまだ、全武装を把握しているわけではないようだった。足の武装が動く様子が無い。もし事前に調べていれば、自分ならこのとき足のそれを起動していただろうから。

 

 これなら、勝てる。彼はインパルスの脚部を持ち上げ、カオスの全面で掲げる。意図は、これだけで伝わるはずだ。

 

 フェイズシフト装甲という、通電し硬質化する特殊な装甲は、実弾をほぼ防いでくれる。しかし、壊れないという事は、壊れるほどの衝撃が和らぐことが無いという事でもある。それは、その装甲が先の大戦で開発されて以降にパイロットになった者は、教わる事だ。

 

 つまり――

 

「耐えてみろ」

 

 蹴りつければどうなるかは、明白だった。

 

 インパルスがつきだした脚部が、カオスの腹部、コクピット付近に直撃し、グリーンの機体が後方へと吹っ飛ばされる。文字通り、ボールを誤った場所へ蹴ってしまったように宙へ放られた機体が、黒煙を上げる格納庫の中へと落ちていく。

 その光景を見ていたか、アビスが接近してくるのがわかる。

 一方のガイアはと言うと、一機のザクに良いようにあしらわれているのも見える。あのザクのパイロットは、何処の所属だろう。正式なパイロットで訓練を積んだ者の動きでは無かったが、MSの足運びやガイアに対する斧裁きを見れば、恐れ入る手並みだとわかる。

 つまり、三つのうち一つは心配いらないという事だ。

 

「二つにだけ集中すりゃ良し、か。ありがたいね」

 

 アビスの胸部と、肩部ユニットから放たれる火力は、カオスのものとはまた別の厄介さがある。参対一では、生き残れる自身が無かった。だが不慣れな二対一なら、まだなんとかなる。

 カオスが、黒煙のなかから姿を現した。アビスがその隣に並び、気遣っている様子が見える。成る程、仲間同士の結束が強い部隊とみた。その点で言えば、こちらも負けてはいないとは思う。しかし今、仲間二人は瓦礫と闘っているという。

 

「MSは捕らえなきゃならない。二機も同時に相手に、レイとルナが来るまで時間を稼ぐ。――容易じゃねぇな」

 

 そう零した時、苛々は彼の頭から消えていた。

 

 

 

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