機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~ 機械人形は"蒼き星"の夢をみるか ~   作:松ノ木ほまれ

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第8話

 

 

 ~ 『アーモリーワン』工廠区 ~

 

 

(―― 出遅れた!)

 

 ザクの身を起こしたルナマリア・ホークは、最初にそう考えた。

 今、奪取された新型三機が暴れている。そのエリアが、逐次移動していく中で、MS上の瓦礫除去に時間を取られた事が悔やまれた。

 それが何故かは明白である。

 

 シン・アスカが一人で先行したからだ。

 

 戦況は良いとは言い切れない上に、先ほどミネルバへ向かっていったシンの顔は、冷静さが失せているように思えた。その気持ちがもし、先ほどの食事の思い出が潰されたからならば、やりきれない。取り返しの効く事で逆上し、怪我でもすればいたたまれなくなる。

 少なくともルナマリアにとって、シン・アスカという男はそういう男だった。

 二年前、軍へ入隊し始めてあった時、このハリネズミみたいな男は何様かと感じたものだ。それが彼の第一印象である。彼はいつも、廻りの人間を寄せ付けないようにしていた。訓練途中の休憩時間や、一日の課程が終了した後も、一人黙々と筋トレに打ち込んでいた事は覚えている。

 そういう性格なのかと、最初の内は思っていた。

 しかしそれが違うのだとわかったのは、二ヶ月目の格闘訓練の時だ。加減を誤って負傷した同期の手当を真っ先に買って出たのだ。その際の、シンの表情を見てからだ、彼女の中で印象が塗り変わったのは。分厚い氷の下に、マグマが煮立っている。それを知ってから、次第に目で追うようになった。

 だが、今もこうして心中で追ってしまう理由は、まだ彼には言えないと思う。彼女はざわめく心を押さえつけ、ミネルバのブリッジと回線を開いた。

 

「メイリン、今の状況は?」

『工廠区画は半壊、シンのインパルスと、友軍機の計二機が奮戦。カオス、アビス、ガイアはゲートHへ進行中。基地の部隊も、順次MS隊の立て直しが始まってます』

「それ、港に一番近い所じゃん」

 

 僥倖かと思った。宇宙港には、絶えず警備の艦艇が駐留している。その部隊と挟み撃ち出来れば儲けものではないか。しかし、その希望はすでに潰えている事がわかる。

 

『それが、基地司令部とコンタクトが取れません。潰されているようです』

「・・・・・・それって」

 

 幸運どころか逆だ。シンと、今闘っている味方機、つまりは二機だけ。

 そして後続している味方部隊が窮地に引き込まれようとしているという事ではないか。よくよく考えれば、奪ったMSだけでは逃げられない。別の手段を用意しておくなど当たり前だ。

 そんな事も頭に浮かばなかったのか。

 外へ追いかけた先に敵の大砲がありましたなど、笑い話にもならない。ルナマリアの全身の温度が下がる。それは焦りだった。シンがいなくなってしまう。そう思ってザクを宙へ飛び上がらせようとした時、誰かが彼女を静止した。

 

『待て、ルナマリア』

 

 彼女のザクから瓦礫を取り除いていた、白いザクである。レイの機体だ。一瞬、何故止めようとするのか訝しんだが、理由はわかった。配属が決まっていた新造戦艦ミネルバから、周囲のMSを収容する旨の通信が回っていたのだ。この混乱の最中、冷静さを保っていた一部の部隊が、物資をミネルバへ収容し始めていたのだと言う。MSの各種兵装や部品にいたるまで。

 

『急く気持ちはわかる。俺とてシンが心配だ。

 ただ、アイツが早々にやられる男では無い事くらい、知っているだろう』

「そりゃ、そうだけど」

『なら、万全を期すべきだ。簡単なチェックと、武装を取りに行くぞ。

 小さな瓦礫が詰まっていればこちらが死ぬ事になる』

 

 そう言うレイに従って、ミネルバへ帰投する事にする。虎口に飛び込む前に、戦力を整えるという事は理解出来たから。レイによれば、すでにインパルスと友軍機であるザクのパイロットにも帰投するよう通信が入っているらしい。

 

『進水式無しの船出だが、初航海の任務は敵艦の拿捕だ、気を引き締めろ』

 

 そういうレイに、ルナマリアは機体を頷かせて応える。

 一つだけ、引っかかった事は口に出さないでおいた。レイの事だから、気づいてはいるだろうがあえて言わないでいるのがわかったから。

 ミネルバに物資をこの混乱の最中に、正確に運び込まれた事そのものに違和感を感じてしまったのである。明日の式典に備えて、"出演"するMSの予備などは一部運び出していた。現に、レイ機とルナマリア機も外の格納庫でチェック、テストを行っていた。ミネルバへは、進水式の終了後に運び込まれる予定であり、そういう前提で荷物整理も行われていた筈なのだ。

 

(あらかじめ予定されてた、って都合が良すぎるか)

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 ~ オーブ連合首長国 ~

 

 星々がよく見える夜の事だった。

 

 海岸を、一人の青年が歩いている。

 他に人の姿は無く、風とさざ波の音色が耳をくすぐり、頬を優しくなで上げる。この感触が、【キラ・ヤマト】は好きだった。先の大戦が終結し、MSから降りた彼はオーブへ来て、半ば隠居に近い生活を送っている。

 傷心を癒やすため、というのが名目である。

 傷心していたのは、事実であった。疲れ切った、というのも嘘では無い。二年前、突如戦場に立つことになり、銃を手にとって人を殺した。やむを得なかったという言い訳が通用しない事くらい、理解しているが声高に叫びたい毎日だったとは、断言できる。厭になって逃げ出したくもなった。

 しかし、出来なかった。自分以外に戦える人間がいないという状況は、心を不安定にもさせた。

 

(あの時、希望があったかって考えると、そんなもの無かったんだなぁ)

 

 望んでいない形で、あこがれの人に近づくことにもなってしまった。

 【フレイ・アルスター】。学生時代の後輩であり、学校のマドンナだった人。友の婚約者だった人。自分が、その友から奪った人。自分が、奪われたとも今は思える。歪な関係だったという自覚もある。

 良好な関係では無かったのだ。彼女の父親は、彼が搭乗していた艦・アークエンジェルの眼前で船ごと散った。ソレを守れなかったとなじられた時の事は、未だに脳裏にこびりついている。相手がコーディネイターだから、本気で闘っていない、と。それは呪詛となって心に刻みつけられる事にもなった。

 今思えば、その後彼女と男女の仲になったのも、全てがこのどす黒く胸の内から湧き上がって来る感情による関係なのだと実感してもいる。閨の中でささやいた言葉は嬉しかったが、囃し立てる音でもあった。自分を剣として使おうとしているともわかっていた。しかし、あの柔らかい身体以外に、逃げ場が無かったのだ。

 

 今も、彼女を忘れる事が出来ない。彼女の肌のぬくもりも、掌から消えない。

 

 声が、耳から離れない。男として忘れたくないあの温度。膣のぬめりと舌ざわり。

 

 呪いが、キラにまとわりついている。

 

 目の前で、彼女は死んだ。

 

 業火の中へ消えて行く彼女の姿が、目から焼き付いて、消えてくれない。二年経った今もなお、夢に見る。再び、あの薔薇のような匂いを嗅ぐことは出来ない。あの暖かさに触れる事も出来ない。胸に顔を埋めて眠ることが出来ない。

 彼女の死を見て以来、男として死んだと思う。

 女を抱かなかったという訳では無い。市街地で引っかけた事も何度かある。終戦直後で、まだまだ頭が混乱している時期に、一夜限りの火遊びに身をさらそうと思った。この時になって、この作られた顔は役に立つのだなとは思ったものだ。ある程度の女なら簡単に引っかかる。

 しかし、ダメだった。機能その物がという訳では無い。持続もするし、あまりに攻撃的になりすぎて相手がへばったくらいは盛った。何人か、会いたがってくる女を囲う事も出来たとは思っているが、それはどうしても気が引けて出来なかった。身体にまとわりついているフレイの匂いを消したいと思ったのか、それとも同じ匂いを探しているのかは自分でもわからない。

 どの女を組み敷いても、鳴かせても、何の反応もしなくなるほどの仕打ちをしても、満たされなかった。次第に、自分が何をしたいのかもわからなくなってくる。

 工業系の勉強や仕事をしようという気力も、終戦のあの日以来わき上がってくる事が無い。こうして、毎日を過ごしていく事以外のモノが見つからない。

 

 爛れていると思う。責められても、文句は言えない。

 

 しかしそれ以外に何をせよと言うのだろう。

 

「何をすれば良いんだろ」

 

 オーブに隠れ住んでいる知り合いがいない訳では無い。母艦であったアークエンジェルの艦長、マリュー・ラミアスは"マリア・ベルネス"という名を得てエンジニアの仕事をしている。同腹の姉弟にあたるカガリは今、首長として頑張っているのだろう。

 だろう、という予測で終わるのも無理はなかった。日中は仕事で顔を合わせることも無いし、夜は夜でキラが家にいることの方が少ない。こうして浜辺で一人考え込んでいるか、部屋に籠もって機械をいじっているか、夜の街で火遊びに興じているのだ。合わせる顔が無い、と言った方がたぶん正しいのだろう。

 

 マリューも、カガリも、キラの夜の()()の事を知れば軽蔑するのが目に見えていた。こんな破滅へ突き進むような事を、何故求めてしまうのだろうと考える夜が、日増しに増えている。こういう時に限って、同居しているあの女性が何かを言ってくる事も無い。

 

 【ラクス・クライン】。

 

 プラントの先々代議長、シーゲル・クラインの一人娘にして、国のアイドルであった女性。友、アスランの元婚約者であり、自分に【フリーダム】という機体を与えた女性。二年前は、友を失いながら、友と闘って荒んだ心に差し込んだ、一縷の光のような女だと思った。

 ただそれは、アークエンジェルに戻る術も無い生活の中で、開いていた穴から見えた光なのでは無いかと、考え始めている。一緒にいる事が嫌になったとか、そういうのではないのだが、説明するのが未だに本人やマリュー達に出来ずにいる。

 

 人と一緒にいる感覚が、彼女にはない。

 

 そう口にすれば、当人は傷つくのがわかるので、言えずにいる。

 もしかすると、この何とも言えない感情の処理も出来ないから、別の女に逃げるのだろうかとすら考えた事もある。無論体温はあるし、血が出るのも知っている。男とは違って女は月に一回出血するのだから。

 しかし、二年という時間を過ごして、ラクスという女性がわからなくなってくる。

 好きだ嫌いだとかいう以前の問題なのだ。彼女の言葉は耳に心地よく、その姿は彫刻や絵画を見るときが如く優美な気持ちにさせる。香りは花園の真ん中に立っているかのようであり、彼女の近くでは、本当に安らぐのも本当だ。

 

 それは嘘偽り無く、真の事だと胸を張って言える。

 

 ただ、それはおかしいと心のどこかが叫んでいた。

 

 ラクスに抱く気持ちは、フレイに抱いた炎のような激しさが無かった。愛しいとか、恋しいとかそういう気持ちでは無いのではと疑うほどのものである。他の女の腕に絡まれている時のように、体温が上昇する感覚なども無い。

 

 そもそも、抱こうという気持ちすら湧いてこないのだ。

 

 彼女に抱く感情が()()()()のだと気づいたのはつい最近の事だ。下品な事は承知の上だが、女に劣情を抱かない男なぞそうはいない。性の対象には差異はあれども、ラクスほどの器量よしもそうそう見つけられるモノでは無い。それは確信を持って言える。

 ただ、何かが違うのだ。決定的に。

 故に、二年も周囲からは恋人認定で扱われてはいるものの、男女の仲にはなっていない。いや、なろうと思えなかった。人を辞める事になるという思いが、何故かあった。

 

「キラ、こんな所にいたのですね」

 

 背後から彼女の声が聞こえる。何時の間に近づいてきていたのだろう。気配も何も感じなかった。背筋を、氷のような冷たさが走る。これも、今年になってからより顕著に感じるようになった。

 体温はあるのに、彼女その物には人のぬくもりというものを感じる事ができない。

 一緒にいて安心感を覚えるのに、それが友人や家族と一緒にいる時のソレとは全く異質なモノである事は、妙だ。彼女は、本当に人間なのだろうか。今年の初めに、それに思い至り、一度そう考え始めると、止まらなくなる。

 

 SF映画の中で、主人公が出口の無い部屋に閉じ込められるシーンがある。実際は実験室で、監視カメラで管理されており、脱出に苦心したり、脱出した後の罠で死にかけたりする。そんな光景が、笑い事では無く今の自分に当てはまるのでは無いかと邪推する事が増えた。

 彼女の目は、ファインダーのように見える。

 彼女の声から聞こえるのは、スピーカから発せられたように聞こえる。

 彼女の肌が、人口のナイロン生地のように感じる。

 一挙一動が、元からそう動くよう作られた精巧な人形のようだ。そう考え初めてしまってからというもの、彼女への怯えを抑える事が難しくなっていく。妄想癖から来る陰謀論だ。そう何度自分に言い聞かせたかわからない。彼女の優しさを否定する事は、二年前自分を救ってくれた時にまで遡って、彼女を否定するという事だ。

 

 ただ不思議と、その発想が"裏切り"だと思えないのは何故だろう。

 

「家に戻りましょう」

「うん、わかったよ、ラクス」

 

 今の心配する一言も、まるで健康維持アプリのアラームのようだと思ってしまう。そんな発想をする自分は、もう人として壊れてしまっているのだろうか。

 それとも、彼女は本当に人間では無いのだろうか。嫌な人間になってしまった。そうキラは内心毒づいた。そして、何故フレイの事ばかり考えるのかが、何となくわかってきた気がする。

 

 自分を、愛憎入り交じる()()()()()()で見てくれるほぼ唯一の人だったからだ。

 

 ふと、一つ気づいた。

 

 二年前、オーブのオノゴロ島上空で見た、あの目。

 

 フレイから、あらゆる怨恨の籠もった罵声を浴びた時の目と、同じ色。

 

 あの人影の目を見れば、安心できるだろうか。

 

 まだ自分は、憎まれる()()であると、確認できるだろうか。

 

 

 

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