もしもチェーンがかかってたら   作:あルプ

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「「上手く素直になれなくて」」

 

 

【28歳・冬】

 

血が巡り真っ赤な手のひらに吹く息は白く、冷たい。しんしんと降る雪は広い道にたった1人の私を置き去りにしてひび割れたコンクリートの上へ落ち、消えてゆく。

街はカップルや子連れの家族が笑顔で過ぎ去って行く。街路樹は飾り付けられ、駅前では死んだ顔でこの日だけ人気な白ひげのお爺さんに扮したアルバイトが道行く人へ必死に声をかけている。

季節は12月。そして今日は24日。俗に言う、クリスマスイブだ。

最近では滅多に見ないホワイトクリスマス。そんな日に私は1人、愛する子供達から遠く離れた場所で虚ろな空を見上げている。

 

 

 

 

 

「何とかならないんですか!?」

 

クリスマスイブ、クリスマスの2日間にかけてのロケが決まったのはつい先週のこと。元々ロケの予定は無かったのに、急遽体調不良の女優さんに代わり代役に抜擢されてしまった。しかも、私の断りなく。

クリスマスは毎年決まって家族で祝っていた。年末年始、クリスマスの行事ごとには仕事を入れない暗黙の了解があった。だが、暗黙の了解は結局のところ文面に起こされた契約でもなんでもない。破ろうと想えば破れてしまうのが常だ。

 

「本当に申し訳ないっ!代役がいなくて困ってるって頭を下げられたら断れなくてな……」

 

いつもお世話になっている局からの要望。確かにそれは社長としては断りづらいだろう。でも、なんの断りなくってのはやはり違うんじゃないだろうか。

 

「………今回は引き受けるけど、今後クリスマスとか年末年始、授業参観、体育祭その他諸々に入った仕事はやらないから。書類も用意しといて」

「その、紅白の司会とかの依頼も来てはいるんだが」

「やるわけないでしょ。私は女優、タレントである前に2児の母親なの。何があろうと子供最優先だから」

 

有無を言わさず、せめてもの嫌がらせでドアを叩きつけるように閉める。僅かに軋む音が悲鳴のように鳴る扉に一瞥もくれてやること無く、私は事務所を後にした。

楽しみにしている子供たちになんて伝えようか。私はその事しか考えられなかった。

 

 

 

※※※

 

 

そして案の定、ルビーはギャン泣きしている。ヤダヤダヤダと漫画のように駄々をこねて。12歳にもなってこれはどうなんだろう……なんて思いながら私は何とか説得を試みる。

 

「ちゃんとプレゼントは用意するから。ね?」

 

ちなみにサンタさんが居ないというのは案外早くにバレたからそこは問題無い。

でも、問題はそこでは無いらしい。違う違うと更に涙を流してしまう。私にとって、子供の涙が1番辛い。喜んだ時やお説教の時の涙では無い、悲しい時の涙。特に今日はルビーの真意が分からずに困り果ててしまっている。

するとアクアが多分だけどと前置きをした上で口を開いた。

 

「ルビーは家族みんなで祝いたかったんじゃない?もちろんそれは俺もだけど。だから、仕事って急に言われて割り切れない……みたいな」

 

叫ぶのをやめてぐずりながらテーブルに顔を突っ伏し始めたルビーがコクコクと頭を縦に振る。

 

私は、自分が1番理解しているはずの事を忘れてしまっていた。いや、忘れていた訳では無い。だが、当たり前になりすぎて失念していた。

家族が皆で集まることの大切さ。とても貴重な事だということを。

 

元々私には無かったものだった。家庭環境は最悪。捨てられるように施設へ入り、そこからすら逃げ出して来た身の上だ。家族というものすら実感が無いままに育ってきた。

だから、家族が一緒にいないことへの悲しみというものが今、この時に思い浮かばなかった。16になるまで、2人を授かるまで理解の外側にあった発想。世間一般では当たり前すぎることなのに。

 

ああ……だから、私は欠陥品なのだ。人として、親として。

 

「そっか……」

 

場を繋ぐ相槌。でも、その次に続く言葉が紡げない。それが情けなくて、苦しい。辛い。自責の病理が私の心を蝕んでゆく。

 

「しょうがないだろ。母さんの仕事柄今までが奇跡だったんだよ」

「わかってるよぉ……けど、だけど………」

 

アクアがお兄ちゃんらしくルビーの背中をポンポンと優しく叩く。

私も何とか、言葉を捻り出す。

 

「ごめんねルビー」

 

傷つけないように

 

「これからはこういう日にお仕事入れないから」

 

もう、悲しませないように

 

「約束するよ」

 

希望をその瞳に宿してくれるように

 

「だから、ね?泣かないで。ルビーが泣いたら私まで悲しくなっちゃう」

 

それでも決して、嘘は言わないように。この子達にだけは、絶対に。

 

 

 

※※※

 

 

それからの数日はぎこちない日々が続いた。親子の仲直りというのは同じ家族でも兄妹のようにはいかない事を初めて知った。

それは娘であるルビーにとっても初めての事で。手探り手探りで仲直りの糸口を2人して探してるけどどうにも上手くいっていない。母親がこんなのではダメ。しっかり私から……と思ってはいるけど、そもそも家族という私を取り巻く環境においては私も2人と同じ12歳。悲しいくらい、私は子供だった。

 

そして、なんの進展もなく12月24日の朝が来てしまった。

仕事は好きだが、こんなに憂鬱なのは初めてだ。心臓が鉛になったみたいに重い。背筋に走る妙な悪寒は味わったことの無い不安に取り憑かれているからだ。無駄に引き攣る口角は仕事モードへ無理やり切り替えようとする私の職業病。この作り笑いが、嘘の仮面が、見送ってくれる2人の前では1番の毒なのに。

 

「2人とも行ってくるね。お土産買ってくるから、良い子にしててね」

「うん。気をつけて」

「………」

 

ルビーからの返事は無い。ムスッとしていて、まだ怒っているのが分かりやすく顔に出ている。

そんなルビーにどう声をかければいいか分からずに、私はただ頭にポンっと手を乗せる。

ルビーは載せられた手を小さな手で掴んで、そのまま胸に引きよせ抱きしめた。

 

「ちゃんと、帰ってきてね」

 

瞬間、胸に暖かいものが広がった。それが何かは分からないけど、今まで感じていた不安や恐れは何処かへと消え去った。

多分、まだ一緒に過ごせないことに対して割り切れてはいないのだろう。苦虫を噛み潰したような半泣きの顔で、床ばかりを見ている。

私は抱きしめられてる手ごと、ルビーを抱き寄せる。半ば無意識に。そうあるべきだと、そうするべきだと。

 

「……うん。すぐ帰るよ。お留守番、お願いね」

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ始まるわよ〜」

「「はーい!」」

 

私はリモコンを操作してアイが出演するクリスマスのロケ番組を探す。チャンネルの4を押すと、都会の喧騒とは無縁であるのどかな風景が映し出される。マイクを握る売れっ子芸人の足元まで積もった雪はホワイトクリスマスにおあつらえ向きで、画面の端々に身を寄せあったカップルが映っていた。

 

「今日はなんと!このお方が来てくれました!!元B小町、今は女優業で名を馳せている星野アイさんです!」

 

芸人の唐突な振り。生中継のカメラが映したのは慌てて少しオロオロしているアイ。

 

「えっ?えと、星野アイでーす。はは……」

 

露骨に低いテンションと作り笑い。これには子供達も不満たらたらなようで。

 

「この芸人なーんも分かってない!」

「振るタイミングがイマイチだよな」

「ってか、表情で察せっての」

「声のトーン露骨に不快感出してんだろ」

 

画面に齧り付きながら厄介オタクトークで盛り上がっている。

目が悪くなるわよと2人の首根っこを掴んでソファに移しても、2人の、特にルビーの勢いは止まらない。

 

「キーッ!私たちからママを奪っておいてこの体たらく……万死に処すべし」

「全くだ。売れ始めたからって調子乗ってるな」

 

アクアも乗っかり煽るし、今日はいつも以上に手を焼きそう。そう思うとため息が出る。

それに……

 

「ごめんよぉ……俺のせいでぇぇぇ………」

 

泣き上戸の社長(アホ)がずーっと机に突っ伏している。料理に勤しんでる私を手伝おうという気は無いのかコイツは。何故離婚していないのか自分でも分からない。

 

「2人ともご飯できたから準備手伝って〜」

「CM来てからじゃだめ?」

「分かった。CMになったらちゃんと手伝ってね」

「はーい」

 

2つのCMを挟んでようやくご馳走を並び終え、食卓に着く。私達はシャンパン、子供達はシャンメリーを開けてグラスに注ぎ乾杯。いつもは2人で仕事して、お祝いというお祝いすらしてなかったから少し新鮮だ。

 

「あ、お土産屋さん行ってる〜」

 

ルビーは未だテレビに視線を貼り付けている。アクアはチラチラテレビを気にしながらもどちらかと言うと机に並べられた料理に夢中だ。

カチャカチャという食器の音に顔を顰め、ルビーはリモコン片手に音量を上げる。

すると、鮮明に私の耳にまでアイの声が聞こえてきた。

 

「アイちゃんは誰かにお土産買ってったりするのかな〜?」

「ん〜、あんまりお土産買う相手はいないなあ。事務所の人くらい?」

「でも事務所の人っていったら人数多くて大変でしょ?」

「いやいや〜。ウチの事務所弱小で人数少ないんで」

 

「言ってくれるわね……」

 

なんとまあ可愛げの無い子になったものだ。でも、見るからに空っぽだった頃よりは良い笑顔をしている。

 

「で、今日はお土産買うの?」

「そうですね〜。じゃあ、これとこれ」

 

そう言ってアイが手に取ったのはご当地子供向けのキーホルダー。丸っこいフォルムとぷにぷにの感触が人気な商品をひょいと2つ、手に取る。

 

「随分子供っぽいけどそれでいいの?」

「良いんです。これは大切な人への贈り物なので。……」

 

その時、アクアが思いっきりむせて、苦しそうに泣いてしまった。その背中を擦るうちにインタビューは終わり、そのまま別のコーナーへと移ってゆく。

結局、その日のアイの出演はそれまでだった。

 

 

 

 

※※※

 

 

「良いんです。これは大切な人への贈り物なので。……」

 

 

「………2人とも見てるー?ちゃんとお土産持って帰るからね〜」

 

 

他の人にとっては見慣れない、私からすればいつものママの顔での意味深な発言。その後にママが小さく動かした唇の動き。創作物だと唇の動きから内容を掴むとは言うけど、そんなもの無理だと思ってた。

でも、簡単に、当たり前のようにママのそれは理解出来て。思わず涙が零れていた。

 

ママ。私もだよ。喧嘩もしたしワガママも言ったけど、ママはいつも私の憧れで、世界一、宇宙一大好きな人で。

 

 

「「いつまでも、いっちばん愛してるよ!!」」

 

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