「きゃ〜〜♪」
はしゃいだ声でルビーが滑り台を降りていく。
あれで中身が12歳だっていうんだから、本当幼稚すぎてため息が出ちゃう。
滑り台ごときではしゃげるなんて羨ましい。
こちとら酸いも甘いも噛み分けた大人の女なのだ、滑り台なんてちゃんちゃらおかしい。
今ならアクアが呆れたようにサイコロ本を読んでいた気持ちがわかる。
私はため息と共に手にした雑誌のページを捲る。
「幼児がSafari読んでる…」
「渋すぎる…」
保育園の先生達のヒソヒソ話が聞こえるけど、ギフテッドということでスルーされることだろう。
ふーん、今回はカサッとしたミドルがモデルなのね。私ヒゲとかは苦手なんだよね、やっぱりせんせとかアクアみたいにその辺はさっぱりしてて清潔感が必須っていうか…あ、このシャツなんてせんせに似合いそう。ママにそれとなく勧めとけば買ってくれるわね。ママのセンスって割と酷いからな〜ほっとくと平気でせんせとペアルックしようとするし。自分で鎖骨の見える服選んできて自分でハァハァしてるし。
「あ、あのエメラルドちゃん」
「おい、オレがさきだろ、なぁエメラルド」
「どうしたの、きーちゃん、ヒロくん」
せっかく気分良くせんせに似合う服を脳内でコーディネートしてたのに。
露骨にため息をついて見せても、所詮は相手は4歳児、取り込み中を邪魔されたことへの不快感や煩わしさを示して見せても気付いていない様子だ。
全くこれだからガキは…
男はやっぱり三十超えてからよね。
なんていうかこう、色気にしっとりとした湿度が程よく乗り出す。
アクアがあの世界で生きていて、三十路になってたらどうなってたのかな。
あの私たち兄妹の種の提供者の「アレ」に似た顔立ちではあるんだろうけど、そこにアクアの影とせんせの包容力が合わさった大人の男になっていたんだろうな。
あぁ〜〜凄く見たかった〜〜
そんなアクアとせんせの良いとこ取りした上にじっくりことこと煮詰めて熟成させた色気を放つ三十路過ぎなんて、見ただけで孕むわ。
やっべ、ヨダレ出てきた。
「─── い、おい!無視しないでくれよエメラルド!!」
「あぁ、ごめんなんだっけヒロくん」
いけないいけない、トリップしてたわ。
たまにこうなるのが今世の私のいけないところ。
色々考えることがあって、考える時間が有り余ってるせいなのかな。
こんなんだから、「元気いっぱいのルビーちゃん、夢見る乙女のエメラルドちゃん」なんて言われてしまうのだ。
「もう、きいてなかったのかよ。オレときーちゃんのどっちとあそぶんだよ!」
「ヒロくん、ぼくがさきだよ!」
「きーちゃん、ズルしたもん。ズルしてはしったからダメだろー」
「はしってないもん。はやあるきだもん」
心底クソどうでもいいことで争う幼児2人に辟易してしまう。
2人とも私に対して幼いながらも淡い恋心を抱いているようだ。でも、生憎年齢一桁の男に心揺らぐ趣味はない。彼らの初恋は淡いまま遠い日の美しい思い出になるのだろう。
いやはや、罪な女でごめん。
「こらこら、2人ともケンカしないの。エメちゃんが困ってるじゃない。ね、エメちゃん」
取っ組み合いになるかと思われたきーちゃんとヒロくんのケンカは先生の介入で終わりを迎える。
「仲良くみんなで遊びましょ?エメちゃんは何がいい?」
「う〜ん、おままごとかな〜?」
おままごと。
私の最近のトレンドだ。
子供遊びと侮ることなかれ。
ロールの配役決めで上下関係を叩き込みつつ、将来作りたい家庭への解像度を高める高度な遊びなのだこれは。
雨宮家ではせんせがパパ役、ママ、私、ルビーでママ役をローテする。
先輩は赤ちゃん役だ。
意外なことに、おままごとを最初一番馬鹿にしてた先輩が一番おままごとにハマっている。
クソみたいな母親を持った先輩の心に、赤ちゃんになって甘えまくるロールプレイはスッと効くらしい。
ロールをプレイってか、ロールでプレイっていうか。
プレイってそういうんじゃねーから。
「おままごとね、きーちゃんとヒロくんもそれでいいかな?」
「うん、エメちゃんがいいならそれで」
「しょーがねー、エメラルドに合わせるよ」
「うんうん、そうだね。そういうの大事よ2人とも。女の子の提案に一言目からケチつける男の子はロクなものじゃないから」
それな。
何でもいいって言っておいて、提案すると文句言ってくる男とか最悪だって…前世で先輩がよく言ってたわ。
お兄ちゃん死んでからの先輩、男運マジで無かったっていうか、取っ替え引っ替え過ぎてビッチ疑惑掛けられてたけど、アレは玄関で延々とチェンジし続けるような感じだよね。
何か私の周囲の人達、さっさと引退したあかねちゃん以外みんな芸能界の上澄みに居続けてたけど、男っ気なかったなぁ。
操立て続けようなんて殊勝なこと思ってた訳じゃないけど、擦れてるくせに妙なところが純情なままだったからなぁ…
歪な形で出来上がった価値観に極端な男性観叩き込まれたせいで、みんな男性観の修正が出来ないままアラサー、アラフォーになっちゃったんだよね。
「じゃあ先生がお母さん、きーちゃんが人妻の私に密かに片想いしてるパート先にいるアルバイト君。ヒロくんは私の旦那さんの弟で、兄の奥さんに横恋慕してる高校生役ね。それで、夫の名前は…」
「じゃあ先生の旦那さんは雨宮さんか。雨宮さんじゃ変か。吾郎さんね。エメちゃんのお父さんだもんね」
この
しれっと後妻に収まってんじゃあねぇ!
先生は頬を赤くしながら「吾郎さん?ゴローちゃん?シンプルに吾郎?うふふふ」などと世迷いごとを言ってる。
私とルビーのお迎えに来るのがせんせばかりなせいで、先生や保護者のお母さん連中にはすっかり雨宮家はシングルファザー説が浸透している。今や首相の名前は知らなくても星野アイの名前は知らない人がいないレベルの有名人のママが来ると大騒ぎになるから、余計な混乱は招かないようにとの事務所からの配慮だし、その配慮自体は妥当なものなのだけど。
それはそれだ。
おかげで独身の先生やシングルマザーの保護者連中からせんせへのねっとりとした熱い視線が鬱陶しいことこの上ない。このことを(言わなければいいものを)ルビーが家で話したものだから、ママは不満でいっぱいだ。
『私も行くー!ゴローが熟女から如何わしい視線に晒されてるなんて、これはレイプと言っても過言じゃないよ!!」
『過言でしょ』
そんなママと先輩のやり取りがあったのも記憶に新しい。というか子供の前でレイプとか口にしないでよ。ルビーが嬉々としてせんせに「レイプってなぁに?」なんて聞いてたし。レイプの意味知らないわけないだろオメェ前世と合わせたら16よ?何て説明したらいいのか困ってるせんせ見て息荒げてるし。何プレイ楽しんでんだ妹よ、と思わず頭を思い切り叩いた。
「ねぇ、エメラルド?弟か妹欲しくない?」
この
初手から年齢設定無視してきやがって。
「吾郎とも話してたのよ。エメラルドもルビーも家を出ちゃって寂しいねって」
「高齢出産が過ぎるんじゃない?止めておきなよお母さん」
「大丈夫よ、お母さんまだアラフォーだし」
「お母さんもしかして、私達のこと15、6で産んだ設定?」
「卒業したら結婚しようって約束だったけれど、吾郎ったら我慢できなかったのね。そのせいで吾郎も教職を辞めることになって、エメラルドとルビーが産まれたばかりの頃は本当に大変だったわ」
この
結局、おままごとは母と娘で父を取り合うドロドロの近親相姦三角関係の果てに一家無理心中へと行き着いた。
多様性、便利な言葉だ。
「ホント、モテすぎよねせんせ。前の頃よりモテてない?」
ブランコを漕ぎながら砂場で遊ぶルビーを眺める。
あの子は「せんせならモテて当然」と言ってはいるが、ルビーよりちょっぴりお姉さんな私にはわかる。
前からずっと疑問だったけどやっぱり確信する。
せんせも陰のある人だったのだけど、それを隠すのが上手い人だった。
こっちのせんせは隠しきれていないというか、無理に隠そうとしていない。
まるで雨宮吾郎らしく以前よりも振る舞えていないような気がする。
「あはは、さすが。歳を重ねただけあって鋭いよね」
「あんた、やっぱり”こっち”でもいるんだ」
「つまんない、驚かないんだね」
大きくブランコを漕ぎながら、私と同じくらいの歳の女の子がくすりと笑う。
私の記憶よりも幼い姿には少し驚いたけれど、その憎らしいほどに整った顔立ちも、淡い色の柔らかそうな髪も、記憶の中のソイツとピッタリ一致している。
「君の考えてるとおりだよ」
ブランコに合わせて柔らかな髪が靡くのを視界の隅に捉えながら、私は投げかけられた言葉の意味をゆっくりと呑み込む。
「君がただの他人だと訣別して、君と仲違いをしたままとうとう君の目の前で息絶えた君のお兄さん。君の知ってる雨宮吾郎の生まれ変わりでもあった…星野アクア、その彼がもう一度雨宮吾郎になったのが、君の今のお父さんだよ」
当たっていてほしいけれど、覚悟が出来ずに先送りにしていた予感だった。
「どうして…」
「それは何に対しての問い掛けなの?」
ブランコを漕ぐのを止めて、つぶらな瞳が愉しげに私を見つめる。
「私もアクアも戻すなら、せめて双子でもいいでしょ」
「本当は他人が良かったみたいな口振りだね」
久しぶりの再会だけど、少しも嬉しくないと改めて思う。
本当につくづく嫌な奴だ。
「そうだよね。他人じゃないと恋愛出来ないもんね。もしかして、
「アクアは私のお兄ちゃんだよ」
「それを彼の死に際に言えなかったのが君の未練かな」
知っているくせに、そう毒突きたくなる。
「これはね、ご褒美なんだよ。君と彼に対する。彼の行動に納得している者達は彼にもう一度やり直すための命と時間を与えた。だけど、彼はやり方を間違えた。だから、一つだけペナルティーを設けたんだ」
「ペナルティー…なんて、そんなのないでしょ」
今の
罰なんてどこにあるというのだろう。
「大切な
嫌な笑みがすぅっと消える。
私を見る瞳から嘲りが消え、責めるような色が浮かぶ。
「最後まで幸せを見届けられなかった
その言葉の意味をすぐには理解出来なかった。
「何度も確信に近いものがあっても、名乗り出ることを先送りにしてきたでしょう?自分に"色々な言い訳"をしてまで。本当の君だったら、後先考えずにすぐに名乗り出て飛び付いてもおかしくないのにね。彼だったらきっと受け止めてくれるとわかっているのだから、そうすることの方が手っ取り早いのに」
確信がない、
アイにバレないようにしたい。
ルビーが知ったら困るから。
もしかして、
そんなもっともらしいことを考えては確かめることを先送りにしていた。
時間はまだある。
焦らなくてもいい。
家族なんだからいつでも言える。
もう少し。
もう少しだけ。
そうやって先送りにしていたのは、わたし自身の判断だった。
そう思っていた。
「安心して。君の意識が乗っ取られているとか、操られてる訳じゃない。"そのことだけ"について規制が掛かっていると思えばいいよ。だけど、そのことだけは君にはどうにも出来ない。彼への罰だからね」
アクアは
それは、
『私はもうアクアの事を家族だなんて思わないから』
あの言葉を2度と取り消す事が出来ないということ。
あの言葉が私がアクアに向けた最後の言葉のままだということだ。
「まぁ、気にする事じゃないよ。
慰めるつもりがないことは、言葉に温度がないことが物語っていた。
「パパ!!」
砂遊びをしていたルビーが顔中に喜びを浮かべて立ち上がった。
せんせが笑顔でこちらに手を振っているのに気付いたルビーが子犬のように駆け寄って行くのをブランコに座ったまま私はただ眺めていることしか出来なかった。
・雨宮エメラルド
おままごとのお気に入りシチュ:「恋愛結婚した夫と幸せな生活を送っているが、少し刺激を求め始めている、そんな矢先に自分に片想いする大学生や職場の後輩からアプローチを受けて、私どうしたらいいの?」
2度とアクアに謝れないことに激しく曇り、泣き伏したが、一週間くらいすると、過去を悔やんで泣き続けるよりも、目の前のアクア(せんせ)に甘えねぇのは勿体ねぇなと気付く。
16歳だった頃の自分なら耐えられなかった。34歳の酸いも甘いも噛み分けた今の自分だから開き直れた。
・雨宮ルビー
おままごとのお気に入りシチュ:「近所のお兄さんに憧れ続けている私と、そんな自分を最初は歳の離れた妹としか思ってなかったがいつのまにか1人の女へと変わりつつあることに戸惑う近所のお兄さん。そして我慢出来なくなったお兄さんは私が16歳になった夜に押し倒してきて、私もお兄ちゃんのことずっと好きだったから…いいよ?」
・有馬かな
小学生なのにおままごとに付き合わされるのはキツいとか言いながらいつも一番堪能してる子。
赤ちゃんプレイに父母役にダバダバに甘やかされるのは疲れた心に沁みるんですわ。
最近おしゃぶりを口にすると心が落ち着くし集中出来ることに気づいたのだが、うっかりおしゃぶりを咥えて台本を読んでるところを黒川あかねに目撃されて口封じを半ば本気で考えた。
・黒川あかね
私、かなちゃんが望むならママになるよ?
・雨宮アイ
ゴローに色目を使う保育士と保護者がいると聞き、気が気でない。ゴローが私のことを好きすぎるのはわかりきってるけどそれはそれ。
お気に入りのおままごとシチュ:「小学生アイドル時代から見守り支えてきたマネージャーがとうとう我慢出来なくなって16歳になった夜に押し倒してきて、私もマネージャーのことずっと好きだったから…いいよ?」
・きーちゃん
エメルビと同じ保育園に通う男の子。
ヒロくんと双璧をなすイケメン園児。
女の子にチヤホヤされることしか知らなかったが、自分をめんどくさそうに扱うエメラルドに出会って恋に落ちた。
自分を煩わしそうに見るエメラルドの目に何かの扉が開いた。
・ヒロくん
エメルビと同じ保育園に通う男の子。
きーちゃんと双璧をなすイケメン園児だが、穏やかなきーちゃんと違ってガキ大将気質だからかきーちゃんほどはモテない。
それでも顔がいいので女子にはモテる。
自分に一切興味を示さなかったエメラルドにカエルを押し付けるクソガキムーブをかました結果、腰の捻りと体重移動が完璧で究極の右ストレートで赤い実が弾けた。
べ、別に好きとかじゃねーし、ただ、おもしれー女だなって…
・先生
エメルビの通う保育園の保育士さん。
25歳、巨乳、童顔美人。父兄から絶大な人気を誇る。
男にモテるが男運が無い。
吾郎に会って「ああ、今まで長続きしなかったのはこの人に出会う運命だったからなんだ」と天啓を得る。その神様機能してませんよ?
エメラルドとルビーには他の園児よりも若干甘い。将を射んとする者はまず馬を射よの精神だが、三頭目の馬がいることを彼女は知らないし。馬三頭とか戦闘馬車かな?