さりな「どうしたのせんせ?」   作:FOOO嘉

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覆水盆に返らず。


ドンマイ☆ルビーちゃん

 

 

 

お兄ちゃんはせんせだった。

 

ずっと私を見守ってくれていたんだ。

 

そんなお兄ちゃんで、せんせだったアクアが死んだ。

 

アクアの身体が冷たくなるまで、私は呆然としていた。

 

お葬式で1番泣いたのは先輩だった。

 

ミヤコさんは泣き疲れて、ボロボロになりながら喪主を務めていた。

 

私は現実感がないまま、ただただミヤコさんの隣で立っていた。

 

棺の中のアクアにお別れを言っても

 

火葬して灰になったアクアを見ても

 

アクアの白い欠片をお箸で摘んだ時も

 

何も現実味が無かった。

 

手紙も何もアクアは残してなくて、私名義の通帳だけが見つかった。

メッセージは何も無くて、「好きに使え」と言われたような気がした。

気軽に使えるお金じゃなくて、私はそれを引き出しの中にしまって鍵をかけた。

使えばアクアのいた事実が減る気がして。

 

先輩はお葬式の後も泣いてた。

目が腫れて、鼻が真っ赤になっても、ずっと泣いてた。

みっともなく泣き喚いて、泣き伏して、泣き暮れていた。

 

あかねちゃんは静かに泣いていた。

綺麗で大きな瞳から静かに涙を流していた。

棺のお兄ちゃんに口付けをした時の横顔がまるで雨の日に項垂れるように咲く白いお花のようだった。

 

 

誰よりもメチャクチャ泣いてたロリ先輩は、半月程お仕事を休んだ。

休んでる間も、引きこもって泣いてたらしい。

らしいというのは、半月経って復帰した先輩から聞いたから。

 

『私を置いて行ったこと後悔するくらい輝いてやるわ』

 

復帰した先輩は吹っ切れたように笑って言った。

 

 

あかねちゃんは休まなかった。

お葬式の翌日もお仕事に行っていた。

もうすぐクランクアップする映画の撮影があるらしい。

心の底からの女優だと素直に思った。

強い人だと思った。

1ヶ月後、あかねちゃんは撮影を終えたと同時にお仕事をお休みした。

 

 

無期限休業

 

 

テレビでそう言っていた。

 

MEMちょと一緒にあかねちゃんの映画を観に行った。

 

映画は、強くてまっすぐな女の子が困難に挫けずに、どれだけ辛い目にあっても人を信じて進み続ける人生への讃歌に満ち溢れたものだった。

主役を演じるあかねちゃんの演技は壮絶だった。

各所で絶賛されるような演技だと思った。

人生讃歌なんて華やかで明るいものじゃない。

魂の全てを削り取るような演技。

あかねちゃんは全身でこう叫んでいた。

 

 

『私も連れて行ってほしかった』

 

 

 

それから、暫くしてあかねちゃんに呼ばれた。

お兄ちゃんのお葬式から一年近くが経っていた。

 

「久しぶりだね、ルビーちゃん」

 

私は言葉が無かった。

髪を今ガチの頃より短くしていたからじゃない。

少し痩せてたからじゃない。

その腕に抱いているものに目が釘付けになっていたから。

 

利発そうに澄んでいて、煌めく星を宿したような瞳。

 

少しふわふわとした髪。

 

見覚えがない訳じゃない。

 

それどころかよく知っていた。

 

生まれた時、この世に生まれ直した時からずっと側にいたから。

 

 

「お兄ちゃん…」

 

そう思わず呟いていた。

 

 

 

 

「私ね、本当は死ぬつもりだったの」

 

膝の上の我が子の髪を優しく撫でながらあかねちゃんが世間話のように口にした言葉は、口調とは裏腹にとても重かった。

陽を浴びてシャンパンゴールドに輝く猫のような髪の毛を指先で優しく梳く姿は記憶の中のアイの ーー ママの姿に重なる。

 

「撮影だけは終わらせようって、半端な事はしたく無かったから。悔いが残らないようにして、それからアクア君の後を追うつもりだったの。でも、出来なかった。この子がお腹にいることがわかったから」

「お兄ちゃんの子だよね」

「アクア君としかしてないから」

 

誇るように、それどころか優越感すら滲ませた微笑みに私は気圧された。

 

「アクア君がいた証がここにいるのに、死ぬなんて出来ないもん」

 

 

それからは色々なお話をした。

 

B小町のライブのこと

 

ロリ先輩のドラマの出来について

 

フリルちゃんと共演したこと

 

みなみちゃんの胸が更に大きくなったこと

 

壱護さんが未だにミヤコさんに許してもらえず家に上げてもらえていないこと

 

一年もの間の隙間を埋める様に色々なお話をした。

 

けど、お兄ちゃんとどんな経緯があって、子を成したのかは聞かなかった。

あかねちゃんに「思い出が欲しい」と泣きつかれて、それを振り払える強さがあの人にあるとは思えない。

それとも、怖くて縋り付いたのかもしれない。

お兄ちゃんが不意に見せる弱さを私は知ってるから。

どうして子供が出来たのか。

あかねちゃん1人に押し付けるとは思わない。

手紙の一つも残さなかったあの人が?

 

そんなことしているとは思えない。

 

していてたまるものか。

 

そんな不満を込めた目で見つめてみても、あかねちゃんはにこりと微笑むだけだ。

 

笑っているような泣いてるような顔で。

 

憂いてるような喜んでいるような顔で。

 

 

 

夕食の用意してくるね、と言い残して、あかねちゃんは、赤ちゃんを私に預けて行った。

気づけば時間は7時を指していた。

私は膝の上の可愛らしく小さな温もりの主の頭に鼻をつけた。

 

優しいミルクのような香り。

軽くつむじに息を吐くかかけると、くすぐったいのか可愛い声を上げる。

思わず笑みが溢れる。

 

 

父親譲りの透き通るような金糸のような栗色の髪。

 

夜の湖みたいに青みがかった瞳。

 

女の子みたいに整った利発そうな顔。

 

天使みたい。

 

本当に可愛い。

 

本当に似てる。

 

本当に ーー

 

「ねぇ、本当はお兄ちゃんなんでしょ?」

 

詰問するような口調になってしまうのを抑えようと歯を食いしばる。

そんな私の葛藤なんてわからないかのように、お兄ちゃんに瓜二つの膝の上の存在は、ただ、きょとんとした目で私を見つめる。

 

「本当はわかってるんだよね?アクアだよね?ねぇ?」

 

じーっと私を見つめる碧い瞳を見つめ返す。

 

「ねぇ、ねぇ。今なら怒らないから。とぼけてたこと許してあげるから…ねぇ…」

 

 

 

「だぁ〜う」

 

 

 

私が笑いかけたのが嬉しかったのか、嬉しそうな唸り声を上げて、ぺちぺちと紅葉のような手が私の頬を叩く。

 

 

本当に無垢で、無邪気で

 

私のよく知る顔で

 

私の全く知らない笑顔を

 

その子は浮かべていた。

 

 

この子は普通の赤ちゃん。

利発なんだろうけど、普通の範疇の利発さ。

喋らないし、口うるさく小言を言わないし、推しのアイについてオタクトークだって口にしない、普通の赤ちゃん。

 

 

アクアがあかねちゃんに遺した、アクアの子。

 

アクアの子ども。

 

アクアじゃない。

 

アクアはもういない。

 

アクアはもういない。

 

アクアはもういない。

 

アクアはどこにもいない。

 

アクアは私のそばにいない。

 

 

 

アクアはもういないんだ。

 

 

 

「アクアぁ…」

「あう?」

 

不思議そうに小首を傾げる子に笑い返そうとするけど、嗚咽が止まらない。

 

 

「ア゛…ク゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛

 

ァ゛ァァァァ……えぅ、あ゛

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛

 

ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁ……」

 

 

 

アクアが死んだ。

 

その事実をようやく私は理解した。

 

 

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