さりな「どうしたのせんせ?」   作:FOOO嘉

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時系列は適当


森伊蔵

 

今日は最高の日だ。

 

アイの東京ドームライブは最高だった。

 

いや、最高なんて言葉で片付けていいのか?

 

彼女の過去最高のパフォーマンスだったと断言出来る。

 

B小町のその他のメンバーも素晴らしかった。

 

アイに焼かれ、劣等感や嫉妬に折れてもおかしくないのに、彼女達もまた彼女達にしか出来ない最高のパフォーマンスを見せてくれた。

 

高峯さんも、ニノちゃんも、渡辺さんも、

 

壱護さんの紹介でメンタルケアを兼ねて話すようになった彼女達は、

 

アイという強すぎる光に焼かれてしまったから、

 

自分の輝きを信じられなくなっていた。

 

あの子達だって、眩しい魅力を持っているのに。

 

ちょっとしたきっかけでそのことに気付けば、

 

輝きを増すのはあっという間のことだった。

 

アイという一番星と引き立て役じゃない、

 

アイという一番星に負けまいとそれぞれが輝く星々の輝きがドームを満たす様は圧巻だった。

 

アイに負けまいと輝いて、それが相乗効果のようになって、ドームという巨大すぎる場所であってもなお満たしてしまう輝きを燦々と放っていた。

 

 

あ、思い出すとまた泣いちゃう。

 

 

主役のアイ達は現在華やかな打ち上げに出席。

 

俺は壱護さんとサシ呑み。華やかさのかけらも無い、むさ苦しさしか無い。壱護100パーセントだ。

 

ま、気楽でいいんだけどさ。

 

関係者も集まる盛大なパーティーになるから、社長代理兼、未成年のあの子達に近付く不埒な大人達から、あの子達を守る為ミヤコさんは打ち上げに参加。

 

いやいや、壱護さん、そこは出席しろよ。

今後の繋がりのためにもさ。

 

『ゴロちゃん先生もきてよ』と言ってくれたのは芽衣ちゃんだったか。

 

リップサービスでも嬉しいが、自分の分は弁えているので丁重にお断りした。

 

つーか、ああいう業界人達と飯を食ったりするのは、アクアの頃で嫌というほどやったし。

 

 

可愛い子を眺めながら食べる飯は美味いんだけどね!

 

可愛い子を眺めながら飲む酒は格別なんだけどね!

 

 

俺は部外者なので、ここで勘違いしてのこのこ行った挙句に、あの子達のスキャンダルの火種にでもなったら一大事だ。

 

B小町オタとしては推し達の足を引っ張るなんてあってはならない。

 

で、

 

壱護さんに招かれて晩酌に付き合っていたが、途中からもうお互い呑みながら泣いちゃったね。

 

壱護さんは娘と思っているアイが夢を叶えたのを見届けたのだから、感激がひとしおだろう。

 

勿論俺も感動した。

 

けど、単にアイ達が見せたパフォーマンスに魅せられたからではない。

 

一つの満足感があった。

 

見るべきものを見たような、心の中で蹲って泣いている星野アクアが少しだけ救われた気がした。

 

あの日、くだらない悪意によって踏み躙られたアイの夢の実現。

 

それを間近で見ることが出来た。

 

気付けば俺は泣きながらその姿を見ていた。

 

守れなかった光景を見ることが出来たから。

 

ルビーが見ることができなかった光景。

 

さりなちゃんが見たかったであろう光景。

 

それを見ることが出来た。

 

自分が逆行した意味を少し理解できた気がした。

 

初めて微かに自分に価値があるように思えた。

 

アイを祝福する気持ちはある。

 

推しであり、母であったアイ。

 

そして、5年以上の交流を経た今となっては、烏滸がましくも娘、あるいは妹のように彼女を想っている自分を感じる。

 

さりなちゃんを救えなかったのと同時に出会い、交友を深めるようになった12歳のアイ。

 

それから18歳になるまで見守ってきたのだ。

 

さりなちゃんの夢を体現するアイ。

 

ルビーのように見守ってきたアイ。

 

代替として見ていないと、断言はできない。

 

救えなかった、最後まで寄り添えなかったあの子達への罪悪感を軽くする為にアイを支えていたことを否定出来ない。

 

愛しくて、大切だった2人の少女。

 

さりなちゃんに見せてあげたかった。

 

ルビーに見せてあげたかった。

 

もっとも、ルビーは俺にそんな想いを向けられても迷惑かもしれない。

 

あの子にとって俺はたまたま同じ血を分けた器に宿った他人でしかない。

 

そんな俺に、アイの秘密を暴き立て、あの子の心を傷付けた俺に、兄貴面されても嫌かもしれない。

 

それでも、こうして想うことだけは大目に見てほしい。

 

あの子の道を阻む物は全て取り除いた。

 

ミヤコさんがいる。

 

有馬がいる。

 

MEMだっている。

 

あかねも、きっと力になってくれる。

 

捻くれてて、斜に構えた俺なんかと違って、ルビーは愛される為に生まれてきた子だ。

 

だから、願う。

 

あの子の行く道にありったけの幸福を、と。

 

 

「せんせ、見えない秘密は蜜の味って…知ってる?」

 

フリフリの最高に可愛い衣装で俺にまたがるアイは最高に可愛いけど、

 

手を出した瞬間に人生が終わる予感をひしひしと感じる。

 

ていうか、アイちゃん。

 

スカートを口に咥えるとか、そういうのどこで覚えたの?

 

お父さん正気でいられないかも。

 

OK。

 

落ち着け雨宮吾郎。

 

冷静になれ星野アクア。 

 

ここはどこだ?

 

壱護さんの家の客室。

 

なんでいる?

 

アイの東京ドームライブの打ち上げ代わりに2人で家呑みをしててそのまま泊まる流れになったから。

 

アイはどうした?

 

打ち上げに出てるはずでは?

 

メンバーと仲の悪かった頃なら居づらくて抜け出してきたとも思うが、

 

今のアイと他のメンバーの子達の関係は悪くない。

 

B小町の子達は、大なり小なりアイという存在の眩さに焼かれた子達だ。

 

確かに、太陽を前にしてあらゆる星は己の輝きを卑下するかもしれない。

 

けれども、星の輝きに心救われた子達だっているはずだ。

 

燦々と輝く光より、煌々とした光に心を拠り所にする人は必ずいる。

 

そこを教えるべきは大人の役目だ。

 

ハッキリ言えば壱護さん次第でどうにでもなった。

 

あの子達に必要なのは、数こそアイに及ばないまでも、自分という存在の輝きを見てくれる存在だからだ。

 

当たり前だろう。

 

アイドルを目指す幼い少女達だ、いつだって「自分を見て!」と心が叫んでいるに決まってる。

 

だから、俺はそれを伝えた。

 

専属のドクターとして任された以上、医者として心を尽くすつもりは当然あった。

 

だが、それ以上にB小町のオタクとしては、自分が推してるグループの子達が辛そうにしているのは耐えられなかった。

 

些細な取るに足らないオッサンの言葉かもしれないが、一人一人に伝えた。

 

それが、あのライブの素晴らしさに僅かなりにも貢献してると思うと誇らしかった。

 

もし、このまま心筋梗塞にでもなったとしても、悔いはない。

 

その時はあの世でさりなちゃんと共に紅玉色の、アイの、ルビーの色のサイリウムを振るまでだ。

 

と、そんな幸福に満ちた気持ちで壱護さんの家の客室で寝ていたのだ。

 

それなのに、腹にのし掛かる重みに目を覚ますと、

 

跨っていた

 

アイが

 

で、見えない秘密は蜜の味というわけだ。

 

いやいやいや、何がだ

 

見えない秘密って何だ

 

 

「えへへへ〜せんせ、そんなに見たいの?知りたいの?私の見えないヒミツ?」

 

トロリとした蜂蜜のような笑みにゾワっとする。

 

わかるよ、わかるからスカートはとりあえず戻そうか?

 

ちなみに、する前にきちんと洗わないと、蜜の味はしない。

 

チーズ臭かったり、アンモニア臭がしたり、酸っぱかったり、しょっぱかったり

 

色々だ。

 

それはそれで良いのだが。

 

それもまた味わい深いものがあるのだが…ちょいちょいちょい、何考えてるよ。

 

オッサンか

 

オッサンだったね

 

いや、止めてくれ俺のなかの星野アクア

 

『あかねはボディーソープの香りがしたな。キチンと準備してたって。あ、でもほんのり…』

 

誰が食レポしろって言ったよ。

 

お前、よくそんな余裕あったな。

 

あれ最後の始末付けに行く前の日だったよな?

 

『連れて行ってくれないなら、私の中にせめてアクア君の爪痕を残してって泣きつかれたら突き放せねーよ』

 

っかぁ〜〜、嫌だねぇ、自分が未練タラタラなのに、女の子のせいにするの。

 

自分の気持ちに向き合うのが怖くて、見て見ぬふりするくせに、

 

本当はとっくにわかってて、何なら逃げ道塞いで欲しいとか思ってんのな。

 

あかね缶蹴りで缶の回りで待機してるタイプだもんな。

 

仕方なかった、

 

やむを得ず、

 

そういう前置きが欲しいって、どんだけ女々しい男だよコイツ。

 

救いようの無いクズ男だわコイツ

 

 

俺だったわ

 

 

「…せんせ、今他の女の子のこと考えてた?」

 

ヒェッ…

 

指先でなぞるのやめて

 

鳩尾のあたり指で突くの妙に怖いんだけど。

 

刺す部位確認してるとかじゃないよね?

 

違うよね?

 

「せんせーが悪いんだよ?私を焦らすから」

 

意味がわからない。

 

「勉強したんだ〜。恋は駆け引き。焦らすのもテクニックなんだよね?

 

せんせは私を嫉妬させたかったんだよね?

 

だから、みんなにあんないい顔してたんだよね?」

 

 

 

え?

 

え?

 

ちょっと何言ってるのかわからない。

 

誰か大人の人呼んできて。

 

遺憾の意を示そうとした口は、齧り付くようなアイの唇で塞がれた。

 

 

 

 

「雨宮先生って、いいよね」

 

誰かがそう言った。

 

せんせにお願いして、苺プロの専属のお医者さんみたいになってもらったんだけど。

 

せんせがB小町のみんなに受け入れられて、私は妙に浮ついて、誇らしかった。

 

みんなにせんせが素敵なのを知ってもらえたから。

 

好きな人を共有できるって、なんて素敵なんだろ。

 

これが恋する喜びなんだ。

 

この頃はそう思っていた。

 

でも、そんな時間はすぐに終わりを迎えた。

 

 

『雨宮先生っていいよね』

 

 

『ゴロー先生と遊びに行っちゃった』

 

になって

 

『ゴローちゃんだけは私を見てくれる』

 

に変わった。

 

知ってる。

 

せんせが、うちのメンバーのケアをしてるって。

 

せんせがメンタルケアというか、悩み相談をしてるんだって。

 

だって、みんなどんどん明るく元気に、可愛くなっていってるからわかるよ。

 

ダンスを頑張り過ぎてる子には、身体を労わりながらも好きな点を述べて、演技の勉強をしてる子には、セリフの読み合わせに付き合ったり、歌のレッスンにプライベートの時間を費やしてる子には、ご飯に連れて行ってあげたり。

それだけなら、私はただ嫉妬して終わっていた。

嫉妬を堪える子の演技を知っていたから。

だけど、それだけじゃない。

 

 

 

『確かに君にはアイのような輝きが無いかもしれない。

 

でも、君にある輝きがアイに無い。劣等感を抱くなとは言わない』

 

 

 

偶然立ち聞きしたのは、初めて味わう嫉妬を持て余してたから。

まーた、いつものメンタルケアですかって、もしかして、そういう手口で可愛い子口説いてるのかなって、少しムカついてたのもあって、後で揶揄ってやるつもりで盗み聞きした。

 

そんな軽い気持ちだったのに。

 

 

 

『それはどうしても生まれてきてしまうものだ。抱えて行くしかない。

 

だけど、アイも君と同じ、ただの女の子なのをどうか忘れないでくれないか?

 

自分の気持ちに自信が持てない臆病な女の子なんだ。

 

半端に器用だから自分のことも騙して、自分の悲鳴にも聞こえないふりをする不器用な子なんだ。

 

だから、あの子を独りにしないでくれ』

 

 

 

気が付けば涙が溢れていた。

 

涙が溢れて止まらなかった。

 

演技じゃない、本当の涙はなんて熱いのだろう。

 

身体が芯から揺さぶられて、熱くなった。

こんなにも私を大切に想ってくれる人がいるのだと、私は生まれて初めて「感動」していた。

 

同時に苦しくなった。

 

恋って、甘酸っぱくて素敵なものだと、色々な本や映像で言ってるのに全然違う。

 

恋は焦りだ。

 

早くしないと奪われてしまうかもしれない未来への焦りだ。

 

この人の良さは私だけが知ってると、呑気にふんぞり返ってる場合じゃない。

 

早くしないと取られちゃう。

 

私は、あの人が欲しい。

 

せんせが欲しい。

 

だから、ライブが終わると共に打ち上げなんて忘却の彼方へと追いやって、佐藤社長のお家に泊まってるせんせに突撃した。

 

ベロベロに酔っ払ってる佐藤社長が何かウザ絡みしてきたのを当て身で気絶させて、せんせがいつも使ってる客室に飛び込んだ。

 

汗まみれで恥ずかしい気持ちより、そんなものに時間を割いてることのほうが余程勿体無い。

 

あと、私の見立てではせんせは、シャワーを浴びてないのは、それはそれで良いと思うタイプだ。

 

あと、上下の下着が違ってるのも興奮するタイプだ。

 

社長と呑んでる時に喋ってたのを盗み聞きしたから間違いない。

 

せんせはどうして自分が押し倒されてるのかわからないって顔をしてる。

 

それがまたイライラする。

 

余裕のある大人ぶって、隙だらけのこの人に腹が立つ。

 

B小町のBは「バーサーカー」のBだということをせんせは知らない。

 

酔っ払ってるせいか、私を押し退けようとするせんせの腕の力は弱い。

 

良かった、めいめいあたりに先を越されなくて。

 

酒に酔っ払ってふにゃふにゃのせんせは差し詰め、鴨が葱を背負って、土鍋の中で出汁に浸かってるようなものだ。

 

ただでさえ、女の子に泣き落とされたらズルズル流されそうなところがあるのに、こんな姿をバーサーカー共に見せたらどうなる?

 

冗談じゃない。

 

火を点けて、美味しく頂くのはこの私だ。

 

だから、私は問答無用にせんせの唇を奪う。

 

人生初のキスがマウントポジションからのディープキスなのは流石に参考文献には無かったけど。

 

 

初めてのキスは森伊蔵の味がした。

 

 

 

 

「……女の子です」

 

「やった」

 

「双子の」

 

「双子!!」

 

女の子の双子ちゃんなんて可愛いに決まってる。

 

感極まった私に、虚な目で告げたのはせんせだった。

 

「便秘…じゃねーよな、先生…?ワンチャン、便秘って可能性も…」

 

「そっちは順調!今日も問題なかったよ」

 

Vサインをして見せると、社長とせんせが死んだ肴みたいな目をして項垂れていた。

 

「父親は…?」

 

「せんせだよ?心当たりないの?」

 

「ごめん。心当たりあるから、気のせいだと思いたかった」

 

「せんせぇぇーー!!アンタ…俺は信じてたんだぞ?」

 

佐藤社長がせんせーの胸倉を掴む。

 

ちょっと、やめてよ社長。

 

私を未亡人にする気?

 

「せんせを責めないで社長!!」

 

「アイ!けどなぁ、お前はまだ20歳なんだぞ?それを…」

 

「そうなんだよね。まさか、2年も掛かるとは予想外だったな。

 

予定ではあの日に決めるつもりだったんだけど」

 

せんせの自制心を侮ってた。

 

「アイお前まさか…いや、しかし…」

 

「せんせ気にしないで」

 

「しかし、ゴムは穴が空いてないか確認してたし、ピルだって本物だった…なのに」

 

「せんせは悪くないよ」

 

「アイ…お前、先生を庇って…そこまで惚れたのか」

 

「いつも2回戦が終わった後でせんせが飲み物取ってきてくれてる間に、私がゴムに穴を開けたのが悪いんだから」

 

「ホントに先生悪くねーじゃねーか」

 

だってせんせ、過去にとんでもなく執念深い女に嵌められそうになったのか聞きたくなるくらい慎重なんだもん。

 

隙を見せないなら作るしかないよね。

 

「しかし、赤ちゃんか…双子かぁ」

 

せんせは何か想うところがあるのか、ブツブツ呟いてる。

 

こうなったら。

 

「嫌だった…?せんせ、認知しない気なんだ。私のことどうでもいいからしらばっくれる気だったんだ」

 

培った演技力で、泣いてみせる。

 

「す、すまん。そうじゃない」

 

せんせは簡単に狼狽えた。

 

私が言うのも何だけどちょろすぎて不安になる。

 

演技力が少しでもあったら、簡単に押し切られるよこの人。

 

「寧ろ逆で、大切な子をいつの間にか傷つけてないか心配なんだ」

 

ほんと、そういうとこだよせんせ。

 

お人好しなんだから。

 

でも、先生は覚悟を決めたみたいなのでオーケーだよね。

 

生まれてくる子に何と名づけようか。

 

 

うーん…

 

 

 

 

私の人生は何だったのだろうか。

 

と、言うと空虚なもののようだけど、そんなことは無い。

 

16歳でアイドルデビュー。

 

17歳の頃には自分で言うのもなんだけど人気アイドルに。

 

18歳の頃に出演した映画が大ヒット。

 

役者の仕事が少しずつ増えていくなかで、20歳で東京ドームでライブ。

 

22歳でアイドルを引退して、女優業にシフト。

 

ソロで歌手デビューも少し考えたけど、歌はあまり上手くない。

 

きっと兄だったら「消せない黒歴史を抱えてもがき苦しんでる奴を目の当たりにしたろ」と憎まれ口を叩いていただろう。

 

小さい頃からの知り合いに有名な監督がいたこともあって、作品運には恵まれた方だと思う。

 

ちょこちょこ賞とかも貰って、ファンが私の代表作について、ネットで論議する程度には作品に恵まれていたのだろう。

 

プライベートも仕事も相談できる友達もいる。

 

育ての親との仲も良好。

 

そして、今もまた一つ、私の仕事への評価が増えた。

 

『◯◯映画祭、最優秀主演女優賞は…星野ルビーさん!!』

 

シャワーのような拍手に包まれて、トロフィーと花束を受け取る。

 

こんなトロフィーばかり増えても置き場所に困るのに。

 

そう思いつつも、いつも通りの笑顔(ウソ)を貼り付ける。

 

いい人生だ。

 

いい人生だろう。

 

いい人生なんだと思う。

 

 

 

「ルビー姉さん、おめでとう!」

 

「ありがとう、あーちゃん」

 

祝賀会で祝福の言葉を述べてくれた甥っ子に、今日初めての心からの笑顔が浮かぶ。

打算も下心も無い、まっすぐで純粋な言葉を貰ったのは久しぶりな気がする。

嬉しくて、甥っ子を抱きしめる。

 

「あーちゃん、背伸びた?」

 

前に会った時より頭の高さが違う。

目の前には細っそりとした首、浮かんだ喉仏が艶かしく蠢く。

 

よく知る首筋のラインに心が騒めく。

 

「もう16歳だもの。大きくなるよ男の子は」

 

30代半ばを過ぎてるとは思えない若々しさと美貌の女性が甥っ子の腕に触れながら、にっこりと微笑む。

 

「ルビーちゃん、おめでとう。もうすっかり大女優だね」

 

「あかねちゃんが引退してなかったらあかねちゃんが獲ってるよ」

 

「んふふ、ありがとう」

 

否定しないところに、強烈な自負が垣間見える。

 

ホント変わらないなあかねちゃんは。

 

あかねちゃんは甥っ子の腕に自分の腕を絡める。

 

「さ、そろそろ帰るよ」

 

「わかったよ母さん。じゃあルビー姉さん、また今度ね」

 

「うん、またね」

 

仲睦まじく腕を組んで帰る義姉とその息子の後ろ姿をぼんやりと見つめる。

 

その後ろ姿に、不意に母と兄の姿が重なった。

私と兄を16で生んだ母。

生きていれば、兄が16の頃にまだ32。

甥っ子に負けず劣らずマザコンだった兄ならば、きっと腕を組まれても嫌な顔一つしなかっただろう。

 

そっか、16になったんだ。

 

つい先日生まれたばかりだと思ってたのに。

 

そりゃ私も年を取る訳だ。

 

16年。

 

兄が死んでからの月日。

 

思えばあっという間だった。

 

悲しみを振り切りたくて、がむしゃらに、ひたすらがむしゃらに走った。

気を抜けば強烈な悲しみに追い付かれると思った。

捕まれば2度と抗えない予感がしたから。

 

 

家に帰ると、花束もトロフィーもソファーに放り投げてシャワーも浴びずにベッドにダイブする。

 

何もする気がしない。

 

「嫌になるくらいそっくり」

 

兄そっくりになってた甥の顔を思い出す。

兄そっくりなのに、兄とは似ても似つかない快活な笑顔。

そして、隣で幸せそうに微笑むあかねちゃんの笑顔。

 

『お姉ちゃん』

 

嘗てはそう呼んだこともある呼び名を私は決して口にしなかった。

 

私の心情などとっくにわかっていて、あかねちゃんは何も言わない。

 

16年も経って、未だに私は納得してないようだ。

 

兄の子を宿したことに。

 

兄の子を生んだことに。

 

兄の生きた証と共にいることに。

 

ケンカ別れをしたまま、アクアの生きた証を何一つ得られなかった私は、今もあかねちゃんに嫉妬している。

 

 

「なんか疲れちゃった」

 

 

気が抜けたのか、強烈な倦怠感と眠気に襲われる。

 

そういえば最後にきちんと眠ったのはいつ頃だっただろうか。

 

身体を騙し騙し酷使したツケだろうか。

 

どこかに吸い込まれて行くような、何か巨大な底のない暗闇に落ちていくような心地と共に私は目を閉じた。

 

 

 

「ん?おねむかな?」

 

気付けば天国にいた。

 

というか、まさかもう一度ママの ーー アイの子供として生まれるとは思わなかった。

 

「じゃあねんねしようね、永愛蘭瑠童(えめらるど)」

 

なんか、すんごい名前つけられてるけど。

 

「ほんぎゃー、ほんぎゃー!」

 

「はぁい、なんでちゅかー?」

 

アイの愛情が私にだけ向けられてるのが気に入らないのか、突然喧しく泣き始める赤ん坊をついつい睨む。

 

「瑠美衣は泣きむしちゃんでちゅねー」

 

自分に注意が向いてるのか、アイから見えない位置で妹がニヤリと笑う。

 

非常にムカつく。

 

別に今更独占しようとしないわよ。

 

こちとら35歳の大人の女よ。

 

ていうか、ルビーとエメラルド名前交換してよ。

私は今更になって、あの頃兄が抱いていただろう気持ちがわかった。

アイはルビーの艶やかな黒髪を優しく撫でる。

 

ルビーの蕩けた顔に、私は何となく確信した。

この子はさりなだ。

つまりは、あの頃の私。

この家にはアクアがいない。

 

初めて「こっち」で意識が目覚めた時、私はそのことに絶望した。

もう一度会える。

今度こそもっと上手くやる。

そう思った直後の女の双子という事実だったから。

 

 

けれど、絶望はすぐに払拭された。

 

「アイ、ご飯出来たから交代だぞ」

「うん!ありがとー」

 

キッチンから顔を出した眼鏡の似合うインテリ地味イケメンにアイは子犬のようにパタパタと駆け寄って行く。

 

「ゴローもお仕事大変なのに、ごめんね?」

「謝るなよ。子育てはどっちも大変なんだから」

「〜〜〜〜!!んもぅ、ゴローのそういうとこ、しゅき。愛してる」

 

私たちのことなんて忘れ去ったかのように、せんせにキスの雨を降らせるアイ。

 

推しのメス顔、酸いも甘いも噛み分けた大人の女じゃなかったら脳を破壊されるところだったよ、危ない危ない。

 

「お、ルビーはまた泣いてるのか。ん、エメは大人しいな〜」

 

「だぁ〜♪」

 

ルビーが嬉しそうにゴローの、せんせの頬に手を伸ばす。

 

フットワーク軽いなオイ。

 

少しは譲れよ私に。

 

「はーい、ルビーちゃん、パパがだっこしまちゅね〜」

 

「だぁ♪だぁ♪」

 

無垢な声に、せんせはますます目尻を下げる。

 

騙されないでせんせ!

 

そいつ、もっとこってりしてるから!

 

ぎとぎとの欲望でせんせのほっぺた触ってるから。

 

「エメちゃんはおりこうさんだねぇ。全然泣かないね」

 

 

おほぉ!

 

せんせに頬擦りされて、軽く飛んだ。

いくら積んでも、どんなホストのサービスからも得られないヒーリング効果に枯れ果てた心が潤う。

まぁ、このサービスを許すのはせんせとアクアだけなんだけどね!

 

ルビーは頬擦りされる私を親の仇のように睨んでいる。

私は大人げないと知りつつも、ドヤ顔を決めて見せる。

天童寺さりな12歳とは年季が違うのよ、年季が。

 

そもそも、当然の権利なんですけどぉー?

 

パパの娘なんだから、パパに全力で甘えて可愛がられる当然の権利を有してるんですけど〜?

 

 

歯噛みするルビーを尻目に、私は15年の女優生活で培った演技力をもって、無邪気な赤ん坊をエミュし、どさくさにパパにキスをする。

 

「!?」

「お、エメちゃん、甘えんぼさんか〜ういやつめ、ういやつめ」

 

はう!

 

せんせのチュー!

こいつは万病に効くぜ。

元の身体だったら、今すぐドンペリ開けちゃうところだ。

 

 

「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ〜〜ー!せんせがおばさんに寝盗られだ〜〜!!」

「え」

「あ…」

 

 

 

 

私は赤ちゃんが出来たのでせんせと結婚した。

 

ホントはドームライブ終了からの即入籍で、18歳のお嫁さんになりたかったんだけど、仕方ないね。

 

いざ妊娠がわかると、せんせは今まで以上に優しくて、病院の周囲の警備も厳重にして、情報が万が一にも漏れないように徹底的に私を守る為に動いていた。

 

困ったなー。

 

こんなに愛されちゃっても困るよー。

 

ちょっとせんせったら、私が大好き過ぎるでしょ。

 

世界で一番のお姫様かな?

 

そんなこんなで万全の体制で双子の女の子を無事出産。

 

同時にせんせと入籍。

 

アイドルは勿論引退。

 

引退を告げた時のB小町のメンバーはみんな泣いていた。

 

佐藤社長は「いつの間にか、こんなにも仲良くなっていたのか」なんて感極まってたけど、

 

あれは明らかに抜け駆けした泥棒猫を見る目だったよね。

 

本当に申し訳ないなと、流石に思う。

 

せんせにとって、私が唯一無二の最強の一番星なのはわかっていたけど、変な期待を持たせたのは悪かったよね。

 

うんうん、ホントに申し訳ない。

 

 

「ごめーーんね⭐︎ウチの主人が勘違いさせちゃったね⭐︎」

 

 

煽ったつもりは無かったけど、その後小一時間ほど乱闘になった。

 

 






・雨宮エメラルド

前世は元国民的アイドルで現国民的女優の星野ルビー(35)。
浮いた話が無いため、百合疑惑やら死んだ兄と近親相姦の関係を疑われていた。
近年、超過密スケジュールをこなしていた結果過労死。可哀想に。
雨宮吾郎・アイ夫妻の長女として転生。
推しに推しを寝盗られる地獄と、推しに無償の愛を与えられる天国の繰り返しでととのってきた。
ルビーの醜態に頭痛を覚えてる。
オギャバブランドってなんだ。イカれてるのか。


・雨宮ルビー

前世は不治の病にて早逝した天童寺さりな(12)。
雨宮吾郎・アイ夫妻の次女として転生。
推しと推しの子供、正真正銘推しの子。
大好きなせんせーとは親子になってしまったが、これはこれで良いと思ってる。
双子の姉が自分と同じ転生者だが、どうやら人生に疲れて擦れ切ったおばさんだと思っている。
フレッシュな瑞々しいロリが好きな筈のせんせの子供がこんな中身擦れたおばさんなのが可哀想過ぎて、自分が守護らねばと思っている。
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