味とか食感とかじゃなくて、なんて言うか、気合い?ちょっと違うか、かくご?心がまえ?みたいなの。
噛み締める時にね、ガラスの破片が入ってるかもしれないから、もしもそうだった時の痛みとかに対する心の準備的なものが必要だから苦手。
これ話すと、大抵相手は不思議そうな顔をするか、聞かなかったことにする。
わざとらしく同情的な顔をする人もいるけど、そういう人は雰囲気がにちゃってしてる。
私にあわよくば好かれたいと思ってるのかな。
ま、どうでもいいけど。
せんせーと知り合って2度目の夏だった。
私的にはテンションぶち上がってることがある。
年末に佐藤社長(佐藤?加藤?)がぶち上げたライブがあって、そのための合宿をすると言うのだ。
そこまでは「ふーん」としか思わないし、メンバーのみんなと数日の共同生活をするのか〜くらいの感想なんだけど、今回はいつメンに新顔が加わる。
社長にお願いしてついて来てもらったのだ、せんせに。
雨宮吾郎先生、私はせんせーとかゴローくんとか呼んでる人。
私のファンのお医者さん。
せんせーとは2日に一度、寝る前に通話してる。
メンバーの子達よりも、レッスンの先生や社長達のよりも、誰よりもおしゃべりしてるいわばお友達だ。
多分、お友達…と呼んでいいはずだ。
せんせーと色々お話しするようになって、私はかなり調子が良いらしい。
自分でも何となくそうかな〜くらいには感じてるけど、ダンスやボイトレの先生とか、高峯にも言われたっけ。
だとしたら、なんか嬉しい。
なんでだろう。調子が良いって言われたことがじゃなくて、せんせのおかげで調子が良くなったと言われたみたいで、そのことが何となく嬉しい。
うーん、うまく説明出来ないや。
せんせーに聞いたら教えてくれるかな。せんせーは基本なんでも知ってるし、なんでも答えてくれる。
答えられないことは、はぐらかすから何でもは盛り過ぎたかな。
だって、今まで何人の女の子と付き合ったの?とか、どんなことしてきたの?って聞いても教えてくれないし。
じゃあ私に教えて?って言うと叱られる。
一回「なら、テキトーな誰かに教えてもらっちゃおうかな。例えば社長とかに教えてもらうとか?」って言ったことがあった。
そしたら、せんせーは悲しそうな目をして「あんまり粗末に自分を扱わないでほしい頼むから」って言われた。
お説教じゃなかった。
命令とかでもなくて。
お願い。
初めての大人の人からのお願いだった。
口ではなんとでも「君のためなんだ」とか言って自分が気持ち良くなりたいだけの言葉を言ってくる人が山ほどいるけど、そういうんじゃなくて。
痛そうな怪我を見ちゃった時みたいな、そんな感じ?
そういう凄く辛そうな顔でお願いをされて、どうしてせんせーがそんな顔をしたのかとか、っていうかそんなこと言われる筋合いはないはずとか、色々思ったんだけど、せんせーの辛くて寂しそうな顔を見たら何も言えなくなった。
そんな顔させたくないなって思ったし、もし、本当に私がそんなことをした時、せんせーがどんな顔をするのか想像したくなかった。
嫌われるかな〜って想像したから。
嫌われるのはイヤだもん。
でも、もっとイヤなのは、せんせが私にキョーミなくしたら…とか考えてみたら、身体が寒くなった気がした。
今までも何度もこの目にしてきた、あの人が人にキョーミをなくす時のスンッて感じの顔をもしされたら?
想像した瞬間に、足下から地面が無くなって、真っ逆さまに落っこっちゃう自分が思い浮かんだ。
それは、怖いとかイヤとか全然そんなレベルじゃなかった。
そんなのイヤだ。
絶対イヤだ。
話は戻るけど、せんせーのおかげで私の調子が良いことを理由にせんせーも合宿に連れて行ってって社長にお願いをした。
本当はせんせーとお泊まり楽しいだろうなという下心があったのだけど、せんせが側にいてくれれば良いパフォーマンスを出す自信があったのもホント。
すんなりとせんせの同行は決まった。
ミヤコさん曰く「あの人、雨宮先生のこと気に入ってるのよ結構」とのこと。
そういや、しょっちゅうお酒に付き合わせてたもんね。
結論から言うと、合宿中の私のパフォーマンスは過去最っっっ高に…
最悪だった。
体調が悪かった訳じゃない。
レッスンが難しかった訳でもない。
目を瞑ってたってしくじらないターンをしくじり、寝起きでも間違えない歌詞を間違え、怒るのを通り越して、トレーナーの先生には心配される有り様。
何でもないと、私はお得意の(まず)バレない嘘を吐くけど、理由はなんとなく心当たりがある。
認めるのはどうしてか面白くないけど、その他のあり得ない原因を除けていくと、もうそれしか残らない。
せんせーだ。
別に、合宿でせんせが何かやらかした訳ではない。寧ろ、せんせの働きは社長もミヤコさんもトレーナーも、大満足のものだった。
社長はいよいよ本気で専属医に誘う算段を付け始めたし、元々せんせの顔が結構好きだと言っていたミヤコさんは社長の提案に即飛び付いてる。
せんせは合宿中、そりゃあもうとっても甲斐甲斐しかった。
尽くす人なんだなぁ、そういう人がお医者さんになるんだなぁ、と最初は感心してたし、普段は夜の通話で部屋着を見る程度だったのが、私服姿のせんせが見られたことにテンションが上がりさえもした。
けど、レッスンが進むにつれて、私のテンションは下降一直線になった。
レッスンでニノが無茶して足を痛めた時、せんせはニノの前に跪いて、ガラスのお人形でも扱ってるのかって感じに大事に包帯巻いてて、ニノなんてよくわかんないけど熱でもあるのかな?ってくらいポーッとなってた。
高峯が暑さでフラフラってなった時はすぐに駆け寄って、飲み物を飲ませながら、冷やしたタオルで優しく丁寧に高峯の顔を首筋を拭いてあげてた。
寧ろ余計に熱が出てない?ってくらい高峯は真っ赤になってた。
渡辺なんて、どうしても上手く出来なくて泣き始めちゃったんだけど、気付けばせんせがそんな渡辺の話し相手になってた。いやいや、何でよ。メンバーじゃなくて社長でもなくて、せんせに何を相談するってのよ、その人ただのドルオタだよ?アドバイスなんて出せないから。なのに何でそんなに渡辺笑ってんのさ。は?意味がわかんない。さっきまで泣いてたくせに嬉しそうに笑って。ていうか、アンタもっと笑い方汚いじゃん。何そのドラマで見るお嬢様みたいな笑い方。てかせんせも何楽しそうにしてるの?
そんなこと考えてたら、もうレッスンにな〜〜〜んにも身が入らなかった。私悪くないもんせんせが悪いんだもん。
じゃあ、せんせがどう悪いのかと言われると、上手く言葉に出来ない。
せんせは合宿中も私にも優しくて、「アイ?水分補給はちゃんとしてるか?」「顔色少し悪いぞ?」「寝れてるのか?」なんてこまめに聞いてくる。
水はガブガブ飲んでるよ!
せんせはニノの足に包帯巻いてて気付かなかったんだね。
顔色悪い?
高峯は真っ赤な顔してたねそういえば。
寝れてるのか?
渡辺と楽しそうにお話ししてるせんせのこと思い出して昨日は全然眠れなかったよ何故か。
よくわからない気持ちを抱えたまま、散々な出来で合宿の2日目は終わってしまった。
あれだけ楽しみにしてた、せんせと一緒の合宿だったのに。
どうしてこんなに痛くて苦しくて辛いんだろ。
せんせはいつも通り優しいせんせなのに。
せんせがいつも通りなら、いつもと違うのは私ってことになる。
でも、どう違うのかわかんない。
どうして違うのかわかんない。
何もわかんない。
私がバカだからわかんないのかな。
普通の女の子じゃないからわかんないのかな。
そんなことを考えてたらご飯も食べる気が起こらなくて、私は布団に包まって夜中までずっと、ず〜〜っとモヤモヤを抱えてた。
「お腹空いた…」
身体は正直で、あれだけ食欲がないと思ってたのに、やっぱりお腹が空いて目が覚めてしまった。
もう夜の11時をとっくに過ぎてて、布団に引き篭もったのが7時くらいだったから、4時間は寝てたことになるけど、全然寝た気がしない。
寝たっていうか、気絶してたような。
力が入らずに、フラフラする足に何とか気合いを入れて、合宿所の台所に降りて行く。
何を食べたいっていう訳じゃないけど、みんなのいる部屋にじっとしてるのは嫌だった。
今日もお風呂上がりに柔らかい手付きでせんせに巻き直してもらってた足の包帯を嬉しそうに見つめていたニノも、すっかり顔色が良くなって寧ろ合宿前より顔色が良い高峯も、落ち込んでたのが嘘みたいに今日一日調子の良かった渡辺も、みんな満足、大満足、大大満足って感じで、そんなあの子達のやり切ったような寝顔に囲まれていたくなかったから。
「あ」
「や」
ある意味一番会いたくない顔に会ってしまった。
私が来て欲しいってネツボー(熱望?捏望?)しといて酷いよね。
でも、仕方ないじゃん、私の合宿を散々なことにしてくれた元凶がいるんだもん。
「何してんのせんせ」
「飯作ってる」
「こんな時間に?」
「そういうアイさんはどうしたのかね?もう子供は寝る時間だが?」
「子供じゃないもん」
「ハハッ」
「鼻で笑われた!?」
言ってから子供みたいなセリフだなって、そりゃ思ったけどさぁ。笑うことないじゃん。
「せんせ、お酒臭いよ」
「壱護さんに付き合わされてな」
「無理に付き合わなくていいのに」
「まぁ、前は付き合ってやれなかったしな」
「?前も一緒に飲んでたじゃん」
「……あぁ〜そうだったな、酔ってんなこりゃ」
「……嘘吐き」
たまにせんせはよくわからない嘘を吐く。
私みたいに自分を守って、愛されようとする嘘じゃない。
せんせが前に話してたさりなちゃんって子の為に吐いてた「生きられる」っていう優しい嘘でもない。(これは社長と飲んでベロベロになったせんせから聞き出した私のファンの子のこと)でもない。
上手く言えないけど、慌てて隠そうとする嘘だ。
小さい子が転んで擦りむいた膝のケガを隠すような。
そんな嘘を吐く時、私にはせんせが私の知ってるせんせとは少し違う、もっと子供っぽい男の子のように見える。
なんでだろね。
「何作ってんの?」
「鶏雑炊」
お夕飯は鶏肉を焼いたやつだったらしい。
材料は持ち込みだから余っても捨てるか持ち帰りだから問題無いそうだ。
「せんせ料理上手だね」
「ひとり暮らし長いからな」
「作ってくれる彼女もいないと」
「やめて」
「先月だっけ?旅行の計画まで立ててたのにフラれたの」
「アイちゃん今日は一段とキツいね…」
いい気味だ。
私に黙って作った彼女なんて、3ヶ月でも続き過ぎだ。
何で私に黙って作るのがこんなにムカつくんだろ。
「これでも色々尽くしたんだぞ?それなのに『貴方は私を見てない』って酷くない?」
「14歳にそんなガチ目の愚痴言うかな〜」
「俺だって見ようと努力したんだぞ?」
「でもその努力は実らなかったんだ?あははは」
「マジで楽しそうに笑うじゃねーか…いや、そうなんだけどさ」
「せんせーって彼女出来ても私といつも通話してくれるよね?」
「君、放置しとくとめちゃくちゃ通話入れてくるじゃん…」
「私のことの方が大事なんでしょ?一番にならなきゃ嫌なんじゃないの?彼女って。付き合ったことないからわかんないけど」
「……その辺はわかってるつもりなんだけどなぁ」
いつの間にか普段通りお喋り出来ていることに気付いてビックリする。
胸の中のモヤモヤがほとんどなくなってて、気分がフワフワする。
せんせーは辛辣な私の言葉のせいか、拗ねたようにジトっとした目で見つめて来ながら雑炊を食べてる。
子供っぽくて正直可愛い。
私よりずっと大人なのにね。
「アイも食うか?」
「え?」
「ほれ」
答えるより先に目の前にレンゲを差し出される。
「ん」
食べたのはほとんど反射的だった。
お醤油とごま油、香ばしい鶏肉とふやふやのご飯がスルッと喉を通っていく。
身体がじんわりと温かくなって、覚束なかった感覚が急に戻ってきたような気がした。
思い返せば昨日の夜からあんまりまともに食べてなかったっけ。
くぅ
「…ふっ」
「ちょ、笑ったよね今!」
せんせは笑いを堪えてる。
「んっふふ…だって、お前、えらく可愛い腹の虫だな」
訂正。
全然笑いを堪えてない。
「うぅ〜〜!!」
悔しくて、せんせーの手から丼とレンゲを奪い取ってやる。
二口目を食べると、あとは止まらなかった。
半分死んだように元気の無かった身体が突然空腹を訴えてきたのだから、仕方が無いでしょ。
そんな言い訳をする口は雑炊を掻き込むのに忙しい。
夢中になって食べてると、ふとせんせーが何も文句を言ってないことに気付いた。
怒ってる?
呆れてる?
憐れまれてる?
そう思うと、ピタっと手が止まる。
意地汚い子だと思われた?
みっともない子だと思われた?
お母さんみたいに、忌々しいとか思ってる?
恐る恐るせんせーを見る。
「もういいのかい?」
せんせは、頬杖を付いて優しく笑っていた。
優しくて、なんかすごく嬉しそうな笑顔に息が止まる。
初めてだった。
お酒のせいで少し赤くなった頬を柔らかく緩めて、ちょっと眠たげになってるからなのか無防備にとろんとした目は優しい弧を描いていて、普段の大人らしいお医者さんのせんせの笑顔とは違う、明け透けなゴローせんせの笑顔は初めてだった。
今まで、アイドルを始めて、私は自分の笑顔に人が見惚れてるのを何百回も何千回も見てきた。
でも、これは初めてだ。
私は多分生まれて初めて人の笑顔に見惚れていた。
「…なんで?」
「ん?」
「せんせ、なんだか嬉しそう。私にご飯とられてるのに」
「あぁ、そんなことか。いやな、白米苦手だって言ってたろ?雑炊なら抵抗ないかなと思ってたんだが、想像以上に美味しそうに食べてくれてるから嬉しくてな」
待って。
それって、私が食べる為に料理してたってこと?
いやいや、でも、せんせはお酒飲んで、それでお腹空いたからって。
でも、でもでも…
「これって、私のため?」
「んー、あんま食べてなかったろ?お腹空き過ぎると眠れんからな。起きてきたらな〜〜って希望的観測程度だよ。それに、目の前で食えば安心するだろ」
せんせは照れ臭さそうに目を逸らした。
何この人。
起きてくるかどうかもわからない私のために、眠いのにこんな時間にご飯作って。
私が警戒しないように食べてみせてたってわけ?
馬鹿みたい。
そもそも、私が白米嫌いだからって、噛み締めなくてもいいように雑炊にしたとかさ、それは尽くしすぎでしょ?
どんだけよ。
どんだけ好きなのよ。
いくらなんでも私のこと好き過ぎるんじゃない?
全力で揶揄ってやろう。
いつもの小悪魔な可愛いアイの仮面を被る。
「……あ、ありがと…せんせ」
全然被れんかった。
私の中の引き出しを全部引っ張り出して、箱も何もかもひっくり返しても、いつものアイドルのアイも、小悪魔なアイも出て来ない。
私の中のたくさんのアイが、どいつもこいつもワタワタしながら顔を押さえたり、じっとしてられなくてジタバタ悶えたりして収拾が付かない。
「アイ?どうした俯いて?やっぱりご飯ダメだったか?」
「 ──────── ッッ!!!!!!」
覗き込んでくるゴローせんせーから慌てて離れる。
せんせはキョトンとしてるけど、こっちはそれどころじゃない。
首が、耳が、頬が、おでこが熱い。
胸がドクドクと全力でライブをした時より激しく鼓動を打っている。
何故か凄く泣きそうな、叫びたくなるような、だけど悲しくなんて全然無い、自分でもよくわからない落ち着かない気分に、私は私を上手く操れない。
「わ、わたっ、私、もう寝るね」
「あ、あぁ。もういいのか?おかわりあるぞ」
「いいから!じゃあ、ごちそーさま!」
せんせの顔が見てられなくて、慌てて席を立つ。
しっかり雑炊は平らげて。
空になった丼を見て、せんせが嬉しそうに少し笑みを浮かべる。
やめてよ、そんなふうに笑うの。
また一段と心臓がうるさくなった気がする。
「おやすみ、アイ」
「っ…」
余裕な大人の笑みに、無性に悔しくなる。
私は欲張りで負けず嫌いだ。
その意地が辛うじて、部屋に戻ろうとする足を止めた。
「おやすみ!
ゴロー!!!」
呼び捨てやると、せんせ ──── ゴローは目を丸くする。
よっぽどビックリしたらしい。
少しスッとする。
私はそのまま部屋に戻ると、隠れるように布団に潜り込んだ。
「ゴロー、ゴロー。ゴロー…えへへ」
思いつきで口にしてみた言葉がやけに舌の上に甘く響くので、私は眠りにつくまで何度も何度も繰り返しその名を口にした。
この日、私は自分のなかのこの気持ちが何なのかようやくハッキリとわかった。
ああ、
そういえば、思い出した。
ついでになんだけど。
別に大それた話でも何でもないんだけど。
その日以来、私は白いお米が大好き。
・雨宮吾郎
半分はアイのためだったけど、起きてこなかったら普通に夜食にするつもりだった。
アイの白米嫌いは経緯を含めて知っており、何とかしてやりたいなとは思っていた。
合宿の目的の一つだったりする。
あとは、まだ幼いB小町の子達が無理しないか心配だった。
・B(バーバリアン)小町
あのアイがご執心の医者とやらが合宿に参加すると聞き揶揄ってやろうと思っていた。
結果、
「センターはくれてやる。だからその男を寄越せ」
と思い始める。
・斉藤壱護
ゴロー先生の手厚いサポートに惚れ惚れとする。是非ともウチに。
・斉藤ミヤコ
イケメンで有能な医者のゴローがお気に入り。
頑張れ夫、頑張って苺プロに引き入れろ。
⭐︎星野アイ
欲しいものが出来た。