茹で上がった蕎麦に茹でたほうれん草とかまぼこ、刻んだネギを添える。
海老天、ちくわ天、失敗したけどかき揚げも用意した。
晩飯も兼ねてるとはいえ、些かボリューミーかもしれない。
「若い身体って最高だな」
胃もたれに臆せず揚げ物に挑戦出来るのだから。
若さゆえの暴挙ではない。
若さの特権だ。
ししゃもは後に取っておこう。
カペリンではない、北海道から取り寄せた本物だ。
さて、森伊蔵は何でいくか。
「寒いからお湯割り?いや、まずはロックか」
TVを付ければ紅組の司会、黒川あかねが澱み無く進行しているところだった。
メモ帳とトングを手に肩に力が入りまくっていた今ガチの頃が嘘のような成長ぶりに感慨深くなる。
「あの年頃の子の成長は目覚ましいな」
我ながらじじ臭い独り言だ。
蕎麦を啜る。
絶妙な茹で加減に小さな満足感。
余り物の手打ち蕎麦だと言っていたが、こんなに美味しい蕎麦をただで貰うのはなんだか申し訳なく思う。
ただでさえ普段から親切にしてくれている隣人に今度何か礼をするべきかと暫し思案する。
『では続いてはB小町で、「サインはB」です。どうぞ!』
あかねの声に思考を中断する。
今はルビーの晴れ姿を見るのが先決だ。
不動のセンターとなった星野ルビーを中心とした第三次B小町と呼ばれる彼女達は今年で2度目の紅白出場になる。
20歳となり、フィジカルの強さだけでなく、トップアイドルとしての自信と誇りに裏打ちされた輝きは紅白という大舞台に微塵も気後れすることなく、それどころか会場を呑み込む程より一層輝きを増している。
有馬やMEMが抜けて、一時は解散の噂すら立っていたのが嘘のようだ。
「すっかり歌もうまく…うまく…はないけど聞けなくはないな」
顔の良さに胡座をかいていると有馬に揶揄されたあの頃に比べたら随分な進歩だ。
妹の成長につい口元が綻ぶ。
「おっと、冷める前に食わねーと」
海老天の出来は完璧だ。
かき揚げは味は問題無い、味は。
「かき揚げは相変わらず下手だよね」
「それを言うな」
炬燵を囲む形で座る目の前の小憎らしい少女を睨む。
ふわふわとした睫毛に縁取られたつぶらな瞳を意地悪く細めながら何食わぬ顔で蕎麦を啜るクソガキの丼から腹いせにかまぼこを一切れ奪い取る。
「あっ!大人気無い…」
「うるせぇ」
柔らかな頬を餅のように膨らませるクソガキの抗議の視線を無視して蕎麦の残りを平らげる。
B小町の出番が終われば残りの紅白は惰性のBGMでしかない。
「私もししゃも食べるからね」
「お前、俺が注文した時散々おっさんくさいって馬鹿にしてたよなぁ?」
「言ってないし」
「いい加減呼吸の様に憎まれ口を叩くのやめとけよ。デカくなってからじゃ修正きかなくてマジで困るぞ」
「私には無用の心配だよ」
だってカミサマだもん、と律儀につゆを飲み切る自称カミサマ。
「食うなら手伝え」
「まったく…大皿でいい?」
「今更取り皿とかいらねーだろ」
「マヨと七味は?」
「いる」
「森伊蔵は」
「とりあえずロック」
「グラスは2つで」
「ああ。ただしお前はジュース」
「ちっ」
口を尖らせながら焼き上がるししゃもを差し出された皿に乗せていく。
見下ろした先のつむじの高さが昔より高い。
コイツ明らかに昔より成長してるよな。
器は人間だって言ってたのは本当なのか。
それとも、自分を神様と思い込んでる哀れな浮浪児なのか俺には未だに判断が付かない。
「壊れかけてたのが嘘みたいだね」
「お前は人間の回復力を侮り過ぎだ」
「20年前の医療知識で人の魂を語らないでくれる?」
鼻で笑ってやる。
現にこうして俺は今も割と元気で生きているのだから、すなわち俺の理屈は正しいということだ。
「結局、あの子の中で君はどこの誰かもわからないドルオタの生まれ変わりのままなんだよね」
「俺が言わなきゃまずわかるはずがないからな」
「兄妹の縁を切られて寂しい?」
「俺から仕向けたことだ。口が裂けても言えないさ」
「さりなちゃんに嫌われて悲しい?」
「それは少し」
「意外に素直」
「張る意地も無いからな」
炬燵に戻るとアイスボールの入ったグラスに焼酎を注ぐ。
そろりと焼酎の瓶に手を伸ばしてくる不良少女の手を払う。
舌打ち一つ。
馬鹿が。いい加減懲りろ。
『さぁ、いよいよ今年も終わりが近づいて来たわね』
『ホントあっという間だったよぉ〜』
『また一つ年を取っちゃったわねお互い』
『うん…ソダネー…』
『ごめん』
チャンネルを変えるとカウントダウンを告げる番組に有馬とMEMの姿があった。
今年最後の日まで言葉で人を刺す相変わらずの有馬かなと、既に暗黙の了解と化している年齢詐称の告白を今年もまた先延ばしにした往生際の悪いMEM。2人の変わらなさに思わず嬉しくなる。
「親戚の子達の頑張ってる姿を見守る叔父さんみたいだね」
「気持ち的にはそれに近いんだよ」
「髪を染めたくらいで引っ張られ過ぎでしょ」
「引っ張られてたのが元に戻ったのかもな」
「若者気取りのオッサンはみっともないけど、老け込んだ若者も結構不気味だよ?」
「なんだ自己紹介か…痛っ。蹴るなオイ」
「指先一つで消されないだけありがたく思いなよ」
炬燵の中で互いに蹴り合ってるうちに、いつの間にかカウントダウンは終わっていた。
あの日、俺はミヤコさんにルビーのことを委ねた。
あの子に必要なのは前世のしがらみでも、今世のロクデモナイ兄貴でもない。
母親の愛情だろう。
俺のことは兄とも家族とも思わなくていい。
お前がそれで前に進めるなら。
アスパラと茄子とかぼちゃの天ぷらがあればそれでいい。