白梅に明くる夜ばかりとなりにけり   作:FOOO嘉

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20◼︎⚫︎年8月18日

8月も半ばとなり、茹だる様な暑さにもすっかり慣れてきた。

しかし、比較的自然が多い地域だからか、暑さの質が東京とは随分と異なる。

暑いが不快感が少なく、寝苦しさは然程無い。

エアコン代を節約するために、自分にそう言い聞かせていることも否めないが、嘘ではない。

故に、汗ばんではいるものの、こうして試験を乗り切り、疲労困憊した身体を休めるべく惰眠を貪ることが出来ているわけだ。

遊び歩く金をケチリたいなら田舎に限る。

 

「海行きたい」

 

睡眠の有難みを噛み締めているというのに、我が家の大福様が面倒なことを言い出した。

先月水着がはち切れたことを既に忘れてしまったのか、元気にバニラアイスを頬張る少女の辞書にはダイエットという言葉は無いらしい。

 

「成長期だから」

 

こちらの思考を読んだのか、モナカアイスの粉をまき散らしながら大福様ことツクヨミはドヤ顔でのたまう。

成長期、便利な言葉である。

まぁ、実際のところ初めて会った頃に比べて随分と背が伸びたとは思う。

俺も初めて会った頃より背が伸びているはずだが、コイツのつむじが以前より近く見えるのはおそらくコイツの成長の方が著しいからだろう。子供らしく。

モナカアイスを食べ終え、バニラバーを冷凍庫から取ってきたツクヨミの背中を目で追う。

単純にコイツの頭がデカい可能性も否定できないが。

 

 

っていうか、お前アイス食べ過ぎだろ。

先週それで腹が痛いと言って寝込んでいたのを忘れたのか。

 

「もう治ったよ。神様を侮らないことだ」

「さいでか」

 

それは子どもの回復力と、一晩中イカ腹をさすってやった俺の功績だと思うのだが、黙っておく。

沈黙は金。へそを曲げられてもメンドクサイ。

というか、この暑いなか窓際で目差しを浴びながらアイスなんぞ食べるものだから、頬張る側から溶けていく。

汗ばんだ首筋を溶けたバニラアイスが伝っていく様は実に ────

 

「行儀が悪いな⋯」

「おやおや?ムラムラしたなら正直に言ってもいいんだよ?海に行くにはもう少しサービスが必要かな?」

 

つつつぅ〜と舌を這わせてアイスを食べる大福。

大福がバニラアイス塗れになったら、雪見だいふくの完成か、いかんいかん、暑さで俺の思考までおかしくなっていた。

本人としては扇情的な仕草のつもりなのであろうが、悲しいかな、俺の目には食い意地の張った卑しい子どもがアイスを食べている光景にしか見えない。

 

「つーか、お前マジで食いすぎだからな。冷蔵庫には冷やした麦茶だってあるのに、アイスばっかり食う必要なんて無いだろ」

 

俺の分まで食い尽くしたらアイス禁止令を再び発令だ。

 

「必要だから食べるんじゃないんだよ。食べたいから必要なんだ」

「歌姫気取りは100年早い。このままだと豚姫になるぞ」

 

フリーダム過ぎる大福に釘を刺しておく。

揚げ物を食べるばかりで、一つとして揚げようとしないくせにとんだ歌姫だ。

 

コイツには総裁も歌姫も無理だろう。

惣菜好きの豚姫なら適任だろうが。

 

「おいおい、私が寛容だからと言って豚姫呼びはいい加減看過できないぞ。一文字余分だ」

「わかった、豚」

「うーん、消してしまいたい」

 

迫力の無いジト目を無視して、冷凍庫からバニラバーを取り出す。

目の前でいい加減パクパクとアイスを食べられていれば、こちらも食べたくなるというもの。

んだよ、ふざけんな、ラス1じゃねーか。

また買い足さないといけないだろ。

「ねぇ、海行こうよ。せっかくの夏休みなんだろう? 友達と遊びに行く用事も無いだろう。ボッチなんだから」

に行く用事も無いだろう。ボッチなんだから」

「ボッチじゃねーし。誘われたけど断ったんだよ」

「そういえば連絡来てホッとしてたね。誘っても断るくせに誘われないと拗ねるなんてメンドクサイ奴だよ君は」

「予定が合わなかったんだよ」

「どうせ家で勉強するか家事するか、出かけてもB小町のLIVEに行くくらいだろ」

「余計なお世話だし、LIVEにはお前も思い切り付いてきたじゃねーか」

ゃねーか」

「私が当てたチケットだぞ?2階席、最前列見やすい上に、君の顔がバレない絶妙な距離にしてやったんだ」

「それは神様の力とやらか」

「無論。感謝しなよ」

「心底腹立つし遺憾だがありがとう大福」

「素直にお礼も言えないのかな?親の顔が見てみたい。あ、もう見れないんだったな」

「お前それはライン越えだからな」

 

まぁ、ゴローの母親からもアイからも教わってねーけど。

 

 

「⋯感謝してるのは本当だけどな」

「ほう?」

 

「うみぃ」と鳴きながら、打ち上げられたゴマフアザラシのように転がっていたツクヨミが、偉そうに見上げてくる。

いや、今更「ほう?」とか言っても威厳とか無いからなお前。

元々ミリも無いけど。

 

「倍率エグイからな、B小町のチケット」

「君の養母殿に頼めばいいだろう。或いはアルバイトの斉藤君とやらに」

「散々好き勝手やって迷惑掛けた上に、我儘聞いてもらってんだ、ミヤコさんに頼むのは筋違いだろ」

「アルバイトの斉藤君は?」

「あっちは頼りにならん」

 

というか、ワンチャン俺とルビーを引き合わせようとするかもしれない。

未だに俺に嵌められてミヤコさんと再会させられたことを根に持ってる節があるし。

いやいや、あんだけ苦労を背負わせて、あんな美人が離婚もせずに元鞘に収まってくれるなんて年末ジャンボに当たるレベルの幸運だからな。あのおっさんわかってんのか。

 

「だから、ダメ元で応募したし、間違って最前列、B小町のド真ん前だったら行かないつもりだった」

「花束持って楽屋にでも行けば兄妹仲修復いけるんじゃないか。君の前世だって話してもいい頃合いだろ」

「そのつもりは無いよ」

 

ルビーは大切な妹だ。

これまでも、これからも。

そう、あの子はもう天童寺さりなではなく星野ルビーで、俺は雨宮吾郎でもなく、星野アクアでもない。

性悪な神様達の手引で繋がり続けてしまった縁は一度断ち切ってしまった方がいい。

歪な形に伸びた枝は一度切り落としてしまわないといけないのと同じだ。

きっと、俺もあの子も、お互いがお互いから卒業するべきだったんだ。

多少強引な手段を取ったとしても。

 

悔いることがあるとすれば、アイの秘密をあの子に相談もせずに暴露して、あの子を傷つけてしまったことくらいか。

有馬のスキャンダル潰しのためとはいえ、独断でことを運び過ぎたという反省はある。

 

「これから先の人生、アイツと俺の道が交わらなくても構わないと思ってる。俺はアイツを妹だと思ってるし、これからも見守るけれど、アイツは俺のことなんて兄と思わなくてもいいし、忘れてしまって前だけ向いて歩き続ければいい」

「踏ん切りをつけたかったのかい?」

「どうなんだろうな。そんな大層な決意っていう訳じゃない。ただ、俺もアイツも20歳だ。アイの年齢に届いて、アイの達成できなかったアイドルの夢も叶えて、一つの区切りを付けるには丁度いいかなと思った。それに、久しぶりに生で妹の晴れ舞台を見たかったのもあるな」

「なんだ、結局シスコンじゃないか」

「だな」

 

思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

結局、俺はいつまでたってもシスコン兄貴というわけだ。

 

 

 

「で、一応は満足したのかな」

「した。だから、まぁ、そういう意味で感謝してる」

「そうかい」

 

汗ばんで心なしかしっとりとしている、細く絹糸のような髪を撫でてやると、ツクヨミが心地よさそうに目を閉じる。

こうしてルビーを最後に撫でてやったのは一体何年前だろうか。

2度とは戻らない時を懐かしみ浸るつもりはない。こういうこともあったのだと、ただ思い出すだけで上等だ。

 

 

 

 

「海、行くか」

 

為すがまま撫でられている少女を見ながら、ぽつりと言葉が出ていた。

 

「うん」

 

少女が小さく頷いた。

 

 

 




次回、海。
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