手をパンパン叩いて煽りやがって…クソッ…
パンパン鳴らすのはテメェの白くて丸いケツなんだよ!!
若い子にご飯を奢ってやるなんて、格好付けたいオッサンの見栄、或いはちっぽけなプライド、そうでなければちょっとした恩着せだと思っていたんだけどね。
勿論、そんな事は言わないさ。
有り余る若さ故に腹は減っていてもお金が無い。
タダでご飯にあり付けるなら愛想も良くなる。
それにこの業界はコネクションが命だ。
愛嬌を良くして損することはまず無い。
しかし、いざ自分が大きな娘を持つ年齢になってみるとあの頃のおじさん連中の気持ちがよくわかる。
自分が食べられない分、たくさん食べて欲しい。
気持ち良いほど元気にモリモリ食べて欲しい。
なるほど、こんな気持ちだったのだなとわかる。
「なんですか?」
「いやぁ、君は顔に似合わず気持ちのいい食べっぷりだね相変わらず」
目の前で大きめに切り分けた肉を頬張る青年が怪訝な顔で僕を見る。
何か企んでいると思われているのだろうか。心外な。
誰が見ても美形と断言する目の前の若者は、線の細さに反して昔から健啖家である。
スタイルの維持で脂質や糖質を制限するモデルが彼の食べっぷりとスタイルを見たら憤死するだろう。
「美味しいワインだろう?この店は肉だけじゃなくてワインにも定評があるんだよ」
グラスに注がれた赤ワインをグッと飲み干すと、目を見開いてグラスを見つめる彼は納得したように肉を再び食べ始める。
実に飲みっぷりも良い。お酒が飲める年になった息子を食事に連れて来たがる父親とはこういう気持ちなのかもしれない。
それにしても、お酒が飲める年になってまだ一年も経って無いはずなのに、何年も前から飲んでいたような、お酒の飲み方が堂に入ってるが…そこは深く追求するまい。
彼が表舞台にいた頃に結局スキャンダルは起きていないのだから。仮にあの頃そうだったとしても時効だ。
「それで、コレは報酬なんですか?それとも前払いですか?」
僕が口元を拭うのを見計らっていたのか、僕の頼んだ肉の倍以上のサイズを僕より早く完食した上で生意気にもバゲットとワインを堪能していた彼が切り出してくる。
「鋭いね。ま、半々というところだね。メルト君の好演ありとはいえ、報酬に上乗せしてA5の和牛とワインをご馳走してもお釣りが来る程度にはヒットしたからね。キャストが良くても脚本が悪ければダメなのは僕も君もよく知ってるだろう?」
「痛いほど」
彼は頬を押さえて見せる。
メルト君が見たら落ち込むからやめなよそれ?
「あれは僕としても色々得るものがあったね〜今では割とコアな人気があるんだよ?」
「それ今は大人気俳優が昔はこんなドラマに出てたみたいな人気の出方ですよね」
「あのドラマには『あの映画』に出ていた役者が3人も出演していたからね。ちょっとしたお宝映像さ」
流石にそのうちの1人が別名義で人気ドラマの脚本家をやってると知ってる人間はあまりいないだろうけど。
「メルトと有馬が主人公とヒロイン役なのは…今だとギャラ的にもエグいですね」
「そっちにまず目が行くあたり君はやっぱり製作側の人間だね。そして、今話題に出た有馬かな君の主演作品をまさに君に頼みたい」
「半々てそういう意味ですか」
半分はお礼、もう半分は先行投資。
気持ち的に断りにくくする為の牽制。
ごめんねぇ、大人はズルいのさ。
「アレ?でも有馬って近々吉祥寺先生の原作で主演ありませんでした?」
「そうだよ」
「……鏑木さん、アンタ原作モノの本書かせる気ですか?」
「話が早いね。さすがだ」
おやおや、目が座っているが、お酒のせいでは無いよね。
半分程残っていたワインを一気に飲み干すと、恨めしそうな視線が向けられる。
ふむ、やはり顔が良い。髪を黒く染めて眼鏡を掛けても、滲み出る色気は姫川大輝とはまた違うな。このままで役者としてもオファーを出したくなるところだ。
もっとも彼は即却下するだろうけどね。
「2、3本書いてたまたま1本当てただけの半分素人の脚本家もどきに原作モノって正気ですか?ただでさえ今は原作モノへの目が厳しいのに」
「そうだね〜けど、吉祥寺先生はノリ気なんだよ。君の脚本なら是非、と」
「は?」
口を開けて呆気に取られた顔をする彼に微笑みで返す。さぞかし彼の目には悪魔の笑みにでも映っているだろう。
しかしまぁ、随分と表情豊かになったものだ。
環境で人は変わるというが、昔よりも遥かに年相応になった。
「言っておくけど、僕からはバラしてないよ?ただ、君の脚本を読ませたら気付いたよ。吉祥寺先生もアビ子先生も」
「何でアビ子先生まで…」
「彼女の作品も実写化の話が出ていてね。あ、ちなみにそちらは黒川あかねが主演の予定なんだけどね」
「いやそれは聞いてないですけど」
「そうかい?まぁ、僕はあくまであのドラマの脚本家に依頼しようと思っているのだけどどうですかと聞いただけさ。そうしたら2人とも乗り気でね…君はさっき1本当てただけど言っていたが、君はデビュー作でそもそもヒットを飛ばしてる脚本家じゃないか」
「…あれは実質監督あっての映画だし、脚本だって吉祥寺先生とアビ子先生の手直しが殆どだから」
「そうだね。だからすぐに気付いたんだろうね。可愛い弟子の脚本だと」
「弟子って…」
彼の空いたグラスにワインを注いでやる。
そういえば、彼とこうして一緒に飲んでいると話したら随分と羨ましがられたっけ。
彼は気付いていないだろうけど、あの映画を通じて彼はあの2人にかなり気に入られている。
下世話な物言いをすれば、出会いが限られた漫画家、それも売れっ子な2人にとって、星野アイ譲りの美貌を持った少年に付きっきりで創作指南をした日々は余程甘美な時間だったんだろうね。
「まぁ、そこまで肩肘張らずに。打ち合わせはリモートでも出来るし、芸能人でもないのだから気兼ねなく会っても問題は無いだろう」
「そうですけど…鏑木さんが間に入るんじゃダメなんですか」
「そうする必要があればそうするけど、それだけでは齟齬が生じて大惨事になることもある。君ならよく知ってるだろう?」
「嫌な聞き方しますね」
「知らなかったのかい?僕は悪い大人なんだよ」
「知ってますよ」
別に雲隠れしている訳じゃないのだから。僕に言わせてみれば、彼は神経質過ぎる。
犯罪者が潜伏するんじゃないのだから、もっと自分から気軽に関わる人間を選べば良いのに。
押しかけて来るような子は…ルビーちゃんはわからないが、そこは斉藤社長がコントロールしているだろう。
「ギャラは良いから、そこは安心してよ」
「大ゴケしても知りませんよ」
「打率十割のクリエイターなんていないさ」
強引だと思ってるんだろうね。
けど、これくらいは許して欲しい。
世の中には良いものが書きたくても書けない人も書ける機会が無い人も溢れる程いるんだから、その才能を遊ばせておくのは勿体無いのさ。
「じゃあ頼んだよ ──── アクア君」
「高く付いたのか?」
久しぶりのワイン、それも医者の頃でも滅多に飲まなかったお高いワインについつい杯が進んでしまった。
鏑木さんの強引さにイラついてそれを誤魔化す為でもあったけれど、吉祥寺先生とアビ子先生が認めてくれた…勿論リップサービスが多分に含まれているんだろうが、それでも少しばかり嬉しくて、浮かれてしまったのかもしれない。
「まぁ…いいか」
何かに追われてるような強迫観念、焦燥感は特に無い。だからなのか、昔なら熟考する時間が欲しくて返答を待ってもらっていた申し出に答えてしまったのは。
「遅い」
ムスっと不機嫌な顔のツクヨミに出迎えられて、珍しく日付が変わりそうな時間に帰宅したのだから無理も無いだろうが。
「ご飯は?」
「食べたよ。君が作り置きしてくれたカレーを温めて。君が高級なお肉を食べてる間、私は作り置きのカレーをね」
「カレー美味いだろ。お前いつも3杯は食べるじゃねーか」
「お生憎様。今日は2杯だよ」
「なんだ珍しい。寂しくて食欲が湧かなかったか」
「……はぁ〜?そんなんじゃねーし」
「唐揚げが無くなってるな…ははん、トッピング盛り盛りで腹膨れたのか食い意地が…痛ッ、蹴るな蹴るな」
「死ね!死んでしまえ!」
子供は訳の分からないことでキレるなまったく。
とりあえず、明日はハンバーグでご機嫌でも取るか。
アビ子先生好き