白梅に明くる夜ばかりとなりにけり   作:FOOO嘉

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【前回のあらすじ】
・斉藤、休学するってよ


20◼︎⚫︎年12月10日(同日)

「お勤めご苦労さん」

「林?」

食堂に入るなり声を掛けて来たのは同期の男子生徒だ。

普段からよくつるむ数少ない友人と呼べる男である。人懐っこいところが少しメルトを彷彿とさせると密かに思っていた。

彿とさせると密かに思っていた。

自分の隣の席をポンポンと叩く林に軽く礼を言うと、アクアは肩にかけていたカバンを置く。

暫しメニューと睨めっこをしてから一番高いAセット食券を購入する。

Aセットはミックスフライ、家では面倒くさいという理由からあまり揚げ物に手を出さない分ここで揚げ物を摂取しておこうというみみっちい理由である。

結局はツクヨミがしつこくリクエストをするせいで月に2〜3回は揚げ物を作るはめに陥っているのであるが。

アクアの更に盛られた唐揚げが他よりも一つ、二つ多いのは気のせいではない。

ちらりと視線を向けると20代後半と思われる食堂の従業員がはにかむ。

頬が微かに染まっているのは気のせいではないだろうが、素知らぬ顔でアクアはにこりと微笑む。別に女心を弄んでいるつもりはない。

微笑ましい程度の恩恵なら素知らぬ顔で受け取ることにしているだけだ。

向けられる好意にはなんとなく気づいているが、具体的なアプローチを受けているわけでもないのだからアクアにはその好意に応える義理も無ければ義務も無い。応えなかったとしても罪悪感を抱く道理も無い。

そもそも好意だと思うのはアクアの自意識過剰の可能性もあるのだ。

 

「あ、斉藤君〜」

アクアがAセットを手に戻ってくるとカバンを置いた席の向かいに同期の女生徒が座っていた。彼女もまたアクアとは比較的親しい。時折食事や飲みに誘ってくる友人だ。

「森やんも相席いいだろ?」

「いいでしょ?ね?」

「断る選択肢無いだろそれ⋯」

「やった」

彼女は食堂の従業員よりもわかりやすい。アクアと友人以上の関係に進展することを望んでいることが態度にありありと出ている。態度のわかりやすさは有馬に似ているが、有馬よりも素直な分付き合いは楽ではある。有馬やツクヨミと言った少女とレスバのような言葉のやり取りを(無自覚的に)楽しむアクアにとっては少し物足りなさもあるのだが、付き合うつもりも無い相手にあれこれ望む程アクアは思い上がっているつもりは無い。

「斉藤君、先生に呼び出されたって本当?」

「そんな大げさなものでも無いよ」

「何やらかしたんだよ」

「やらかしてねぇから。どういう目で見てるんだよ人のことを」

じろりと学友を睨みつける。

「だってお前要領良いから、陰で何か悪いことしてても驚かねえだろって」

意地悪く笑うと林はアクアの視線など知ったことかと言いたげにハヤシライスの最後の一口を飲み下す。

「言いがかりが過ぎる⋯」

「あ〜〜」

「なんで納得するんだよ」

「そりゃあぁ⋯ねぇ?」

わかってるでしょ?言わせる気?向かいに座る森の目がそう物語っていた。

口元こそ笑っているが、目元は笑っていない。

そこに含まれる湿度から身を退くようにアクアは追及をやめた。

「で、実際なんだったわけ」

「ん、まぁ、少し勉強に身が入っていないぞというお叱りを」

「なんだそりゃ。お前の出来で身が入ってないなら俺はどうなるんだよ」

「ほんとにね」

「いや森やんそこはフォローするところでしょ」

軽口を叩き合う友人達を眺めながら、アクアは教授からの話を思い出す。

 

 

『斉藤君。君の成績は素晴らしい。勤勉だし、要領もいい。実習でも落ち着いているし、先生方の評判もいい。しかし、私にはどうにもね⋯』

 

アクアの担当教授はそう言うと言葉を濁す。

物腰が柔らかく紳士的な振る舞いの奥に熱意を持つこの教授をアクアは嫌いではなかった。

言葉を濁す訳は、出来るだけアクアを傷つけないように言うべき言葉を探しているのだろう。

つまりそうさせるだけの目に余る何かがアクアにあるというわけだ。

 

『心ここにあらずという感じがするんだよ』

 

僅かな沈黙の後に告げられた言葉はアクアを傷つけるものではなかった。

呼び出されたことから薄々それが何かをアクアは察していた。

あるとすれば微かな驚きだ。アクア自身ですら朧げに自覚し始めていた程度のことを、この教授は見抜いていたのだ。

 

『君が医学に不誠実な人間だとは決して思わないよ。ただ、迷いながら進めるほどこの道は易しい道じゃない。"医者になるだけ"が目的ならそれでもなれるかもしれないが、そうではないことは君自身も理解しているだろう?』

 

アクアは何も言い返すことが出来なかった。自分でも薄々自覚していたことを見抜かれた以上、意固地になって反論する意味等無いのだから。

 

 

 

「なぁ、二人は何で医者になりたいんだ?」

「藪から俸だな。俺はガキの頃に読んだブラックジャックに憧れてだな」

「あ〜あるあるだね。私は家が病院だから医者になるもんだって思ってね。他にやりたいと思ったことも無いし」

「もし出来たら?」

「う〜ん⋯そっちの方が興味があればやるかな。元々両親にも医者になれって言われてた訳じゃないから。病院はお兄ちゃんが継ぐだろうし」

つるつると上品にうどんを啜る森に林は「うわ、ブルジョワ」と呟く。

「うちは今更医者やめるって言ったら絶対親父に殺されるな。いくらかかったと思ってるんだ馬鹿野郎金返せって。まぁ、やめる気はさらさら無ぇけど」

「意外と軽いな」

「お前なぁ⋯ガキの頃病に苦しんでたところを助けてくれた先生に憧れてとか、そういう理由で医者になる奴ばかりじゃないだろ」

「林君のは流石に大袈裟だけど、結局やりたいかどうかなんじゃないの?私たちは医者をやりたいと思って、頭もそれなりに良いから勉強したら医学部に入れた。それだけでしょ」

 

けろりとした二人の物言いにアクアは拍子抜けしたように溜め息を吐く。

深い使命感があるわけでもなく、重い理由も特には見当たらない。

小説の医者に憧れた嘗ての自分と然程違いの無い理由。

しかし、少なくとも彼らには医者を志す以外の選択肢は無いことがハッキリしている。

そして、そのことに迷いも悩みも無い。

軽い口調ではあるが、アクアの目には二人の姿は自分よりもずっと誠実なものに映った。

 

 

 

 

「という訳だ」

「随分と思い切ったね」

 

同居人の少女は大して驚きもせずに熱々のうどんに息を吹きかけ続ける。

彼女の興味はうどんに向いているのだろう。

少女が食い意地の権化であると理解するアクアにとっても少女の反応は想定内だ。

アクアは鍋の締めは雑炊派であるが今日に限ってはうどんの気分であった。

締めはラーメン派である少女が「どうせ麺にするなら何でラーメンじゃないの!!」とごねたが「煩い黙れお口がうどんなのだ」と半ば強引に説き伏せた。

別に口で口を塞いで黙らせたとかそういうものではなく、鶏肉メインの鍋の予定を豚肉も加えることで妥協させたのだ。

ラーメンに対する未練は無かったと言えば嘘であるが、仮に豚肉を捨ててまでラーメンを主張してしまったが最後、鶏キムチ鍋が水炊きになるか最悪の場合湯豆腐にされてしまうリスクも考慮すれば豚肉追加を引き出せたのは十分交渉成功と呼んで差し支えないだろう。

存分に俗世に染まりきったツクヨミは何処に出しても立派な食い意地の張った俗物幼女である。相互利益って大切。

 

「それで休学してどうするのさ。自分探しの旅でもするのかな?ぷぷぷ」

「ほう、いいのかそうして?仮に俺がそうした場合何処かの欠食児童が飢えることになるが、それでも構わないなら世界一周でもするかな」

「海外は物騒だから止めよう。それに自分を探す必要なんて無いさ。既に君の中には自分が複数入ってるのだから。好きなのを選べばいい」

「転生ジョーク止めろ。現金な餓鬼だな」

「おっと、今のはメスガキのガキじゃなくて地獄に居るあの餓鬼を指したろ」

「腹が出てるところなんてそっくりだろ」

「出てないもん!」

「えぇ〜〜?」

「何度も見てるだろ?もう一度見るか?ほら!ほら!!ほらぁ!!!」

「見せるな見せるな。ハイハイ、可愛いポッコリお腹ですよ安心してくれ」

「ぽっこりしてない。これはご飯を食べてるからであって、私のお腹はぼっこりすらしていない。していない⋯していないよ?」

ない。していない⋯していないよ?」

「なんで自信無くなるんだよ」

 

以前ほど年相応のいか腹は鳴りを潜めているのはツクヨミが幼い少女から変わりつつある証左なのだろう。しかし、それを口にすれば漏れなくドヤ顔をした彼女から「そんなに私のお腹のことを把握しているのかい君は?成長したのは君にとって残念なのか喜びなのか聞きたいところだね」と弄り倒されることが目に見えているためアクアは黙ってうどんを啜る。

暫く自分の白いお腹を不安げに見下ろしていたツクヨミだが、うどんが伸びてしまうことへの恐怖の方が勝ったのか、すぐに食事を再開する。

 

「それで、どうするの?本当に旅に出るつもりじゃないでしょ」

「まぁな。旅行にはちょくちょく行くつもりだけど。とりあえず一年くらいは脚本家としてオファーが来るのは全部やるつもりだな。取材旅行の名目で経費になるし。その間にモノになりそうになかったら、やっぱり医者がいいと思ったら戻る」

「お試し期間だね。焦らないことだね。君の今までが忙しなかったからのんびりしながら考えるのも悪くないんじゃないかな」

「…意外と優しい物言いだな」

「理解のある彼女だからね」

「誰が彼女だ」

「私」

「やめろ逮捕される」

「ふふふ、照れてるのかな?」

 

目を丸くするアクアにツクヨミがクスっと揶揄いの笑みを浮かべる。

 

「鼻出てるのに気付いてるのかな?」

「嘘!?」

「鼻垂れてるのに『ふふふ、照れてるのかな?』とかウケる」

「殺すよ?」

「鼻かまないのか?」

「かむよ」

「ほい、ティッシュ」

「ありがとう!!あ、本当に出てる」

「俺が嘘を吐くとでも?」

「何で吐かないと思われてると思ってるの?妹と有馬かなからの罵倒忘れたのかい?」

「確かに。『嘘吐き!!』って言ってたな」

 

我ながら酷い別れ方だったと思う。

自分の存在は彼女達のキャリアアップに繋がったのかダメージを与えたのか未だに判断が付かない分、彼女達への申し訳無さは今でも消えない。

 

「君がいなければ迂闊な星野ルビーは怪しいスカウトに引っ掛かってた可能性が高いし、有馬かなはドン詰まりだったからきょうあまが終着駅だったと思うよ。黒川あかねに至っては言わずもがなさ。少なくとも君は3人の少女のバッドエンドを回避させてるのだから、多少の迷惑はこの際棚に上げればいいさ」

「急に心読むな」

「ちなみにMEMは少女じゃないから挙げなかったけど、彼女の夢も叶えたから少女3人と女1人か」

「何でそんな残酷なこと言うの?」

 

いつだって18歳だよぉ。

そんなMEMの声が聞こえた気がした。

 

「だが、確かにのんびりやるか。ダメだったらダメだったでその時考えればいい」

「キミ実は結構ライブ感で生きてるよね昔から」

「自覚はある」

 

 

呆れた口調とは裏腹にツクヨミの表情は柔らかい。

アクアはツクヨミの優しい眼差しからすっと目を逸らす。気まずいからではない。もっと不快感の無いむず痒さからの子供じみた仕草であった。

 

 

 

 

「旅行に行くなら北海道が良いな」

「12月だぞ今。何でわざわざ」

「はこだてイルミネーションが始まってるんだよ」

「イルミネーションって柄か?」

「あと毛がにまつりもやってる」

「本命そっちだろ」

「カウントダウンの時期に行くのもいいね」

「絶対激コミだろ。そもそも飛行機のチケット取れんのかよ」

「そこは任せてくれていいよ」

「神様の力って航空会社にも通じるのかよ」

 

新情報であった。

 




多分、次でひとまず最終回

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