田づくりを摘んで酒を一口。
数の子を摘んで酒を一口。
鯛を摘んで酒を一口。
徳利が空いたので酒を注ぐ。
炬燵から抜け出すと冷気に身体が震える。
鍋の中のぬるま湯に徳利を置いて火を掛ける。
熱燗が出来るまで水を飲んでリセット。
絶妙な熱さの熱燗を持って再び炬燵へ。
昆布巻きを摘んで酒を一口。
海老を摘んで酒を一口。
紅白かますを摘んで酒を一口。
ブリを摘んで酒を一口。
「ふぅ…」
ガキの頃は婆さんの作るおせちをありがたいと思ったことは無かったのに、酒が飲めるようになるとこれほど酒の進むラインナップも無い。
「正月からお酒ずっと飲んでるけど〆切は良いの?」
餅を入れたうどんを啜り終えたツクヨミが呆れたようにこっちを見る。
この目には覚えがある。
ベロベロに酔っ払った壱護さんを嗜める時のミヤコさんがこんな目をしていた。
俺はそんなに酔っ払ってない。
或いは雑煮は嫌だと言うから作ってやった力うどんに不満があるのかもしれない。
「お雑煮はもう嫌」と言うから作ってやったのにわがままな奴だ。
「年末までに全力で終わらせた。死にかけたけど」
「だからクリスマスずっと寝てたんだ。てっきり不貞寝してるかと思ってた」
「お前そんな哀れみを向けてやがったのか…その上で叩き起こして連れ回したのか」
「哀れで孤独な魂への慈悲だよ」
「子守りで満たされる程歪んでねーよ」
「はぁ?」
学校の課題と依頼されていた原稿片付けるために三日徹夜した。
酷使した身体をゆっくり休めていたのに容赦無く叩き起こして外に連れ回したコイツは疫病神でなければ死神だ。
「前世の知識が無かったら死んでたわ」
「前世の経験を初めて有効活用してるね。女を誑かす以外で」
「誑かしてねーよ」
「はは、受ける」
一笑に付された。
医学の知識にも20年以上の隔たりがあるものの、要領は同じだ。
サボりのスキルにかけては同級生共とは年季が違う。
要は力を入れるべきところと手を抜くべきところの見極めが重要ということだ。
前世の頃より効率化された授業体制のおかげなのもデカい。
「妹も家族もいない寂しいお正月だね今更だけど」
声にこちらを同情する響きはない。
若干揶揄ってはいるかもしれないが。
「悪くない正月だけどな。もう復讐も何も考えなくていいから一番気楽かもしれない。酒が飲める年になったし」
「可愛い子を眺めて飲むお酒は美味しいかい?」
「ん?今映画の話してる?」
「蹴るよ?」
既に炬燵の下でこちらの足を蹴っておいて言うな。
実際、こうしてまったりとした時間を過ごすのは星野アクアになってから初めてかもしれない。
去年は新生活にまだ慣れきってなかったしな。
ツクヨミの見る映画では、有馬演じる主人公のヤンデレ女が殺した彼氏の脳みそを溶かし込んだビーフシチューを作っているところだ。
これが第三シリーズ、映画化も決定の人気シリーズらしい。世も末だ。
あかねに負けず劣らず有馬の女優としての躍進も目覚ましいものがある。
「男に捨てられた女は泣いて自暴自棄になるか、新しい恋を見つけるか、それとも仕事に打ち込んで忘れるかのどれかだよ」
「お前また変な雑誌読んだろ」
アイツらが男に捨てられたのかは知らんが、打ち込める仕事があって、それが成功するなら悪いことではないだろう。
『この人も違ったのね…何処なの私の運命の人…』
悲壮感と陶酔感の混ざり合った有馬の声がする。
映画はいつの間にかクライマックスを迎えていた。
彼氏を殺しては料理にするヒロインは、次の運命の人という名の哀れな子羊を探すらしい。劇場版で。
とりあえず頑張れ。
「せいぜい刺されないようにしなよ?悪手を選んでないだけで最善手でもないのだから」
「悲劇の伏線みたいなこと言うなよ。予言か?」
「まさか。私は導くのが仕事。予言は専門外」
導き手仕事全くしてないだろここ数年。
「今の不吉なセリフは何だよじゃあ」
「嫌がらせ…痛ぁ!蹴った!カミサマを蹴った!本当に消されたいの?」
「シュークリーム食べるか?」
「食べる」
ちょろ。
「次はこっちの映画にしようか。黒川あかね主演。ベッドシーン無いかなぁ」
「当てつけのようなラインナップやめろ」
「こわい顔〜未練?」
「それは無い」
ただ、普通に気まずい。
知り合いのキスシーンだって割と気まずいのに、ベッドシーンは流石にキツい。
結婚式で誓いのキスとか、友人のキスを見るの割とキツいのと似たような気まずさだ。
「ちなみに監督は?」
「吹田監督。勇者ヨシマサの」
「100パーコメディーじゃねーか」
あかねが変顔してたら、別の意味で気まずいわ。
国民的ヤンデレ女優という不動の地位を確立しつつある有馬かなさん(21)。
脳みそを入れて市販のビーフシチューの素を入れてるからビーフシチューです。