白梅に明くる夜ばかりとなりにけり   作:FOOO嘉

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桜を肴に一杯


20◼︎⚫︎年4月10日

 

「うわ…奈良漬みたいな匂いがするよ…キミ…」

「…うるさい…」

 

二日酔いで苦しんでいる人間への労りが欠片も感じられない物言いと烏の漁ったゴミ捨て場を見るような目に不快感が増す。

それでも俺が「水くれ」と言えばミネラルウォーターのペットボトルを持ってくる程度にはコイツも家主への敬意を持ち始めてはいるのかもしれない。

べきりと音を立ててキャップを開ける。

ペットボトルの蓋の固さすら今の俺には億劫でならない。

 

「ふぅ…」

 

よく冷えた水を胃に流し込むと、ようやく多少生き返った気がした。

再び横向きの姿勢で床に就く。

向かい合うように、枕元にしゃがみ込んでいるツクヨミは呆れた顔で俺を見下ろす。

 

「君さぁ…昨日言ってたよね?『二十歳を迎えたばかりの浮かれた若造共と違って、自分は酒の飲み方も熟知してる』って。熟知した飲み方の結果がコレ?」

 

そんな調子に乗った発言をしていたのか、昨日の俺は。

 

「コレは俺がハメを外したせいじゃない。寧ろ被害者なんだよ俺は」

 

掻い摘んで説明すると、いつもスカした斉藤某をみんなで結託して酔い潰してやろう、あわよくば醜態を女子の前で晒してやろう、という野郎衆の策略があった訳だ。

自覚は無いが、俺は自分が思っている以上に男共のヘイトを買っていたらしい。

意地でも奴等の前で嘔吐するような醜態は晒さずに済んだし、目が覚めたら知らない天井で隣に裸の女なんていうシチュエーションに合わずに済んだ。

もっとも、帰宅と同時にトイレとお見合いをする羽目になったのを起きて来たコイツに全力で爆笑される事態にはなったので、無傷の勝利とはいかなかったが。

 

「どうせ女絡みでしょ。男の嫉妬は醜いから」

 

思いやりの無い言葉が無慈悲に降り注ぐ。

そもそもそこからしておかしい。

自慢じゃないが入学以来同じ医学部の女子を口説いた記憶は全く無い。

コレから先も苦楽を共にし、協力関係が求められる医学部でくっ付いた別れたをやろうものなら学校生活がやりにくくて仕方がないのだから、細心の注意を払っているはずだ。

 

「口説いてなくても、向こうはその気になって舞い上がってることだってあるでしょう。精々またボコボコにされないようにね」

 

心当たりがあるから困る。前世の話だが。

ツクヨミは何かを思い出したのかクスクスと笑っている。

多分、俺の心当たりを思い出しているのだろう。

 

「そういや、あの時の男女はどうなったんだ?」

「さぁ?」

 

操って連れてったのはお前だろ、とツッコミたかったが、そんな気力も湧かない。

コイツはコイツで言わない方が良いと思ったのか、本当に忘れているのかどうにもわからない。

基本スタイルが胡散臭いから知らないことでも知らないフリをしているように見える。

最も、俺も大して興味のある話でもないので、深掘りはしないが。

 

というか、あれはさりなちゃんを失った悲しみで自暴自棄だったのだからノーカンだと俺の中では位置付けられているのだが。今の今まですっかり忘れてたし。

 

「せっかく気合を入れて花を咲かせたのに、肝心の愛でる側がこのザマじゃあコノハナサクヤヒメも報われないね」

 

やれやれと嗜めるような口調だが、当のコイツが大福餅を食べながら言っているのだから、正に花より団子を目の前で実践されているわけだ。

大福が大福を食べてる…

 

「いてっ」

 

思考を読まれたのか、軽く叩かれた。

やめろ、少しの振動でも今の俺には痛恨の一撃なんだぞ。

 

「とりあえず、お隣さんに朝会った時に、世間話に君が寝込んでるってさりげなく織り交ぜておいたから、今頃気合い入れて私のご飯と君のお粥を作ってるだろうさ。君はゆっくり寝てるといい」

「何やってあげた感出してんだお前。お隣さんを体良く利用してるだけじゃねーか」

 

コイツの労力はほぼゼロだし、何ならさりげなく自分の飯まで作らせてやがる。そんな俺の非難の眼差しをツクヨミはそよ風のように笑って受け流す。

 

「あぁ、風が暖かくなってきたね。早く治してよ。桜が散ってしまう前にお花見に行こう」

「花見の結果二日酔いになってる奴に花見の催促するか普通…」

「キミが勝手に酔い潰れただけでしょう。まだ当分は散らないだろうが、満開の時期は逃したく無い。一人でのんびり眺めるのも悪くないけど、一人だと味気ないし、口寂しい」

「思い切り食い気じゃねーか」

「ちらし寿司を食べながらお花見がしたいのさ」

「更に丸くなる気か?」

 

今度は強めに叩かれた。

 

ちらし寿司か。俺としては焼き鮭ときゅうりを混ぜてごまを振ったシンプルなやつで十分なんだが、コイツはきっと彩りが足りないだの、おっさん臭いだの文句を言うのだろう。 

鯛は…いや、鮪にするか。それとも鰹にするか。漬けでいいか。金糸卵と桜でんぶも散らして。

金糸卵はともかく桜でんぶは確実に余るんだよな…

 

開け放した窓から流れ込む風に髪を靡かせて、心地良さそうに目を細めているクソガキの横顔を見て思わずため息が出た。

 

とりあえず、体調が良くなったら魚買いに行かないとな。

 

 

 




アクアは自覚が無いですが、学年一の人気の女子を袖にしてるのがそもそものヘイトのスタートの模様。
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