白梅に明くる夜ばかりとなりにけり   作:FOOO嘉

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20◼︎⚫︎年6月23日

6月に入り、どっぷりと梅雨真っ只中の湿度のなか、気のせいか流した汗がより纏わりつく気がする。

最近すっかり日課と化したダンベル運動を終えると、深く息を吐く。

 

「星野ルビーの歌唱力…進歩しないね」

 

反論が喉に迫り上がったが、まずは後片付けとシャワーだ。

階下の部屋に響かないようにゆっくりとケトルベルを置く。

2袋目のアイスを食べ終えた大福餅がモチモチとした頬っぺたでモチモチと喋るツクヨミは、先月のまんまるでころころでプクプクのぷにぷにショックから立ち直ったらしい。

 

 

 

「…で、ルビーの歌が何だよ」

 

シャワーで汗を流して、冷やしたミネラルウォーターを飲むとようやくひとごこちつく。

ツクヨミが「おつかれ」と全く心の篭ってない労いの言葉を掛けてくる。

やっぱり、こいつ明らかに年末頃より顔が丸くなったよな。

元々餅みたいだった頬など、いよいよつきたての餅のように柔らかい。

コイツは些か育ち盛りという言葉を過大評価している気がする。

おかめのようになったら全力で笑ってやろう。

 

「昔は有馬かなの歌でカバー出来てたけど、今は誤魔化しが利いてないよねアレ」

「大分上手くなったろ。上手くなったはずだ。努力のあとは見られる…多分」

 

音痴から下手ウマになってる、と思う。

ネットでは「頑張ってて微笑ましい」「応援したくなる」「ハラハラする」などなど、ルビーのファンの温かさが胸に沁みる。

 

「兄の欲目だね。向こうは兄と思ってないのに」

「それ言うか?ラインだぞ?いまライン超えたからな、お前」

「改名しといて往生際が悪くないかな。流石に女々しいよ?」

「あんなにあっさり家裁から許可下りるとは思わなかったんだよな…」

「アクアマリンが如何に凄いかだね」

改名は誰でもできるわけではない。

正当な事由が無ければ許可は下りない。

つまり、社会生活に支障が生じるような正当な事由があれば改名はできる。

そして、俺の場合拍子抜けするほどあっさり許可が下りた。

 

つまり、そういうことだ。

 

「名前も変えたし、そういえばアイの歌最近あんまり聴かなくなったね。冷めた?」

「馬鹿言え。今でも俺の推しはアイとルビーだ」

「ふふん。妹の番組は欠かさずチェックしてるものね」

 

3つ目のアイスを頬張る。

腹立つ笑顔しやがって、この大福顔が。

ムカついたので顔を寄せてツクヨミの手の中のアイスに強引に齧り付く。

「あ」と短く声を上げたのが聞こえたが無視してやる。

感謝しろ、お前が肥えるのを阻止してやったんだよ。

 

「今更家族面するつもりもねぇよ。どれだけあの子を悲しませたのかを思えば兄貴と名乗るのはおこがましい」

「……前世を名乗り出さなかったのは褒めてあげる」

 

俺が齧った跡をじっと見つめながら、上から目線の褒め言葉。

人の食いかけになっても、まだアイスに未練があるらしい。

意地汚い。

 

しかし、偉そうな大福はムカつくが、あの子を雨宮吾郎という亡霊に縛り付けるよりは、苦しい思いを経てでも星野ルビーとして生きられるようになった方が遥かに良い。

その結果、「兄」という家族の枠を失ったとしても悔いはない。

 

「アイから受け継いだものは全部あの子が手にすればいい。俺はもう気は済んだ」

 

復讐、とアレを呼んでいいのか今でもわからない。結局は多くの人達を巻き込み、傷つけた果ての自己満足でしかない。

けれどアイの想いは遂げられたと思っている。

医者の生まれ変わりであり、ストーカーの存在を知っていてアイを守れなかった星野アクアマリンは役目を果たしたと思っている。

ミヤコさんは違うと言ってくれたが、俺自身が納得してしまったのだ、だから、本当に申し訳ないがわがままを通させてもらった。

 

「でも、本当は少し寂しいんでしょ?たまに捨てられた子犬みたいな顔してるよ」

「気持ち悪いこと言うなよ。そうだとしたら、せいぜい立派な一匹狼になってやるさ」

「いwっwぴwきwおwおwかwみ www」

 

マジ腹立つなこの大福。

 

「まぁ、元気を出すといい。可哀想な野良犬君には、私が付き合ってあげるよ」

「野良犬の餌を漁りに来てる野良犬みたいな奴がなんか言ってら」

「不敬も過ぎると指先一つでダウンだからね」

 

人差し指でこちらを撃つポーズをする。

顔の作りが良いせいか絶妙にあざとい。

消されるならそれはそれで特に抵抗するつもりも無いのだが…

以前そう言ったら、微妙に不満げな顔をされたので口にはしない。

コイツは俺をどうしたいんだか。

 

結局、ルビーの歌唱力の変遷から、アイとの歌唱力の差に議論が広がり、検証がてらに棚の奥から旧B小町のライブDVDまで引っ張り出してきての上映会となった。

 

 

 

結果 ────

 

「初めて会った日からー♪ キミのことが気になってたー♪」

「いつもより長ぁぁぁく♪ 鏡を見てぇぇっ♪ 自分を磨いてぇぇ、会いにゆくぅぅぅぅっ♪」

 

気が付いたら、2人でカラオケ大会となっていた。ペンライトをマイクに熱唱する大福改めツクヨミ。

歌唱力はルビー以上アイ未満というレベルだった。

 

ルビーのことをとやかく言えるレベルじゃねーだろお前。

 

 

「あ・な・たのアーイドール〜。サインはーB!チュッ❤️」

 

 

そして、やけにノリノリだな。

 

振り付け完璧かよカミサマ。

 

 

 





その夜、ミヤコさんからLINEが来ていた。

『明日、そっちに顔見に行くわね』

LINEをこまめにチェックする習慣の無かった俺は、この通知に全く気付いていなかった。
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