じゃすてぃすきょうしつ。 作:インフィニットまさよし
私立椚ヶ丘中学校、入学式。
名門進学校であるこの学校に入学できた新入生の多くは、この入学式の日、とても晴れやかな顔をしていたように思う。
「高度成長教育」と呼ばれる、ハイレベルな教育を受けられることもあるし、単純に新しい生活への期待なんかもあっただろう。この学校は教育だけでなく、各種施設も充実しているのだから余計にそう思える。
そしてなによりも、自分たちがそんな全国でも指折りの名門校の狭き門を突破し、入学を許されたエリートであるという自覚と誇りが、彼ら彼女らの表情を明るくさせているのだろう。今にして思えば、この時から既に、この学校の教育が始まっていたのだろう。ゾッとする話だ。
そんな誇らしげな顔たちが、順番に名前を読み上げられ、堂々とした返事とともに立ち上がっていく。式次第によると、新入生呼名、というらしい。既に"あ"行は終わり、"か"行に入ってしまっている。つまり、もうすぐ俺の名前が呼ばれる番が来る、ということだ。
はぁ、とため息をつく俺の表情は、周囲とは対照的だっただろう。あの場に鏡なんかなかったから確認はしていないが、自信をもって断言できる。
入学式は、嫌いだ。
新入生の名前が、フルネームで呼ばれるからだ。
これのせいで……俺の人生、苦労が絶えない。
「木村、……えー、"じゃすてぃす"」
はい、と返事をして立ち上がる。恥ずかしさから弱弱しくなったはずの声は、やけに響いて聞こえた。
俺は立っている間、極力目を伏せて足元を見ていたが、それでも、注目されているのがわかるほどに視線を感じた。それは、他の奴らが名前を呼ばれている間も、変わらなかった。当たり前だ。こんな変な名前を聞かされて、動揺しない方がおかしい。
それでも、この手の反応でよく耳にするようなひそひそと話す声は聞こえない。これから同級生になる彼ら彼女らは、式典の最中に私語をしないという当たり前のルールを守れる利口な奴ららしい。やはり本物のエリートは違うな、と感動した。
と、思っていたのだが、そうでもなかったらしい。程なくして、まばらにではあるが忍び笑いが聞こえてきた。それもけっこう近くで、だ。やはり、この名前は相当おかしかったらしい。俺は胸に煙る羞恥心が強まったのを感じて、より一層首を丸める。春先の肌寒さを、この時だけは感じなかった。
木村正義。それが俺の名前だ。まさよし、ではない。じゃすてぃす、である。
両親は警察官であり(母は元、がつくが)、俺が産まれたときに舞い上がってこんな名前をつけたのだとか。迷惑な話だ。ちなみに、弟の名前は勇気という。ゆうき、ではない。ぶれいぶ、である。
一回目はまぁ舞い上がったからで済むかもしれないが、二回目である弟の時もこんな名前をつけるのだから、狙ってやっているのだとしか思えない。ネーミングセンスが最悪なのか、思慮が足りていないのか。父は多分、両方だと思う。少なくとも、思慮に欠けているのは確実である。そもそも、役所に届けを出すときや周囲の反応で、名前の奇特さに気付きそうなものであるのだが。
ともかく、そんな親の浮ついた正義感を勝手に背負わされたこっちは迷惑なものである。初対面の人に名前を言えば必ず驚かれるし、友達にはからかわれる。それに、名前のせいで悪目立ちもする。俺はもともと、目立つのはあんまり好きじゃない。昔から、この名前と足が速いことで色々目立ってたから慣れてはいるけど、それはそれだ。
更に、そのことで親に文句を言えば「親のつけた名前に文句を言うとは何事だ」と叩いてくる始末。父が自分の非を頑なに認めない性分であることは十分わかっているが、名前に関しては本気でイケていると思っているきらいがある。正直、手に負えない。
さて、俺がどうしてつらつらと文句を垂れていたのかと言うと。
「よう、ジャスティス」
「テストがんばれよ、ジャスティース」
と、まぁ、この通りだ。名前のせいで色々と不利益を被っていた俺だが、どうやらここでもそれは変わらないらしい。まぁ、入学式での反応を見るに、予想できたことでもある。とはいえ、流石にここまで擦られるのは予想外だったが。
もう一つ、予想外を挙げるならば、ここの授業のレベルである。想定よりはるかにレベルが高いのだ。全国でも指折りの名門進学校ということで、授業が難しくなることは覚悟していたつもりだった。そして、いざ授業を受けてみて、自分がいかに楽観的だったかを知った。予習復習なんか当たり前にしなくちゃいけなかった。それぐらいレベルの高い授業だった。おまけに、授業の進みも早い。そのため、毎日の予習復習の量は相当なものだった。
当然、テストもその分難しくなる。単純にテストで要求される学力レベルが高かったし、授業進度が早いから、当然範囲も多くなる。
要するに、余裕がないのだ。テスト前の今は、特に。そもそも、今の時期に余裕のある奴なんて、この学校にはほとんどいない。クラスのみんなは机の上に参考書を広げ、黙々とペンを動かしている。このクラスに限らず、全てのクラスで同じ光景が見られるだろう。俺に声をかけてきた奴らも、席についたら必死に勉強を始めるだろう。
というか、この光景自体はテストの有無に限らず年中見られるものなのだ。違うのは熱量だけだ。誰も彼もが切羽詰まった様子で勉強をしている。こんなのはいくら進学校でも、異様な光景だ。
この異様な空間をつくった原因は、先に述べたような授業やテストの難しさであるが……もっと根本的な、成績を落とせない理由がある。そして、その理由の存在こそが、この学校の教育の要でもあった。
特別強化クラス、3-E。このクラスには、成績不良や素行不良などの理由で、学校側から落ちこぼれの烙印を押された者たちが集められる。そして、3-Eに所属するものは、学校側から激しい差別を受けることになる。
その最たる例が、3-Eの隔離校舎だ。
学校の規定では、3-Eの生徒は本校舎への立ち入りが禁止されている。代わりに授業を受ける場所が、山の上の隔離校舎だ。各種設備の揃った本校舎とは違い、隔離校舎は授業をする最低限の設備しかない。その上、最低限しかない設備も、管理が行き届いていない。木造のボロ校舎で、雨漏りはするし、トイレも汚い。そもそも、校舎が山の上なので、登下校に時間も体力も使う。最悪だ。
こんな最悪な環境に押し込められるのだ。誰だって3-Eになんか入りたくないに決まっている。そして、裏を返せばそれは、こんな最悪な環境に押し込められる奴は、そうされるに値するだけの落伍者である、ということだ。少なくとも、学校側はそういうふうに扱う。
それは、先生や生徒にも言えた。彼らは、3-Eの生徒をクズ同然に扱う。要は、3-Eの生徒は、この学校ではほとんど人間と認められていないのだ。E組に落とされることは、死ぬことに等しかった。
そんな環境も待遇も最悪な3-Eは、嘲りと軽蔑、そして恐怖を以て、本校舎の生徒たちに強烈に意識されている。ついたあだ名が『エンドのE組』。そしてこのE組への激しい差別が、本校舎の生徒たちの優越感と恐怖心を植え付け育てている。
E組になりたくなくて、必死に勉強する。その努力の報酬が、E組ではないことへの優越感。モチベーションと報酬、アメとムチが同時に与えられる。実に合理的だ。
閑話休題。
この教室、もといこの学校の、異様なまで鬼気迫った勉強風景はそういうワケである。先ほどの名前イジりも、勉強のストレス発散の意味もあったのだろう。理解はできる。やられるほうはいい迷惑だが。
そして、いい迷惑だと思っているのは俺だけじゃない。テスト前の大事な時期に、雑音が入り込んできたのだ。教室で勉強している奴らにとっても、いい迷惑だったはずだ。
ただし、彼ら彼女らの苛立ちが向かうのは、先ほどの男子生徒にではない。俺だ。
声をかけてきた奴らはもうここにいないのだから、その悪感情が声をかけられた俺に向くのはまぁ、仕方ないことだとは思う。ひでー話だとは思うけど。とはいえ、こういう形で悪目立ちするのはやっぱり嫌だ。
視線こそないものの、俺に対して迷惑そうに思っているような空気をひしひしと感じる。俺は、胸に渦巻く羞恥心と居心地の悪さを無理やり飲み込むように背を丸め、手元の参考書に視線を落とした。どんな内容だったかは、もう覚えていない。思い出す必要もなくなった。
早い話が、俺は春から3-E、『エンドのE組』に行くことになったのだ。
理由は成績不振。名前をからかわれることで集まる注目に、慣れることは
もとから苦手だった数学は徐々に理解が追い付かなくなり、足を引っ張る形で、国語の成績も下がってしまった。勉強時間が数学に圧迫されたのだ。その上、中学から爆発的に増えた文章量と語彙についていけなくなり、とどめの古文である。あんなの殆ど外国語じゃないか。
そういうわけで、小さな穴も少しずつ拡がっていって、ついには数学と国語の成績が学校の求める水準を下回ってしまったというわけだ。
E組に転級するにあたり、まず担任の先生から報せがあった。この学校におけるE組の扱いはこの二年で見てきた通りであるが、E組行きの生徒を受け持っていた担任も、評価が落ちてしまうらしい。非常に冷たい対応をとられてしまった。
また、部活動の方にも既に通達がいっているらしく、俺からわざわざ報告する必要はないらしい。というか、暗にさっさと出ていけと言われているようにしか聞こえなかった。俺としても居心地が悪いので、それはそれでありがたかったが。
失礼しました、という形式的な挨拶を残して退室する。二月の冷えた空気に、思わず身を震わせた。流石の椚ヶ丘中学も、廊下まで暖房完備とはいかないらしい。欲しいとも思わないが。しかし、あの隔離校舎には確実に、この本校舎ほどの暖房設備はないだろう。二月ももう終わる頃なので今はまだ我慢できるが、既に憂鬱だ。
自分の教室に戻ると、妙に視線を感じた。いつもの名前イジりの時のような視線とは違う、だけどどこか既視感めいたものを感じる視線だった。なんだっただろうかと考えて、手元にある貰ったばかりの転級通知書に目を落として、気が付いた。この目は、いつも皆がE組を見るような目だ。俺がE組行きになったことが既に知られているらしい。というか、今考えてみれば、俺が担任に生徒指導室に呼ばれていたことはクラスの全員が知るところであった。あとは、この時期に、担任に呼ばれるということを考えれば、なるほど、なんとなく察しはつく。
視線がするほうへ目を向ければ、さっと目をそらされる。割とキツい反応だ。それでも感じる視線にいちいち反応すれば、やはり目を逸らされるばかり。それでも、視線は減らないし、それどころか、徐々に視線は増えているように感じる。目の端に映る視線はにやにやとして嫌な視線だった。それが、侮蔑的で攻撃的な、悪意の籠った目であると気づいて、心臓が跳ねた。俺はE組になったのだ。つまり、ここにいる奴らにとって、俺はどれだけ叩いてもいいゴミ同然の存在になったのだ。俺は木村正義じゃなく、E組になってしまった。それにこの教室の連中も、……俺自身も、気づいてしまったのだ。俺は居た堪れなくなって、荷物をまとめてさっさと教室を出た。失望の目、嫌悪の目、軽蔑の目、……嗜虐的な、愉悦の目。そういう視線を振り払うように、速足で。ドアを閉める音に紛れた忍び笑いは、聞こえないふりをした。
学校から逃げるように、というか、真実逃げかえってきた俺だったが、E組になった事実からは逃げられなかった。要は、例の転級通知書が家にも届いていたというだけの話である。
学校から帰ってきた俺を、難しい顔をした母が出迎えた。おかえり、と言うので、ただいま、と返す。母の手元には、椚ヶ丘学園印の封筒が。母からは、夕食の後話があると告げられた。うちは古風な父に合わせた家父長制的な家庭である。話をするのは父を交えて、ということだろう。憂鬱だ。
さて、話し合いという名の詰問会であるが、これが思った以上に
椚ヶ丘学園は、椚ヶ丘中学と椚ヶ丘高校からなる中高一貫校である。椚ヶ丘中学校も椚ヶ丘高校も、どちらも高い教育レベルが評価されているが、椚ヶ丘高校は、その上高い進学実績が有名な高校なのだ。故に、椚ヶ丘中学に入学するやつらは、椚ヶ丘高校への内部進学を目当てに受験したものが大半を占める。うちも当然、そのクチであった。
それがどうして今更進学先の話になるのかといえば、内部進学は本校舎の生徒のみであるからだ。落ちこぼれであるE組は、真の椚ヶ丘生ではないということらしい。要は、E組である俺には、進学先の問題が付きまとうのだ。
母は俺が「椚ヶ丘」と言うことを期待しているのだろう。それは当然、外部で入りなおすという意味ではなく、成績を上げ、本校舎に戻って内部進学する、ということである。それはわかっている。内部進学を目指すのが正しい道なのだろう。だけど、俺には自分でその道を進む決断が、決意が、できなかった。
E組を
それに、そもそも俺は本校舎にまた通いたいとは思っていなかった。理由は、はっきり言えば恐れである。要は、先の教室の一件で向けられていた目線が、怖かったのだ。さっきまで学友だったものを、E組に落ちるとわかったとたんに軽蔑や侮蔑とともにほのかな喜悦を滲ませた、あの悪意の目。あれを体験してしまっては、もう二度と彼ら彼女らを友人として見ることはできない。
だから、俺は正直に、わからない、と返した。母はスッと目を細めると、言いたいことを飲み込むように口をゆがめた後、目を伏せて、軽く息をついた。そう、と言って再びこちらに向けられた目は厳しかったが、どことなく心配の色が浮かんでいた。そんな母を見て、母が俺の将来を俺以上に真剣に考えてくれていることを、俺は本当の意味で理解した。そして、そんな母の期待や応援を、俺は裏切ってしまったのだということも。
ちゃんと考えておきなさい、と言って、項垂れる俺とそわそわと落ち着きのない父を残し、母はこの場を辞した。父も状況をよく理解していないなりに、無難な言葉をかけて立ち去って行った。俺だけがこの部屋に残っている。
俺のコンプレックスであるこの名前。舞い上がってつけられたこの名前は、しかし、殆どの場合からかいの対象であった。そりゃあそうだ。両親に似てのっぺりとした、如何にも日本男児の顔で、名前はジャスティスというのだから、可笑しさを感じて当然である。だから、俺は名付けた親に対して少なくない恨みつらみを抱えていた。
それでも、両親を心の底から嫌うことはできなかった。父は酔った勢いでセクハラして減給を食らうようなどうしようもない人だけど、普段は気さくで憎めない親父なのだ。小さい頃はよく遊んでくれて、俺の足の速さを褒めてくれたのも父だった。母も名付けの共犯者であり、感性はかなりヘンテコであるが、面倒見がよく優しい人だ。そもそも、父の稼ぎを頼りに退職したのに、その父がよりにもよってセクハラで減給を食らったのを、見捨てず毎日家事に家計のやりくりにと家庭を支えているのだ。相当に面倒見がいい。要は、恨みはあれど、俺は結局両親のことが好きだった。
そんなふたりの期待を、俺は裏切ってしまった。もはや取り返しがつかないことをしてしまった。それを自覚して、今更になってE組になってしまったという現実的な実感が沸いてきた。入学式の時とはまた違う、暗澹たる未来への憂鬱が押し寄せ、胸を濁流で満たす。もう誰もいない、用もなくなったこの部屋を、俺は出る気になれなかった。
こうして、俺は3月から隔離校舎へ通うこととなった。
意外なことに、隔離校舎は思ったより悪い環境ではなかった。確かに校舎はオンボロだし、暖房設備も
そして、それは先生も同じだった。本校舎にいたころは隔離校舎ではやる気のない授業を受けさせられると脅されたものだが、その風聞に反して、先生は意欲的だった。E組の担任は全教科を受け持つことになっているため、ウチの先生も専攻外の教科の授業をしなければならなかった。それでも、先生は全ての教科に工夫をこらして教えてくれた。その熱意は、やる気がないどころか、本校舎の先生よりも燃え滾っているように感じた。今更頑張ったってどうしようもないという事実は変わらないが、それでも自分たちのためにやる気を出して教えてくれる先生がいることが、純粋に嬉しかった。
それになにより、ウチの先生は俺たち
そういうわけで、俺はこの隔離校舎の生活を悪くなく思っていた。
まともな放送設備もないこの教室に、本校舎でよく聞いた始業のベルは鳴らない。そのことに疎外感を覚えつつも、もう頑張る必要もないということに、どこか安心を覚えていた。頑張ってもどうしようもない、という、虚しさや劣等感を確かに感じながら、見ないふりをして。
そんな日常が、2週間ほど続いたある日。
忘れもしない、3月12日の夜に起こった、大事件。
それが、原因不明の月の爆発である。
月の体積のおよそ7割が蒸発し、一夜にして満月が三日月に変わったこの事件。しかし、この出来事は、次に起こる大事件の前触れに過ぎなかった。
4月、新学期。E組担任の、交代。
「初めまして」
その正体は。
「私が月を
最高速度マッハ20の、タコ型超生物で。
「来年には地球も
月を爆破し、地球も爆破する予定の、賞金首。
「単刀直入に言う」
そして、そんな先生の生徒になる俺たちに下りた、政府からの依頼。
「この怪物を、君達に殺して欲しい!!」
新学期。今日からこの
俺等は、殺し屋。
本校舎から遠く離れた教室に、鳴らないはずの始業のベルが、聞こえた気がした。
当二次創作は、原作漫画全21巻・アニメ一期二期・公式キャラクターブック名簿の時間・イラストファンブック卒業アルバムの時間等記載の内容を参考にしております。なるべく原作の雰囲気を壊さないように、と考えているので、違和感等ございましたらご指摘いただけるとありがたいです。
以下、解説と言う名の蛇足です。
新入生呼名: 菅谷の「最初入学式で聞いた時ビビったよなー」のセリフより。学校によってはあったりなかったりするっぽいですが、椚ヶ丘中学校にはあるようです。
両親について: 父親については、原作89話や『名簿の時間』の情報をもとにした、独自解釈・独自設定。ほぼ公式設定通りだが、足の速さを褒めてくれたエピソードは完全な捏造、性格等は独自解釈。母親についてはほぼ全て捏造。公式からは「元警察官」しかわからなかった。木村くんを見ていると、名前のコンプレックスはあっても変に拗らせたりしていなかったので、家庭内にストレスはなかったのではないかと思い、(名付けのセンス以外は)ごく普通の家族にした……つもりです。
木村勇気: 『卒業アルバムの時間』に記載。まさかの公式設定。年齢までは書かれていなませんでしたが、お兄ちゃんと歳はそんなに離れていないと思われます。
木村正義の過去: 主に原作89話、『名簿の時間』、『卒業アルバムの時間』を活用して見た幻覚。
3月12日: 月の爆破の正確な日時はわかっていません。ただ、殺せんせーのハッピーバースデーが3月12日であったこと、「今日をあなたが生まれた日にしませんか?」が月爆破の6時間前、月爆破の時間帯付近であぐりが妹と会う約束をしている(=そこまで夜遅い時間ではない)などから、3月12日としました。
次回更新は明日の同時刻になります。