最低な魔女がこしらえた最高なおかしの家   作:炭酸吸い

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後編 妹の冷笑

 

 

 

 グレーテルの悲鳴がこちらに向けられたものだと知ったヘンゼルは、振り返り言葉を失った。

 左腕が肩口から(えぐ)り取られている。

 杭に穿(うが)たれていたのだろう。アドレナリンなのか、痛みが一切ない。

 (ひたい)も切っていたらしい。

 自身で気づいた時には、粘っこい額の血が口に入っていた。

()()

 味覚がおかしくなった訳では無い。

 熟成したイチゴジャムの甘味(かんみ)が舌を満たす。間違いなく自分の体から出た血のはずなのに。

 小麦のない街で、パンを探す無理難題な道程。

 無理難題ではないと、頭の片隅で理解する。

 だが理解しようとすると、頭がそれを拒否した。

 ――どこ探したってないよ。

 ――()()()()()()()()

 試しに服を(まく)り、自分のお腹を摘んでみる。

 すべすべで、きめ細かい肌。もっちりとしている白い肌。

 摘み、引いていく。伸びる。どんどんと。そして――抵抗なく千切れた。

 崩れた森がざわざわと(うごめ)く。

 魔女が(わら)っているような気がした。

 

  ◇

 

 顔をあげ、グレーテルと目が合う。何か言いたげだ。

 ヘンゼルが口を開くと、グレーテルは眉根を寄せた。

「グレーテル」

「なに」

「お願いがあるんだ」

「いや」

 何を言われるかわかっているのか、グレーテルは聞こうとしない。

「荷台を引いてくれ」

「絶対だめ」

 声が震えている。

「そんな顔をするな」

「だって……そんなことしたらヘンゼルが」

「僕は、グレーテルが生きていてくれればそれでいい」

「私だって同じよ」

 グレーテルは押し寄せる感情で顔をぐしゃぐしゃにする。

「これは僕にしかできない事だ」

 こんな体になっていた自分にしかできないことだと、ヘンゼルは理解し、言い聞かせた。

「絶対に振り向いてはいけないよ」

 

  ◇

 

 グレーテルは荷台を引く。

 舗装されていない大地が、整備していない荷台の車輪を意地悪でもするように掴み邪魔をする。

 こんなにも荷台が重いのかと、病弱なグレーテルは申し訳なさと色々な感情が()()ぜになって張り裂けそうだった。

 病弱な妹の啜り泣く声が、いつまでも森の中で溶け込んでいく。

 

 ふと、景色が白んでいくことに気づく。

 雪だ。それもかなり細かい。霧のような雪。

 でも寒くない。

 異常気象の(たぐい)。しかしこの後に及んで異常を異常だと感じる思考は持ち得なかった。

「魔女はどこまで――」

 グレーテルは後ろの兄に聞こえないように怒りを漏らす。

 もはや小屋までたどり着いたとしても殺されるのかもしれない。

 でもヘンゼルの行為を無碍(むげ)にはできない。

 次第に荷台が軽くなるのを感じる。

 何かが荷台の後ろでぶつかる。

 引きずるような音。

 ――絶対に振り向いてはいけないよ。

 今はただ、ヘンゼルの言葉で頭の中を満たすことに集中した。

 

  ◇

 

「完璧じゃないか。ちゃんと小屋まで〈パンくず〉を並べたね」

 魔女は妹の気持ちなど知らず、大喜びで跳ねる。

「丸めて叩いて甘くなる叩いて伸ばして甘くなる伸ばして千切って甘くなる――」

 グレーテルは魔女の言葉の意味を理解しないよう、ぶつぶつと無意味な言葉を吐き出し続けた。

 パン職人から教えてもらった魔法のパンの作り方を、呪文のように呟き続ける。

 魔女は諦めたように手をあげた。

「じゃあ最後だ。おかしの家まで行こう」

 巨大な獣が森の奥から現れる。見上げるほどの巨躯。長い毛が頭部を覆い、顔が見えない。

 グレーテルと魔女を乗せ、おかしの家まで一粒一粒、ヘンゼルの肉片――()()()()()を食しながらの道程。

 それを魔獣の背中から見下ろす旅路は、途方もなく長く感じた。

 

「ついたよ」

 二人が背中から降りると、魔獣が勢いよく跳び上がり、おかしの家に乗る。あんな乗り方をすれば屋根から崩れるのではないかと不安になるが、グレーテルの予想を裏切り、びくともしなかった。

 やがて、あんなに大きかった魔獣が、屋根に居座るとその体積を縮ませ――家の一部だったかのように動かなくなった。

 砂糖細工のトナカイと成り代わり、飾られている。

「これでおかしの家は完成だ」

 ――これだけ?

 これだけのためにヘンゼルは死んだのか。

 もう全ての出来事は、グレーテルの理解の外だった。

「よく頑張ったね。辛かったろう。家の中で休むといい」

 家の中。

 そういえば兄妹はこの家の中に入ったことはなかった。

 魔女が扉を開けると、眩い光が森を満たす。

 あまりにも広い室内。広すぎる空間。

 思わず目を細め、覗き込む。

 煌びやかな光。賑やかな歓声。

 巨大な子供達がこちらを見下ろしていた。

 

  ◇

 

「――なに」

 グレーテルはいよいよ開いた口が塞がらなくなる。

 巨大な子供達はグレーテルの方を指さして、意味不明な会話をする。

「これタダで食べていいの?」

 巨大な(しわが)れた声が、はるか頭上で応対している。

「試食会だからね。でも完成品はちゃんと親に買ってもらうんだよ」

 魔女と全く同じ顔をした巨大な老婆が、子供たちに言い聞かせる。

 子供の嬉しそうな二つ返事が重なり、大気を震わせる。思わず耳を塞いだ。

「これ」

 喉を突き破る思いで後ろの魔女に大声で問うと、魔女はニンマリとした顔で口を開いた。

()()()()()()()

 魔女がケタケタと笑う。巨大な杭に腹部を貫かれ、笑いながら宙に浮いていく。

 巨大な子供の指に挟まれた〈杭〉は相対的に、あっけなく折れそうな細長い串にすら見えた。

 次々に杭が降ってくる。

 おかしの家は無常にも、無垢な子供達によって原型を失っていった。

 トナカイの頭部が目の前に落ちる。

 生気のない瞳がグレーテルを捉えて離さなかった。

「これも食べていいの?」

「ああ。食べられるよ。この魔法のパンはうんと甘くなってるはずさ」

 いい加減聞きなれた会話だったと、グレーテルはぼんやりと事実を反芻(はんすう)する。

 ――ここはパン屋だ。子供に愛されたパン屋。その中に作られた、小さな森と家に、人型のジャムパン。

 

 子供の指に拾い上げられる。

 壊れないように、優しく。

 空を突き破り、はるか高いところまでくると、自分のいた森があまりに小さく見えた。

 ガラス――ショーケースの後ろでは、自分のいた森と全く同じ世界が均等に並べられていた。

 

 ――ヘンゼルとグレーテルのおかしの家。

 パン工房で使うようなプラスチック製のカードにそう書かれ、机に置かれている。

 

 この森の商品名だと悟った頃には、乾いた笑いしか出せなかった。

 

 

 

 最低な魔女がこしらえた最高なお菓子の家――おしまい。

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