ゼーリエに転生したが、教え子たちが可愛すぎる 作:mazuton
楽しみ。
一番弟子をとってから約五十年。これまでのエルフとしての生から考えれば、そこまで長いわけでもない時間。元は人間であったエリーゼにとっては、その時間が人間にとっては一生に近い年月だと理解している。
「老けたな。一番弟子」
「そういうあなたは変わらないな。ゼーリエ」
ある日、一番弟子がやってきた。最近さえてきた直感を使うまでもなくわかる。一番弟子はもうすぐ死ぬ。
「もう少しやることがあるから、来る予定はなかったんだが。それはフリーレンにでも伝えるよう言っておく。…最後に顔を見せておこうと思ってね」
「恩知らずめ。結局、孫弟子を連れてきてからほとんど顔を見せなかったな」
「弟子のささやかな照れ隠しさ」
「結局、お前は私の言うことを聞かずに、孫弟子と人類への魔法普及にかまけ、本来到達できるはずだった領域までは届かなかった」
「私一人が強くなることに意味はないからな」
「フリーレンに教えた非効率極まりないあれも、魔族攻略の一環か」
「そうだ。あなたをみて思いついた」
「!」
ゼーリエは、魔力の修行をして数百年したあと、ふと魔力の出力を制限する方法を試してみることにした。自分の魔力の情報を相手に教える必要もないのだし、魔族などは魔力で相手の実力を判断するので、偽装できる方法はないのかと思い立ったのだ。言うのは簡単だが、やってみるとかなり難しい。バケツになみなみに入った水から、小さいコップに程よく注ぎ入れ続けるような繊細な調整。一瞬うまくいくことはあるかもしれないが、少しでも調整をミスすると、勢いが強くなったり弱くなったり。つまり、揺らいで見える。
この揺らぎをなくすように調整するのに、二百年以上かかった。弟子を取った時にはすでに習得しており、以降は誰にもバレたことはなかった。
「お前は本当に可愛くない奴だ」
「あなたに似たんだ。真面目で、不器用で素直じゃないところもな」
「そんなことはない」
「そういうところさ」
ゼーリエは、不満げにフランメを見つめる。フランメはそれを鼻で笑いながらあしらう。年をとり皺も深くなっているが、昔通りの少しイラっとする笑い方。ゼーリエは、懐かしさを覚えてくすりと笑いながら尋ねる。
「それで。何をしにきた。本当に顔をみにきただけ、というわけではないんだろう」
「いや、用はあったが、話していて気が変わった。今日はもう帰るよ」
「なんだ、それは」
肩透かしを食らってあきれるゼーリエ。一番弟子のことは最後までよくわからなかった。エリーゼは人間の感性がわかる分、少しは彼女が何を考えているのかわかったが、ゼーリエにとっては相性がよろしくないのか、嚙み合わないことが多々あった。
「用がないなら帰れ」
「そうだな。それじゃあ少し、外でも歩きながら話さないか」
そういって、フランメは背を向けて歩き始める。ゼーリエは不満に思いながらも、彼女の後ろを黙ってついていった。
「懐かしいな。ここでの修行は今でも思い出す。思い出したくもないが」
「あのときは私も勝手がわからないところもあった。今ならよりうまくやれる」
「どこからそんな自信が出てくるんだ」
フランメはあきれた様子でゼーリエを見てくる。何がそんなに不満なのか理解ができない。あの修行のおかげでレベルの高い魔法を多く覚えられ、現在の地位につながっているのだ。フランメに魔法の才能があったとしても、覚えられる環境がなければ意味もないのだ。
「はっきり言っておく。あなたは魔法の才能はあるかもしれんが、少なくともあの時は間違いなく教えるのは下手だった。私だからなんとか耐えられたが、ほかの者なら何回も死んでいた」
「その結果、お前が生きて魔法をある程度極めたのだから、私が正しかった。違うか」
「子供か」
どや、といった顔で自分が教え下手なことは認めず功績を主張するゼーリエとそれにあきれるフランメ。
世界最高クラスであるゼーリエの基準を相手にも求めるのは、同等の才能を持つ者以外はふるい落とす方法だ。つまり、ふるい落とした結果は綺麗なふるいが残るだけとなるはずであった。
しかし、たまたまフランメが目が荒すぎるふるいで落ちない大きな原石であったため奇跡が起きた。そんなことも知らぬ二人はその後も軽い口喧嘩という名のじゃれあいをする。ゼーリエに対して、対等に口答えする人間は彼女くらいしかいないかもしれない。エリーゼは心の中でぼんやりとそんなことを思いながら二人の会話を聞いていた。
「それで、フリーレンは魔王に勝てそうなのか」
「さあ、どうだろう」
「おい」
フランメの適当な返答に文句をいう。自信満々で宣言するから孫弟子に任せていたのに、そんな適当で大丈夫なのかと一瞬疑う。
「前はああ言ったが、魔王を倒すのは、私が死んだずっと後だ。それに、フリーレンに才能があるとはいえ、一人ではどうもできん。仲間がいるだろうな。一番の懸念が、あいつはとにかく人の感情に疎いから、協調性をもって仲間とやっていく絵が浮かばん」
「致命的ではないか」
やはり、私が魔王を殺すべきか、と思い始めるゼーリエ。
「まあ、なんとかなるだろうさ。同じエルフのあなたが、曲りなりに人間を理解できているんだ。フリーレンにもできるだろ」
「お前、師匠に対して失礼すぎるぞ」
「修行の恨みを、こういうところで晴らしておかんとな。晴らさずに死んだら、悔やみきれん」
冗談なのか本気なのか微妙なことを言ってくるので、反応に困るゼーリエ。その様子を見て、けらけらと笑ってくるフランメに、からかわれたことを理解してむすっとする。
「さて、そろそろいい時間かな」
「ああ、達者でな」
「珍しいな。師匠がそんなこというなんて」
「二度と言わん」
ゼーリエは手であっちいけ、とでもいうような動作でフランメを送り出す。これで、おそらく彼女との最後の別れになるだろうことを理解しながら、それを感じ取られることがないように。
「もう一人の師匠からは、何かないかな」
「……驚いた。魔力の揺らぎを見破れたより、ずっと。誰にも気づかれてない自信があったんだけどね」
「いやいや、こっちの方が圧倒的に簡単だよ。バレバレだし、ほかの弟子たちも薄々気づいていると思うよ」
「えっ、そうなの?」
ゼーリエとバトンタッチして出てきたエリーゼ。ゼーリエとは違い人間の機微には詳しいと思っていたが、ゼーリエと比べている時点で、そのレベルが低いのは明らかであった。これからもう少し気を付けないと、と思うエリーゼであった。
「頻度は少ないけど、あなたが出てきたときの修行は命の危険を感じることが少なくて天国だったよ。ずっと出てきてほしいと本気で願っていた」
「ごめんね。君は下手だとはいうけど、ゼーリエの方が教えるのには向いているんだ。私は甘くしすぎて君たちのためにならないから」
「もう一人の師匠は、名前はなんていうのですか」
「表でいうのは初めてかもね。君だけには言っておくか。エリーゼだよ」
本来は、表に出す気はなかった名前。しかし、フランメであれば、どこかに言いふらすなんてこともしないだろう。フランメはエリーゼにも挨拶をして、エリーゼも挨拶を返す。
「それで、話しておくことか。そうだね。君は花畑を出す魔法が好きだったよね」
「よく覚えていますね」
「忘れるわけないさ。それはゼーリエも同じ。私たちは、君たち弟子が可愛すぎて仕方ないからね」
「そ、そうですか」
普段のゼーリエなら、絶対に言わないであろうド直球な表現。それを同じ姿で言われて、少なからず動揺してしまうフランメであった。余計なことを言うな、とゼーリエが心の中で文句を言ってくるが無視をする。
「ゼーリエとの関わりの方が多かったかもだけど、私にもいつも通りの口調で話してもらえると嬉しいな」
「ああ、わかった」
そこから、エリーゼとしてフランメと他愛ない話をした。生き急いでいたフランメが過ごす、久しぶりのゆったりとした時間。ゼーリエも会話を聞きながら、三人ともが心地よい時間を過ごした。
「思ったより長い時間を過ごしてしまった。それではお別れです、師匠」
「ああ、君が一番弟子でよかった。ゼーリエもそう言ってるよ」
「それはよかった」
怒って反論しているゼーリエの声を幻聴として聞きながら、フランメは明日も会えるのではないか、というくらいの軽い調子で帰っていった。
そこからそんなに時が過ぎぬうちに、フランメが死んだと聞いた。
その後、ふらっとやってきたフリーレンから、フランメの遺言状を受け取る。フランメの尽力により皇帝が国を挙げた魔法研究を認可したこと、新設された宮廷魔法使いの教育を引き継いでほしい旨の内容であった。ゼーリエがその報告書に似た遺言状を破り捨てたあと、フリーレンといくつかのやり取りをした。
フランメが遺言状を破り捨てることを予期していたことや、フランメのこと、そして今後の人間の時代について。
その日、弟子たちは修行が早めに切り上げられて休みを告げられる。ゼーリエが予定にない修行の休みを告げたのは、この日が最初で、そして最後であった。