吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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今更ながらぼっち・ざ・ろっく!にハマってしまいました。
好きになったばかりなので原作設定との矛盾等が生じた場合は教えてくれると有難いです。





1.『二度あることは何度もある』

「オッ……おええええええええぇぇ」

 

 居心地の良い夜の静けさを台無しにする嗚咽が街灯の下で鳴り響く。

 コンビニアイスを食べ歩きしながら帰ることをこれ程後悔したことは無いだろう。

 

 鼻をつまみながら極力その臭いを感じないようにして一気に口の中にアイスを放り込む。

 

「…………………………はぁ」

 

 これが全く知らない呑んだくれなら、無視するか警察に連絡して預かってもらうかしてもらうところだが悲しいことに顔見知りだ。

 

「なにやってるんですか。廣井さん」

 

「うえぇ? ああぁ、健治(けんじ)くん! 相変わらず女殴ってそうな顔してるね〜〜あははは! うっ、お水ちょうだいぃ……うっぷ」

 

 そう言いながら口から二射目を放出した廣井さんに俺……遠坂 健治(とおさか けんじ)はため息を吐いた。

 

「なんですか女性殴ってそうな顔って……というか、酒を持ち歩くなら水も一緒に持った方が良いんじゃないですか」

 

「いやだあ〜〜!! お水持ったらその分お酒持てなくなるぅうう!!」

 

 涙を流しながら廣井さんは訴えるが俺は動じない。酒を飲みながら泣く事は彼女にとって日常茶飯事だからだ。事実、もう涙が止まっている。そして、思い出したかのように手に持っていた袋をこちらに見せつけてくる。

 

「あ! でも今日はエチケット袋持ち歩いてた! 偉いでしょ!」

 

 廣井さんがまるで『さぁ! 褒めてくれ!』と言わんばかりに胸を張る。確かに路上に撒き散らさ無かったのは今までの廣井さんからすれば成長だ。しかし、エチケット袋をこちらに向けてくるのは辞めて欲しい。折角隠れていたのに中身がチラ見した。

 

「はいはい偉い偉い。偉いんでもう少し頑張って歩きましょ……ここからならコンビニより俺の家の方が近いですから」

 

 そう言いながらエチケット袋の封を閉じて廣井さんの手を引く。千鳥足になっているので肩を貸してやりたいが、身長差がありすぎるせいで貸せないため手を引くしかないのだ。

 

「うへへ……健治くんいつもごめんねぇ。うっぷ、また吐きそう……」

 

「今吐いたらここに置いていきますよ」

 

 再び遠坂健治の口から溜息が零れる。

 彼女と初めて出会った時も今日のように酒に酔って酷い有様だった。流石にこの状況を放っておくのも不味いだろうと警察に連絡して連れて行って貰ったのだが……その次の日ほぼ同じ場所で泥酔していた。

 

 そんな時が何日も続いて流石に警察に何度も連絡するのが面倒くさくなってきた頃にポロッと『……もし良かったら、俺の家で休みます?』と言ってしまったのだ。

 

 口に出てしまった直後にハッとした。俺は何を言っているんだ。何度も介抱してるとはいえお互い何も知らないのに家に入れるなんて。だが『すみません。忘れてください』と訂正しようとした言葉は。

 

『えぇ〜〜!? いいのぉ!? いくいく〜〜! あははは!!』 と何故か乗り気になってしまった彼女によって遮られてしまった。

 

 そうして仕方なく彼女を家に上げたのだ。家に上げるのは今回で最初で最後だと思っていたのに、彼女は俺の家を覚えたようで泥酔しそうになったら俺の家周辺で倒れるようになった。

 

 泥酔して吐瀉物を撒き散らしているとはいえ女性が夜道に一人でいるのは放っておけず、その後もぐだぐだと今の不思議な関係を続けている。

 

 そんな風に過去を思いだしているといつの間にか家に着いていた。小綺麗な外観の一軒家……勿論俺名義の家では無く、叔父さん名義の家だ。家賃も払ってもらっていて本当に頭が上がらない。

 

 叔父さんは俺を置いて夜逃げした両親に代わって俺の面倒を見てくれた恩人。本当に頼りになる大人だ。俺の事を松葉杖代わりにするこの人も見習って欲しい。

 

 今は海外に転勤中なので叔父さんは居ないが、ゆくゆくは俺が家賃を払うようになるか家を出てって叔父さんを楽にさせてやりたいものである。

 

 家の中のソファに廣井さんを寝かせる。途中から夢の世界に旅立ちかけていたようで、最後の方は殆ど彼女は歩かず俺の力だけで運んでいた。

 

「ほら、廣井さん。家に着きましたよ。それと水です、飲んでください」

 

「うぅ〜〜ん、ありがとねぇ……」

 

 俺から受け取ったコップの中に入っていた水を廣井さんは勢いよく飲み干した。余程辛かったのだろう。辛くなる前に飲むのを辞めたら良いのに。と思うのは俺がまだ未成年だからだろうか。

 

「廣井さん一人で飲むと危ないですから他にも人誘って飲みましょうよ」

 

「えぇ? 違う違う。今日は一緒に他の人と飲んでたんだよ。同じバンドの子」

 

「え、そうなんですか? なら何でその人達は廣井さんのことを介抱してくれなかったんですかね?」

 

「ね! 酷いよね〜〜!」

 

「……いや、すみません。たった今原因が分かりました」

 

「?」

 

 廣井さんはピンと来ていないが俺は察した。この状態の彼女を介抱するのはそれはそれは面倒だろう。毎度のことなら尚更だ。酔いが回って手の付けられなくなったタイミングで捨てたのだろう。

 

 この判断を薄情と感じるべきか、英断と思うべきか、当然と考えるべきか……。少なくとも放っておけず何度も何度も彼女を介抱している自分よりは賢いことは事実だろう。

 

「というかバンドやってたんですか?」

 

「うん。やってるよぉー! ベースは私の魂! 一時たりとも離さないの。良かったら今度見に来る? チケットあるよぉ」

 

 意外だ。酔っ払っている姿しか見た事ないから彼女が楽器を演奏してる様子なんて想像つかない。いやしかし、よくよく思い出してみれば確かに以前彼女が楽器を背負ってるところを見た気がする。

 

 その時は彼女の吐瀉物の勢いが凄すぎてそれどころでは無かったが。

 

「……へー。ところでその『魂』はどこに?」

 

 廣井さんの背中には背負っている筈の『(ベース)』は一切見えない。廣井さんはしばらく背中をさすったり、ポケットをまさぐる行為をした後に笑顔で言葉を紡ぐ。

 

「どっかの居酒屋に忘れちゃった! チケットも家に置いてきちゃった!」

 

 安い魂だなぁ。

 だが、こういうところがなんだかんだ嫌いになれないのだ。

 

「そうですか。なら明日は探しに行かないとですね。置いてった居酒屋が何処かは覚えてますか?」

 

「全然覚えてない! お願い! 健治くんも一緒に探して!」

 

「無理ですよ。明日も学校があるので。放課後はバイトです」

 

「学校か──! 良いね──! 若くてキラキラしてて……」

 

「ちょっと。なんでまたパック酒にストロー通そうとしてるんですか。これ以上飲んだら外に追い出しますよ」

 

「そんな────! 幸せスパイラルしなくちゃいけないのにぃいい」

 

 なんだ幸せスパイラルって。ろくなものでは無いのは確かだが。ちなみに明日学校は嘘だ。酔っぱらいの要求を断る為の方便である。

 

「いいから早くシャワー浴びて寝てくださいよ。どうせ今日も泊まるんですよね?」

 

 いつも廣井さんが泊まるせいで徐々に彼女の私物が家の中に増えている。開けてない缶ビールなど未成年だけで暮らしてる家に置かれていると誤解を招きそうな物まで置いていくのは辞めて欲しい。

 

「ありがとね。でも今日は先にシャワー浴びてから飲んでるから心配ご無よーう!」

 

 良かった。俺以外にもシャワーを貸してくれるところがあるらしい。先程言っていた同じバンドのメンバーだろうか。これで何時この人を出禁にしても路頭に迷う必要は無さそうで安心である。

 

「なら早く寝てください。俺はもう眠いです」

 

「先に寝てて良いよー? もう少しこの酔いに浸っていたいし」

 

「何言ってるんですか。廣井さんが先に寝てくれないと心配で眠れませんよ」

 

「私のこと赤子か何かだと思ってる??」

 

 不服だ。と言わんばかりにパック酒をこちらに突き出して成人済み(大人)であることをアピールしてきたが、むしろ逆効果である。

 

 暫く抗議を続けていた彼女だが、俺が折れないのを見て渋々立ち上がる。

 

「分かったよぉ寝るよぉ」

 

「はい。おやすみなさい」

 

 諦めた廣井さんがヨロヨロと歩きながら寝室へ向かっていく。あそこは元々俺の寝室だったが廣井さんに侵略されてからずっと彼女のものだ。解せない。

 

 まあ、どこでも寝れる体質なので別に良いのだが。

 

 廣井さんがようやく眠ってくれる……と思ったら寝室のドアの前で立ち止まってしまった。そして俺に話しかけてくる。

 

「はい! 廣井きくり! 一発芸しまーす!」

 

「わーすごいーおもしろいー。さいこー」

 

「えっほんと? えへへへまだやってないんだけどなぁ」

 

 俺は視線を彼女に向けないまま、リビングのテーブルに置き去りにされた飲み終わったパック酒をゴミ箱に入れていく。その様子を不満に思ったのか地団駄して抗議してくる。

 

「冷たいよー! 構ってよー!」

 

 すごくうざい。あと少しで寝そうだったのに酔っ払いの気まぐれは本当に唐突で意味が分からない。

 

「あれ? なんか疲れてる? もしかして悩み事?」

 

「そうですね疲れてるかもしれませんね。酔っ払いの世話が忙しくて」

 

「あははは。それは一旦置いといて」

 

 置いとかないで欲しい。もっと真面目に話し合うべきでは。

 俺の嘆きを知ってか知らずか廣井さんは変わらないトーンで言葉を紡ぐ。

 

「もし悩み事や困った事があるなら私に相談してよね! 力になれるか分からないけど話せば楽になることもあるだろうしさ」

 

「いつになく真面目ですね」

 

「若い君が心配なのさ。今日も遅くまでバイトだったんでしょ?」

 

「色々あってお金が必要なんですよ」

 

「私も一緒! 色々あって借金あってさー!」

 

 借金あるのかこの人。イメージ通りではあるけども。そんな風に思っていると、廣井さんがポケットをまさぐって何かを取り出す。まるで猫型ロボットがひみつ道具を取り出すかのような所作だ。

 

「そんな時はこれ! てってれててーてーてーてー! おにころ!」

 

「飲みませんよ」

 

 廣井さんが『そんなー』と抗議の声を上げる。俺が未成年であることを本当に覚えてるのか疑問に思う。こんな夢の無いひみつ道具嫌だ。

 

「でも近い将来、廣井さんと一緒に酒飲みたいですね。廣井さんと一緒なら楽しそうですし」

 

「お? 珍しく乗り気だね? 良いね良いね」

 

「だから俺と酒飲めるまで生きててくださいよ? 俺、今高校生なので……って寝ちゃいました?」

 

 隣から寝息が聞こえる。どうやら廣井さんは寝てしまったらしい。電源が切れたかのように唐突に寝るなこの人……と思いながら彼女を抱っこして寝室のベッドまで運ぶ。

 

 ようやく静かになったリビングのソファに腰掛けて先程の廣井さんの言葉を反芻する。

 

「……心配か」

 

 廣井さんは勘が鋭い。確かに今週はいつもよりバイトがハードで疲れが溜まっている。

 

 バイト先の店長に頼んで出勤日を減らしてもらおうか……でも給料は欲しいしな……将来のことを考えるとどんどん不安になってくる。嗚呼。酒を飲んで現実逃避したい。廣井さんが酒を飲む理由もわかる気がする。

 

「……早く廣井さんと酒飲みたいなぁ」

 

 未成年の俺は酒で現実逃避出来ないので夢の世界で一旦現実から目を背けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う()っ……おええええええええ!!」

 トイレから鳴り響く廣井さんによる嘔吐(コンサート)で現実に引き戻される。やっぱり酒はロクなものじゃないかもしれない。

 今日も吐瀉物の匂いと共に眠ることになりそうだ。





廣井きくりは遠坂健治のことを成人済みの大学生と勘違いしてます。
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