吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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10.『ぼっちはロックと共に・後編』

 遂に路上ライブが始まろうとしていた。

 近くで花火大会が開かれるということもあって何人かが観客として立ち止まり、演奏を聞こうとしてくれている。

 

「そんなに怖いなら目を瞑って弾くとか? なーんて」

 

 廣井さんは緊張する後藤さんにそう話しかける。

 傍から聞いても冗談だと分かる言葉なのに何故か後藤さんの表情は乗り気だった。

 

 落ち着いてくれ後藤さん。貴方のギターの腕前がどれ程のものが俺は知らないが流石に目を瞑ってギターの演奏は出来ないだろう。

 

(大丈夫だろうか……)

 

 廣井さんは慣れてるのか酔っ払ってどうでも良くなってるのか普段通りだが、後藤さんが緊張で動きが固くなっている。このまま身体が物理的に破裂しないか心配である。

 

「それじゃはじめますね〜曲はこの子のバンドのオリジナル曲で〜す」

 

 廣井さんの言葉で演奏が始まる。

 夕焼けを背景に二人の指が弦を弾く。

 

 廣井さんは何ともなさそうに言っていたが俺は『オリジナル曲!? 打ち合わせほとんどしてなかったけどオリジナル曲に合わせられるのか!?』と心配していたが廣井さんは即興で合わせてしまっていた。

 

 本当にこの人何者なんだ。パック酒じゃなくてベースを握った時は本当に凄い人だ。この人の心配はする必要無いなと思い、後藤さんに目をやると。

 

「えっ」

 

 俺は思わず声を漏らした。

 

 後藤さんが本当に目を瞑って演奏していたからだ。俺が音楽に対して初心者だから分からないだけかもしれないが、彼女が演奏を間違えてる様子は無い。

 

(い、一体後藤さんって何者なんだ……?)

 

 だが、目を瞑って演奏出来る程の技術を持ち合わせていても後藤さんは人前で演奏するのは苦手な様子だ。俯きながら、弧を描く背中……『猫背』の状態でギターを弾いている。

 

 無理もない。普通の人でも路上ライブは緊張するだろうに、後藤さんは人前で何かするのが確実に苦手なタイプだ。人一倍緊張するだろう。

 

「がんばれ〜!」

 

 俺が心配しながら見ていると、観客のどこからか声が聞こえた。

 

「ちょっとあんた何言ってんのよ」

 

「なんかギターの人不安そうだったからつい……」

 

 俺以外の観客にまで心配されてしまっている。

 やっぱり路上ライブなんて止めるべきだったんじゃないのか。

 という考えが頭によぎる。

 

「……がんばれ」

 

 俺は誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。

 

 

 そして……片目を開けた彼女と目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬に一筋、汗が流れた。

 

 彼女が片目を開いた瞬間、演奏がガラリと変わったのを感じた。彼女の横にいる廣井さんの顔が驚愕に染まったので俺の気の所為では無いだろう。音の安定感が増したのが素人の耳でもよく分かった。

 

 彼女の演奏が進むにつれて、背中に鳥肌が立っていく。瞳は後藤さんから離れなくなり、耳は彼女の演奏に集中していく。

 

 ああ。どうして駅前で路上ライブを始めてしまったのか。電車の音が彼女の演奏を遮りませんようにと祈った。

 

 先程までの心配していた心はどこかに消え去って、胸の中に『熱』が生まれてくるのを感じた。

 

 路上ライブという物珍しさに釣られて見ていた観客達の目にどんどん『熱』が籠っていくのを感じる。見惚れるように後藤さんの奏でる音楽を聞いてる人達すら居る。

 

 彼女は片目を開けても臆病なままだった。廣井さんのように堂々とした演奏では無い。俯いて、弧を描く背中……『猫背』のままだった。だが『猫背』のまま人を惹きつけていた。

 

 廣井さんとは別ベクトルの人を惹きつけるカリスマ性が後藤さんにはあるのだろう。

 

 彼女の演奏が終了した時、観客は凄まじい歓声と拍手を後藤さんへと送ったのだった。

 

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 

「路上ライブ大成功でしたね」

 

「だから言ったでしょ〜? 大丈夫って! 健治くんったらすっごい不安そうな顔しちゃって」

 

「……そんな表情に出てました?」

 

 俺と廣井さんは路上ライブを聞いていた人達が後藤さんに話しかけてるのを見ながら会話している。どうやらライブのチケットを買ってくれるらしい。

 

「出てた出てた! 面白いくらいに! 結構分かりやすいよねぇ健治くんって」

 

「そんなことは……ないとは思うんですけど」

 

 彼女の言葉を否定したいが鏡で見た訳でも無いので否定できない。もし本当に表情に出てるなら恥ずかしいし、抑える努力をしよう。

 

「というか廣井さんは知ってたんですか? 後藤さんがあれだけ弾けるって」

 

「いや全然! 知り合ったばっかだったからね〜! あの子は上がってくるよ」

 

 本当に後藤さんがどれだけ弾けるか知らずに路上ライブをやったらしい。後藤さんがギター上手かったから良かったものの初心者だったら大惨事になってた可能性がある。

 

 もっと慎重にしてくれ……と思うが、この思い切りの良さが廣井さんの長所だろう。結果として、後藤さんの売る宛の無かったチケットに買い手が見つかったのだから。

 

 そうやって話していると警察官がやってきて『すみませ〜ん。ここで路上ライブは辞めてくださ〜い』と声をかけてくる。廣井さんは一言謝ってから撤収作業を始めていく。

 

 後藤さんと俺は思わず固まってしまったが、廣井さんは落ち着いて警察官と会話し、撤収作業を開始していた。慣れた様子だ。やはり廣井さんも何度か路上ライブの経験があるのだろうか。

 

 撤収作業が全て終わる頃には辺りは暗くなっていた。

 後藤さんの手には1枚だけチケットが残されている。あれがチケットノルマ最後の1枚だろう。

 

 後藤さんは路上ライブを見ていてくれた2人に売れただけでも満足そうだが、折角ならちゃんとノルマに届かせたい……と思っていると廣井さんが口を開く。

 

「その1枚は私が買うよ」

 

 良かった。俺がチケットを買おうにも彼女のライブの日はちょうどバイトが入ってるので聞きに行けないのだ。廣井さんが買ってくれて助かった。

 

 廣井さんの言葉に後藤さんは驚きながらも嬉しそうだった。

 

「おにころ15本分のライブ期待してるからね」

 

「もっと分かりやすく例えてください……」

 

 後藤さんが困った顔をしている。あのパック酒安いんだろうなとは思っていたが、そんなに安いのか。普段からあれしか飲んでない廣井さんの生活って大丈夫なんだろうか。

 

「あっ、そういえば……君はライブ聞きに行かなくていいの?」

 

 廣井さんは思い出したかのように俺に聞いてくる。

 

「残念ですけどその日はバイトで……」

 

「え〜? いいじゃんライブ優先で! ひとりちゃんの初めてのライブは今回だけだけどバイトはいつでも出来るし〜! 当日券で来てよ〜!」

 

「無茶言わないでくださいよ」

 

 ただでさえ廣井さんの介抱でバイトを急に休むことが多くなってるのだ。これ以上休む頻度が上がったらクビにされてしまう。

 

「あっそれと、後藤さん」

 

「はっ、はい」

 

 俺に話しかけられて後藤さんは身構える。やっぱり俺のことはまだ怖いらしい。

 

「俺音楽のことはなんも分からないけど後藤さんの演奏すごくカッコよかった。当日ライブには行けないけど応援してる」

 

「あっ……あり、がとうございます! えへへへ……」

 

 先程までの身構えてる様子は何処へやら。褒められるとすぐに表情が緩くなる。なんなら身体も緩くなっている。

 

「さてと、暗くなってきましたし、そろそろ帰ります? 後藤さん送っていきましょうか?」

 

「い、イエ。オカマイナク……」

 

 緩くなっていた体がいきなりロボットのようにカチコチになった。夜道を歩くのを心配して一応聞いてみたが、やっぱり余計なお世話だったようだ。

 

 彼女からすれば夜道よりも初対面の男と一緒に家まで歩く方が怖いし、苦痛だろう。彼女なら不審者に襲われそうになっても身体を崩壊して撃退できそうだし多分大丈夫だ。

 

「分かった。それじゃあ気をつけて帰ってね」

 

 俺は後藤さんにそう言うと、続けて廣井さんに目を向ける。彼女は新しいパック酒にストローを通していた。呆れながらも話しかける。

 

「廣井さん帰りましょう。機材持ちま……ところでこれ何円くらいします?」

 

「ん〜? 確か……6万くらいだったかなぁ」

 

「あっやっぱり持ちません。廣井さんが持っててください」

 

「えぇ!? ちょっと! いつもは荷物持ってくれるのに!!」

 

 廣井さんが文句を言いながらも機材を持って駅の方まで歩いていく。廣井さんが千鳥足になっていないのを確認してから後藤さんに別れの挨拶を言う。

 

「じゃあ、またね。後藤さん」

 

「は、はい。えっと、今日はビラ配りとか色々ありがとう、ございました……えっと……そ、そういえば名前って……」

 

 ああ、そういえばそうだった。

 廣井さんが俺の代わりに紹介してくれようとして、後藤さんがスライムのように崩壊してしまったせいで名乗り忘れてしまったんだった。

 

「遠坂。遠坂健治。こちらこそ今日はありがとう。ライブ応援してる」

 

「……遠坂……『健治』……? それって……」

 

 俺はそれだけ言うと体の向きを変えて、駅の方へと向かう。先に歩いていった廣井さんに追いつこうと足早に進もうとして……。

 

「あっ、あの……!!」

 

 突然、後藤さんが声を上げた。

 振り返った先にいる後藤さんの表情はいつも通り不安そうで……それでも精一杯勇気を出そうとしているように感じた。路上ライブの時の姿と重なって見えた。

 

後藤さんは絞り出すように言葉を続ける。

 

「ら、ライブ絶対来てください……!」

 

「…………? ごめん『絶対』行けるかはちょっと分かんない」

 

 一体どうしたのだろう。俺がバイトで行けないことは既に彼女に言っている筈なのに。チケットのノルマは達成しているし、彼女が俺をわざわざ改めて誘う理由なんてない筈なのに。

 

「あっ、えっと、そう、ですよね……」

 

 彼女は俺の言葉を聞いて、酷く落ち込んでいるように見える。何故だ。何故君がそんな顔をするんだ。路上ライブは大成功だったじゃないか。

 

 チケットノルマも達成して、胸を張って仲間に報告出来るじゃないか。なんでそんな顔してまで俺を誘いたがるんだ……? 

 

「……店長に聞いてみないと分からないけど、それでも良い?」

 

 彼女の表情がいたたまれなくて思わずそう答えてしまった。口に出てしまった以上、バイト先の店長には聞いてみるがおそらく休むのは難しいだろう。その日は特に出れる人が少なかったはずだ。

 

 代わりにバイトに出てくれる人でもいない限り、結束バンドの初ライブの日にバイトを休むことは難しいだろう。

 

「! は、はいっ! 是非!」

 

 だが俺が答えた瞬間、彼女の表情がパッと明るくなったのが分かった。彼女が期待してるような結果にならないかもしれないことを申し訳なく感じる。

 

 そして結局、後藤さんが俺をわざわざ誘う理由も分からずじまいだ。

 

 俺は疑問に思いつつも後藤さんに別れを告げて、廣井さんの後を追ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば……廣井さんチケット買ってましたけど電車賃あります?」

 

「あ」

 

「はぁ……そうだと思いましたよ」

 

 俺は溜息を吐きつつ廣井さんに電車賃を貸した。彼女から電車賃を返して貰った記憶は無い。





最近忙しくなってきたので投稿ぺースがゆっくりになると思いますが、時間見つけて頑張るので気長に待っていただけると幸いです。
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