吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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13.『再開はロックと共に・前編』

 凄まじい雨が下北沢に降り注いでいる。風が建物を激しく揺らしている。

 

 俺……遠坂 健治は外の様子を見て溜息を吐いていた。

 結局、天気予報が当たってしまい『結束バンド』の初ライブに丁度台風がぶつかってしまったのだ。

 

 廣井さんは台風が来ても結束バンドのライブに向かうみたいだったが、この様子だと彼女達のライブに来れない人も多いだろう。最悪、お客さんが廣井さんだけというのも全然有り得る話だ。

 

 後藤さんや『結束バンド』のメンバーは初ライブを見に来てくれたお客さんが少なくて気持ちが滅入ってるかもしれない。でも、俺にはどうすることも出来ない。

 

 あの時の後藤さんの顔を思い出す。

 人付き合いが苦手そうな……もっと言えば俺の事を怖がってるようにさえ見えた彼女が勇気をだして誘ってくれたというのに、俺は彼女の勇気に応えることが出来ない。

 

 罪悪感が溢れてくる。

 

「……バイト行かなきゃな」

 

 自然と口から声が漏れた。これ以上、ライブについて考えたく無かったのかもしれない。逃げるように外に出る準備を進めていく。

 

 ネットで調べてみると電車は台風で止まってしまっている。だが、バイト先まで歩いていけない距離でもない。

 

 バイト先のグループロインを見ると今日シフトだった筈の何人かが『すみません台風で電車止まっていけません』と連絡していた。

 

 そうなると元々の予定から少なかったのにさらに人が減ることになる。行かないと店長が大変だ。こんな外の様子なら客なんて来ないかもしれないが。

 

 自分のことならいくらでも雑にサボれるが、仕事の事となるとそうもいかない。

 

 昔、山田に『健治ってもっと自分の為にサボった方が良いんじゃない?』と言われた事がある。

 

 彼女の言葉がきっかけで徐々に『自分のこと』限定でサボれるようになったが仕事は無理だ。他人が関わってる以上、サボることなんて出来ない。

 

 夜逃げした母親からの教育が体に染み付いて中々変われないのだ。

 

 外は相変わらず激しい雨が降り注いでる。早めに行かないと雨がさらに強くなるかもしれない。俺は持ち物を纏めて玄関に向かおうとして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君はライブに来た方が良い』

 

 ふと、廣井さんの言葉を思い出した。彼女の押しに負けて受け取った『結束バンド』のライブチケットが俺の目に入る。

 

 ────何言ってるんですか。バイトがあるんですよ。俺がバイトとかサボったりするような性格じゃないの知ってるでしょう? 

 

 あの時、俺はそう言おうと思ったのに何故か口から出なかったんだ。

 

『確信をもって言うよ。君は絶対ライブに来た方が良い。じゃないと後悔するよ。君はもう彼女のギターに魅せられてしまってるからね』

 

 廣井さんはあの時そう言った。どうしてそこまで言い切れるんだ。俺は一度しか後藤さんのライブを見ていないのに。

 

 あの時の路上ライブしか……。

 

 ──あの時の、後藤さんを思い出す。

 臆病で、人見知りで、俯いたままの彼女が観客を惹き付けていたあの光景を思い出す。

 

 俺は音楽について分からない。でもあの時確かに、彼女の演奏で胸が熱くなったんだ。電車の音が彼女の演奏を遮らないことを祈ったんだ。

 

 廣井さんのように余裕のある演奏ではなかった。俯いて、弧を描く背中……猫背のままだった。それでも彼女の演奏には人々を惹き付けるエネルギーがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はいつの間にか、バイト先のグループロインに『すみません。電車止まってるので俺も行けません』と送信して家を飛び出していた。

 

 バイト先の逆方向……会場であるライブハウスへと走っていく。

 

(……なにやってんだ、なにやってんだ俺!)

 

 本当はアルバイト先までは電車使わなくたっていける距離なのに! 世話になってる店長に嘘吐いてサボってまで、ライブハウスへと足は向かっている! 

 

 バイト先より遠いライブハウスに向かって駆けていく。傘はさしているが、徐々に横殴りになってきている雨や走っている状況もあって身体がどんどん濡れていく。

 

 それでも足は止まらない。引き返す事も無い。 

 バイトをサボるなんて初めての経験だ。罪悪感で胸が締め付けられる。でも、後悔は無い。

 

 後藤さんが心配だからとか。お客さんが一人でも多く居た方が良いんじゃないかとか色々理由はあると思う。だが、それよりも。

 

(……俺が聞きたいんだ)

 

 彼女の演奏を、ライブを、聞きたい。

 どうしてここまで彼女の演奏を聞きたくなるのか俺でも分からない。

 

 音楽なんて分からない癖に。一度しか聞いてない癖に。俺は激しく雨が降る下北沢の街を駆けていくのだった。

 

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 しばらく走っていると目的のライブハウスの前に到着した。

 

 地下へと進む階段がアングラ感を漂わせ、一瞬入るのを躊躇わせる。新宿FOLTに入るのは慣れたが、知らないライブハウスに1人で入るのはまだ緊張する。

 

 こんなことなら廣井さんと一緒に来るんだったと少し後悔した。

 

 何度か地図とにらめっこして、このライブハウスで間違いないことを確認してから階段を降り、中へと入っていく。

 

 ライブハウスの中は俺が思っていたよりアングラな雰囲気が無く、ほっと胸を撫で下ろす。もし、明らかに真っ暗で怖い雰囲気だったらビビって帰るところだった。

 

 受付の女性にチケットを見せるとスムーズに入ることが出来た。時計を見たところ、どうやら一曲目が始まる直前らしい。チケットを廣井さんから貰ってなければ間に合わなかったかもしれない。

 

(結局、廣井さんの考え通りか……)

 

 あの人は俺が来ることになるって最初から分かってたのかもしれない。普段はちゃらんぽらんなのに時々勘が鋭い。

 

 観客席に目をやると……やはり人数は大分少ない。後藤さんの路上ライブでチケットを買っていた人達は来てくれていたが、明らかに結束バンドのライブに興味が無さそうな人達も居た。

 

 廣井さんを見かけたので近づいて一緒に見ようと思ったが……既に誰かと話しながら一緒に見ているみたいだったので邪魔するのも悪いと思い、話しかけなかった。

 

 続いてステージに目をやる。1番右側に後藤さんが自信なさげに立っていて、真ん中には……俺のことを怖がらず、舎弟言葉も使わないで話しかけてくれた一年生が立っていた。

 

 確かに二人とも秀華高校だがこの2人が同じバンドのメンバーというのは少々意外だ。俺は視線を動かして残りのメンバーを見ようとして……。

 

「……え」

 

 思わず声が漏れた。

 そこに立っている人物に見覚えがあったからだ。俺が知っている姿より大分背が高くなっているが、雰囲気は変わっていなかったからすぐに分かった。

 

「……山田、伊地知……?」

 

 かつて別れの挨拶もなしに離れてしまった友達がステージに立っていた。

 

 もしかしたらとは思っていたが……まさか本当にバンドを結成しているとは。それも後藤さんと共に『結束バンド』を組んでいるとは。

 

(そうか……後藤さんが俺を連れてきたかった理由はこの2人か……)

 

 後藤さんがバイトで来れないと言っていた俺をわざわざライブに誘ったことに疑問を持っていたが、今なら分かる。

 

 彼女は俺の事について2人から聞いていたんだろう。路上ライブで俺が名前を名乗ったことで俺と山田と伊地知が昔の友人同士だと分かったのだろう。

 

 俺とこの2人を会わせる為に後藤さんは俺の事をライブに呼んだのだ。

 

(2人とも、俺の事覚えてたのか……)

 

 ひょっとしたら忘れられてるかもしれないと思っていた。3年という月日は人を忘れるには十分すぎる時間だ。それでも俺の事を覚えていたという事実に嬉しさと緊張を覚える。

 

(……俺が会って良いのか?)

 

 後藤さんは二人から俺についてどう言われたのだろう。

 

 山田と伊地知は俺の事をどう思っているのだろうか。別れも言わず去ってしまった事を怒っていないだろうか。今更現れてどういう話をすれば良いのか分からないんだ。

 

『会ってみなよ。会う前から不安になって会わないより一度会ってみてしっかり話をした方が絶対に良いよ』

 

 ──かつて、廣井さんに言われた言葉を俺は思い出していた。

 

 分かってる、分かってるんです。それが正論だってことは最初から分かってる。

 

 相手が自分をどう思ってるかだなんて分からないんだから一度話してみるのが一番良い。

 

 でも恐怖が消えない。謝っても彼女達が俺の事を許してくれなかったら。俺の事を会いたくもないと思っていないだろうか。それならいっそのこと。二度と会わない方がお互いの為なんじゃないだろうか。

 

 一歩踏み出す勇気が出せない。自分で自分が嫌になる。

 

 今のところ山田と伊地知が観客席にいる俺の事を気づいてる様子は無い。なら、今のうちに帰ってしまっても良いんじゃないか。

 

 俺の頭にそういった考えが渦巻いていると、一曲目の演奏が始まる。だが、この状況で集中して演奏を聞ける訳もなかった。俺が悩んでる間にいつの間にか曲が終わっていた。

 

「やっぱ全然パッとしないわね」

 

「早く来るんじゃなかったね」

 

 観客席のどこからかそんな言葉が聞こえてきた。ステージに立つ彼女達の表情が曇ったのが見えた。ライブハウス全体の雰囲気が重くなっていくのを感じる。

 

 それにつられるように俺の思考もどんどん悪い方向へと考えていってしまう。ポジティブに考えようとしても、上手くいかない。顔が自然と俯いていく。

 

 

 迷い、恐れ、緊張……そういった感情で渦巻いていた俺の思考は……()()()()()がライブハウスに鳴り響いたことで断ち切られた。

 

 その演奏が素人の耳でも分かるくらい圧倒的な練度を誇っていて……俯いていた顔を思わず上げる。

 一体誰が……そう思ってステージを見て……息を飲んだ。

 

「後藤、さん……?」

 

 思わず息が漏れた。ギターソロの演奏者は後藤さんだったからだ。

 

 そこに立っている人物が先程までとは別人のように見えた。素人だから正確には分からないが……この演奏の練度は片目を開いた後の路上ライブの演奏と……いや、それ以上に上手い気がする。

 

 他のバンドメンバーが驚愕の表情で後藤さんを見ているのに気づく。このギターソロが事前に打ち合わせられていたものでは無く、後藤さんのアドリブであることを察した。

 

 この暗くなっている雰囲気を断ち切る為に。彼女は再び勇気を振り絞ったのだ。

 

 

 

 演奏している後藤さんと目が合った。

 ぞくりと背中に鳥肌がたつ。

 

 ──嗚呼、その目は。あの時の、路上ライブの時と同じ目だ。怯えながらも必死に勇気を振り絞ったあの時の目だ。

 

 今、分かった。後藤さんの演奏に何故こうも惹かれるのか。

 

 廣井さんのような堂々とした演奏では無い。素人だから詳細は分からないが、おそらく後藤さんより廣井さんの方が技術は上だろう。

 

 それでも、彼女の演奏に惹かれるのはあの目のせいだ。

 

 あの人見知りで……下手したら俺より臆病な彼女が勇気を振り絞ったあの目に俺は憧れたのだ。

 

 勇気(それ)は俺には無いものだから。

 

 その後、俺は頭の中を支配していた悩みを思考の外に放棄して彼女達の演奏に集中することになる。

 

 ──そこに居たのはまるで猫背のヒーローのようだった。

 

 





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