吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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前話の感想にて原作との矛盾を指摘してくださった方が居ました。ありがとうございます。

自分は原作に触れてからまだ時間が経っておらず、設定の勘違い等が度々起きてしまうかもしれません。その時は遠慮無く教えてくださると有難いです。



14.『再開はロックと共に・後編』

 

 後藤さんのギターソロに続くように結束バンドの2曲目が始まる。彼女の演奏が暗い雰囲気を断ち切ったのか、1曲目より明らかに全体的に良くなっているのが素人からでも分かった。

 

 会場全体が彼女達の演奏に目を奪われている。路上ライブに来ていたファンは勿論、興味が無さそうにしていた観客も、悩みが頭の中に渦巻いていた俺でさえも。

 

 このライブハウスにいる全ての人間が彼女達から目を離せないでいた。

 

 彼女達の演奏を聞いてるにつれて、背中に鳥肌が立っていく。頬に一筋の汗が垂れる。

 

(嗚呼……)

 

 知っている。この感覚を俺は知っている。 

 

 趣味も無く、息抜きも無く。バイト先と家を往復する毎日だった俺に。夢中になれるものなんて何もなかった俺の人生に突如やってきたあの『熱』の感覚。

 

 あの夜『SICK HACK』に。廣井さんに与えられた熱の感覚。

 あのクリスマスの夜に与えられた『熱』と同じ感覚……! 

 

 彼女達の演奏が終了した時、惜しみない拍手と歓声が送られたのだった。

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 台風がちょうどぶつかったせいで観客が想定より少なくなったというアクシデントはあったが、来てくれた観客達は皆、満足した様子だった。

 

 結束バンドの初ライブは結果的に大成功といえるだろう。

 

 最初はライブハウス全体の雰囲気が暗かった。だが、後藤さんがギターソロでその雰囲気を断ち切ったのだ。その後から彼女達の演奏は素人の耳でも分かるくらい格段に良くなった。

 

 人見知りで、臆病な彼女が勇気を振り絞って演奏する姿に俺は憧れた。

 

 

 ──だから、俺も勇気を出してみることにした。

 拒絶されるかもしれない。それでも悩んでる暇があるのならまず行動してみよう。例え望む答えが得られなくても、それを受け入れよう。

 

 それにここにはあの人がいる訳だし。

 

 

 

 俺は廣井さんの元まで近寄って声をかけた。

 

「廣井さん」

 

 彼女は俺を見るやいなや口元が『ニヤリ』と弧を描いた。その表情に『驚愕』の感情は無く、どちらかといえば『予想通り』といったところだろうか。

 

「お。来てたんだね健治くん」

 

「……来ることになるって分かってたんじゃないですか?」

 

「ははは。さぁね」

 

 廣井さんはあっけらかんと笑う。だが何かを思い出したようで俺に言葉を零す。

 

「あれ、でもバイトがあるって言ってたよね? 台風で無くなったの?」

 

「いえ、サボりました。最近休みすぎなのでそろそろクビになるかもしれませんね」

 

「あっはは! いいね、ロックだねぇ!」

 

 サボりは廣井さんにとっては『ロック』なのか。あまり心惹かれない『ロック』だ……と思っていると廣井さんの横から声が聞こえる。

 

「廣井、知り合いか……って、健治っ!?」

 

 いきなり自分の名前が呼ばれたことに驚く。ひょっとして知り合いだろうか? と考えて廣井さんの隣に居た人物の顔を見て……思わず目を見開く。

 

「……! えっと、もしかして『伊地知のお姉さん』ですか……?」

 

「ふっ、ははは! その長ったらしい呼び方も相変わらずか。そりゃそうか!」

 

 廣井さんと一緒にライブを見ていたのは伊地知のお姉さん……星歌さんだった。伊地知姉妹は非常に顔が似ていて、頭の頂点に触覚のような髪型があるのも全然変わってない。

 

 まさか彼女にも会えるとは思って居なかったが、考えてみれば『結束バンド』に伊地知が居るなら姉として応援しに来ていても不思議じゃないだろう。

 

 俺は彼女の事を色々理由があって『伊地知のお姉さん』という長い呼び方で呼んでいる。

 

 当時は違和感無かったが、今にして思えば流石に長すぎる。これからは『星歌さん』呼びの方が良いだろうか。俺がそんなことを考えていると彼女は言葉を続ける。

 

「久しぶりだな! 今までどこに居たんだよ」

 

「色々あって東北に。少し前にまた下北沢に引っ越してきまして」

 

「そうかそうか! それにしてもお前でっかくなったな……よし。頭撫でてやるからちょっと屈め」

 

「もう子供じゃないんですし、頭撫でられたくらいで喜びませんよ」

 

「うるせぇ。高校生なんてまだまだガキだろ。いいから屈め」

 

 伊地知のお姉さんはそう言うと俺の服の首根っこを掴んで、無理矢理俺の頭を低い位置まで持ってくる。その後、わしゃわしゃと擬音が付きそうなくらい雑に頭を撫でてくる。

 

 この強引な感じが変わってなくて少し安心する。

 俺と星歌さんが話していると廣井さんが不思議そうな顔で問いかけてくる。

 

「あれ? 先輩って健治くんの知り合いなんですか?」

 

「ああ。虹夏の友達なんだよ」

 

 星歌さんからすれば俺はまだ『虹夏の友達』という扱いらしい。少し安堵すると共に、彼女本人はどう思ってるのだろうという考えが頭に浮かぶ。

 

「ん……? それって……」

 

 廣井さんが頭に手を当てて何かを考え始める。何を考えてるのか聞こうと思ったが、その前に星歌さんが言葉を紡ぐ。

 

「お前こそ、健治とどういう関係なんだ?」

 

「あ、親友です! ベストフレーンド!!」

 

 そう言うと廣井さんは俺の肩に手を回そうとして……身長差のせいで届かない事に途中で気づき、背中を叩くのに切り替える。

 

 ポンポンと擬音が付きそうな優しい力加減だ。

 

 外でも俺の事を迷い無く親友と読んでくれることに照れくさくなっていると、何故か星歌さんは『マジ?』という視線を俺に向けてきてることに気づく。

 

 疑問を思いつつも首を縦に降って肯定すると、星歌さんは酷く困惑した表情になってしまった。

 

「…………健治、友達はちゃんと選んだ方が良いぞ」

 

 星歌さんはそう言いながら俺に哀れみの視線を向けてきた。

 

「なんで!? 私ってそんなにダメですか!?」

 

 廣井さんが抗議の声あげる。2人の反応を見ながら俺は普段の廣井さんの行動を思い返してみる。

 

 確かに私生活はだらしないところが目立つがライブは凄いし、話し相手になってくれたりするし……いや、多分今まで散々迷惑を掛けられた上でのこの視線なのだろう。

 

 廣井さんの『先輩』呼びからしておそらく学生時代の先輩後輩の仲だろうか。どうやら長い付き合いのようだし、星歌さんの評価は信憑性が高いだろう。肝に免じておこう。

 

「ところで、今日はどうしてここに? ロックとか興味あったのか?」

 

「いや全然詳しくは無いんですけど……色々あって後藤さんに誘われてたんです。まさか伊地知と山田も結束バンドだったとは思ってませんでしたが」

 

「……ぼっちちゃんとも知り合いなのか?」

 

「……ぼっちちゃん?」

 

 突如出てきたその名に頭の上に疑問符が浮かぶが……直後に後藤さんの事を言ってるのだと気づく。

 

「……伊地知のお姉さん、後藤さんのことそんなあだ名で呼ぶのは可哀想ですよ」

 

「ち、違う! 私が付けたんじゃない。それに本人も喜んでるから!」

 

 星歌さんは弁解しているが本当だろうか。疑わしいがその辺は後で直接本人に聞いてみるとしよう。俺がそう思っていると、俺の疑いの視線に耐えられなくなったのか、わざとらしく咳払いしてから星歌さんが言葉を紡ぐ。

 

「……そ、それよりも! 色々聞きたいことはまだまだあるけど、とりあえず虹夏と山田に会いにいけよ。そこの扉の奥行った先の部屋にいると思うから」

 

「……はい」

 

 ──2人は俺の事どう思ってますか? と星歌さんに聞こうとして辞める。

 

 俺は弱い人間だから聞いた内容次第では俺の絞りカスのような、か細い勇気が揺らいでしまうかもしれない。

 

 どんな結果になっても受け入れるって決めただろ。この勇気と後藤さんや『結束バンド』に与えられた熱が冷めないうちに彼女達の元に行くべきだ。

 

 それにここには後押ししてくれる人が居る。

 

 俺は体の向きを廣井さんに向ける。

 

「ところで廣井さん」

 

「ん〜? どしたの?」

 

「前に『もし傷ついたら慰めてやる。だから玉砕覚悟で頑張れ』みたいなこと言ってくれたの覚えてます?」

 

 廣井さんに以前『友達を作るにはどうしたら良いか?』と質問した時に『昔の友達を探して会ってみるべき』となった時の話だ。

 

 その時、彼女は確かに『昔の友達に拒絶されたら慰めてくれる』と俺に約束してしてくれた。だが、廣井さんの場合、酒で酔っ払って覚えてない可能性もあるので一応聞いてみる。

 

「あれ? 確かに言った気がするけど……それって……」

 

 どうやら覚えててくれたらしい。言質は取れた。

 なら、俺も勇気を振り絞ってみる時だ。

 

「覚えててくれて良かった。じゃあ、もしもの時はお願いしますよ」

 

 俺はそれだけ言ってライブハウスの奥へと進むのだった。

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

「ん? ん? ん〜〜〜〜?」

 

 私……廣井きくりは酒でちゃらんぽらんになってる脳みそをフル稼働させていた。先輩と健治くんの会話が何かおかしかった。

 

 ひょっとして何か私が勘違いしてる事があるんじゃないだろうか。私がそう思っていると先輩が声をかけてくる。

 

「どうした呻き声なんかあげて。飲みすぎて気持ち悪くなったのか? ここでは吐くなよ?」

 

「これくらいならまだ大丈夫ですよ〜。それに健治くんがいるから何かあった時はエチケット袋出してくれるし〜」

 

「……いや、健治は店の奥に行ってるだろ。というか普段からそんなことさせてるのか?」

 

 あ、そうだった。ここで吐くと健治くんがエチケット袋出してくれない。それに口が滑ってしまったので先輩が怖い顔で睨んでくる。

 

 や、ヤバい……早急に話題を変えないと……と思っていると助け舟がやってくる。

 

「さっきの子が前に皆が話してた健治くんですか?」

 

 やってきたのは『STARRY』のPAさんだった。

 助かった。私はこれで話が逸れると胸を安堵させて……その直後の彼女の言葉に耳を疑うことになった。

 

「あの子、()()()だったんですね。なんというか、その、高校生らしからぬ大人の色気みたいなのがある子でしたから……てっきり最初見た時、成人済みかと思いました」

 

「お前……」

 

 それを聞いた先輩がPAさんを睨む。PAさんはハッとして慌てて弁解し始める。

 

「い、いや。違いますからね! 別に高校生に手出したりとかしませんからね!」

 

 その弁解を聞きながら彼の姿を思い出して……私はポツリと言葉を零す。

 

「あー言われてみれば確かにえっちかもしれない」

 

「私が丁寧に包んだオブラートびりびりに破くの辞めてもらえませんか??」

 

 PAさんがに私に抗議する。先輩の視線がさらに鋭くなる。

 

「お前ら……!」

 

「ヒィッ……!」

 

 PAさんが掻き消えそうな声を漏らすのを聞きながら私は思考を巡らせていた。

 

 確かに彼は女殴ってそうな顔で怖い雰囲気を醸し出しているが、大前提として顔は良い。

 

 彼を慕うあまり舎弟のようになってるクラスメイトがいるくらいだから変な色気……というかフェロモンが体から出ているのかもしれない。

 

 だが、私にはそれ以上に頭に残ることがあった。

 

(……高校生?)

 

 そう言われて頭の中にバラバラに置かれていたピースがピタリと合わさる感覚がした。

 

 健治くんの離れ離れになった昔の友達が彼と同級生という話。

 先輩の妹ちゃんが健治くんと友達という話。

 そして妹ちゃんが今は高校生という話。

 

 ここまで情報が出たら酒でちゃらんぽらんになった脳みそでも流石に真相に辿り着ける。

 

(健治くんは……高校生だ!?)

 

 今までずっと成人済みの大学生だと思ってた。どうりで一緒に酒を飲むように誘っても応えてくれない訳だ。

 

 だってなんか大人びてるし、背高いし、よく奢ってくれるから稼いでるのかと……。

 

(まじで!? ってことは私は先輩の妹ちゃんの友達(高校生)の家に入り浸って吐瀉物の処理をさせてたってこと……!?)

 

 チラリと先輩を見る。健治くんの姿を見て『色気がある』という感想を言い放ったPAさんの関節をキメている。

 

「じょ、冗談です! 冗談ですから辞め……あ゛あ゛あ゛……!」

 

 PAさんであれだったら私の事がバレたらどうなるんだろう。そう考えると、背筋に鳥肌が立つ。もちろん悪寒の方である。

 

(ば、バレたら確実にあれ以上に先輩にシメられる……絶対にバレないようにしよう……)

 

 私は静かにそう誓い、戻ってきた健治くんが口を滑らせる前に口裏を合わせることを心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あだだだだ……! ぎ、ギブですギブ……!」

 

 余談だがPAさんの感想に同意した私も先輩によって関節をキメられたのだった。

 





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